好奇心の猫

うっは! 伸びてる伸びてるぅ!

 俺が動画投稿サイトに上げた、『店員に殴りかかるDQNドギュン』の再生数が、3日で20万回を超えていた。

 いやあ。笑いが止まらないねぇ!

 こういう社会のクズをさらし上げる動画は、特に加工をしなくても、上げれば勝手に再生数が伸びていく。

 コメント欄には、俺の勇気ある行動をたたえるものが、大量に書き込まれていた。

 その中に、聖人面した真面目クンが書き込んだ、加害者にもプライバシーがどうの、や、こんなことは危ないから止めた方が良い、とかいうコメントが紛れ込んでいた。

 やれやれ、こんな偽善者共のせいで、クズが図に乗ってデカい顔するんだよなあ。

 俺はパソコンの電源を落とすと、闇に紛れる黒い服を着た。

 今日も颯爽さっそうと自宅アパートから、相棒のカメラを仕込んだボストンバッグを手に、俺は宵の繁華街へと『出動』する。

 正義と皆の憂さ晴らしのためと、ついでに活動資金を稼ぐために。


 今日の取り締まりのターゲットは、売春してオッサンから金を巻き上げる、クソみたいな淫乱女ビッチ共だ。

 不当な手段で金を稼いだ上に、性病までをもまき散らすそいつらを、俺は絶対に許すわけにはいかない。

 というわけで俺は、そんなクズ女が通りそうな、通りから1本外れた道で張っていた。

 おっ、来た来た。

 そうしていると、チビの白いパーカーと黒いゴスロリの女2人がやって来た。手を繋いで歩くそいつらにバレない様、俺はビルの間の狭い通路に身を隠す。

 そいつらの年齢は10代後半にしか見えない。パーカーの方は体つきは貧相だが、短いズボンに黒いタイツを履いているし、男を明らかに誘っているのが見え見えだ。

 2人が通り過ぎるのを待って、俺はバッグの中に仕込んだ、高性能のカメラの電源を入れる。これを買えたのも、俺を認めた視聴者達のおかげだ。

 今まで培ったスニーキング能力を駆使して、俺はつかず離れずそいつらを追跡する。

 おっと。

 しばらくすると、突然ゴスロリの方が振り返ったが、俺は平静を装ってやり過ごす。

 そいつは俺を不審に思わなかったらしく、それからは一度も振り返らず、パーカーの方と会話を始めた。


                    *


 スミナとユキホは今日、普段より早めに仕事が終わり、スミナの気が向いたので、珍しく外食をすることになった。

 そのため、ユキホはいつもの大剣を、担当『ポリッシャー』せわがかりの若い男に預けていた。

「……」

「どうした?」

 後ろを気にして振り返ったユキホへ、スミナは前を向いたまま、殺し屋の類いか? と小さめの声で訊ねる。

「いいえ、スミちゃん。ただの一般人よ」

 そう答えはしたユキホだが、もしもの事を考え、一応、気配モロバレ男への警戒だけはすることにした。

「ふーん」

 にわざわざ来るとか物好きだな、と言ったスミナは、追跡者に興味がなくなったので、それ以上は何もユキホに訊かなかった。

「ところでよ、マジでこんな所にあんのかよ? そのカフェ」

 所々で青い街灯が照らす一本道には、表通りの店の裏口があるばかりで、見る限りそのような看板は見えなかった。

「ええ。間違いないはずよ」

 なんて言ったって、『情報屋』のスナイパーさんの紹介だもの、と言ったユキホは、疑わしそうな顔をするスミナに微笑みかけた。

「……ユキがそこまで他人を信用するとか、珍しいこともあるんだな」

 スミナは意外そうな様子で、そんなユキホにそう言った。

「だって彼女、なんだかんだで基本的にいい人じゃない?」

「あー。だな」

 2人の会話が止まったタイミングで、右前方の建物のドアが開き、中から細身な白髪の老人が現れた。

 『喫茶・ハチノス』、と書かれた、腰丈ほどのスタンド看板を引っ張り出した彼は、プラグをコンセントに差した。

「あそこか? ユキ」

 スミナがその看板を指差してユキホに訊ねると、ええ、と言って彼女はうなずいた。

「いらっしゃい」

 2人に気がついた老人は、優しげな笑みを浮かべてそう言い、店の中へと迎え入れた


「あのワッフル旨かったな」

 蜂の巣を模したワッフルに、蜂蜜がたっぷりかかったものを食べたスミナは、とても満足げな表情を浮かべている。

「うふふ。そうね、また行きましょう」

 そんな『主人』の様子を見て、ユキホもまた幸せそうにしていた。

 店へと向かう時同様、仲睦まじく手を繋いで歩いていた2人は、

「……なんか鉄臭くねえかユキ」

「ええ、臭うわね」

 店から元の道を20メートルほど進んだ辺りで、嗅ぎ慣れた血の臭いを感じ取った。

 2人はその臭いの元である、消えそうな街灯が付いた電柱へと近づく。

 するとその根元に、胸を刺された男性の死体がもたれかかっていた。その傍らには、壊されたビデオカメラが転がっている。

「なんだこいつ? 記者か何かか?」

 男性の死体を見ながらスミナは、辺りを警戒しているユキホに訊ねる。彼女はももの位置にベルトで固定した、大型のナイフの柄に手をかけていた。

「いいえスミちゃん。これ、さっきつけてきてた一般人よ」

 スミナはあんまり興味なさそうに、ふーん、と言った後、

「ここがか、知らずに来たんだな。このバカは」

 呆れた様な顔でそう言い、『ハチノス』の向かいにある低層ビルを見た。そこは、この近辺を根城ねじろにするヤクザの事務所になっている。

「大方、他の組の連中と間違われてぶっ殺されたんだろ」

 面倒なことになる前に帰るぞ、ユキ、と言ったスミナはきびすを返し、再び帰り道を進み始めた。

「はーい」

 危険が無いことを確認し終えたユキホは、そう答えて彼女の横に並んで歩き始めた。

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