• 現代ファンタジー

悪役貴族1話


ハリルは拷問で痛む体を堪えながらみじろぎをすると、拘束している手枷と足枷が、大きな音をたてて存在を主張した。

 異世界に転生したと自覚して十年、齢二十五になるハリルは今日、第一級の犯罪者として処刑される。
 

 ここにいるのはハリルの生き方による自業自得の結果ではあるが、胸に残る感情は後悔しかなかった。
 もし自分に前世の記憶がなかったら、こんな終わりを迎えただろうか?


 ハリルは地球からの転生者であり、藤原裕として過ごした記憶を持ち合わせている。
 藤原裕の人生を言葉で表すなら、不運、その一言に尽きるだろう。

 裕は母親の浮気の結果生まれた子であり、父親の離婚によって家庭が崩壊した後、施設に預けられることとなる。
 施設でも粗雑に扱われ、愛されることを知らなかった一人の少年は、流行病によりあっけなくこの世を去った。
 
 その時の記憶は、トラウマとなって転生した後もハリルの心を支配した。
 愛されたい、嫌われたくない。そんな人として当たり前のような願望は、ハリルに一つの神器をもたらし、周囲の人間を破滅へと追いやってしまうこととなってしまう。

 薄暗い牢屋の中で、ハリルは俯きながら心の中で謝罪を送り続け……処刑の日を迎えた。

「七番、処刑の日だ」

 看守が感情の読めない平坦な声でハリルを呼ぶ。
 ハリルは看守によって喉元まである布袋を被せられると、処刑場へと移動を始めた
 溜まりに溜まった罪悪感からか、死への恐怖は不思議となかった。

「ホークウェル卿、前へ!」

 看守の言葉に従い歩いていくと、前方から止まれと声がかかる。
 大人しく待っていると、ハリルの布袋に手がかけられて乱雑に外された。

「国王、様?」

「気安く声をかけるでない!」

 光に慣れたハリルの目に映ったものは、ハリルが住む国王と、一人の老人の姿だった。
 肖像画で見た国王は、眉をしかめてハリルを睨んでおり、国王の後ろに立っていた老人がハリルの無礼を注意する。
 膝をつき、謝罪の意を示したところで、国王が口を開いた。

「ハリル・ホークウェルよ、お主は己の罪を自覚しておるな?」

「はい、陛下。私はいかなる処罰も受ける覚悟でございます」

「よろしい。ならば首を刎ねる前に答えるがいい。お主が神から賜った神器、あれを何処に隠した?」

「……あの神器は取り外した後、消滅してしまいました」

「嘘をつくではない! |不壊《ふえ》の宝具じゃぞ! 壊れるわけ――失礼しました」

 老人が大声でハリルを怒鳴りつけるが、国王が腕を横に出して静止させた。
 老人が口を閉ざしたことを確認すると、国王からとんでもない言葉を聞かされる。

「お前が正直に話すか、ホークウェルが治める土地の生き残りから無理矢理聞き出すか、やることは変わらん。下らん真似はやめて正直に話せ」

「お待ちください国王様! 私は嘘を言っておりません。神器は私の前で本当に――」

「それでは皆殺しにして探すしかないのう。心が痛むわ」

 冷淡な声色で告げられる国王からの宣言に、ハリルは顔を青ざめさせる。
 額を地面に擦り付けながら、何度も慈悲を請うが。

「まったく……愚物の子は愚物だな」

「愚物?」

 国王の言っている意味が理解できなかった。
 ハリルはまだしも、彼の父は武功をあげて男爵に成り上がった実力者。
 そんな評価を下されるいわれはないはずだ。

「与えられた役目をこなすことも出来なかったあの男は、愚物以外何者でもない。実の息子に情が移ったのかもしらんが、事が公になるまで神器の存在を隠しておったのだ。あやつが生きていれば、今のお主と同じ処罰を与えていたところよ」

 命を賭けて魔物と戦った父親を愚弄されて、頭が沸騰したように熱くなる。

「父上は領民を守るために立派に戦われた英雄です」

「英雄? 違うな。全てはお前の犠牲者であろう?」

 馬鹿にしたように話す国王だったが、ハリルは言い返すことができなかった。
 それは自身の力に気がついた時に、内心そうなのではないかとハリル自身感じていたからだ。
 悔しげに涙を浮かべるハリルを国王は鼻で笑う。

「今から二十年前、我が国の北東に一つの神器を降ろすといったお告げがあった。貴様が手にした神器のことだ。誠の王の証とも言われているそれを手に入れるために、わざわざ魔物住み着く土地を開拓したのにこの様よ……」

 憎しみに満ちた視線を送ってくる国王に対して、ハリルは震える声で反論する。
 元より死を待つ身、勝手な発言が無礼に思われようとも生き残りの民を守るために……

「私の言葉に嘘はありません! 神器はこの身から離れると消えてしまったのです」

 その言葉を聞いた老人は国王に耳打ちをした。

「……所有権が破棄されたか。不安定であるなら尚更時間はかけられんな」

 どうやら国王は消えた神器を回収する術を知っているらしいとハリルは悟る。
 ハリルは青ざめた表情を浮かべながら、必死になって国王に訴えかけた。

「あの神器は……呪いでございます。人心を操る力は英雄王の血筋にある国王様には――」

「何を馬鹿なことを言っておる。その力こそ英雄王の力じゃと言うのに……」

 国王は呆れたように告げると、ハリルを連れてきた看守に向かって合図を出す。
 看守がベルを鳴らすと、ハリルの腕に取り付けられた拘束具にかけられた魔法が発動して強制的に動き出した。
 ハリルは膝をつき、断頭台に自ら首を差し出す。

 
 

 誠の王の証。
 どんな大それた逸話があろうとも、あれは人が持ってていい力ではない。
 願わくば僕から離れたあの神器が誰にも見つからないことを……。




 ――――――――――――――


「ハリル! どうしたんだ緊張してるのか?」

 耳朶に響く懐かしい声に、ハリルはびくりと体を揺らす。
 声の先に目を向けると、綺麗に整えられた茶髪の短髪に、彫りの深い顔立ちと鋭い眼光の男が眉根を寄せてこちらを見ていた。

 頬には武功を立てた時についた一筋の傷跡がついており、どこからどう見ても死に別れたはずの父―― ルーカス・ホークウェルその人である。
 
 ハリルは呆然とした表情で頬をつねると、鈍い痛みが返ってきた。
 これが今際の際の夢であれば、最後まで情けないなで済んでいたのだが、返ってきた反応を加味してもまだ目の前の光景を受け入れない。
 ハリルはポカンと口を大きく開けて固まっていると、ルーカスが腰を曲げて覗き込んできた。

 
 

「血の気が引いたような顔してるけど本当に大丈夫か? あまり気負うんじゃないぞ。成人の儀はあくまで通過儀礼だ。力を得ないのが普通だからな」

「父上! つかぬことをお聞きしますが、今は太陽暦で何年でしょうか?」

「980年だけどまだ寝ぼけているのか?」

 マーカスは呆れたように教えてくれたが、その目に嘘の色は見えなかった。
 父の言葉を信じるならハリルは時間を遡っていることになる。
 それもハリルの転機となった成人の儀を行う前に、だ。

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