Q文化祭にて A進路相談
カサカサ、カリカリと紙が擦れたりペンの音が響く図書室では小さい声でも結構響く。
耳慣れたその声に顔を上げて、周囲を見渡すと対角線上の机のところに、中山孝介がそばかす顔をノートにくっつける勢いの猫背でペンを走らせていた。
あっと思ったら彼が立ち上がった。サラリとした黒い髪。考えもなしに自分も動き出していた。
「賢介君。」
呼び止めてから何を話せば良いのかと懸命に考えた。振り返った彼の表情はいつも通り冷たい雰囲気だった。怪訝そうに僅かに眉間に皺が寄っている。
「ちょっと聞いてもいいかな。」
上手く笑えているかな。返事がないけれど、彼はじっとこちらから視線をずらさないので続けた。
「勉強のコツというか、そのちょっと教えて欲しいなって。漠然としててあれなんだけど。最近ね……。」
成績が落ちて少し煮詰まってて。私の伝えたい言葉は遮られて霧散した。
「コウが知ってる。」
短く告げて彼はくるりと背を向けた。夏祭りで話した時よりも少し背が伸びて大人びたような気がする。遠ざかる姿を暫く瞳におさめて、私は中山孝介の元へと向かった。
「あ、サユもいたんだ。」
「うん、塾がない日はここ使ってるんだ。」
最近、落ち着かなくなった自宅。塾の自習室でも構わないが、学校の図書室の方が万が一があるかもしれないなんて考えていた。そして彼はいた。
「成績良くなってるって聞いたけど、どうやって工夫してるの?」
不思議そうな表情を浮かべて中山孝介が隣の席の椅子を動かした。邪魔するつもりはなかったので、小さく首を横に振った。机の上に広がるノートを覗き込んだ。
力強く達筆な文字と、柔かな線の丁寧な文字が並んでいた。
「あ、それ。アウトプットってやつ。問題解いて、間違えたのは復習。あとはケンに選んでもらった参考書をひたすら順番にやってる。」
「そうなんだ。」
じっとノートを見つめてしまっていると、中山孝介がそれを手に取って差し出してくれた。
「見る?」
「ありがとう。」
パラパラ捲ると科目問わず様々な問題が出題されていた。科目によって異なるが、問題、解答、解説と分れている。
不正解の問題は2回解いてあるようだった。。
問題文は更のまま、その他の場所にはあれこれと書き込みがしてある。
どの時点でこの公式だとか、問題文を引用してこの文章が特徴だとか、解答の途中にここで間違えたとか。暗記モノにはゴロ合わせや他に纏めて覚えやすいもの。参考するべき教科書や参考書のページ数に至るまで様々な事が書いてある。
世界で一つだけ、中山孝介の為だけのノート。
「中山君ってこんなに字が上手だったんだね。」
「物心ついたころから書道やってたからさ。」
「そうなんだ。意外。」
幼稚園からの幼馴染だという二人の絆が垣間見えるノートに羨望が湧きあがる。
それに彼の文字が、彼らしい。
「分かりやすいね。」
羨ましいな。
言葉を飲み込んで別の言葉を吐き出してノートを返した。成績が上がっている事が、それとも彼にここまでしてもらっているからか、はたまたここまで熱心に勉強に打ち込めているからか。
どれも、何も私は持っていない。
「だろ。これ始めてからすごい頭良くなってる気がする。」
自慢げに笑う中山孝介につられて私も笑った。
「参考にするよ。ありがとう。」
「あのさ、良かったらノート貸す?終わったやつとか。いや、違うな。それじゃあ問題を解くことにならないか。」
「隠すとまた問題解けるようになってるみたいだから、もし、良いなら嬉しい。」
「そっか、そういえばそうだな。毎日参考書とこの問題に追われて古いノートは読み返してないからいいよ。じゃあ、明日持ってくるから。」
「ありがとう。邪魔しちゃ悪いしもう戻るね。」
ノートの字の向こう側に彼の姿が見えるようで胸が熱かった。
もともと進学校というのもあって、部活をしていてもアルバイトをしていても勉学が最優先という生徒が多く、本格的に受験シーズンになった2学期からは教室はいつにも増してピリピリしている。
文化祭はいい息抜きになるだろう。前夜に胸を躍らせながらいつも以上に問題を解いていた。
塾の予習、復習。受験対策に移行した授業の復習。苦手な英語と数学の対策。各科目の暗記。計画は立ててもいつも目いっぱいで身になっているか不安が付きまとう。
眠気に負け、家人の様子に気がひかれ、ぼんやりと考え込んでしまう事も多い。
けれども中山孝介から借りたノートで練習問題をこなす時は集中できて、積み重ねると自信が湧いてくる。
問題には制限時間が設けられているので考え込まなくて済むし、解き終わったあとにすぐに確認できるきめ細かい説明。
少し小さい文字で綴られた説明が時々愉快なのもあって、通学の電車で昨晩挑戦した問題を復習するのが楽しみになっていた。
今日の問題を解き終わってぐっと背伸びをすると時計は間もなく1時を回ろうとしていた。そろそろ眠らなくてはと思いながら、携帯電話に手を伸ばした。
返信0件
折角連絡先を交換できたのでたまにメールを送ってみるが反応はない。その度に落胆するが、登校したら声を掛けてみれば、彼はぶっきらぼうながら返事をくれる。
体調不良で休みだったが、具合はどうなのだろうか。今年は彼の浴衣姿を視れないかもしれない。
「不思議。」
ぼそりと呟いた。学年1位に君臨し続けるその名前が、天才なんじゃないかと思える満点が、羨ましいを通り越して嫌悪感だった時期もある。
澄ました姿に、圧倒的な実力。尾ひれのついた噂を鵜呑みにしていたあの頃の自分の見る目の無さ。
たまに廊下で擦れ違うだけだった1年生の終わり。あの日の事がなければ、こんな気持ちを知らなかっただろう。その偶然に感謝している。
ある女子生徒が廊下で蹲ってしまった時、彼は無理やり腕を引いて壁へ女子生徒を追いやり邪魔と暴言を吐いた。元々無愛想でとっつきにくい彼の株は大暴落。
未だにその噂や派生の創作話を聞いたりする。
「邪魔なんだけど。」
私はあの時の腕に伝わってきた力の強さを忘れられない。まるで壊れ物を扱うように日陰へ導かれた。それだけで誤解が消えるのには十分だった。
携帯電話を閉じて、ベッドへと向かった。ひと眠りすれば楽しい思い出を作る時間が待っている。どうか、そこに彼の姿もありますように。
登校時間ぎりぎりになって、彼は教室のドアをくぐってきた。涼しげな顔でスッと教室に配置してある椅子の一つに腰を下ろした。一番黒板から遠くて、一番窓に近いその場所で頬杖をついてブスっとするのをクラスメートが遠巻きに眺めた。
まだ具合が悪いのかもしれない。
「絶対、昨日のは仮病だよね。準備とか面倒だったんだよ。」
誰かが決めつける。
「勉強してた方がずっと有意義ってやつ?」
誰かが妄想する。
「感じ悪いよね。」
そうも見える。
でも真相は彼の口から語られなければ分からない。無責任な言葉が教室をひそひそと波になり、空気を尖らせた。
中山孝介と佐藤亮平が彼をどやした。直接、サボってただろとかやる気ないだろなどと非難する。途端に嘲笑まじりだが、寛容さが顔を出す。
「別に。」
「俺達の仕事が増えるだろ。皆平等だ。」
「朝からマジでウザかった。特にコウ、家電とかないだろ。」
悪びれもせずに、不機嫌そうに大きな溜め息を吐くと彼はそっぽを向いた。
「3年生は自宅学習だなんて、どの口がほざいた。」
「まあ、いいじゃないかコウ。ケンは今日一日俺らのパシリ決定だからな。」
「そうだな!用事ある奴はケンに押し付けていいぞ。」
昨年と違い手抜き気味のクラスメートの中で、今年も前回同様はりきって鬼太郎になりきっている中山孝介が高らかに宣言する。帰宅部のうちこの二人だけはいつの間にかサッカー部の4人と纏まっている。グループになる時は決まって佐藤亮平が彼達と一緒になる。3年生になってからはそれが顕著になった気がするのだが、理由が分からない。
きっと、少し雰囲気が丸くなった彼と関係があるのだろう。
「例えば?」
「カメラマンとか。」
「ケンのテンションで、はいチーズとか微妙な表情になるな。」
「暑いからアイス買ってこいとか。」
「もやしっこに行かせたら溶けるてるな。」
「接客代わってとか、絶対無理だな。」
佐藤亮平を筆頭に浴衣に狐面のサッカー部が彼をからかいながら、時間過ぎたら校内回ろうぜと彼を軽くどつく。反応の無い彼に一瞬戸惑いが生じた瞬間、中山孝介が彼の頭に狐のお面を被せた。
「今年もお前の面はちゃんとあるぞ。浴衣も準備しときゃ良かったな。」
抵抗せずに大人しくお面を被らされ、彼はスッと立ち上がった。
「くだらない。」
と言いつつかき氷製造機係りの椅子にきちんと着席した。自分の担当時間も役割もきちんと覚えていて守るところが可笑しい。けれどもいつもと少し雰囲気が違っているのが引っ掛かる。
「サトケンってくだらないとか言わなきゃいいのに。ちょっと気分悪いじゃん。」
「ちょっと?大分じゃなくて?去年も仏頂面でさ。」
レイナやモエミが愚痴ると近くにいる男子も次々と同意する。
「サトケンってツンデレだよね。」
「分かる。分かる。」
こちらではサカナ達がくすくすと笑っている。
「弟みたいだよね。」
雪菜が全く違う感想を述べる。私に向かって投げられた満面の笑顔が意味深でドキリとしたが、そうかなと私も笑った。
高校最後の文化祭の開幕。
涼しい気候な上に午前中ということもあって全く売れないかき氷。彼等の仕事はほとんどなく、30分もしないうちに会計係とシロップ係の白井剛志と坂木渉は、体調を伺っても一緒に来るかと問うても全く返事をしない彼を残して教室を出て行った。
朝食代わりにパンを購入する生徒を接客しながら、時折声をかける佐藤亮平のことも無視している。
眉間に皺をよせて頬杖ついて窓の外を眺めて殆ど動かない。
中山孝介が具合まだ悪そうだから、放っておいてやってと私たちに告げ、佐藤亮介が時折彼に声をかけた。彼のいつにない機嫌の悪さに辟易したサカナに気を遣って雪菜が場所を変わった。私はお手洗いの帰りにさりげなく彼と雪菜の間に入った。
「具合、大丈夫?」
問いかけに返事はない。メールと同じで私の心はめげた。別にとか、そうかとかいつもは必ず一言あるのに。
交替時間になると彼はすっと教室を出ようとしたが、ドアのところでピタリと体を止めてこちらを向いた。
「悪かった。まだ調子悪い。」
小さく頭を下げた彼の姿に教室にいたクラスメートは驚いた。私は思わず保健委員だからと追いかけていた。
どう声を掛けようかと思案しながら微妙な距離感で彼の後ろについていく。
「あ、サユ。もう係り終わったの?」
「うん。」
最近の席替えで隣になった山田徹が現れてそのの向こうに、彼が遠ざかっていった。
「えっと、山田君も後で係りよろしくね。」
自分達と交代だったかすら記憶になかったが、いつかは役目がまわってくるはずなのであやふやな言葉を絞り出した。そうしてすぐに踏み出そうとした。
「あのさ!」
少しうわづった大きな声にびくりとして振り返る。なんだろう。
「今日さ、ちょっと一緒に回らないか。結構面白そうなのやってるんだよ。」
「あとで雪菜達に聞いてみるね。でも、用事できるかも。」
廊下を曲がってしまった彼の行き先が気になってならない。
「誰か探してる?」
「うん、ちょっと。」
「もしかして好きな奴とか?」
思いがけない単語に、ストンと何かがはまる音が聞こえた。山田徹が何か発したけれど、その言葉も表情も頭に入らなかった。まともに耳を傾けずに私の足は前へと進んでいた。
小走り気味で追いかけると彼の姿が視界に入った。少しづつ大きくなってもうすぐ追いつくというところで彼が足を止めた。振り返った彼と視線がぶつかる。
「賢輔君、保健室いくんだよね。私、保健委員。」
少し切れた息、どくどくと波打つ心臓。熱気で滲む汗。急に恥ずかしくなって私は照れ隠しに笑ってみた。
「もう、すぐそこだし。」
拒絶の意思に体が固まる。
「そっか。先生いるかな。休んで少しで、良くなって楽しめると良いね。」
それでも離れがたくて背中を見せられない。頬の筋肉が引きつっているかもしれない。
着なれない浴衣に汗が滲む。
「楽しいか。」
「え?」
「いや、いつも楽しそうだよな。」
ぽつり。
1人呟いたのか、私に向けたのか。合っていた黒い瞳が逸れた。
「賢輔君は楽しくない?」
1年半同じクラスで、笑ったところを見たことがない。自分からは輪の中に入らない。それでも、彼は向き合っている。顔に出さないだけで、少しは気持ちが浮わついているからではないのか。
「別に。どうでもいい。」
雪菜のお陰で会えた夏祭り、花火の下の彼の白い横顔。
暗さと願望が見せたのかもしれない、ほんの僅かに上がった口角。
入り口に立ったような、踏み込むきっかけを見つけたような私の幻想が崩れていく。
「そっか。なら思いっきり楽しんでみようよ。」
悔いはあっても後悔はしたくない。ここで勇気を出さなかったら、もう2度とチャンスは無いかもしれない。
励んでも右肩下がりの成績。それでも匙は投げない。
必死に声を出しても届かない想い。けれども兄の部屋のドアを叩くのは止めない。
余計な事まで考えて、涙がこみ上げてきそうだった。
「最近、コウと何話してんの。」
壁に背をつけて彼はポケットに手を突っ込んだ。見たことのない仕草と予想外の質問に驚いて、涙が引っ込んでいった。
「中山君にノート借りてて。聞いてない?賢輔君に確認したって言ってたけど。」
「あいつが俺に確かめたっていうのは、9割近く独断。」
妙に納得できるのは彼らの日頃の関係性のためだろう。首に手を当てて床に視線を落とす彼の横に並んでみた。
触れてないのに、肩が熱っぽくソワソワする。
「凄く使いやすい。事後承諾だけど、ありがとう。このまま借りてもいいかな。」
「いや。」
「そっか。」
ひんやりとした廊下に短い沈黙が流れた。目をつぶって大きく息を吐くと彼が壁から背を離した。
「別のがいいと思う。」
「え?」
思わず顔を横に向けて、彼の表情を伺った。相変わらずの無表情で、短い前髪を弄っている。
「ノート用意してくれれば。志望校、学部どこ?」
医学部。母の果たせなかった夢を負わされて、敷かれたレールを歩いてきた。
中学受験失敗、高校受験失敗、指定校推薦狙えない、悲惨な模試の結果。母はようやく諦めかけている。いや、見捨てかけているというのが正しい。
失敗した兄の代わり。私が躓けば妹へ。私達の為と声高らかに強要するが、見栄と自尊心を満たすためにしか感じられない。
「お母さん、昔から医学部に入れたかったの。でも、もう諦めてる。ずっと成績悪いから。家がちょっとごたついてて、ちょっと困ってるんだ。」
まだ、両親には伝えてない。母は発狂するかもしれないし、紗栄子に夢を託して私を放棄するかもしれない。
私は兄のようにすり潰されたくない。開かない扉の向こうに私の声は届かないけど、兄が立ち上がった時に力になれるような自分でいたい。妹が躓いたときに、大丈夫どうにかなると本心で接してやりたい。
「ごめんね、変な話して。薬学か看護学部行きたいんだ。学費のこともあるし、千葉大が目標だけど、かなり無謀かも。私、英語がからきし駄目で。」
先週の両親の口論を思い返し、そもそも大学進学など不可能かもしれないと弱気になる。父と話し合おうにも、母のヒステリックで声も掛けられないか、今日も帰ってこないだろうか。
「あのコウが絶対受かるって気合いれててじわじわ成績上げてる。だから希望はかなりあると思うけど。やる気と効率次第かもな。」
励まされるのは予想外で、でも彼はこういう人だよなと納得もする。見下してる、馬鹿にしてる、何考えているか分からないなんて言われているけれど話してみれば全然違う。
「そうかな。うん、そう思うようにする。賢輔君はどこ受けるの?」
賢輔君がそういうなら。そう続けたかったけれど、さすがにそれはと思ったのでやめた。
「笑うなよ。」
「何を言ったって笑わないよ。」
前髪から手と離して、腕を組むと彼は瞼を閉じた。
「薬学部。今決めた。だから、別に受験対策くらい構わない。目標が同じなら、俺にも役立つし。元々医学部と迷ってたんだ。」
壁から背を離して、突然歩き出してしまった。慌てて追いかけようとしたが彼はだんだん足を速めて、ついには走り出してしまったので下駄ではとても追いつけなかった。
その日、もう二度と彼の姿を見ることはなかった。
翌週、登校すると机の上にノートが置いてあった。開くと1ページ目に丁寧な字で書いてあった文字列に思わず口元が綻んで、変な顔になってないか心配になった。
目の前にいるのは自分だったかもしれない。どうか消えてしまわないで。希望を捨てないで。お願いだから。
「お前の事大嫌いだった。いい子ぶって、本当は俺を見下していたんだろう。能天気に笑いやがって。俺の為?ふざけるな!」
「そんな事ない、私だって辛かった!知らないでしょう、受験失敗して、学校でも成績悪くて。お母さんは私の事もお兄ちゃんと同じように扱ってた。でも……私は……。お父さんだって帰って来ないしお母さんはあんなだけど私は……。ねえ、一緒に頑張ろうよ。大丈夫だよ。絶対、頑張ればどうにかなるんだから。」
「そういう所だよ。無根拠で無駄に前向きで、俺を煽って、煽って、煽って。頑張れって何をだよ。お前だって報われてないじゃないか!」
「私は……。」
「俺の為っていうなら死んでみせろよ。長年の比較対象が居なくなれば少しは気も楽になる。消えてくれよ。消えろよ!」
努力しても欲しいものはいつも手をすり抜けていく。不器用で要領が悪いのか、間が抜けているのか自分が情けない。
「死ねよ、お前なんて大嫌いだ。どいつもこいつも大嫌いだ。」
「私が死んだら…お兄ちゃんはもっと自分を好きになれるの?」
大粒の涙が床へ落ちていく。衝動的に立ち上がると家を飛び出した。自分なりに必死に繋ぎとめようとしてきたか細い糸がついに切れた。
もう家族は戻らない。戻れない。とっくの昔に崩壊していたのに、家族全員でさらに叩き潰した。
生まれての本気の暴言は息が止まりそうなくらい胸を抉った。
兄の目は本気だった。向き合うべきなのに、絶望と怒りに満ちたその視線から逃げ出した。
どこか現実味がなくて、放心状態だった。終電に飛び乗って、学校に入り、渡り廊下の手摺を越えていた。
眼下に広がる中庭が、暗闇を纏って口を開けている。体が震えて動かないのは、本能が、恐怖が、本心が叫び声を上げているからに他ならない。
何か道があるはずだ。導き出せない正解がきっとある。
だから、手を離してはいけない。
でも、諦めてしまえれば苦しみは溶けて消えていってくれるだろう。
なにもかも透明に……。
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