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「比翼」コミカライズ第3話配信記念SS 【二度あることは三度ある】

本日発売「コミックライドアイビーvol.31 」にて、「比翼は連理を望まない」第3話が公開になりました!

今回の記念SSは「二度目の掲載/第3話の掲載」ということでこちらをどうぞ!

※SS中で言われている「初回のやらかし」に関しては、以前の近況ノートのSSを参照
https://kakuyomu.jp/users/Iyo_Anzaki/news/16818093082128706170

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【二度あることは三度ある】


 その日は、珍しいことがいくつも起きた。

 ひとつ。晴れているのに雨が降った。所用で外にいた慈雲は、そのせいで濡れ鼠になってしまった。

 ふたつ。明らかにしょげ返っていると分かる涼麗が、貴陽の元にやってきた。ずぶ濡れ状態を気にせず泉仙省に戻ろうとしていた慈雲は貴陽にとっ捕まって医局簡易休憩室まで連行されていたので、そこで涼麗と鉢合わせることになった。

 みっつ。その日は朝から涼麗と黄季が別行動をしていた。いつも涼麗の警護役よろしく黄季の方が傍を離れないのに珍しいことがあるものだなと思っていたのだが、どうやら黄季は涼麗を放置して自力で王城まで出仕してきたらしい。後から転送陣で飛んできた涼麗が必死になって黄季を探していたところを見るに、どうやら涼麗が何かをやらかしたようだ。

「で? お前、黄季に対して何をやらかしたんだ?」

 涼麗がここまでしょげ返り、珍しく初手で慈雲よりも貴陽を頼ったということは、何かやましいことの相談なのだろう。恐らく慈雲に相談すると初手で説教を喰らうと分かっていたから、あえて慈雲を避けたに違いない。

 幼子よろしく貴陽に頭を拭かれながら問いかければ、その予想を裏付けるかのように涼麗はますます気まずさを表情に出した。自分達と涼麗は確かに親しい間柄ではあるが、涼麗がここまで素直に内心を表情に出すのは珍しい。

「つまみ食いを、咎められた」

『ここまで珍しいことが重なるなんてなぁ』とのんびり考えていると、観念したかのように涼麗がおずおずと口を開く。

「食べてはならないと、釘を刺されていたのに、我慢できなかった」
「はぁ」

 元々『食欲』というものを持たず、文字通り霞を食べて生きていた涼麗だが、相方である黄季に胃袋を掴まれてからは、黄季の手料理に対してのみ異常なほど執着を見せるようになった。独占欲、と言い換えてもいいのかもしれない。

 人形のように生きていた時代の涼麗を知っている身としては、『つまみ食いで怒られるようになった』としょげ返る涼麗は見ていて微笑ましい。しかしそれを『微笑ましい』の一言で片付けてはならない状況であるということも分かっている。

「黄季がものすごく怒っていて、口をきいてくれない。何とか謝罪したい」
「黄季君がそこまで怒るなんて、相当じゃない?」
「お前、何をどれだけ『つまみ食い』したんだよ?」

 何せ現在の涼麗の相方である鷭黄季は、大変できた人間だ。滅多なことでは怒らない上に、涼麗が自分の料理を気に入っていることを喜んでいる黄季が『つまみ食い』程度でそこまで怒るなど、普通に考えてありえない。

 ──つまみ食い程度ではすまないくらいに『つまみ食い』をしたか、他の人に渡すために用意していた料理に手を出したか……

 そんな予想をしながら視線で涼麗を促すと、意を決したように涼麗は告白した。

「仕上がり直前の煮豚を、半分の大きさにしてしまった」
「お前またやったのかっ!?」
「お前またやったのかぁっ!?」

 その告白に慈雲はいつぞやか黄季が怒りの壁ドンを繰り出した現場に遭遇したことを思い出して悲鳴を上げ、貴陽はそんな慈雲の発言から再犯であることを確信し、慈雲の言葉をそのままなぞるように絶叫した。


  ※  ※  ※


「おっ前、なぁ……! 前に同じことしてあんなに黄季に怒られてたろ? 何で繰り返すんだよ、バカ!」
「え? え、再犯なの? 涼麗さんが? 煮豚が仕上がるのを待ちきれずに? 『つまみ食い』と称して半分も食べちゃったの? え? どゆこと?」
「今回は、ちゃんと中まで味が染みていた。そこまで我慢した」
「いや、そーゆー話じゃねぇんだよ!」
「ちょっと、ちょっと僕にも詳細が分かるように話してよ! 再犯なの? 再犯なの、ねぇたら!」

 涼麗の拙い説明から想像するに、涼麗は黄季が仕込んでいた煮豚の仕上がりが我慢できず、仕上がり直前の煮豚をひっそりとつまみ食いしていたらしい。それも一度では我慢できず、厨房の前を行き来するたびにつまみ食いを繰り返した。

 結果、仕上がった煮豚は当初の半分の大きさになっていた。当然黄季の目を誤魔化すことはできず、呼びつけられた涼麗は黄季に大変叱られることになった。

 ちなみに涼麗が『つまみ食い』で煮豚を大幅に小さくしてしまったのはこれが初犯ではない。以前、涼麗は黄季が仕込んでいた三本の煮豚のうち一本を半分の大きさまで縮めてしまった上にシラを切ろうとして、ブチ切れた黄季に激詰めされた過去がある。慈雲が目撃した『初犯』がそれだ。

「黄季が私に説教をする時、手に紫鸞が握られていた」
「信じらんねぇくらいブチ切れてんじゃねぇか」
「黄季君がそんなに怒る相手って、魏浄祐か永膳さんくらいしかいないと思ってた」
「紫鸞を体の前に立てて、淡々と冷えた声で理詰めの小言を並べる黄季には、将軍のような風格があった」

『正直、怖かった』とこぼしながら、涼麗はプルリと小さく体を震わせる。怒れる黄季の本気の説教は、少なからず涼麗の精神に傷を負わせたらしい。

 ──まぁ、ガキにはそれくらいキツめの説教をカマしといた方が効果的なのかもしんねぇけども。

 事この手のやらかしに関しては、涼麗の精神は間違いなくガキンチョである。母親から『やっちゃダメよ』と注意されたことを守れない、頑是ない子供と同じだ。

 とはいえ、泉部の主力を担う一対が機能していないという状況は大変由々しき問題だ。万が一の事が起きた場合に少なくない支障をきたす。『鳳凰師弟』だの『対舞鳳凰』だのと呼ばれているこの一対には、なるべくならば常に仲良くしていてもらいたい、というのが長官としての慈雲の本音だ。

 ちなみに一個人としては『普段穏やかで常に師匠を気にかけているはずである人物が、そこはかとなく怒気を振り撒きながら師匠を遠ざけてる構図は、周囲から見たらひたすら心臓に悪いだろうから、とっとと解決してもらわねぇとな』と思っている。

「……仲直り、というやつの仕方が、分からない」

 そんなことを内心でつらつらと考えていると、心底情けない響きを帯びた声が涼麗からこぼれ落ちた。『生き人形』とまで評された御仁からこんな声が出るのかと、慈雲は思わず目を瞬かせる。

「今まで、壊したくないと思った関係も、修復したい、なくしたくないとしがみつくような関係も、なかったんだ」

 純粋に驚きの目を向ける慈雲の前で、涼麗はしょげ返った表情のまま顔を伏せていた。

 力なく床に視線を落とした涼麗は、泣くのを我慢している幼子を連想させる。そこには『救国の比翼の片割れ』としての威厳もなければ、『沙那最強の退魔師』としての風格もない。

「なかったんだ」

 今慈雲達の前にいる涼麗は、ただの世話の焼ける同期だった。

 人間関係に不器用すぎて全てを諦めていたこの同期は、最近になって足掻くことや努力することを学んだ。そのせいでさらに世話が焼けるようにはなったが、そういう方面での世話ならば、まぁ仕方がないから焼いてやるかと慈雲は思っている。

「どうすれば、黄季は許してくれるだろうか」

 そんな慈雲の内心を知る由もない涼麗は、両手をグッと握りしめながら慈雲へ視線を向けた。その瞳は不安にユラユラと揺れているが、底に宿る光は強い。

「お前達は、よく喧嘩をしているのに、鬱陶しいくらい仲がいいだろう。仲直りの秘訣があるならば、教えてほしい」
「『鬱陶しいくらい』っていう一言は余計じゃない?」

『そういう余計な一言が喧嘩の元になってるんじゃないのぉ?』と貴陽が皮肉ると、涼麗はたじろいだようにグッと唇を引き結ぶ。どうやら図星を突かれたらしい。

「まぁ、まずは自分が何を怒られたのか、何を反省すべきなのか、その本質をきちんと理解するところから始めたらどうだ? その辺りを理解できないまま形だけの謝罪をしても、火に油を注ぐだけだぞ?」

『その辺りにしてやれ』と片手で貴陽を制しながら、慈雲は建設的な意見を口にした。そんな慈雲に救いの光を見たのか、涼麗の表情が真剣味を帯びる。

「黄季を捕獲するだけなら、お前が本気になればいくらでも手段はあるだろ。だからそこは問題にならない。いかに反省し、誠意を見せるか。問題はそこだ」
「人によっては、それを受け入れてもらえるかっていう部分も問題になるけども。黄季君ならその辺りは大丈夫でしょ」
「だな。あいつ、本当によくできた人間だから」

 涼麗は素直に拝聴の姿勢を取りながら、時折コクリ、コクリと真剣な表情で小さく頷く。

 そんないつになく真剣な涼麗に苦笑を浮かべながら、慈雲と貴陽は『仲直り』の仕方を思いつくままにつらつらと口にしていく。

 ──とはいえ、最近のこいつは本っっっ当に食欲に忠実だからなぁ……

『二度あることは三度あるって言うし、もう一回くらいはやらかしそうだよなぁ』という嫌な予感が現実になることを、この時の慈雲はまだ知らない。


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・コミカライズ公式HP
https://www.ivy.comicride.jp/detail/hiyoku/

・角川ビーンズ文庫特設ページ(第1話の冒頭が試し読みできます!)
https://beans.kadokawa.co.jp/blog/infomation/entry-5854.html

・ライコミ様作品ページ
https://comicride.jp/series/de1f0152b002d

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