蒼い薔薇の棘2

 ――八年前。『社長』ことジョウジが、『掃除屋』を立ち上げるより前のこと。

 その当時、殺し屋をやっていた、まだ24才の彼は、とある地方都市の外縁部にあるビルの、窓が一つもない一室にいた。

 出入り口は鋼鉄製の防音扉であり、壁は無音室に使われる物になっている。その二面に沿って配置されたソファーに、ジョウジを含めて7人の殺し屋が座っていた。

 時計回りに、マッチョの大男、チンピラ風の青年、ひょろりとした体格の男、頭髪に白髪が混じった壮年の紳士が座り、そのはす向かいに全身黒い服の少年が座っていた。

 あれは……、女の子?

 彼との間にちょうど1人分の隙間を開けて、頭蓋骨のような被り物を被った痩身の少女が座っていた。

「ねえ君、隣、いいかな?」

「……」

 彼女はちらりとジョウジの顔を見て、どうぞ、と素っ気ない態度で短くそう言った。

 礼を言って彼が浅く腰掛けると同時に、

「クソッ! いつまで待たせんだよ!」

 貧乏揺すりをしていたチンピラが、イライラを爆発させて立ち上がった。

「これこれ、若いの。そう焦るものではないぞ」

「うるせえジジイ!」

 紳士に八つ当たりしたチンピラは、彼のその襟につかみかかろうとした。

「とりあえず落ち着け」

 そんなチンピラを見かねたマッチョが、彼の前に立ちふさがってなだめに掛かる。

「うるせえ!」

 あー、騒々しいなあ……。

 チンピラに絡まれないよう、ジョウジはずっと目線を彼に向けないようにしていた。

 ややあって。

 ひとまず矛を収めたチンピラだったが、イライラが収まらずに部屋の中をうろつき始めた。

「おいおい。なんでこんなガキがここにいるんだ?」

 部屋にいる人々の顔を見まわしていた彼は、一人だけ異質な雰囲気を醸し出している少女へ絡みに行った。

「悪いことは言わねえ、お嬢ちゃんはお家に帰りな」

 少女の目の前に立ってそう言ったチンピラは、紺色のライダースーツに包まれた彼女の身体を、ニタニタと笑いながら舐めるように眺める。

「……」

 だが彼女は、妙に気配が薄い黒服の少年を警戒していて、チンピラのことは全く眼中になかった。

「おいガキ! 聞いてんのか!」

 無視されたことがしゃくに障った彼は、そう乱暴に言いながら少女の頭を小突いた。

「何か?」

 それでやっと反応した彼女は、その据わった目をチンピラに向けてそう訊ねる。

「あぁ? 何だその態度は!

 少女の態度が気にくわなかった彼が、その頭を乱暴につかもうとしたところ、

「目上の人間には敬語を――、オゴッ!?」

 彼女の履いているブーツのつま先が、かなりの速度で彼の股間に襲いかかった。

「アバババ……」

 蹴られた所を押さえて悶絶するチンピラは、3歩ほど後ろに下がってから崩れ落ちた。

「うわー」

「これは痛そうですな」

「ひえー……」

 止めようとしていたジョウジと紳士とマッチョは、苦悶の表情で呻くチンピラを見て下半身に寒気を覚えた。

「てっ、ててててテメエ!」

 気合いで立ち上がったチンピラは、憤怒の表情で少女に詰め寄ろうとする。

「ふっ、ふざけんなぁっ!?」

 だが彼は、立ち上がった彼女の手から放たれた、分銅つきの鎖が脚に絡みついて前のめりに転倒した。

 その背中に飛び乗った少女は、カランビットナイフを彼の喉元に突きつける。

「参った参った! 俺が悪かった!!」

 下手に暴れると切っ先が刺さるため、チンピラはおとなしく降参した。少女の鮮やかな手際を見て、先ほどの三人は彼女に賞賛の拍手を贈る。

 しばらくして、少女がチンピラの上から降りて元の席に戻り、すっかり肝をつぶした彼も、おとなしく元いた席に戻った。

「なかなかやるねえ」

「……」

 隣に座るジョウジにそう讃えられた少女は、変な物を見るような目で彼を見た。

「……その反応はちょっと傷つくなぁ」

 ジョウジが苦笑して肩をすくめると、彼女の頭が小さく縦に揺れた。彼はそれが謝罪の意味だと分かった。


 ややあって。


「お待たせして申し訳ない」

 出入り口のドアがノックされ、やっと依頼主である30代後半の男性が入ってくる。やせぎすの彼は、背後に屈強なボディーガードを数人連れていた。

「前置きは抜きにして、本題に入りますが――」

 男性から8人へ依頼された内容は、裏社会に関係する企業の代表が別荘で休暇を取っているので、そこに踏み込んで殺す、といった、特に何のひねりもないものだった。

 一番先に代表を殺し、その指の派手な指輪を持ってきた者に、相場の5倍ほどの報酬が支払われる。

 だが、仲間割れをした場合、それは支払われない、という注意事項と集合時間を伝えた男性は、さっさと部屋から出て行ってしまった。

 それからすぐ、各自、荷物を持って移動を開始して、ジョウジと少女は一番後に部屋から出た。

 そそくさと歩く少女に、ジョウジは歩調を合わせて歩く。

「なあお嬢さん、よかったら現場まで送ってあげようか?」

 彼は自分より頭二つ低い彼女に、笑いかけながらそう訊ねた。

「なぜ?」

 少女は少し迷惑そうに聞き返し、ジョウジの顔を見上げた。

 骨の眼孔の奥にあるその黒い瞳からは、ほとんど精気を感じ取ることができない。

「いや、行く足がないんじゃないかなあ、と思って」

「問題ない」

 突き当たりのエレベーターの前に来た二人は、籠がやってくるまでしばし待つ。

「じゃあどうやって行くのかい?」

「歩く」

 ジョウジを警戒している少女は一歩引いた位置で、彼の様子を観察しつつそう答えた。

「歩くって、ここからだと結構遠いぞ!?」

 依頼人に指定された現場は、今いるビルから直線距離でざっと18kmはある。

「問題ない」

 ジョウジに少女が素っ気なくそう言うと、ちょうど籠が到着して扉が開いた。

 二人はそれに乗り込むと、ジョウジは駐車場のある地下一階を、少女は一階のボタンをそれぞれ押した。

「でもさ、集合時間に間に合わ――」

「二度も言わせないで」

 しつこく訊ねるジョウジに、いい加減いらついてきた少女は、そう言って彼に殺意とダガーナイフを向けてきた。

「ごめん。気に障ったよね」

 多少引きつった顔で諸手もろてを挙げて謝ったジョウジは、そのナイフの刀身部分に何か塗ってあることに気がついた。

 ひえー、おっかないなあ。

 ジョウジがしばらく黙っていると、少女はそれを引っ込めて扉の方を向いた。

 数秒の沈黙の後、エレベーターが一階に着き、少女はジョウジに、付いてくるな、と忠告して降りて行った。

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