【カクヨム短歌賞】選考委員・青松輝さんインタビュー。「選考委員の価値観を変える1首を」

「カクヨム短歌賞」選考委員にインタビュー!

7月1日(水)より応募受付を開始した「カクヨム短歌賞」
10首連作部門では、歌人3名による選考が行われます。

▼応募要項はこちらから!
kakuyomu.jp

本賞をきっかけに初めて短歌を作ってみる人や、1首で作ったことはあっても「短歌連作」に挑むのは初めてという人も多いと思います。
そこで今回は選考委員の3名にインタビューを実施。ふだんどのように歌作に取り組んでいるかどのような作品を期待しているかなど、気になる疑問を聞いてみました。

今回お答えいただいたのは青松輝さん。若手歌人として高い評価と人気を得つつ、YouTuber「ベテランち」としても活躍されています。
ぜひ歌作の参考にして、「カクヨム短歌賞」を楽しんでいただければ幸いです。


GUEST
青松輝

青松輝(あおまつ・あきら)

1998年生まれ。歌集『4』(ナナロク社)。YouTubeでも活動。

前回のカクヨム短歌賞について

――自己紹介をお願いします。

青松:青松輝と申します。2018年から2020年まで東京大学の「Q短歌会」というサークルで短歌をやっていて、現在は主に個人と、友達とのユニット「第三滑走路」というネットプリントで活動しています。2023年に『4』(ナナロク社)という歌集を出しました。YouTubeでも活動しています。

――青松さんには、前回の「カクヨム短歌賞」でも選考委員を務めていただきました。振り返ってみて、いかがでしたか。

青松:とてもいいコンテストだったと思います。何より、応募作がすごくよかった。その分大賞を決めるのはかなり難航しましたが、それはむしろ喜ばしいことでした。その後もファイナリストはもちろん、そのほか僕が好きだった人たちの活動はチェックしています。ぜひみなさんも、このコンテストで読むことで終わらず、出会った歌人のその他の作品を読んでみていただけるとうれしいですね。ただ、正直なところ、選考はすごく大変でしたね(笑)。なんと言っても1,783作×10首でしたから。この量をしっかり読んで評価をつけるというのは想像以上に過酷でした。一方で、これだけの人数の力作を読めるというのは非常に贅沢で、とても楽しかったというのも本当です。

選考委員の価値観を変えてしまう短歌を

――今回、第2回ではどのような作品を期待していますか。

青松:2回目ですから、前回の受賞作がありますよね。傾向と対策を考えて、そこに寄せてくる人もいるかもしれません。でも僕は、むしろそういう文脈を裏切るような作品を採りたい。選考する側の短歌観、価値観を変化させてくれる短歌。これまでに見たことのない面白さがある短歌こそ評価したいです。前回も参加してくれて、たとえばファイナリストに残らなかった人もいると思うんですけど、残らなかったからと無理に作風を変化させる必要はない。同じ路線でも、クオリティの高い作品が来たらちゃんと評価します。前回、僕たち選考委員の顔ぶれを見てかインターネットっぽい言葉づかいを取り入れている作品がいくつかありましたが、その無理やりな感じが明白でした。僕は選考委員として、いろいろな面白さ、良さを受け取れる自負があります。そこはぜひ信用して、まっすぐ応募してきてほしい。作者の考える「本当にいいもの」を応募してきてほしいです。ただしニッチすぎるもの、内輪ウケだけを取れる、外に向かって開かれていない作品は「カクヨム短歌賞」という賞のスケールには見合わないとは思っていますが。

――前回の選考結果や選考委員の顔ぶれ、コンテストの傾向を見て無理に作風を合わせる必要はないということですね。

青松:はい。そこは信じてほしいです。今回の応募者に向けたメッセージでは、「きみがしてきたこと、見てきたもの、考えていることすべて、きみが短歌で証明する」と書きました。短歌に限らずですが、なにかを作るとそれがそこにあったことになるというのを、僕はすごくいいことだと思っています。頭のなかで考えているだけでは、どんなに面白いアイディアでもそこにあることにはならない。作れば、あることになる。書けば本当のことになる。それは自分にとっても他人にとっても、とてもヘルシーな感じがします。だから、自分にとって必然性のあるものを書いてくれると嬉しいですね。加えて言えば、作者にとって必然性があるだけでは読者にそう思ってもらうことは難しくて、そのためには技術面で優れていてほしい。

――前回の選考で、青松さんは「必然性」「技術性」「現代性」の3つを選考基準として挙げていました。その基準は今回も変わらずでしょうか。

青松:はい。僕が短歌に期待するのは、常にその3つです。「現代性」についても説明を付け加えるなら、これはいま流行っている作風を採用しろという意味ではまったくありません。現代性とは、狭く取ればこの短歌シーンで最近はどのような作品が人気かという文脈のなかで、広く取れば短歌史またはこの世界のあらゆる作品の文脈のなかで、「2026年現在のこの状況下で、いまこれが出てくるんだ」というメタゲーム上の真新しさということです。先に述べた「必然性」を作者本人にとっての内的な必然性とするなら、「現代性」は様々な文脈における外的な必然性と言ってもいい。この2つを伝えるために、技術が必要になる。そういう構図です。

――つまり「前回の受賞作がこうだったからそこに寄せよう」とか「この選考委員の作風はこうだからそこに寄せよう」という発想は、その時点で現代性も本人にとっての必然性も逸しているということですね。

青松:その通りです。じゃあ最近の短歌の流れを勉強しないと現代性を担保できないのかというと、そういうことでもありません。一つの作品に接続する文脈は一つじゃない。現代という時代の文脈、日本という文脈、カクヨムという場の文脈、人類という文脈、無数にある文脈のなかでどれに応答するかは作者に委ねられています。たとえば前回大賞を獲った由良鴻波さんの作品は短歌的な新しさだけではなく、現代日本における特有の感性を高いレベルで掬い上げていました。だから短歌に詳しくない人でも臆せずチャレンジしてほしいし、短歌に詳しい人も短歌シーンだけを視野に入れるのではなく、もっと広い文脈を背負うつもりでやってほしいです。

▼前回大賞・由良鴻波さんの受賞連作 kakuyomu.jp

映像としての質感

――本人にとっての必然性、文脈における現代性に加えて、それらを読者にわかってもらうための技術があるというお話でした。技術とはどんなもので、どのように磨けばいいのでしょうか?

青松:いろんな要素がありますね。韻律(リズム)だけを切り取っても、初句が5音で定型なのか6音で余っているのか7音で余っているのか、そのなかに促音や撥音や拗音が入っているのかで全然印象が違う。語の選択について言えば、あるものを花と表現するのか百合と表現するのか白百合と表現するのかで同じく印象が違います。ざっくり、そういう領域をコントロールするのが技術です。前回のインタビューで「テクスチャー」という概念について話したんですが、これをもう少し具体化して説明すると「読者の脳内に浮かぶ映像の質感をどんな作画にしたいか」というのがもっともわかりやすい言い方かもしれません。

――映像の質感とは、どういうことでしょうか。

青松:たとえば前回の大賞である篠原仮眠さんの作品を読んだとき、どこかアニメや漫画っぽい印象を受けないでしょうか。語の選択もそうですし、出てくるアイテムや出す順番、韻律のスピード感。あらゆる要素のトータルで、読者の頭の中に浮かぶ映像が、どんなテイストなのかが決まるのではないかと思います。アニメっぽいのか実写っぽいのか、明るいのか暗いのか、鮮やかなのかモノクロなのか、みたいな。僕自身の作品に関して言えば、最近は「往年の名作映画」みたいな質感にしたいと思っていて、それっぽいツヤ感を出せるように操作しています。僕の言う技術とはそのような意味合いで、読者に狙い通りの印象を持ってもらう、狙い通りの読書体験をしてもらうための導線を引くための創意ということです。

▼前回大賞・篠原仮眠さんの受賞連作 kakuyomu.jp

――印象を決定づける要素と定義するなら、考えるべきことは無数にありますね。青松さんが特に気にする要素はどれでしょうか。

青松:どの要素も大切ですが、特にということであれば2つあります。一つは名詞の扱い。前回自分が選んだ作品や落とした作品を見ていても、名詞をきちんと扱えているか、いい名詞を見つけて必然的に取り入れられているかという要素は大きいと思います。もう一つは意味が通っているか。語のテクスチャーをうまいこと使っていい歌を作ることは、最近の若い人ならだいたいできるでしょう。その上で同時に意味による制御もできている短歌を、前回の選考では高く評価していました。意味による制御ができている短歌、たとえば短歌をやっていない人の目に触れてもみんなが意味を受け取れて楽しめるような短歌というのは、なかなかないですよね。まぁ、こういうことを言いましたが、この基準に寄せればいいという話ではありません。最初に言った通り、こういう基準を裏切ってくる作品をこそ求めています。

応募者へのメッセージ

――それでは最後に、応募者のみなさんへメッセージをお願いします。

青松:前回も同じことを言ったと思いますが、まずは「応募してほしい」。これがもっとも伝えたいメッセージです。もっと言えば応募しなくてもいいから、短歌を書いて世に出してほしい。そのきっかけとして、このコンテストを使ってもらえればうれしいです。われわれ歌人の最終的な目標はもちろん、受賞することなんかじゃない。短歌を書いて何かが発生すること、読まれて何かが発生すること、それが大事なので。もう最悪、短歌じゃなくてもいいです。この記事を読んでいる時点で、何かを書くこと、作ることに興味があるなら、なんでもいいからやってみてほしい。だからまぁ、自炊みたいなものですね。これは料理のコンテストだからおいしい料理が受賞してそうじゃない料理が落ちますが、そんなことはどうでもいいんです。自炊してみておいしかったら、または人に食べてもらっておいしいって言ってもらったら、人生が好転する。それだけのことなので。コンテストの選考委員としては完璧な料理しか採りませんが、そこはごめんなさいなんですけど、それはそれとしてコンテストが料理することのきっかけになったらいいなと思います。短歌を書いたことのない人がいれば、短歌って楽しいですよと伝えたいです。ぜひ、応募よろしくお願いします。

――ありがとうございました。選考、よろしくお願いいたします。

青松:ありがとうございました。今年も楽しみにしています。


「第2回カクヨム短歌賞」の応募受付は、9/8(火)まで。
ぜひ奮ってご応募ください!

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