婚約者が……強面の忍者でした

一瀬碧

第1話 松葉のぞみ15歳

 ここは都心まで電車で2時間ほどの田舎町。とはいっても田舎町と言われるほど田舎ではない。ショッピングモールもあるし、映画館だってある。それでも山に囲まれていて、自然あふれる町並みを見れば、都心から来た人は田舎だな、と感じると思う。

 結構住んでいる人も多いし、住みやすい町だとも思う。ご近所さんとも仲良しだし、子供もたくさん見かける。毎日楽しそうに近くの大きな公園で遊んでいるのだ。

でも不思議とテレビでこの町の事が紹介されることはない。たま~に、それこそこの町の人であれば気づく程度テレビに出ることはあっても、テレビがこの町を特集したりすることは不思議とない。都心の人に町の名前を出しても、そんな町あったっけ?そう言われてしまう、そんな町だった。



 私、松葉のぞみはこの町で大きくなった。優しいおじいちゃんとおばあちゃん、そしてのんびりとした性格のママと4人で暮らしていた。平凡な毎日、それでも毎日幸せを感じていた。



「のんちゃん、もうすぐ16歳だねぇ」

 食卓の向かいに座るおばあちゃんがのぞみを見て目を細めている。その目はのぞみが大きくなったことを喜んでいるように見える。

「そうじゃなぁ、のんももうすぐ嫁に行ってしまうのう」

 おばあちゃんの隣に座っているおじいちゃんがのぞみを見つめると、そそっと手を目頭にあてた。少し涙がきらりと光ったようにも見えた。

「おじいちゃん、おばあちゃん、私はまだ15歳だよぉ。恋人だっていないし」


 16歳の誕生日まであと1か月となったこの日、突然おじいちゃんとおばあちゃんが言い出した。

 

おじいちゃんとおばあちゃんは気が早い。おじいちゃんとおばあちゃんの時代であれば、女の子は16になれば結婚していたかもしれないけれど、今はそんなに早く結婚する人は多くない。

 

のぞみは笑いながら、そんなことを考えていた。


「のんは恋人いないの?」

 のぞみの右隣に座っていたママが嬉しそうに身を乗り出し、のぞみに聞いてくる。その目は何を期待しているのか、キラキラしているのだ。

「もう、いないよぉ。ねぇ、桜ちゃん!」

 のぞみは左を向くと、ごはんを口に入れている桜に助けを求めた。

「……はい、お付き合いしている方はいないです」

 桜がごはんを飲み込むと、正直に答える。


 おじいちゃんとおばあちゃんとママ、それから桜と朝の食卓を囲むのが、最近の松葉家の日常の光景だった。

 


 のぞみには父がいない。のぞみがまだ小さい頃に亡くなったと聞いている。のぞみは小さかったからか父親の記憶はない。それからはおじいちゃんとおばあちゃん、そしてママと4人で暮らしていた。

 

 そのままこの町ですくすくと育ち、今年の4月からは地元の高校に進学した。そしてそのタイミングで、遠い親戚である同い年の桜がのぞみの家に同居することになった。のぞみと同じ高校に通うためだった。


 のぞみの通う高校は神鬼(しんき)学園と言う名前の高校で、この町では有名な高校だ。もともとこの地域は鬼を神として奉っていたという歴史があるらしく、そこから神鬼学園とついたのだとか何だとか。

 神鬼学園というのは、のぞみが暮らす家から徒歩でも行ける距離にあり、父と母の母校だという。家から近いことに加え、両親の母校に行ってみたいという理由で、のぞみは神鬼学園に進学することを決めたのだった。

 この神鬼学園には、普通科と特技科と2つのコースがある。のぞみが通うのはもちろん、普通科。桜が通うのは特技科だった。特技科とはその名のとおり、スポーツに秀でた人や、芸術に秀でた人など、一芸に秀でた人向けの科であり、神鬼学園が有名なのもこの特技科のお陰だった。去年の卒業生の中にはプロのサッカー選手になる者がいたし、すでに芸能人として活動している者もいたりする。そのため学園の設備やセキュリティがしっかりしているのだ。更に奨学金制度も豊富なことから、全国から才能のある者が集まってくる、という学校でもあった。

 桜はどうやら工作が得意なようで、その才能を評価され学園に入学することができたらしい。普通科と違い、特技科への入学はそれなりにハードルが高い、ということだった。


「桜ちゃんは恋人いないの?」

 ママが嬉しそうに桜に話を振っている。ママの次の興味は桜のようだった。

「いません」

 桜のスパッとした答えに、ママが更に笑っていた。ママと桜ちゃんは性格は全然違うけれども、なんだかんだ言って仲良しなのだ。



「のぞみちゃん、そろそろ時間だから急がないと」

 桜の声に慌てて時計を見ると、時計はすでに8時を指していた。

「あ!」

 のぞみはあわててごはんを食べる。ごはんはまだ半分以上残っていた。

「ごめん、桜ちゃん、先に行っててもいいよ」

 のぞみが桜に謝ると、桜は大丈夫と言って首を横に振った。のぞみは度々桜を待たせてしまうことがあったが、その度に桜は待ってくれていた。桜はのぞみにいつでも優しいのだ。



 のぞみがごはんを食べ終えたところで、桜と一緒に慌てて家を出る。学校までは自転車で10分ほどだ。のぞみが時計を見るとぎりぎり間に合いそうだった。




「良かったぁ~」

 のぞみが教室に着いたのは、授業開始時刻の5分前だった。

「またのんはぎりぎりだね」

 横の席に座っていた麗華が笑いながらのぞみに話しかけてきた。麗華はのぞみとは幼馴染でとても綺麗な女の子だ。

 のぞみの容姿ははっきり言って十人並みなのだが、麗華は芸能人にでもなれるのでは、と言われるほどかわいい。目はぱっちり大きくて色は白い。胸ものぞみがうらやましいくらいの大きさだし、髪の毛もゆるくウェーブがかかってつやつやだった。そして明るくてミーハーで、性格も可愛い女の子だった。

「うん」

「ごはんちゃんと全部食べた?」

「うん、それで、遅くなっちゃった」

 のぞみの言葉に麗華はいつものことだねと苦笑した。

 のぞみは笑っている麗華を見ながら、あぁ~麗華ちゃんはかわいいなぁ、とぼーっと見とれていた。



 その日もいつも通り、のぞみは麗華と真面目に授業を受けた。のぞみはのんびりしているとは言われるが、頭が悪いわけではない。授業だって毎日真面目に受けていた。成績は中の上くらいだったけれども。


「のん、授業終わったし、流先輩を見に行かない?」

 授業を終えると、麗華がさっそくのぞみに声をかけてきた。流先輩とは、麗華が今憧れている、特技科の先輩なのだとか。去年卒業してプロになったサッカー選手の弟さんで、兄と共に将来を有望視されているらしい。もちろん、爽やかな見た目に性格も良いらしく、普通科でもとても人気がある先輩だった。ちなみに麗華はお兄さんのファンでもあった。

「流先輩かぁ……」

 のぞみは流先輩の顔を思い出そうとするが、覚えていなかった。

「ね!いいでしょ!」

 麗華がのぞみの目の前で両手を握りしめている。かわいいなぁ、とのぞみは思いながら頷いた。流先輩に特別興味があるわけではないけれども、のぞみだってかっこいい人を見るのは結構好きだった。

「ありがとう!じゃあサッカー場へ行こう!」

「うん」

 そのまま麗華に引きずられるように、のぞみは教室を後にした。



 サッカー場とは特技科の第1グラウンドのことだ。グラウンドにはすでにたくさんの女の子がいた。おそらくほとんどは普通科の生徒なのだろう。

「きゃっ!流先輩だ!あ~~!相変わらずかっこいいわ!」

 麗華が目をキラキラさせながら、うっとりと流先輩を見つめていた。のぞみも流先輩を見るが、確かにかっこいい。サッカーボールを追いかけている姿を見れば胸がどきどきしてきて、自分も好きになってしまいそうな錯覚に陥る。まさにスポーツマンのイリュージョンだ。

 周りの女の子たちからの黄色い声援もやむことがない。どうやら練習が終わった後、プレゼントを渡しに行く、と言っている子もいるようだった。


「麗華ちゃんはプレゼントは渡さないの?」

 のぞみはふと疑問に思って麗華に尋ねた。麗華は良くかっこいい人を見に行ったり、噂をしたりしている。それにもちろんのぞみも付き合わされることは多い。だが、プレゼントを渡したり、告白しているのを見たことはない。

 のぞみは首をかしげてしまった。

「素敵な人は見ているだけが一番いいのよ!」

「そうなの?」

「そうよ!実際に中身なんて、見た目とは違うんだから。夢を見ていられるのは中身を知らないからなのよ」

 麗華は自分の言葉にうんうんと頷いていた。

 

 麗華の言葉には説得力があった。それはのぞみと麗華が中学校の時のある事件が原因だった。

 中学校の時に麗華が憧れていた先輩が、麗華が自分のことを好きだと知り、告白してきたのだ。麗華はミーハーだけど軽くはない。性格をよく知らないから、と友達付き合いから始めたところ、その先輩がすぐにストーカーになった。麗華の写真を毎日撮り、自分のノートに貼ったり、果ては麗華の写真入りのTシャツまで作ったのだ。流石に麗華もそれにはドン引きした。

 結局麗華がその先輩に告白の断りを告げたが、諦めてくれるまでが大変だった。のぞみもその事件には軽く巻き込まれている。先輩が麗華に会いたいとのぞみのところに良く泣きつきに来たのだ。

 

 どうやら麗華曰く、この事件、実は麗華がバレンタインデーの時に小さなチョコを先輩に渡したのがきっかけだったらしい。イベントに便乗ということで、麗華もかっこいいな、と思う男子生徒何人かに、軽い気持ちで義理チョコを配ったらしいのだ。その一人にストーカーになった先輩がいたそうだった。


 のぞみは麗華に経緯を聞いてやっと納得した。確かにあの事件はのぞみにとってもトラウマだった。可愛いのも大変なんだな、と思ってしまった。

 

 あの事件以来、麗華はかっこいい先輩に憧れたとしても、プレゼントをあげたり、告白したりはしないことを決めたらしい。本当に付き合うのならきちんと中身を知ってから、という、ミーハーだけれども意外と堅実な思考の持ち主だった。



 どうやらのぞみが麗華と話しているうちに、サッカー部の練習はいったん休憩になったようだった。

「さて、流先輩はしっかり見たし、アイスでも食べて帰ろうか?」

 麗華がのぞみの方を向く。

麗華の誘いにのぞみはすぐ頷くと、二人はサッカー場を後にした。のぞみにとっては花より団子。流先輩よりもアイスの方が魅力的だったので、顔もほころんでしまう。のぞみはうきうきとグラウンドを後にした。



「のぞみちゃん?」

 のぞみと麗華がサッカー場を出たところで、聞き覚えのある声にのぞみが振り返ると、桜が立っていた。

「あ!桜ちゃんも一緒にどう?アイス食べに行こうと思って」

 麗華が桜を笑顔で誘った。

「是非」

 桜が頷くと、三人でお気に入りのアイス屋さんに向かうことにした。桜がのぞみの家で一緒に住み始めてから、こうして三人で遊ぶことも多くなった。三人とも性格は違うけれども、自然と仲が良かった。

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