浅草鬼嫁日記~あやかし夫婦は今世こそ幸せになりたい。~/友麻碧

富士見L文庫

序 話

 いにしえのしだれ桜が、生暖かい春の雨にうたれている―――


 年々あかく色づく髪のせいで「醜い鬼の娘」だと疎まれ、父にすら顔を背けられた。

 それがひどく辛くて、袖をらして泣き続けた、夜明けの事だった。


 甘く懐かしい香りがしたのだ。


 長い髪と小袿こうちぎを引きずり、御簾みすの内側から外廊下へ出た。

 呪われた都の、灰色の空に流れて散る、しだれ桜の薄紅の花に魅入る。

 まるで私の髪の色みたい……

 ふと、視線を感じた。

 滝のように流れる枝の隙間から、私を見つめる若い男が居たのだ。

 ―――鬼だ。

 憧れ続けた、漆黒の髪と瞳。

 だけど人ではない。その象徴である禍々まがまがしい鬼の角を持つ、平安京を脅かす鬼。

 そして彼は、心き乱されるほど美しい青年だった。


「そこから連れ出してやる」


 そう言って手を差し伸ばし、彼は私の名を呼んだ。

 


 私の名。

 私の名は――……… 

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