3月11日の午前6時21分に、母親の臨終を看取り、15日に火葬になります。12日に就労が決まっていたのですが、葬儀と言う事で、就労は保留になり、今後はよくわかりません。母親の生死とそれに対する自分の心を記録するために掌編として2本書きました。昭和5年生まれの88歳でした。母親の青春は戦時中の従軍工場での労働と、神奈川県鶴見での病院でのお手伝い、昭和20年代の混乱と勃興でありました。生前、もっと戦時中の話や、戦後の話を良く聞いておけば良かった。東条英機が連行されるのを京浜国道で見送った、とか貴重な歴史の生き証人がまた一人逝きました。私はかろうじて昭和一桁の親に生まれつき育った事を感謝しています。今のこの戦前の日本の精神性などは共産中国や南朝鮮、米国などに切り刻まれて、経済的・物質的には豊かにはなりましたが、戦後、何を得て、何を失ったかを、父母の人生を思って、小説なり、ネット記事にして、左翼右翼・現代社会の迷妄を静かにたたき切っていきたい、と思っています。その前に淡々と出来る生活の為の仕事、なんですけどね。