灰色の選択(3)

 覚醒はゆっくりと訪れた。重い目蓋を開ける。どこかの室内。清潔なシーツが整えられたベッドに寝かされている自分の体。窓からは微かに差し込む光。時間はもう朝になっているのだろう。結局、あの後どうなったんだろうか? そんな疑問を抱きながら寝転んだ状態のまま自分の体をセルフチェック。手足が拘束されている様子は無い。撃たれた足は……包帯が巻かれている。痛みはあるがそれほど酷いものでは無い。痛み止めでも効いているのだろう。銃創なんて、想像ではもっと痛みが残りそうなものだし……

「……ん? おはよう、お姫様」

 ふと、部屋内から誰かの声が聞こえる。視線を動かすとベッドサイド。椅子に腰掛けた黒髪ボブカットの女性がこちらを見ている。手には500lmの缶ビールとタブレット端末。口には紙巻きタバコ。目の下には少し隈。年齢は僕と同じくらいだろうか。痩せているせいか全体的に退廃的な印象を受ける。

「起きれる? 言葉は日本語でいいんでしょ? 自分が誰か。何がどうなったか覚えている?」

「……あ、はい。川瀬です。拉致されて、撃たれて、気を失ったんだと思います」

「おぉ、上出来。そこまで冷静に覚えてるんなら大丈夫だ」

 覚えている。最後に見たあの赤い悪魔の微笑みも。惨劇の様子も。しっかり、脳裏に焼き付いている。……気持ち悪い。

「おーい吐くなー。吐くならトイレ行けよー」

「……大丈夫、です」

「まぁ、なかなかのスプラッタだったしそうなるわな。日本にいちゃ普通あんなの見ることないだろうし」

 ボブカットの女が立ち上がり、短くなったタバコを缶に擦り消してから中に落とす。

「大丈夫なら下に降りよう。細かい話は朝ご飯を食べながら、下にいるヤツから直接聞くといいよ」

「あの、貴女は……日本人ですか?」

「おいおいお姫様、それ今必要な質問?」

 女が嘲る様に笑う。そんなことを聞いてどうする、と。今のは僕の失言だ。

「失礼しました」

「まぁ、私たち日本人はあまり気にしないけど彼らはそういうところ神経質だから。入国審査時に敵対国のハンコがあるだけで監獄行きになるくらいだし。同じ日本人として忠告しておくわ。不用意に藪をつつくのは賢くないよ」

「肝に命じておきます」



 ボブカットの女性に続いて階段を降りると、優雅にソファに座る赤い悪魔がいた。

「無事起きたよ」

「ご苦労様キリエ。おはようございますMr.カワセ。それとも、Missアスマかしら?」 

 意地の悪い顔でクスクスと赤い悪魔が笑いならが立ち上がり、こちらへ歩いてくる。昨夜の笑いとは異なるがそれでも反射的に恐怖を感じてしまう。彼女の接近に思わず足が竦む。それを見て取ってか、彼女は苦笑いを浮かべその場で立ち止まり、ロングスカートをつまみこうべを垂れた。本当は、僕と握手をしようとしてくれていたのかもしれない。

「数々の無礼をお詫び致しますMr.カワセ。私はアルフィナ・カトラシス。Protekti la memoro de la tero《地球の記憶を保護する為》中東方面臨時顧問を任されている、所謂活動家です。この度は御身の危機を知り駆けつけた次第。手荒な救出になったことをお許し下さい」

「アルフィナ……カトラシ……え? あ、本……者?」

「あら、ご存じでしたかお恥ずかしい。ご察しの通り“ブラッディ・レッド”です。残念ながら私が本物である証拠をお見せすることは出来ませんが……通り名の由来たるブラッディレッドの髪と、昨夜の私を思い出してご判断頂ければ幸いかなと」

 昨日あの赤い姿を見たとき、もしかしてと微かに思っていたのだけどまさか本物だとは。鮮血の如き赤い髪に年齢不詳な美貌。そして、あらゆる物質を燃やし焦がす灼熱の血液。正に伝説通りのブラッディ・レッド、アルフィナ・カトラシスそのものだ。

 ぱっと見た感じは僕より少し若いくらい。だが、熟練のそれに近い落ち着いた雰囲気がある。どちらにせよ魅力的な様相であることは確か。それも一種悪魔的な危険を孕んだ魅力だ。

 僕の知る限り、彼女が歴史上に始めて登場したのは1916年頃。所謂第一次世界大戦の時代だ。以来、紛争地域に出没し始め、多くの人民を救い導いている。圧政を敷く悪に鉄槌を下し、弱きを助け、自然と共に生きる。まるで特撮ヒーローモノにでも出てきそうな絵に描いた様な“正義の味方”。

 ただ、その痕跡はお世辞にも美談ばかりとは言い難く、時には悲惨な結末が記されることもある。そもそも彼女が介入する時点で詰んでいる状況が多いのが現実だ。

 お話における正義の味方は勝利を約束されている。フィクションなのだから当然だ。ラストで悪に負けて人類が滅びる話を誰が好きこのんで見たいものか。正義の味方は、正義の味方たり得る舞台設定を、能力補正を、民衆の支持を、輝かしい成果経て、正義の味方たり得るのだ。

 だが、彼女アルフィナ・カトラシスは現実の存在だ。情報は不確かで、年齢は不詳で、一個人の存在なのか、それともその行為を指して呼称される名前なのか、真実は明らかでは無いが、そういう概念が顕在することは確かだ。

 現実世界では大どんでん返しの奇跡は起らず、時間は巻き戻らず、どうあっても悲劇にしかなり得ない状況も存在する。それでも彼女は立ち向かう。例えその轍が真っ赤に染まろうとも。例え己の敗北がそこに待ち受けていようとも。万能では無い正義の味方。そんな逆境の中での立ち振る舞いや悲劇性が人々の関心を煽り、彼女を伝説の存在に召し上げる。かく言う僕も、学生の頃その存在に憧れた一人だ。

 そんな彼女に対して人々が付けた通り名は“ブラッディ・レッド”。特徴的な赤い髪と、伝説に残る血を使った奇跡の数々、そして真っ赤に染まる鮮血の惨状から皮肉めいて付けられた名前。決して万人に歓迎されない不吉な正義の味方。清廉潔白な正義の味方では無く、どちらかと言えばダークヒーローに分類される。

 そんなブラッディ・レッドは、ここ最近は Protektila memoro de la teroと呼ばれる環境保全活動及び、人権保護を目的とした組織に与しており、特にこの中東方面に潜伏している可能性があると噂されていた。風の噂ではテロ屋に鞍替えしたとか、東西諸国が指名手配にした結果だとか、はたまたリッチな石油王に見初められたとか噂されていたが……まさかこんな形で会うことになるなんて。

 因みにこのProtekti la memoro de la tero、通称PMTという団体は世界中に支部がある多国籍連合非営利団体である。若干自然信仰の宗教臭い動きをするところがあり、しばしば政府や企業と対立する焦臭い集団だ。名称も何故かエスペラント語だったはず。ますますもって妖しい。

 とはいえ世界的にもそこそこ名の通り、割とオフィシャルに発言力もあったりする組織だ。その臨時顧問様で、伝説の正義の味方ブラッディ・レッドその人なのだから、こちらもきちんと挨拶をしておくべきだろう。

「鷹羽コーポレーション広報部の川瀬明日麻です。Ms.カトラシス、この度は何とお礼を申し上げて良いか……本当にありがとうございました」

「えぇ、ホント無事で何よりだわ。危うく戦争になるところだったわけだし。まぁ、詳しい話は取りあえず朝ご飯食ながらにしましょうか」



 絨毯の上にテーブルクロスを敷きその周囲に座る。アルフィナ・カトラシスから振る舞われた朝食は、この辺りの地方では基本となる食事スタイルのものだった。食事を囲むのはゲストである僕と、対面にアルフィナ・カトラシス。そして左右に先程の黒髪ボブカットの日本人。そしてもう一人は14、5歳くらいの可愛らしい女の子。ブルネットの長い髪をヒジャブと呼ばれるスカーフで軽く覆った格好。伝統的なムスリムの格好とは言い難いが、これもまた中東が開かれ始めている証拠なのだろうか。

 食事の内容はナンと目玉焼き、チーズ、バター、ジャム、そしてチャイ。伝統的な朝食メニューで、無難だが大変美味しかった。特に自家製だというジャムがなかなかどうして口に合う。

 この食事を用意してくれたのはこの若い少女らしい。食事の準備をしてくれている際の3人の力関係から察するに“メイドさん”に近い存在なのかも知れない。この近辺では出稼ぎ労働者の女性を住み込みのお手伝いさんとして雇うシステムが広く一般的に存在すると聞く。色々な問題は孕んでいるらしいが、良い雇い主に出会い十年励めば自国で庭付き一軒家が建つとか。日本人からすれば羨ましい話だ。

「先に紹介しておくわ。彼女はMr.カワセと同じ日本人でキリエ。PMTの人間というわけでは無いけど、私を協力していくれているの」

「狗条 霧慧です。先に断っておくけど私は個人的に鷹羽コーポレーションが好きでは無いのでそのつもりで」

 初っぱなからジャブと見せかけたボディブロー。うん、狗条女史は裏表無い正直な人、と。

「えっと、あとこの子は私が面倒を見ている子でね。ご挨拶なさい」

「アイーシャ・カトラシスです。……本当にMissアスマは男性だったんですね」

 年端もいかない少女にトゲのある口調でそう言われ、流石に苦笑い。国王が僕をジョークでMissアスマと呼ぶせいで、どうにもこの国の国民から僕は女性だと思われている節がある。直接会えば誤解だと分かるのだけど、画質の悪いテレビや、音の悪いラジオ、モノクロみたいな新聞写真等でしか見ていない人にとっては本当によく分からないのだとか。

「ややこしいと思うから、私のことはアルフィナ、この子はアイーシャと呼んでちょうだい。敬称も結構よ。私、堅苦しいのは苦手なの。お互いファーストネームで呼び合いましょう。最初は戸惑うかも知れないけれど名前を呼び合うという行為はお互いの心を通い合わせるにあたって重要なファクタよ。どちらが上とか下とか無い、利害関係では無く信頼によって成り立つ関係。私は貴方とそういう関係が築ければ嬉しいわアスマ」

「えぇ、貴女がそれを望まれるのであればアルフィナ」

 僕のその返答を聞いてアルフィナが嬉しそうに頷く。噂に聞く伝説の正義の味方。メディアに映ることが無い為、その姿は噂話や絵画に残る程度だが……それにしたって若い。やはり代々名乗る名前という説が有力なのだろうか。

「アスマのことは既に国連へ連絡済みだから安心してね。地震のゴタゴタで今日明日は迎えが来ないかもしれないから、それまではこの家に滞在するといいわ」

 僕の滞在、という言葉にあまり気を良くしていないのかアイーシャは疎ましそうな目を僕を見てくる。一方の狗条女史は我関せずとばかりにタブレットに目を落としながら食事を続けている。どう考えても歓迎されていない。や、ゲリラに捕まって人質になるよりかはいいけど、これはこれで針のむしろだ。現にアイーシャが不満そうな声でアルフィナに釘を刺す。。

「アルフィナ、私は女性だと聞いていたからOKを出したということを忘れないで下さいね」

「はいはい、分かった分かった。悪かったわよ」

「分かっていません。ぜんっぜん、アルフィナは分かっていません。今回のことだってアルフィナが行くべきことですか? また力を使って、対価を払って、そうやって何を得るって言うんですか」

 まぁまぁ、とアルフィナが宥めるがアイーシャの怒りは尚治まらない様で、矛先は当然僕へ向かう。

「大体、貴方も貴方です。何ですかMissアスマって紛らわしい。男性ならちゃんと男性の名前を名乗って下さい」

「……それについては文化の」

 年齢半分の少女にものすっごい睨まれる。

「すみません」

 一応説明しておくと、僕の明日麻という名前。この文化圏では非常に紛らわしいことに割とポピュラーな女性の名前なのだそうだ。国王もそれを知って面白がって呼んでいるらしいが、こうやって誤解を招く種にもなり得るわけで……非常にめんどくさい。

「あとキリエ、さっき缶を灰皿にしてましたよね。あれ、止めて下さいって言ってるのに、いつになったら治るんですか?」

 狗条女史とばっちり。はーいすみませーんと口先だけの謝罪を述べ、目線は変わらずタブレットへ。しっかし、この人食べるの遅いなぁ。ジャムを付けたナンを一口含んだと思ったらずっともちゃもちゃ噛んでる。タブレットから目を離さないから余計に遅いんだろうけど……

「あぁ、アイちゃん私もうお腹いっぱいだから。美味しかったよゴチソウサマ」

 食べるの遅くて噛み過ぎだから結果的にめちゃくちゃ小食になるタイプか。

「キリノもう終わり? じゃあソレ私食べちゃっていい?」

 言ってる側から手が伸びて狗条女史の食べかけナンをかっさらっていく。……こっちは食べるの早い系の人ですか。そしてその光景を見てプルプルと拳を振るわせる少女。……なんてバランスで成り立ってるんでしょうねこの人たち。

「いやぁ、たっぷり血を使っちゃったからねぇ。お腹すいちゃってすいちゃって。あ、撃たれた足の具合はどう? アスマと私、幸いにも血の相性がかなりイイみたいだったから軽く活性化はかけておいたけど」

「えっと、痛みは少しありますけど……撃たれたって感じじゃ無いですね。あの、活性化って何です?」

「あぁ、アスマはあまりこっちの業界は知らないんだ。日本人は皆キリエみたいに咒方術を使うのかと思ってたけど」

「使わないわよ。異端に分類される事象は厚生労働省が情報統制してるから、何かの関係者じゃ無い限りその存在に気付くことは無いだろうね。まぁ、あの国は一部集団による秘匿がお家芸みたいなものだし」

「へぇ、ならどうしようか? うーんかいつまんで説明するのが一番かな。ん~アスマはって知ってる?」

「え、えぇ。ファンタジーでよく出てきますよね」

「そうね、それのことよ。で、私、魔法使いなの」

 ……は?

「だから昨日アスマを助けたときみたいなことも出来るし、傷が治るのを早くすることも出来る。そして、世の中にはそういう人がちらほらいる。こんなんでいい?」

 あまりにも大雑把で適当な説明。でも、昨日のアレを見た以上信じざるを得ない。それに、僕も一応世界を渡り歩くスポークスパーソンだ。そういった存在の噂を聞いたことが無いわけじゃ無い。

 神の奇跡、真理の体現、悪魔の所行、怨霊の祟り。呼ばれ方はそれぞれだけど一様にして言えるのは物理法則を無視したあり得な事象であるということ。大概が眉唾に尾ひれがついた結果なのだろうけど、中には本当に超常現象としか呼べないものも存在する。その最も代表的なものが“ブラッディ・レッド”なのだ。その本人がそう言うのだから、そんなの信じる他ない。

「アルフィナは、正義の魔法使いと言うことですか?」

 僕が真面目にそう聞くと、狗条女史がくすくすと笑い出す。えぇ、可笑しいでしょうね。こんなの真面目くさったトーンで喋る台詞じゃ無いってことは分かってる。いい歳したオッサンが魔法使いだなんて。

「正義ねぇ、アルフィナどうなの?」

 ……魔法使いという単語に対して笑ったわけでは無いらしい。つまり、魔法使いは本当ということか。

「アスマ、貴方の憧れを踏み潰す様で申し訳ないけど、私は正義では無いわ。単に世間様にはそう呼ばれていた方が色々と都合がいいからPMTが少し情報操作を行って演出しているだけ。どちらかと言えば私は悪魔の類いよ」

「アルフィナは悪魔じゃありません! 悪魔なら私を、この町にいる人間を助けたりはしません。その男のことも、わざわざ危険を冒してまで助けに行く必要は無かったはずです」

 アイーシャが強い語調でそう否定する。この言い様、彼女の忠誠心は過去の恩によるものなのかもしれない。ふむ、ならこの流れには乗るべきだ。

「貴女が自分をどう評価されようと、少なくとも私にとってアルフィナ・カトラシスは命の恩人で、正義の魔法使いです。そのことに代わりはありません。因みに、私を助けてくれたのはPMTとしての活動なのですか?」

「まぁ、それに近いかな。過激派の動きが伝わってきてね。直ぐに動けそうなのが私とキリエだけだったから取りあえずって感じで。カワセアスマの存在は貴方が思っている以上にこの国の行く末に大きな影響を与えかねない。どうして国王がキミにご執心なのか、知らないわけではないでしょ?」

「私が国王の妹に、よく似ているんですよね」

 そう、だ。国王は別にゲイって訳じゃ無い。亡くなった自分の最愛の妹に瓜二つな男が現れたものだから、わざわざ目をかけてくれているのだ。これはあまりオープンな話では無い。そもそもそんな人物は歴史的には存在していないのだ。噂では前国王が侍女との間にもうけた許されざる娘で、それが何の因果か若き日の現国王と出会い、共に育ち、そして暗殺された。そういう類いの噂話。まことしやかに囁かれるゴシップ。

 鷹羽はそれを調べ、僕を利用することでこの商談を有利に進めた。否、“僕がいたから利用した”の方が正しいか。まぁ、どちらにせよ利用したのだ。今となってはどちらでも同じだけど。

「でも、私がいなくなった程度でそこまで」

「戦争なんて何がきっかけで起るか分からないものよ。少なくとも、私の知っているこの国の国王はアスマが拉致されて命の危機にあると知れば黙ってはいないわ。それが例えこれまで慎重に交渉を続けてきた過激派ゲリラであったとしてもよ。それに、戦争を望まない人がいる一方で、戦争を望む人間も大勢いる。戦争が始まれば経済が動く。社会的な立場に変化が訪れる。現状に不満を抱く者。八方塞がりに陥り一発逆転を狙う者。戦乱に紛れて悪事を働く者。敵討ちを望む者。そういった負の感情にはどんな正論も通じない。一度転がり始めた坂は文字通り底につくまで転がり落ちるしかないのよ」

「付け加えるなら、私とアルフィナがあそこでしくじってお姫様があのまま拉致られ交渉失敗で殺されでもしたら、国連は過激派ゲリラの拠点と思われるこの地区一帯への空爆を決定していただろうね。疑わしきを焼き払う広範囲爆撃。この町もきっと例外じゃ無い。そのくらい水面下では緊張状態が続いてるのさ」

 自分が原因で戦争開始だなんて。小さい頃、冗談で歴史の教科書に載りたいなんてことを言った覚えがある。でも、それは偉大な功績を残してという意味だ。自分が拉致された為に戦争開始だなんて。そんな業、人の身には重過ぎる。

「アスマ関係での余波で言えば、タカバが撤退するのもこの国の経済としては最悪かな。正直、下手をすれば経済危機が起きて餓死者が出る可能性も高いわ。PMTとしてもタカバにはこのままこの国の開発を取り仕切って貰いたいと考えているのよ」

「……どうしてです? PMTとは以前からこの国の土地開発や地下資源の件で揉めていたかと思いますけど」

「そうね。でもタカバは比較的私たちの妥協案に耳を傾けるくれるわ。神秘に敬意を払い、大地に感謝を捧げてくれる。それが例え科学的根拠の無い、臨床によってのみ成り立つ事象でも考慮してくる。PMTは開発するなと言ってる訳じゃ無いの。大地を守る上で必要となる特異点に手を出さないで欲しいだけ。大地への感謝を忘れた大陸系の企業じゃそうはいかないもの。流石、日本という歴史と自然の集合を信仰の対象とする特殊な国民性を持った国の企業よね」

「では、PMTは鷹羽との交渉に応じてくれるということですか?」

「えぇ、今回の件で過激派はあぶり出せたでしょうし。直ぐには無理かもう知れないけど、事態が落ち着けばきっと」

 それは大きな収穫だ。こんな棚ぼたラッキーでPMT幹部とコネクションが出来て、尚且つ交渉のテーブルに乗ってくれるときたものだから。災い転じて福と成すとは正にこのことか。

「喜んでるところ水を差す様で悪いけどさお姫様。それは鷹羽がこちらの条件を飲めばの話だよ」

 鷹羽嫌いを自称する狗条女史が冷たい口調で口を挟む。口には懐から取りだした紙タバコ。本当は火を点けたいのだろうけど、アイーシャが凄い目で狗条女史を睨んでいる為しぶしぶ咥えるだけに留めている。この部屋は禁煙の様だ。

「さっきもアルフィナが言ったけど、特異点をどうこうされたら困るんだ」

「どうこう……?」

 抽象的な話に首をかしげると、狗条女史は紙タバコを握りつぶし苛立たしげに声を荒げた。

「勝手にぶっ潰して断ち切って好き放題して、その土地を陵辱し尽くす行為のこと! だから私は鷹羽が嫌いなんだ。自分たちの行動がどんな影響を与えるか知りもしないで偉そうに利権振りかざして。お綺麗な理屈並べて分かった気になって……私は忘れないからな、お前たちが何をしたのか。結果どれだけの人間が死んで、私たちがどんな思いで!!」

 更にヒートアップしそうになったところでアルフィナが肩を優しく触り、落ち着く様に促す。舌打ちを入れると、狗条女史は無言で部屋を出て行く。

「アイーシャ、悪いけど冷蔵庫から飲み物持って行ってあげて」

「……アルフィナはキリエに甘過ぎませんか? 本当にキリエのことを思うなら」

「まぁまぁ、昨日頑張って貰ったわけだしご褒美がないとね」

 朝も飲んでたのにと、不満そうな声を小声で呟きながらアイーシャも部屋を出て行く。……察するに飲み物とはアルコールの類いか。そういえば朝もビール飲んでた気がする。

「ごめんなさいね、何だか落ち着かない朝食で」

「いえ、気にしていません。鷹羽が、多少強引なやり方で成長を続けていたのは事実です」

「まぁ、あれは本当に巡り合わせが悪かったのよ。それで、何だっけ? えっと、特異点の話だったかしら。ん~っと、簡単に説明すると、地球っていう存在の力の源。湧き水で言うところの源泉ね。その起点を汚染されたら地球全土が朽ちてしまいかねないの。だからタカバの土地開発や資源採掘もちょっと譲歩して貰う必要があるって感じかな。中東は先の戦争もあって境界軸が不安定でね。これ以上はほんとに洒落にならないから私たちも神経質になってるの。これが私たちPMTの主な活動内容。でもまぁ、こんなオカルトな話、はいそうですかってまともに取り合えってくれないでしょ?」

 その質問には返答し辛いが、沈黙こそ同意の表れだ。その同意をうけてアルフィナが続ける。

「直ぐにどうこうアスマ個人に求めるわけじゃ無いからそこは安心して。それでも、せっかく故合って知り合ったのだから、こっち側の事情もある程度は知って貰えると嬉しいかなって。偶然にもアスマはタカバと、国王と、そして私たちPMTと縁が出来たわけだし。色々知った上で、持ち帰って貰えると嬉しいわ」

 そう言ってにっこり笑う赤い正義の味方。さて、この事案どう扱ったものか。正直言ってどうしたら良いものかさっぱり持って分からない。オカルトなんて理解の範疇を遙かに超えている。兎に角、今は無事であったことと、保護してくれた人たちがあんまり歓迎はしてくれてないけど悪人では無さそうなことと、嘘を吐いている感じでも無いことを喜びますか。……うん、ケセラセラ。取りあえずまずは腹ごしらえだ。あぁ、このナンおいしいなぁ……

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