星海の船1

 

「社員旅行だぁ? 嘘つくな仕事だろ!」

「冗談はやめてもらえませんか?」

 スミナとアイリの二人は、ものすごく胡散臭そうな物を見る目で、『社長』にそう言う。

「今まで嘘言ったことないだろ!」

 そんな二人に彼は、半ギレでそう反論する。

「有ろうが無かろうが、お前は信用ならん」

 裾が長い白シャツ姿のスミナは、どっかりとソファーに腰掛けている。

「上司に言う事かそれが……」

「で、私達はどこで死体をバラすんですか?」

 ノースリーブのワンピースから伸びる、交差させている美しい脚を組み直すアイリ。

「社員旅行だつってんだろ」

 傍に控える女性秘書に、旅行のパンフレットを持ってこさせる。

「お二方どうぞ」

 差し出されたそれを受け取ったスミナは、

「なんだ客船かよ。つまらねえな」

 そう言って、パンフレットを目の前のローテーブルに放る。

「冷めたわスミちゃん」

「ん」

 スミナの護衛兼死体の解体係のユキホは、砂糖を大量に放り込んだコーヒーを彼女に手渡した。

「じゃあどこなら行きたいんだ」

 『社長』は口の端をヒクヒクさせながら、スミナにそう訊く。

「どこにも行きたくねえ」

 人肌レベルな温度のコーヒーを、彼女はズルズルと啜る。

「言っとくが食堂は開いてないぞ」

 その反応は予想済みだった『社長』は、自炊が出来ないスミナに必殺の返しを放つ。

「……しょうがねえ、行ってやるよ」

 ちなみに、黒いゴスロリ姿のユキホも自炊は出来ない。

「……」

 スミナとは対照的に、アイリは真剣な顔でパンフレットに見入っていた。

「さっきから何も言わねえけど、お前はどうだ?」

「船なのにホテルみたいね……」

 スミナの話を無視して、アイリは興味深そうにそうつぶやく。

「スミちゃんを無視するなんて――」

「アイリの邪魔を――」 

 ユキホとアイリの護衛兼解体係のタケヒロが、いつも通り背中の得物でドンパチを始めようとする。二人の、常に据わっている目に殺気がみなぎる。

「お前ら(あなたたち)いい加減にしろ(しなさい)!」

 それぞれの主人に制止され、護衛二人は渋々得物をしまった。

「で、どっちも行くんだな?」

 蚊帳の外でイライラを募らせる、『社長』は主人二人に訊ねる。

「おう。ただし部屋はスイートで頼む」

「はい! 行かせてもらいます!」

 舞い上がるアイリに代って、タケヒロがすかさず彼女にもスイートルームを要求した。「分かった分かった! 用意すれば良いんだろ!」

 あからさまに舌打ちをして、『社長』はそう吐き捨てる。

「もう帰っても良いですか?」

 一応、許可を取ったアイリとは違い、

「帰るぞユキ」

「はいはーい」

 スミナ達はさっさと社長室から出て行く。

「人に物を頼む態度かそれが!」

 ああいいぞ帰れ! と猫を追い払うようにする『社長』。失礼します、と言ってタケヒロと共にアイリも二人に続く。

「うるせえなあのハゲ」

「聞こえてるぞ! そんでまだ禿げてねえよ!」

 しかめっ面のスミナのつぶやきに反応した彼が、ブチ切れて怒鳴った所で部屋のドアが閉まる。

「『社長』……、あの、予算が……」

 旅行費を試算していた秘書は、部屋をうろついている彼にそう告げる。

「私のポケットマネーで何とかする……」

 『社長』は、あーあ、なんであいつ等拾っちまったんだ……。と、年の割に薄目の頭を抱えてため息を吐いた。


 

「アイリ、嬉しそうだな」

 優しい明かりが照らすアイリ専用の浴場で、タケヒロが彼女の長い金髪を洗っていた。ここは彼が半ば無理やり作らせた物で、浴槽はジャグジー仕様になっている。

「だって初めてだもの! 嬉しいに決まってるじゃない!」

 鏡越しにアイリは、タンクトップ姿のタケヒロへ笑みを向ける。

「そうか」

 シャワーを出し、適温になってから、流すぞ、とタケヒロはアイリに告げる。

「ええ」

 彼女が頭を垂れて目を閉じると、タケヒロはその髪にまとわりつく泡を丁寧に流す。

「アイリがそうやって笑うのは、久しいな」

 リンスを手にとり、撫でるように梳きながら、彼女の髪にそれをつけていく。

「あら、そう?」

 身を捻って、アイリは横目でタケヒロの方を見る。

 彼のその目は、優しげな色をしていた。

「初めてカワウソを見た時以来だ」

「いつの話よそれ……」

 アイリの身体を洗った後、タケヒロは彼女を抱える。浴槽の縁まで連れて行き、転ばないように彼女を降ろす。

「夜空を眺めながら入るのは……、格別でしょうね……」

 ゆったりと湯に浸かった彼女は、プラネタリウムが投影された天井を見上げている。

「ああ。恐らく」

 出入り口付近で、防水素材のエプロン姿のタケヒロは、リラックスしているアイリを見ていた。


                  *


 五日後。

「マジで客船じゃねえか!」

「思った以上に大きいわね……」

 感心しきりの二人は、タケヒロが持つパラソルの元から一歩も出ようとしない。

「最初からそうだって、言ってるじゃないですか……」

 白黒コンビの事後処理担当『ポリツシヤー』の若い男がそう言うと、

「あはっ」

 スミナに密着できず、若干不満気味だったユキホは、得物を抜いて若い男を追いかける。

「ひいっ! スミナさーん! 止めてくださぁぁぁぁい!」

 情けない声で助けを求めるが、船に夢中な彼女はそのことに気がつかない。

「おー。くわばら、くわばら」

 アイリ達を担当する壮年の男は、完全に他人事の態度をとる。


 スミナが気がついて鉄拳制裁を加えるまで、哀れな彼はしばらく追い回され続けた。

「早く助けて下さいよ……、スミナさん……」

「アタシに命令すんな!」

「すいません!」

 キレるスミナに呼応して、また剣を抜こうとしたユキホの頭を、彼女ははたいた。

「お前ら遊んでないで早く乗れー」

 避難した壮年の男が、桟橋の上からそう呼びかける。

「なんでしょっぱなから……」

 ぼやく若い男を、壮年の方は見て見ぬ振りをしている。

 全員乗ったのを確認して、船が港を出航した。


「あっちい……」

 パラソルが作る日陰の下で、スミナはビーチチェアに寝転がり、ぐったりしていた。

「そんなの着るからよ」

 競泳用水着にラッシュガードな彼女とは違い、チューブトップ+パレオなアイリはソーダフロート片手にスミナを見下ろす。

「スミちゃん涼しい?」

「ちょっとな……」

 彼女と似たり寄ったりな物を着ているユキホは、しんなりしているスミナを団扇で扇ぐ。

「しょうがねえだろ……」

 全身に残る古傷をできる限り隠した結果、ほぼ全身を覆うことになった。

「じゃあ泳げばいいじゃないの」

 引き続きパラソルを持つタケヒロが、スミナの分のソーダフロートを脇のテーブルに置いた。

「泳げたらとっくに泳いでる……」

 スミナはゾンビみたいな動きで、ストローからソーダフロートを飲もうとする。ユキホは扇ぎつつ、彼女の口元にそれを持って行く。

「情けないわね」

 そんなスミナに向かって半笑いでそう言うアイリ。

「おう、そう言うなら泳いでみろよ!」

 飲み物を飲んで、ちょっと復活したスミナは彼女に食ってかかる。

「いいわよ」

 余裕綽々な態度をとるアイリは、手に持っているものをタケヒロに預け、プールへと近づく。

「アイリ。泳ぎ方は知っているのか?」

 タケヒロは彼女に泳ぎ方を教えた覚えはない。

「簡単でしょ? 見ただけで分かるわ」

 そう言ってアイリは、ひょいとプールサイドの真ん中から飛び込んでいった。

「これは……」

 そのすぐ近くに、水深1.6mと書いてあるボードが、床面に埋め込まれていた。

「えっ、ちょっ、足がとどかっ」

 彼女は浮いたり沈んだりを何度も繰り返して、

「タケヒロおおおお……」

 しまいには脚が痙って完全に溺れてしまった。その様子を見てスミナは、珍しく笑い転げている。

 飲み物をスミナの分の横に置き、タケヒロは大急ぎでアイリを救出する。

「だから言ったじゃないか……」

「うう……」

 陸に引き上げられたアイリは、半泣きでぐんにゃりしている。

「あー、愉快愉快」

「そ、そんなに笑わないでよ!」

 まだヒーヒーと笑っているスミナに、彼女は顔を真っ赤にし、掴みかからんばかりの勢いで抗議する。

「アイリをバカにするな、小娘」

 そのアイリの前に立って、ものすごい剣幕でスミナを睨み付ける。

「スミちゃんに向かって小娘なんて……」

 ユキホも殺気をまき散らかしてそれに応戦する。近くにいた一般従業員は、とばっちりを恐れて全員逃げている。

「やめろっつってんだろバカ!」

「いい加減にしなさい!」

 そう叫びながら主人を巻き込まない様に、すこし離れた所に移動した二人を追いかける。

 もう一歩、というところで甲板に強い風が吹いて、体重の軽い二人はバランスを崩す。「きゃっ!」

「おいアタシを掴むな!」

 宙を泳ぐアイリの手が、スミナの水着を掴んだせいで、二人ともプールに落下してしまった。

「沈む沈むうわああああ! ユキホおおおお!」

「沈むとかやめて! タケヒロ助けてええええ!」

 にらみ合いをやめた護衛二人は、各々主人の救助に向かった。

「帰りてえ……」

「もういや……」

 しぼんだ水風船みたいな状態のアイリとスミナは、ぐったりとそうぼやいた。


「お前と絡むと本当ろくな事ねえ……」

「奇遇ね、私もよ……」

 水着から着替えた一行は、カフェスペースにやってきた。彼女らがやってきたせいでスタッフ以外は誰もいなくなっている。

「なんかこう……、面白そうなのないか、ユキ?」

 船内マップを見ているユキホに訊ねると、

「カードゲームが出来る所があるみたいよ。スミちゃん」

 彼女はスミナに地図を見せつつそう答えた。

「じゃあそこに連れてけ」

 はーい、とユキホは彼女を抱えてカフェから移動する。

「私も行くわ」

 それを見てアイリはタケヒロに、二人付いていくように指示する。

「お前は来るなよ」

「そっちこそ」

 やんややんや、と低レベルな言い合いをしている内に、目的地へと到着した。


「ほーん、これで博打ごっこすんのか」

 スミナは円形のチップを掴んで、表裏を確認する。一方、景品の高級牛肉を凝視するアイリは、これをもらえるのね……、と舌なめずりをした。

 何をしようかと考えた二人は、偶然にもポーカーのテーブルにつく。

「いくら賭けますか?」

 二人に向かいあうディーラーがそう訊ねると、

「「全部」」

 スミナ、アイリは迷うことなく全額を賭けた。

「はい?」

「全部だっつてんだろ。さっさとカード配れ」

「まずは少しにした方が良いですよ。お嬢さん方」

「いいから早く配りなさいよ」

 いきなり全額賭ける二人を、内心見くびっていたディーラーは、苦笑を浮かべつつカードを配布した。

 結果ディーラーの役はツーペアで、

「お、ストレートフラッシュじゃねえか」

「4カードね」

 二人はいきなり大きな役を出し、机上に大量のチップが乗った。

「お次はどうなさいますか」

「全部だ」

「同じく」

 それぞれまた大きな役を出して、さらにチップが積まれていく。

 こんな調子で一時間が経過する頃には、

「……」

 スミナとアイリの目の前に、高額チップの山が出来ていた。

「おいおい何者だよ……?」

「イカサマもしてないのに……」

 それぞれ、四十一連勝と三十八連勝した二人を見て、スタッフは呆気にとられている。

「飽きた」

「これだけあったら、お肉もらえるかしら」

 スミナは高級マットレス、アイリは目的の高級牛肉五キロと交換した。

 目が死んでいるディーラーを含めスタッフ一同は、二人が切り上げてくれたことに安堵しつつ、一行を見送った。



                                 

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