第12話 警官の『穴』

蒼月が何事もなかったかのような顔で走り出し、三人に追いつく。

蒼月と合流した四人は車に乗り込み、少女を受け渡す予定になっている港へと移動する。


蓑原が死亡したので、鏡坂が運転手となった。


「あの戦いは結構危なかったな」

「二人が出てくるタイミングが遅くて助かったよ」

「そうだね!黒いゼリーが落ちてくるのと同時に奇襲されてたら危なかった!」


「自分と鏡坂さんも対応が難しかったろうな……。

ショックでしばらくの間、完全に意識が飛んでたよ。

こころもあのままだと危なかったよね?」

「絶対殺されてたと思う!

攻撃した時に、中の人に当たれば問題なかったんだけど外れちゃった!

『人形』で攻撃したけど、真ん中じゃなくて端の方をこそこそしていたんだなって」


「手品の種と似たようなものがある。

スマートなトリックに見せかけて実際は素早い手の動きで不思議なものに見せたりね。

黒いゼリーは最初に中身なしを置いて攻撃させて当たらないところを見せた。

次に『人形』の攻撃もなんとか避けて攻撃しても無駄というイメージを作らせた。

手品的な流れだね」

「だから俺の『振動』みたいな、モーションのない機能は当たったんだな」

「そういう事だね」


「なんで三人は同時に奇襲しなかったのかな?」

「今までは楽ができたチームなんだろうね。

戦う相手より逃げる相手の方が倒しやすいからね」

「攻撃が当たらない、勝てないのであれば逃げるべきだと俺らが判断する事を期待してたんだな」

「敵の判断の差。今回の戦いは、それだけの差しかなかった。

あの奇襲かけてきた3人が最善を尽くせば僕達が全滅だったろうね」


「なかなか不利だな。追われる側ってのは……」

「奇襲はほんと怖いよ!特に見えない、気づけないタイプの奇襲はほんと怖い。

今度は不審なものがあったら、とことんまで警戒しなきゃいけないね!」

「――――悔しいね。自分が上を見て違和感に気づけたらなんでもなかった筈さ。

蓑原さんは相手の機能を推理するのがとても得意だった。

多分動く黒いゼリーを見た時点で見破れただろう。

最初の動かない黒いゼリーを僕らに見せた理由だって解ったと思うよ」

「そんなに使えるおっさんだったのか」

「強いベテランだったよ。それに有名だったからね。

そのために最初に狙われたとも言えるけどね」

「難しいもんだな……」


車を1時間ほど走らせた。

新暦時代において個人間の通信は厳しく規制されており、

個人が使えるGPSも存在しない。

カーナビはなく、地図によって移動していた。



「思ったんだけど、俺装甲無いから死にやすいよな?」

「え?今更かよ!」


こころが突っ込みを入れた。


「もちろん。奇襲を受けたらひとたまりもないよね。

生身なので一撃でも受けたら死ぬ可能性は高い。

だから最初は度胸のある方だなと思ったよ。

装甲の無い形態で堂々と依頼をこなしてるのだから……」


「これ以上人数は減らせない。だから、俺は考えたんだ」

「へえ。なんですか?」

「俺とこころとゆのは密着していたほうがいいと思う」

「は?」

「一緒に行動して、常に俺の隣にいろ」

「嫌だよ!何で!?」

「考えろや。お前の壁の中にいれば俺安全だろ?

このメンバーではそのフォーメーションがベストなんだよ」

「確かにそうだね。鏡坂さんは遠距離に届くし装甲がない。

弱点を埋められるよね」

「しょうがないなぁ……私に触らないでくださいね!」

「触らねえよ!ま、言う事聞かないときは腹パンするけどな」

「じゃあやだです!」

「まあまあ。それが一番いいフォーメーションなのは確かだから」

「そうだぞ!わがまま言うなよ!チームのためなんだぞ!」

「うぅ……わかってるよ!」


車が高速に入り、2時間走らせた。

田舎の何でもない港へ繋がっているため、高速でもあまり車通りがなかった。

鏡坂はウィンカーを転倒させず急左折して不人気なパーキングエリアに入った。

もちろんこの行動は道路交通法違反だが、尾行をまくために必要だ。

周囲に怪しい車はなかったが、用心に越したことはない。

不人気なパーキングエリアのため人は少なく、入ってくる車もまばら。

休憩にはちょうどよかった。


そもそも仕事中に休憩など本来は不要ではあるが、

今回の休憩には理由がある。


「すみません鏡坂さん。

ちょっとパーキングエリアかどこかで休憩しませんか?」

「なんで?俺は別に運転平気だぞ。疲れてねえ」

「そういうのじゃなくて……」

「じゃあどういう事だよ?」

「あの……その……」

「はっきり言えよ!」

「トイレ行きたい……」

「ふっざけんな!命かけてるんだぞこっちは!何がトイレだよ!?」

「もう限界なんだよ……?」

「小便なんて漏らせばいいだろ!!」

「いや!」

「最初からションベンくさい子供なんだからいいんだよ漏らしたって!!」

「最低だこのおっさん!!」

「いやいや、流石にそれは困るよ。

港に行ってもさぁ。目立ってしまうと思うよ?

ゆのちゃんぐらいの年ならともかく、こころの年頃だとね」

「そうだよ!逆に目立つよ!仕事に支障が出るよ!!」

「……確かに一理あるな」

「そうでしょ!?休憩しようよ!」

「蒼月。お前がこころの小便を粉末にしてやれ。そうすりゃ目立たないだろ」

「なるほど。――――それなら確かに目立たないね」

「ふざけんなっ!!」


こころが怒りのあまり人形を起動させて鏡坂の首を掴んだため、

一行は仕方なくパーキングエリアで休憩となった。


「今度からはオムツ用意してやるか……」


休憩時に余計な会話はせず、5分ほどで終わらせ車に戻った。


「そう言えば、なんで港に行くのかな?」

「港に行くって事はどっかに連れていくためだろ。

多分、位置的に海外なんだろうな」

「ゆのはかいがいにいくの?あめりか?ふらんす?」

「どこだろうねー?」


こころがゆのの頬を指でつつく。

後部座席でゆのがはしゃぎだす。


「海外の工場まで連れていく必要があるんだろうね。

まあ、なんとなくわかるよ。

柱野さんは楽園を作っていた。そして楽園には幸福感が必要だった。

だからきっと柱野さんは『幸福を作りだす生物』を創造したんじゃないかな?」

「なるほどな!麻薬か!!」

「柱野さんは恐らく……まったく副作用も無く、

むしろ健康に良いってレベルの完璧な麻薬を作ったんだろう。

金になるとも言っていたしね。

生物が作り出す天然の麻薬を錠剤にするために、ゆのちゃんを海外の工場に届けるのさ。

そりゃ神器所有者が狙ってもおかしくない。手に入ればとんでもない大金になるものだからね」


「ほう……そうか。おいゆの」

「なに?おじちゃん」

「そんな年じゃねえ!ゆの!麻薬出せよ!」


「何言ってるんだよ鏡坂さん!話聞いてた?

ゆのちゃんが直接出せる訳じゃないの!中にいる生き物が作るんだよ」

「まあ、単に想像にすぎないけどね。内宮さんから聞いたわけじゃないし」


「はい、あげるー」

「はい、ありがとー」


後部座席からゆのが手を出し、鏡坂の手に謎の白い粉を握らせる。


「ええええええっ!?」

「ど、どういうこと!?」


「これが、わざわざ子供に『楽園』の生物を縫い付ける意味だろ。ゆのも神器所有者なんだろうよ」

「……しかし、これは一体どういう『機能』なんだろう?」

「そこまではわかんねえな!」


鏡坂は手のひらの白い粉をじっと見た。


「この不思議な白い粉を吸引すると幸福になれるってマジ?吸わなきゃ……」

「運転中にトリップしないで!」


こころが鏡坂の腕を掴んで制止した。



車で移動してから3時間。ついに港に到着した。


「うみだーー!」

「風が気持ちいいね~」


「遊ぶなガキども」

「……周囲には人がいる。疎らだけど……」


蒼月は周囲を警戒する。不審な人物は見当たらない。


「変な人はいないように思える……」

「いや待て。ここは相当にきな臭いぞ。

俺が敵だとしてもここで待ち伏せする。一戦交えるつもりで動くべきだ。

おい!こころ!ゆの連れてこっちこい!固まれ!」

「わかってるよ!ゆのちゃんこっち来て~」

「え~?」

「ごめんね!」


鏡坂、こころ、蒼月の三人は周囲を警戒しながら、港の指定された集合場所まで歩いていく。

今のところ不審な人物、不審な物は見つからない。

三人は小声で話す。


「蒼月。仮に、ここで敵が来たとしてどうすんだ?」

「いや、基本的に僕らは『ルール』がある。人目がつくところでは戦わないさ」

「そうか。なら確率は低いのか?」

「……しかし、そういったルールを破る集団もいる」

「ダメじゃねえか。どいつらだよそんな事する奴は」

「一番は『地下室』だよ」

「またそいつらか」

「『地下室』って名前の組織なの?」

「そうだよ。

彼らは誰が見てても関係ないと言うか、『見てる人も殺す』しね。

関係ないんだ。何もかも。

『ルール』も『世界宗教同盟』が定めたものだから、

そこから外れている野良や『地下室』には関係ない」

「こころも『無能』相手に暴力振るってたしな」

「自分の居場所を守るためだもん!」

「守れてないけどな」

「うるさいよ!」

「まだおふねにつかないのぉ~~~?」

「もうちょっとだからね!我慢してねゆのちゃん!」


会話をしていると、四人に一人の男が話しかけていた。

警官だ。警官の制服をして、笑顔で気さくに話しかけてくる。


「ん?君達はどこから来たんだい?」

「え?何でですか?」

「ここら辺では見ない顔だと思ってね」

「結構遠くから来たからな」

「何でこんなところに来たの?」

「遊びに来たんだよ」


警官には蒼月が応対した。


「遊びに?遊ぶところなんてあったっけ?」

「ここらへんは自然が多いでしょう。人も少ないし、子供がのびのびと遊べます」

「そうだ。君達はどんな関係なの?年齢層も別々だし、不思議な集まりだよねぇ~?」

「親戚ですよ。従兄弟同士で遊びに来ただけです」

「へ~珍しい。仲がいいんだね~」

「そうです。仲がいいんです僕ら。……もういいですか?」

「んん~~~?」


警官が怪訝な顔して覗き込む。


「なんですか?」

「服に血がついてるよ?ケンカでもしたのかな?」

「ああ、鼻血ですよ。少し転んでしまって……」

「ほーう。そうかい。そうかい」


警官は頷いて、後ろを向き帰ろうとした。

三人はホッと胸をなで下ろす。


「なんか不審だなぁ???」


その瞬間、再び警官は三人に近寄ってきた。

鏡坂の顔に指をさす。


「署まで来てもらおうか?パトカーに乗ってもらっていいかな?」

「ああ?なんでだよ!」

「怪しいんだよね~~~~?本官の長年の勘というかそういうのが反応してるんだッ!

君達からは、犯罪のにおいがするんだよぉ~~~~~!」

「ふざけんな。何も悪い事なんてしてねえよ!」

「本当かね?なら、身分証明書を出してみなよぉぉぉぉぉぉ!」

「なんでそうなるんだよ!」

「ほら!早く!出したまえ!でないと君、署まで連れていくぞ!任意同行だッ!!」

「蒼月!こいつっ……」


殴れ!と鏡坂が言おうとした瞬間。

その瞬間に警官の全身が装甲に包まれ、鏡坂の顔めがけて拳を繰り出した。


「うおっ……」


『ガキィン!』


蒼月が警官の拳を掴み、鏡坂の直前で止めた。


「おお~~~~う!よく止めたねぇ……?」


「こころさん。早くみんなを守ってあげて」

「は、はい!」


こころは見えない壁を張り、ゆのと

鏡坂は蒼月の装甲を見て変化に気が付いた。


「蒼月?お、お前神器変わってない?」


蒼月の両腕は半装甲ではなく、がっしりとした重装甲がついていた。


「僕はいつでも蓑原さんと一緒ですよ」


その発言を聞いて鏡坂は少し退いた。


「こいつガチか……?しかし、今は頼りがいがあるな……!」


蒼月と警官がにらみ合う。


「……まさか警官のコスプレまでして襲ってくるとはね」

「本物だよぉ~~~~?」

「はあ…………」


蒼月はため息をついた。

一応、正義の建前を持つはずの警官ですら『地下室』の住民になってしまったのか。


「権力の腐敗だな!おまわり!てめー俺らの税金で生きてるくせにこんなとこで遊んでんじゃねえぞ!!」


鏡坂が警官を煽る。しかし警官は何の意にも返していない様子だった。


「そうだよ!腐敗してるんだ!権力者も社会の底辺共もっ!

世界のゴミ共がッ!!みんなみんな腐っている!ああっもう!!

私もこのままだと腐ってしまいそうだよ!早く世界を正常化させなきゃ!

あばばばばばばばばばばばばばばばばばば!!」


警官が顔を横に振って挑発する。

どうやら鏡坂よりも大分ハイな人間の様だ。


「ぐっ……」


警官は突然にっこりと笑って蒼月に聞く。


「しっかし、何で私が敵だとばれてしまったのかなぁ~~~~?

だから私の攻撃を予測し、止められたんだよね?」


「ははっ。演技が長すぎるよ。それに、この状況で絡んでくる人間なんてそうはいない。

ミスだね。怪しすぎる。――――――何も言わず、奇襲すべきでしたね?」


「奇襲?はっはっはっは。なんでそんな『つまらない事』をする必要がある?」


『つまらない事』。この言葉に蒼月は聞き覚えがあった。


「あなたは『地下室』の住民か……『何人の依頼』でここに来た?」


蒼月はあえて、普通の人間では答えないであろう質問を行った。

彼はよく知っていた。『地下室』の住民はみんなよくぺらぺらと喋る。

彼らは皆エンターテイナーなのだ。そうでなくては『あの』男を笑わせられない。


「私一人だよ。いいかい君達?何か小賢しい事を考えているようだが、そんなのは無駄だ」


『地下室』の住民は相手をなめ腐った上で、勝つ必要がある。

最善。必然。小細工。努力。

そういった価値観を全て『嘲笑』するためだ。


「私は『あの男』の依頼を受けたッ!たった一人で全員始末しろとッ!!その仕事は必ずこなすぞッ!!」

「このおじさん、こわいよ~」


警官はゆのをじろりと見た。

その敵意に満ちた眼差しを見て、ゆのは泣き出しそうになる。


「ふえええええぇ……」

「君の中に楽園の生物がいるのか。ふ~~~~~~~~~~~~~ん」


警官は眉間にしわを寄せ、ゆのをギラリと睨み付ける。

そして目を見開き、激しい怒りを顔に浮かべた。



「『楽園』のものは全て『あの男』が破壊しなくてはならないッ!

例外なく八つ裂きにされ、その生命を徹底的に侮辱された上で、完璧に埋葬されなくてはならない!

たったホコリ1つですら見逃される事は許さない!

全てのものが、『あの男』によって嘲笑されなくてはならないッ!!

それが私達の『神話』だからだッ!!!」

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