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『悪の教典』について

『悪の教典』を今更見た。いや分かってる。遅すぎるのは分かってる。見るのも遅いし、ここに賞賛のレビューを書くのだって遅い。もう十分すぎるほどのこの作品は評価が確立されるところまで来ているだろう。多分、今から私が書く感想も似たような感想がごまんとあるだろう。しかし、それでも声を大にして言わせてくれ。これはサイコキラーを描いた映画では最高傑作の部類に入るだろう。『羊たちの沈黙』『ノーカントリー』に匹敵する出来である。Magnificent!

正直、見る前はただの胸糞映画かと思っていた。生徒皆殺し?勘弁してくれ。そういう残虐さだけウリにして美学も何もないサイコキラー映画見飽きたんだよ。しかし、そこはさすがの三池崇史。構図、間のとり方、そしてキャラクター。全てがあまりに高い水準でまとまっている。これだよこれ。これでいいんだよ。

この映画の魅力はつまるところほぼハスミンなのでほぼハスミンの話しかしない。ハスミン、ハスミン、ハスミン、正直、他の悪役のことなんて考えられなくなるくらい彼が好きだ。今まで自分の中のベスト悪役は『ノーカントリー』のシガーだと思っていたが、今日変わった。別に彼のやったことに憧れるだとかそんな非人道的理由からではもちろん無い。彼はあまりに人間過ぎる。それゆえあまりに愛おしい。他の名だたるサイコキャラが持つカリスマ性など彼には一切感じられない。そこが彼の魅力だ。なぜかダメダメな彼に対する愛が芽生えてくる。

はっきり言ってしまえば、ハスミンはキラーとしてはド三流、しかも最高のバカときている。美術部の先生が生徒を皆殺しに? 同時刻、別の生徒が自殺? それで自分だけは助かった? いいねぇ、ハスミン、最高の計画だよ! 銃持って押し入った犯人が、それも先生も一人殺してる犯人が、お前のことだけは殺さず、念入りに手錠までかけて拘束しただ? それで警察がお前のこと疑わないとでも思ってるのか!? 全員殺すなよ! 数人だけ自分だとバレないように殺せば、自分だけ助かったことにまだましな理由が出来んだろ! もっと考えろクソアホ!それに屋上で女子生徒の一人とキスをして、他の生徒に揺さぶられると簡単にボロを出してしまうところもバカだ。よくそれで何年も逃げてこられたな。

でも、そこが魅力だ。ハスミンはそこがいい。穴だらけのどこまでも人間らしいサイコキラーなのだ。まぁ、正直、最後の犯行は半ばヤケクソというか、殺しの快楽に耐えられなかったのだろう。自分は殺しの快楽に流されないとか言っておきながら、ああいうことをしてしまうのは、しかもマック・ザ・ナイフを口ずさみながらノリノリでやってしまうのは、やっぱり人間臭い。時間が無い、と心の声に諭され、それを分かっていながら、ウキウキで自分の計画をベラベラ喋って殺しを先延ばしにするのも、やっぱり人間臭い。

そう考えると、相当自尊心と自己顕示欲の強い人間なのだろう。自分が生徒にやられたような揺さぶりを別の先生にかけて、言質取ったwってウッキウキになるのも面白い。あのシーンは正直爆笑したし、ハスミンというキャラクターが好きになった瞬間でもある。自分がマウントを取られるのは嫌だが、マウントを取るのは好き。やっぱり人間である。

彼は死体が残ることに美学を感じているように思える。アメリカの回想シーンでも、溶かした?死体をこぼしてイライラ?しているような描写があったり、前にいた学校でも全員が「行方不明」ではなく「自殺」になっているので死体は発見されているところを見ると、自分がやったとバレるのは嫌、だけど自分がやったという事実が完全に残らないのもそれはそれで嫌なのかもしれない。だから恐らく、死体を食べたり、溶かしたりして死体ごと隠滅するアメリカ人の相棒を殺したのだろう。自殺に見せかけようとしながら、電車の車内にぶら下げるというあまりに人目に付く殺害方法をとってしまうのも、こういった自己顕示欲のなせる業なのだろう。ただ警察もバカでしょあれ、明らかに異様でしょ。すぐに自殺で処理するなよ。

半田ごてのような特製の器具を使う際に、穴だらけになって醜いから本当は嫌、という趣旨のことを言ったり、外傷が目立たないブラックジャックを使ったり、なるべくスマートな殺しに憧れがあるのかもしれない。しかし、彼が皆殺しに選んだのは散弾銃である。もちろん、久米に罪を擦り付けるためでもあろうが、銃を試射する回想シーンで、拳銃には普通の反応だったのに、散弾銃にだけはニヤリと楽しそうな笑みを浮かべていた。憧れはスマートな殺しだが、本当は傷がつきまくり血が飛び出る、派手な殺しのほうが好きなのだろう。憧れと自分の好みに大きな乖離がある。分かるぞハスミン。やっぱ人間だなお前。

まぁ、つまるところ、ハスミンの魅力は、「自分を全知全能だと思っているバカでプライドだけ高いチグハグ一般サイコキラー」というギャップなのである。

アマチュア無線部の先生もいいキャラだった。何考えてるか分からないが、あと、この人、声渋すぎないか? ただ、一つ言いたいのは、なんで学校で喋っちゃうんだよ!

なら、ハスミンも学校で拷問してるじゃねぇか! と思われるかもしれないが、ハスミンの名誉のために言っておくと、学校なら、生徒や先生の痕跡が残っても疑われないから選んだのだと思われる。もちろん、それと引き換えに不特定多数に目撃される機会を得られるが。ひょっとしたらこれも、うおw、俺、学校で悪いことしてるけど捕まらねぇぞwという高いプライドの表れなのかもしれない。

さて、ここまで一方的で捩れ曲がった愛をぶちまけてきたが、一点だけ気に入らないことを一つ。最後、ハスミンが「マック・ザ・ナイフ」を口笛で吹いて終わるが、そこにわざとらしくおどろおどろしい低音BGMを被せて来たのはいただけなかった。あの乾いてちょっと抜けたサウンドだけで終わってほしかった。

そろそろ言いたいことも尽きたので、終わりにする。

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