異世界の車窓から (2)

 ドラゴンの前に、身をさらすこととなってしまった俺と少女。

 巨大なドラゴンの瞳は、俺達の姿を捉えている。

 あぁ、これはもう駄目かもしれない。


「……ッ!」

「あ、おい!」


 今こそ覚悟を決める時だと、そう思ってしまったのだろうか。

 少女は決意を込めた瞳を湛えて、ドラゴンへと一直線に向かっていく。


 いつの間にか、その手の中には包丁が握られている。

 それは、俺がコハネから貰った包丁。

 どこかに飛んで行ったかと思ったけれど、そんなところにあったのか。


 ただし、それはただの包丁だ。

 何でも斬れたり、次元ごと切断出来るような代物ではない。

 そんな物を手にしたところで、ドラゴンに勝てる要素など万に一つもない。

 

 しかし、それはドラゴンサイドには関係ないのか。

 少女から刃物を向けられたことで、明確な反応を見せる。


 それは敵意。

 ドラゴンの身体から殺気が迸る。

 このままでは、少女は殺されてしまう。


「ああ、本当に、どうしようもないな!!」

「……ッ!?」


 駆け出そうとした少女の手を取る。

 配達員の本来の業務ではないとはいえ、このまま黙っていることは出来ない。

 というか、そもそも届け先の少女がドラゴンに食べられてしまっては、配達を完遂することも出来ないのだ。しかも、次にやられるのは確実に俺だ。

 ここは、とにかく逃げるのが勝ち。

 俺は、新たなガジェットを起動して、その場から逃げ出そうとして。

 

 しかし、まわり込まれてしまった。

 

 ドラゴンは、その巨体からは想像出来ないほどの機敏な動きで俺達の前に立ちはだかると、大きな口を広げる。

 視界を覆う赤。

 人の命など簡単に刈り取れそうな、巨大で鋭利な牙。


 それを前にして俺は、数秒後に訪れるだろう死を感じて。

 

「ちょぉーっと待ったぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

 空から降って来る、その声を聴いた。


 聞き覚えのある、その声の主。

 それは後輩、絹和コハネのものだ。


「どっせーいっっっっっっっっっっっ!!!!」


 流星のような勢いで、ドラゴンに向けて高速で降下し、蹴りを叩き込むコハネ。

 それだけで、ドラゴンの巨体が、冗談のように揺れた。


 怯んだドラゴンの隙を見逃さずに、コハネは追撃に移る。


「でぇぇぇやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 その手に握られているのは、斬撃型ガジェット『ワンモア切刀』。

 脅威の切れ味の巨大な刃を持つ、ビームチェーンソーだ。

 

 コハネは、その刃を高々と担ぎ上げて。

 勢いを殺すことなく、思いっきり振り下ろし。


「……あれ?」


 外れた。

 それはそれは、大きな空振りだった。


「のわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 コハネは、盛大に空振りさせた勢いのまま、回転しながら。

 俺達のすぐ目の前へと、墜落してきた。


 轟音と共に、派手に土煙を立てながら何度も転がり。

 しかしすぐに、平気な顔をして起き上がる。


「せ、先輩、無事ですか!?」

「って何で今の勢いで外すんだよ!! いや、外さないと駄目だったんだけど!!」

「おかしいですね。完全に殺ったと思ったんですけども……」

「だから殺ったら駄目なんだよ!? うちの会社の規則、本当に分かっているのか!?」


 普段は規則のことを厳しく言うくせに、どうしてこいつは、すぐに手を出したり足を出したりチェーンソーを出したりするのだろうか。

 魔王も思いっきり跳ねていたし。やっぱり、どこかおかしいのではないか。


「ま、まあ、慣れていないガジェットだとこんなものですよ……」

「振り上げて、振り下ろすだけのガジェットに、慣れもないと思うけどな」


 コハネめ、相変わらずガジェットの扱いが下手な奴だ。

 普段から、ガジェットを扱う練習もしているとのことなのに、まるでガジェットから嫌われているかのように、致命的なまでに上手くならないのだ。


 しかし、今はコハネのガジェットの扱いの下手さに助けられたとも言える。

 こいつがもしガジェットを十二分に操れていたら、今頃ドラゴンはなます切りにされていただろう。そんなスプラッタな光景、見たくない。

 少女に見せられる訳ない。


「というかお前、良く俺のいる場所が分かったな?」

「それはもう、先輩のいるところに駆け付けるのが私ですから! 先輩を決して一人で放っておかない、それが私ですからっ!!」

「……正直に言え」

「先輩はすぐいなくなるので、首輪代わりに発信機を付けるようにと、社長に言われまして。ちなみに、その包丁が発信器です。柄の部分に巧妙に隠してあります」

「あの野郎!!」


 社員のプライバシーを何だと思っていやがる。

 労基局に訴えてやるぞ! 

 

 包丁に取り付けられた発信器を目当てに、コハネは高速移動型ガジェット『アクセラレ板』を使用って、空中を跳躍して来たのだろう。

 直進しか出来ないピーキーなガジェットではあるが、そもそも細かい操作の出来ないコハネには良く合っている。

 それでも、結構失敗することが多いのが恐ろしい奴だけど。


「――ッ!!!!」


 咆吼。

 無事だったとはいえ、不意打ちを食らったドラゴンは怒りに満ちた様子でこちらを睥睨している。

 コハネを警戒しているのか襲い掛かっては来ないが、いつ均衡が崩れるかは分からない。


「よし、この隙に仕事を終わらせるぞ。肝心の配達品は、持って来ているんだろうな?」

「ええ、それはもう、バッチリです!!」


 自信たっぷりにコハネが差し出して来たのは、小さな丸い包み。

 何だろう、とてもドラゴンをどうにか出来るような武器には見えないけれど。


「おい、やけに小さいけど、それでどうにかなるのか?」

「勿論ですよっ!! じゃあ、早速ですけど、大事に持って下さいね。あ、包丁は危ないから私が預りますから!」

「……ぇ?」


 言ってコハネは、少女から包丁を受け取り、小さな丸い小包を渡す。

 少女は、戸惑いながらもそれを両手で大事そうに包み込む。


「はい、じゃあそこに立ちゃって下さいねっ!」

「……ぇ? ぇ?」


 コハネは少女の背中を押して、前方へと押し出す。

 丁度、ドラゴンの正面に当たる位置に。


 しかも、腕まくりなどして、その場で準備運動などを始めてしまった。

 物凄く、嫌な予感がする。

 俺はひょっとして、この後輩のことをまだ、甘く見ているのではないか。

 そんな、確信めいた予感を感じて。


「おい、ちょっと待て……」

「じゃ行きますよー」

「待てお前何をするつもりだ……?」

「じゃーん!!」


 コハネは、いつの間にか、プロ野球選手が持っているような木製のバットを手にしている。ガジェットではない、本物のバットだ。

 どこにそんな物を隠していたのか分からない。

 というか、何でそんな物を手にしているのか。


「じゃあ、大人しくしていて下さいねー」

「ぇ?」

「なーに、ちょっと犬に噛まれるみたいなものですから!」

「ぇ? ぇ?」


 疑問の声を上げる少女を、軽くスルーするコハネ。

 まるでバッターボックスに入ったプロ野球選手かのように、少女の背後に立ち。

 大きくバットを振りかぶって。


 少女を、打った。


「……は?」

 

 それはもう、見事に、打った。

 理想的なスイングで、甲高い音と共に、少女を打ち上げた。


「はぁぁぁぁぁ!?」


 バットで打たれた勢いのまま、放物線を描きながら飛んで行く少女。

 いや自分で何を言っているのか分からないけど、本当に、少女は野球のボールのように、飛んで行くのだ。


 少女が飛んで行く先にいるのは、当然ながらドラゴン。

 自分に向けて飛んで来る物を何だと思ったのかは定かではないが、ドラゴンはそれを迎え入れる……大きく口を開けながら。


 そして、勢いよく飛んだボールがバックスクリーンに吸い込まれるように。

 少女は、ドラゴンの口に吸い込まれた。


 より正しい言い方をすると。

 少女は、ドラゴンに、食べられた。


「やりました!」

「お前何やってんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」


 いやいやいやいや。

 どうしてそんな、やり切ったというような顔を浮かべているんだよ。

 今何をやったのか分かっているのか?


「や、落ち着いて下さい、先輩」

「落ち着けると思うか!? お前!! 俺が必死で守った少女が!! 今!! お前に打たれて!! 食われたよ!! って、本当に何やってんだお前!」


 そりゃ確かに、ちょっと無茶することもあったし、変わったところもあるとは思っていたけれど、基本的には職務に真面目な後輩だった。

 その筈だった。

 しかし今、とても信じられないことをやりやがった。

 お届け先である現地の人間を暴行の上で死に追いやる、配達員として……いや、人間として確実にアウトになるようなことを!


「何か失礼なことを言われていないですかね?」

「言うに決まってるだろ!? お前、自分が何をしたのか分かっているのか?」

「それは勿論、分かっていますよ」

「……そうか、短い間だが世話になったな。お前のことは一週間ぐらいは覚えていてやるとするよ」

「というか先輩、何か勘違いされてませんか?」

「……はぁ?」

「説明、伝票を見てないんですか? 今回、私達が運んで来たチートアイテム。あれは、ドラゴンの口の中に放り込まないといけないんですよ?」

「…………はぁ?」


 コハネは懐から配達用の伝票を出して、俺に見せて来る。

 そこに書かれている内容は。


 品物    : 強制縮小薬 ブラックサンダーレインボー(内服用)

 おところ  : ドラゴンの口の中

 お届け日時 : 届け先の少女とドラゴンが相対した時

 配送方法  : お急ぎ便

 

「……薬? 内服用?」

「はい」


 ということは。


「普通に投げても、ドラゴン自身が飲んでくれる訳ないですから、適当な餌と一緒に使わないといけなかったんですけど、丁度良い餌が無かったことですし、まあ、こんな感じになりました!」

「あの子を餌にしたのかお前ッ!?」

「まあ、どちらにしろあの子に一度渡さなければ行けなかった訳ですし。配達場所は、あのドラゴンの口の中な訳ですから、これが一番手っ取り早いですよね?」

「お、おう……」


 経緯は分かったが、結局評価はあんまり変わらない。

 コハネがやったのって、倫理観の欠片も無い行為だよな。

 やっぱりこいつ、ちょっとおかしくない? 真っ当な人間ではないよね!?


「……また、失礼なことを考えていましたよね、先輩」

「褒めるとでも思っていたのか?」

「確かにちょっと冒険ではありましたけど、何とかなったみたいですよ、ほら」

「ああ?」


 言われるままに、コハネの視線を追ってみる。

 するとそこには、悶え苦しむドラゴンの姿があった。

 喉に小骨の刺さってしまったかのような様子で、全身を震わせている。

 その動きだけで、辺りが地震のように揺れる。


 そんな揺れに翻弄され続ける中、何かがドラゴンの口の中から吐き出された。

 バシャリ、と激しい水音を立てて地面に落ちたもの。


 それは、人の形をしていて。

 というか、あの少女だった。


「だ、大丈夫か!!」

「うえええええええ!!!」

 

 聞こえるのは少女の嗚咽。

 先程までの小さい声が嘘のように、大きな声で、嗚咽を零している。

 どうやら無事のようだが、泣き叫んでいるし、ぶるぶる震えている。

 しかも全身が、得体の知れない粘液塗れで、変な臭いが周囲に漂う。


「おえええええええ!!!」

「いや、これ、超臭いんだけど。何だ、これ?」

「ドラゴンの胃液じゃないですかね?」

「胃液ぃ!?」

「はい。今回のチートアイテムは、胃の中で作用するみたいです。だから、この子にお願いして胃まで運んでもらったと」

「お願いしてなかっただろ。一切説明することなく、打っただろ」

「結果良ければ全てオッケーですよ!!」

「その台詞、この子を正面から見ながら言ってみろよ!!」


 粘液に埋もれて、泣くに泣けない感じで震えているこの子の前で言えよ!!

 物凄い顔になっているし! 

 あと、ドラゴンよりもむしろお前のことを怖がっているよ。


「ほら、見て下さい先輩! 薬が効いて来たみたいですよ!」


 見れば、確かに、少女を吐き出したドラゴンの様子がおかしい。

 先程までの威容は、どこにもない。

 ゲホゲホと、咳き込むように悶えていたその身体が、不意にぼやけ始めた。

 全身から、白い煙のようなものを発している。

 やがて、煙の勢いが強くなるのと、ドラゴンの動きも鈍くなる。


「縮んでいる、のか?」

「はい。成功ですね♪」


 白い煙の勢いが強くなる度、ドラゴンの身体が小さくしぼんでいく。

 急激な速度でその巨体は縮んで行き。


 一分も経たずに、手の平サイズにまで縮小してしまった。

 こうなると、ドラゴンというよりも、最早トカゲにしか見えない。

 こんな姿になってしまえば、もう辺りの迷惑になるなんてことはないだろう。


 これなら、ドラゴンと少女は、共にいられるに違いない。

 たとえ、その命を奪わなくても。


「誰もに望まれる結末に導くのが、チートアイテムの力で。それを配達するのが、私達の仕事ですからね。あの子が望んでいたのは、大切な友達を殺すのではなく、共に生きることだったみたいですね」

「ああ、そうだな……」


 少女は、すっかり小さくなってしまったドラゴンを両手の上に乗せて、喜びの笑みを浮かべる。今にもぴょんぴょんと飛び跳ねそうな勢いだ。

 こうして小さくなってしまえば、ドラゴンも可愛いもんだ。

 ガー、と吠えながら火を吐いたりしているが、小さなトカゲがやっているようなもので、何も怖くない。


「自分の命すら危険に晒されていたのに、優しい子ですね。先輩と違って」

「ちょっと待て。ドラゴンを思いっきり一刀両断しようとしていたお前には言われたくないぞ。あれ、本当に当たったらどうするつもりだったんだよ。つーか、バットで打つ必要なんてなかっただろうが!」

「何ですか、その言い方は! 最初から先輩が注文伝票を確認していれば、こんなややこしいことにはならなかったんですよ!」

「それはそれ! これはこれだ!」

「あー、ずるい!」


「何がずるいだ……つーか、もうちょっと穏当に出来ただろうが、あんなにガジェットを使わなくても。使用料だけで、一体いくらになると……」

「ギクッ!?」

「ちょっと待てよ。良く考えれば、見習い配達員のお前の分の使用料は、パートナーである俺の給料から引かれるんじゃねえか! 下手くそのくせにバカスカ無駄遣いしやがって……そんなんだから万年見習いなんだよ!!」

「いやー、ドラゴンは強敵でしたね」

「聞けよ!!」


「ま、まあまあまあ、無事に終わったんだから良いじゃないですか。さあ、一仕事終わった訳だし、ご飯でも食べに行きましょうよ。私、ステーキが食べたいです! 先輩の奢りで!」

「誰が奢るか、この疫病神! 貧乏神! いいから金を返せよぉぉぉぉ!!」


 今月の給料日のことを考えると、もう叫ぶしかなくて。

 恐らく、今日一番と思われる慟哭が、荒野に響き渡ったのだった。


      ◆      ◆      ◆         


「向こうの方に軽トラックも地面に刺さっていましたし、これで帰れますねっ」

「刺さっていた!? 一体どういうことだよ!!」

「ドラゴンの背中から落ちた勢いで刺さっちゃったんですね。まあ、運転には問題なさそうですよ? 途中でトラブって、次元の狭間に落とされてしまうかも知れませんけど……」

「それ、本当に大丈夫なんだろうな!? 帰れるよな!?」

「こんなこともあろうかと、本社へ緊急帰還用のガジェットを持って来ていますし、何とかなりますけど」

「そうか、なら安心だな」

「あいにくこのガジェットは一人用ですが」

「お前だけが助かる気なのか!? つーかそれも、俺が使用料を払うんだよな!? 俺からお金を取っておいて、俺を見捨てるのかよ!!」

「先輩はそこそこ丈夫ですから、きっと平気ですよ、きっと! 余裕余裕!」

「余裕じゃねえよッ!?」


 そんなやり取りをしながら、軽トラックへと乗り込む俺達。

 窓の外には、必死に頭を下げている少女と、その手の中で、こちらを見つめているトカゲの姿。

 少女の目尻には涙が浮かべ、何度も、何度も頭を下げている。

 心なしかトカゲも、感謝の念を述べているように思える。


 そんな一人と一匹の姿を見ながら、俺は、誰にも言わない俺自身の目的について思いを馳せる。


(ドラゴンがいるような世界だから、少しは期待したんだけどな……)


 結局、この世界での収穫は何もなかった。

 少女が首に下げていた赤い宝石のペンダントは気になったが、あれは見るからに安物だ。無理矢理奪ったとしても、大した金にはならないだろう。

 せめて、金になる物があれば良かったのだけどな。


 ともあれ、仕方がない。

 懐にしまい込んでたブツ、勇者から奪い取った薬の小瓶を、そっと握りしめる。

 今日は、これが手に入っただけでも、一つ前進したと、そう思うことにする。


「それじゃあ、帰りますか!」

「そうだな……ああ疲れた……」


 少女に手を振るのに満足したのか、コハネは軽トラックのエンジンを入れる。

 動き出した軽トラックの中、コハネがスイッチを入れたカーステレオからは、またも落語が流れ始める。 


「まあ、明日も仕事ですけどね!!」

「休みが欲しい。給料の出る休みが欲しい。むしろお金が欲しい」

「それじゃあ、レッツゴー、ですよっ!!」

「……はあ」


 溜め息を吐きながら、助手席のシートに身を任せる。

 カーステレオから流れて来る落語に身を任せているうちに、眠りに落ちて行く。

 目を醒ませば、どうせまた仕事だ。

 だから、せめて今だけは、身体を休めたい。

 

 いつの日か、望むものを手に入れる日まで。

 変わることのない、しかし刺激と危険とに彩られた、この配達員という仕事。


 あいつの為ならば、何だって、利用してみせる。

 それが、いつか誓った決意だった。


      ◆      ◆      ◆         


 そこは、白い部屋だった。

 何の装飾も無く、必要以上の物も置かれていない。

 シンプルな内装の部屋。壁も天井も、白く塗られている。

 そんな部屋の中央に鎮座しているのは、白いベッド。

 そこに、一人の少女が、眠っている。

 

 簡素な衣服に身を包んで、すうすうと穏やかな寝息を立てている少女。

 少女を刺激しないように、備え付けのテーブルに、手に入れてきた小瓶を置く。


 それは、どこかの勇者から手に入れた妖精女王の薬。

 この薬が、果たして眠っている少女に効くのかどうかは分からない。


 だから、効く薬が見つかるまで、俺は薬を探すのを止めない。 

 この行為を繰り返す。いつまでもいつまでも、少女が目を覚ます、その時まで。

 

 ゆっくりしている暇はない。

 立ち止まっている暇はないのだ。

 扉を開け、最後にもう一度だけ、振り返って。


 ずっと変わらず、そこに横たわっている最愛の女性の姿を見て。

 そして、部屋から出て行く。


 次こそは彼女を救える物を見つけられるようにと、願いを込めて。

 俺は、仕事へ、戻って行く。



                                  つづく

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