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『惑星開発(コロニー)ゲープレイヤーのおっさん』(仮)

 いつからか締め切られたままの、分厚いカーテンが月明かりを遮る電気も点いていない薄暗い部屋。
 小さなファンが回る音が聞こえるだけの静かな部屋の中、唯一の光源はPCディスプレイが放つ青白い光だけ。
 蛍雪の功――蛍の光ならぬ『画面の光』に照らされた彼の顔は目が落ち窪み頬がこけ、まるでミイラのようだった。

「カチカチ……カチカチカチ……カチカチ……」

 彼の腕、その手首から先だけが絶え間なく動き続ける。
 瞬きすら忘れたかのように画面を凝視する姿は、異様な気迫を放っていた。

「駄目だ……そろそろ意識が飛びそう……」

 彼は末期の悪性腫瘍を患っていた。
 病院に入院すれば延命は可能だったが――そこでは自由にゲームができない。

『一日の長生きより、一分のゲーム』

 そう決めた彼は入院を拒否し、自宅でゲームに没頭する道を選んだ。
 かつてはそれなりに体格の良かった身体も、今ではすっかり痩せ衰え骨と皮ばかり。
 固形物は喉を通らず、食事はゼリー飲料を流し込むだけ。
 それでも彼は、体の内側からの刺すような痛みに耐えながらもマウスを握る手だけは決して止めない。

 しかし……そんな彼にも、最期の時が迫っていた。

「まだ……まだ……死にたくない……そう、まだ……まだだ! 俺には、やらなきゃいけないゲームが山ほどあるんだ!」

 もっとも彼が最近プレイしているのは『スターワールド』という惑星開拓シミュレーションゲームだけだったのだが。
 未開の惑星を開拓し、資源を集め、文明を発展させる――それだけのシンプルなゲーム。
 体調を崩す前から画面の前に張り付き、ゲームの世界を支配することだけを考えて日常生活を送っていた。
 いつからか彼は……いや、きっと最初から彼は狂っていたのかもしれない。

「ゲーム……別に死んでもいいから……どうにかして……続けたい……」

 呂律の回らなくなった口でかすれた声を漏らす。
 生きたい? いや、生きたいわけではない。
 どうせ生きていても、自由にゲームをする時間などなかったのだから。

 別に死ぬのは構わない。
 だが、死んでしまえば……ゲームができない。
 ならば、生きるしかないのである。
 普通の人間ならとっくに絶命しているであろう身体を『ゲームをしたい』という執念だけで動かし続けていた。

「駄目だ……さすがに……視界が……このあたりが限界か……」

 これが一段落ついたら久しぶりに戦国ゲー……いや、馬主ゲーもいいな。
 意識が落ちていきそうになる中、それでも彼はどうにかしてゲームを続ける方法を考えていた。
 どうにか……どうにかしてゲーム……クソッ! どうしてこの世界では有線で外部と繋がることが……うん? 有線? ……有線だ!
 何を思いついたのかふらふらと揺れると手を伸ばし、PCのUSB端子に刺さったケーブルを手に取る。

「……ふふっ、ははっ! これでどうだ!? 俺が死んでも、俺のゴース……魂はこのケーブルを伝ってPCの……中……に……」

 そして、そのケーブルの端を――尻の穴に差し込んだ。
 そう、それは彼の最後の執念、狂気そのものの行為。



『次のニュースです。○○県○○市のアパートの一室で、住人と思われる男性の腐乱死体が発見されました。なお、男性の遺体はパソコンとケーブルで接続されており、警察では殺人事件の可能性も視野に入れて捜査を――』

 数ヶ月後、隣の部屋からの異臭に気付いた住人が通報。
 かくして、狂った男の狂った行動により、ただの病死が猟奇殺人事件の疑惑を生むこととなった。
 むろん、死んだ男がそれを知る由もない。
 彼の死を知らされた両親は、異常な最期の報告を受けると、泣くよりも先にこう呟いた。

『あいつならやりそうだな……』

 ただただ、深いため息をついて……。

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