第6章 ザ! 配達! DASH!!
ザ! 配達! DASH!! (1)
「………………」
俺はただ、1人で立ち尽くしていた。
耳が痛いほどの静寂、そしてそれ以上の心の寒さに、包まれながら。
こんなにも、世界が静かと感じたことは、しばらくなかった。
いつも、俺のすぐ横にいて、必要以上に辺りを騒がしくする、静寂とは無縁な後輩、絹和コハネの姿は、今ここにはない。
コハネは、レースの終了後に気を失い、社長によって、『OZ』内にある、とある部屋へと運び込まれて行ったまま、まだ出て来ていない。
とある部屋……それは、『OZ』の地下倉庫にある一室。
俺とアラタによる探索の末に見つけておきながら、しかし社長によって阻まれ、入ることが出来なかった部屋。
何故、コハネがあんな場所に運ばれて行ったのか。
何故、コハネがあんなことになってしまったのか。
俺には、分からない。
今の俺は、この場から1歩も動けず、1人のパートナーのことを何も分からないままで。
「……いや、違う」
そうではない。
俺は、話を聞かなければならない。
動けないなんて、今は、ぼんやりと立ち止っている場合ではないのだ。
自分の大事なパートナーについて。
恐らく、全てを知っているだろう相手へと、向かい合う。
「おや、ヒビキ君。まだそんな所にいたのかい?」
「社長。コハネに何があったのかを教えて下さい。パートナーが倒れて、何も分からないまま放っておくことなんて出来ません」
「……ふむ」
俺は、目の前の扉から出て来た男、『OZ』の社長に迫る。
先程、俺の役目は終わったと、そう告げた相手。
その瞳は、既に俺に対する興味など全て失っているように思えた。
だから、この問いも拒否されるかも知れない。
いや構うもんか。そうなったら、力尽くで吐かせてやる。遠慮なんかいらない。
力尽くでダメなら、土下座でも何でもしてやる。
その後でまた力尽くだ。
とにかく、俺の出来るあらゆる手段を持って聞き出してやる。
そんな俺の決意を前に、社長は一度頷いて。
「怖いな。答えるのに断ったら、今すぐにでも飛び掛かって来そうだ」
「……試してみたらどうですか?」
「いや、止めておくよ。無闇に怪我人を出す必要は無いからね」
「へえ、どっちが怪我をするって言うんですか?」
「それは勿論、僕だよ」
「……はぁ?」
「当たり前じゃないか、いくら、どこぞの怪盗にガジェットを奪われたとは言え、現役の配達員であるヒビキ君に、ただの中年の僕が勝てるとでも? 自慢じゃないが、喧嘩は弱いんだよ」
そんな言葉を飄々と言ってのける社長。
しかし、社長から発せられる妙な迫力は、いつもと何も変わらない。
「まあ、確かにヒビキ君には聞く権利があるかもしれないね。良いだろう。じゃあ、1つ話をしてあげようか」
「……はい」
「ヒビキ君のパートナーだった、あの子の話を」
パートナーだった、という過去形の言葉に胸が痛むも、話を聞く体勢に入る。
俺が知らなかった真実。
一番近くにいた、絹和コハネのことを。
今更ながら、知りたいと願うから。
「まず、絹和コハネ君は、人間では、ない」
「……そうで、しょうね」
社長から告げられた衝撃の真実。
しかし、そこまでの驚愕を俺にもたらすことは無かった。
何故なら、既に知っていたから。
コハネの身体に刻まれた傷痕と、その奥に隠されていた、明らかに人ではないという証拠を、既に俺は見ていたのだ。
コハネの肌の奥に隠された、機械の、身体。
手に掛かる重みは、何一つ普段と変わらない。
しかし、今まで、当たり前のように人間として扱っていたコハネが、実は人間ではなかったということを、俺が一番実感していた。
「分かっている。そんなことは、分かっています。人間でないなら、あいつは何なんですか? 確かにおかしな所は沢山あったし、人間離れしたところも1つや2つじゃない。でも、人間じゃないなら、あいつは……?」
「落ち着きなさい。コハネ君はね、君が良く知っている存在だよ。むしろ、ヒビキ君が一番よく知っている物かも知れないね」
「はぁ? 何を言って……」
「ガジェットだ」
「……は?」
「コハネ君はね、人間じゃない。ガジェットだと言ってるんだよ」
社長の言葉が、一瞬、理解出来なかった。
しかし、すぐに理解が追い付いた。
機械の身体を持った者が、自らの意思で生きて動いている、なんてファンタジーな事実も、この『OZ』に関わっているのならば、決しておかしなことではない。
ここには、明らかに人智を超えた動作を行い、現実を凌駕する。
そんなものがいくらでも転がっている。
「コハネは……ガジェットの力で動いているって、そういうことですか?」
「いいや違う。彼女は、ガジェットの力で動いているのでない。彼女こそが、ガジェットそのものなのさ」
社長は一度首を振って続ける。
その声音はどこか楽しそうで。
「そう、彼女こそは、あらゆるガジェットの頂点に立つもの。全てのガジェットを手足の如くに使いこなし、また自律的に思考し行動する機能を搭載した、統御人間型ガジェット『
あっさりと。
まるで、会社の製品を説明するかのように、社長は言った。
その言葉は、思いも寄らない強さで俺の頭を打ちのめす。
コハネとの思い出が、根本からひっくり返って行くかのようだった。
「統御人間型ガジェット……あいつが、ガジェット……?」
コハネとのことを思い出す。
くだらないことを言って、はしゃいでいる姿。
ガジェットを手に、殴りかかって行く姿。
美味しそうにご飯を食っている姿。
真面目に仕事をこなそうとしている姿。
変なことを言っている姿。
運転席で眠りこけて慌てて俺に起こされている姿。
俺の言うことを一切聞かずに突っ込んで行く姿。
その記憶の、どこにも、違和感なんてない。
あいつがガジェットだったなんて……。
いや、確かにこいつは人間じゃねぇ! みたいなことを考えることは時々あったけど、本当に人間じゃなかったなんて、今更そんなことを言われても、どうすればいいんだよ。
確かに、人間とは思えない思考回路と身体能力ばかりだったけど!
「真の機能を発揮した彼女……『統制機姫』は、全てのガジェットの持つ能力を最大限に発揮し、即時に行使することが可能だ。いかなるガジェットであっても、彼女にとっては自分の手足の如く動かすことが出来る……しかし、ことはそう簡単には進まなかった。予想していなかった不具合が生じてしまったのだ」
「……不具合?」
「試しにガジェットを使わせてみても、とても使いこなしているとは、とても言い難い様子だった。本来のスペックすら発揮出来ていない。普通の配達員達と同じような……いや、それ以下の扱いしか出来なくなってしまっていたんだ。何で、そんなことになっているのか、全く分からなかった」
「あんたにも、分からないことがあるんだな」
皮肉交じりに言うも、しかし社長は真剣そうに頷く。
「そうとも。いくら私であっても、思い通りにならないことはいくらでもある。しかしそれは問題ではない。それを、どう克服して行くのが一番大事なのだからね。だから、彼女の問題についても、一計を案じたのさ」
「……一計?」
「そうとも。あの子が、真なる力を発揮する為に。ガジェットの統御者として、『統制機姫』の真の完成の為に。まさにその為に、君をパートナーに選んだんだよ、苅家ヒビキ君」
突然告げられた俺自身の名前。
それは、全く予想しなかった方向からの一撃だった。
「彼女に、経験を積ませる為。ガジェットの扱いを本質から理解させる為。その為に、パートナーとして一番適任だったのが、君なんだよ」
「……俺が?」
言われても、まるで心当たりがない。
自分が、そんなご大層なことを期待されているなんて、とても考えられない。
自分で言うのも何だが、俺は不真面目で、どうしようもない、ちゃらんぽらんな人間だと思うから。
「そう、君は不真面目で、どうしようもない、ちゃらんぽらんな人間だが」
「……待て、軽く俺の心を読むんじゃない」
「しかし、君には確固たる目的意識があった。どうしても叶えたいと、真摯な願いがあった。その思いだけは、確かに本物で、凄まじいまでの覚悟に彩られていた。何を引き替えにしても目的を達成しようとする強烈な目的意識こそ、私が彼女に学ばせたいことだったからね」
「…………」
「そしてまた、君の人生はまさに波乱万丈だ。どんな時でも、必ず何かしらの問題にぶち当たってしまう。トラブルメイカーと言って良いだろう。一体どんな星の下に生まれたら、そんなことになるのか。君の行く手には、いつだってトラブルが転がっているからね」
「好きでやっている訳じゃない」
「しかし、そんな所も、私の目的に沿っていた。訪れるトラブルを乗り越える時こそ、人間は成長するものだからね。適度な試練は、人を恐るべきスピードで成長させる。それは、人間の形を持っているコハネ君にしても、例外ではない。必ずや、彼女の糧になると、考えたんだよ」
「あんた……人を何だと思っているんだ……」
俺と一緒に働くことで、コハネが成長してくれるというなら、構いやしない。
俺なんかから学ぶことがあるというのなら、勝手にしてくれという感じだ。
ただ、それが、他の誰かの手で、良いように支配されているということが我慢ならない。俺が必死で生きて、目的に向かっている姿。
それが、目の前の社長にとっては、自分の道具を成長させる為の教材でしかなかったと言われているのだから。こんなに屈辱的なことはない。
思わず、拳を握り込んでしまう。
「いや、ヒビキ君。何もそう卑下することはない」
「……何だと?」
「君の生き方を、私は心から尊重し、立派だと思っている。だからこそ、大切な彼女を託したのだからね」
「……言ってろ」
話をしているだけで、はらわたが煮えくり返るようだ。
もう、こんな奴と話をするだけ無駄かも知れない。
「あいつを……コハネを……どうするつもりなんだ?」
「別にどうもしないよ。少なくとも、乱暴なことはするつもりも無い。むしろその逆だ。今、一番重要なのは、傷を負った彼女を直すことだ」
社長は、先程出て来た扉を振り返り、告げる。
「ヒビキ君とアラタ君、君達二人が見つけたこの扉は、コハネ君専用の整備ドックだったんだよ。彼女は今、この部屋の中で修理されている。レースの途中で負った傷をね」
「傷……そうだ、そう言えばそいつのこともありましたね」
「ふむ?」
「レースの途中で会ったんです、訳の分からない黒尽くめの男に。あいつは、自分のことを、災害配達人だと言っていた。俺達と同じように『誰かから』配達を任された配達員で、だけど俺達とは正反対の行動を取っていた。世界を救うチートアイテムではなく、世界を壊す災害を、配達していると、そう言っていた」
「……そうかね」
「コハネを成長させることが、目的なら。俺を通じて、コハネをトラブルに巻き込むことが、アンタの言う成長だっていうのなら。あの、災害配達人とやらは、誰の差し金で現れたんだ……?」
「無論、それも私だ」
「――ッ!!」
半ば予想していた通りの返答。
しかし、その答えを聞いた瞬間。
俺は、社長の懐に飛び込み、その顔面を思い切りぶん殴っていた。
何かに阻まれることもなく、俺の拳は社長の顔面を捉える。
社長もまた、俺の攻撃を防いだりすることはなく、素直に殴られる。
「ハハッ、社員に殴られたのは久し振りだよ。流石はヒビキ君、ガジェットなんか使わなくても、良い拳を持っているじゃないか」
俺の拳を受けながらも、その場で立ち続けたまま、言葉を返してくる社長。
その言葉に俺は何も返すことなく、それ以上何かを聞くことも無く。
俺はその場を立ち去る。
コハネがガジェットだというのなら、社長にとっても大切な存在だと言うのなら、悔しいが、今は信じるしかない。
コハネの傷が治り、あの笑顔が戻ってくるのを。
「…………クソッ」
確かに明かされた真実。
しかし、何一つ心が晴れることは無くて。
ただ、胸の奥に拡がる苦さだけが、酷く辛かった。
◆ ◆ ◆
気が付けば、俺は妹、サツキの眠る病室へと来ていた。
『OZ』の横に併設されている病院の一角。人通りの絶えた、静かな一室。
扉の横に備え付けられた名札には、『苅家サツキ』の文字が書かれている。
「……はぁ」
頭の中でこんがらがった感情を、心の中でこんがらがった想いを少しでも解きほぐそうと、俺はサツキに会いに来た。
このまま立ち止り、迷い兼ねない俺を、少しでも突き動かす為に。
まるで、祈るように思いながら、白い病室の扉に手を掛けて開く。
そして。
眠った体勢のままで、宙に浮く妹、サツキの姿を見た。
「何だ、これ?」
自分の目に映るものが、理解出来ない。
そこにいるのは、確かに妹の筈だった。
しかし、妹は今、宙に浮いている。
いくら見直しても、その光景は変わらない。
勿論、そんな能力を隠し持っていたとか、そんなことはない。
サツキは、俺と同じ、普通の人間なのだから。
「は!? 何だよこれ、どういうことだ!!」
サツキの身体は、不穏な空気に包まれている。
近くにいるだけで凍えるような、そんな雰囲気が病室を満たしていた。
その発生源は言うまでもない。目の前に浮かんでいる、我が妹だ。
こんな妙な雰囲気、これまでに配達で訪れたどんな場所であっても、感じたことはない。
「おいおい、何だよ。騒がしいじゃないか」
「……ッ!?」
「病室では大人しくしていろって、子供の頃に教わらなかったのかい? まあ、今暴れているのは、こっちの方なんだけどさぁ」
ここまでサツキにばかり気を取られていたから、気付かなかった。
病室の隅。いつもサツキと話す時に使っている、パイプ椅子。
そこに、1人の男が座っている。
上から下まで統一された、俺と同じ配達員の衣装。
気障ったらしく羽織られた黒いマント。
見覚えのある、黒尽くめの姿。
それは、紛れも無く。
「災害配達人……!?」
「ああ、その通りだ。どうしたんだい、そんなに笑える顔をして」
災害配達人。
そう名乗り、俺達の前に現れて。
そしていつの間にか消えていた奴が、確かにここにいる。
場にそぐわない、不敵な笑みを浮かべながら。
「どうして、お前がここにいる……!」
サツキから注意を外さないようにしながら、問う。
こいつが、社長の命を受けて動いているというのならば、こうして『OZ』に侵入することも容易いだろう。
ましてこの病院は、『OZ』の本部に比べればセキュリティも落ちる。
一応は配達員の格好をしていることだし、楽々入って来られただろう。
問題は、そこではない。
こいつがコハネの近くにいるというならば、嫌々ながら理解が及ぶ。
コハネを成長させようということで手配されたのならば、コハネの側で姿を見せたとしても不思議はない。
しかし、今は状況が違う。
「どうしてお前が、ここにいるんだ! ここは病室だぞ、俺の妹の。お前には関係の無い場所だろうが」
「そいつはどうかな」
「……何だと?」
「そんなにいきり立たないで欲しいな。落ち着いて、話でもしようじゃないか」
「こんな状況で、話なんかしていられるかよ」
「こんな状況だからこそ、話をすべきなんじゃないのかい?」
そう、確信をもって告げる奴の顔には、余裕がある。
嫌な予感。こいつは、俺の知らないことを知っている。
しかも、それは妹のサツキに関することだ。
下手に動けば、サツキの身に更なる危険が及ぶかも知れない。
今は奴の話を聞くしかない。
「…………何だ、話って」
「そうそう、そういう素直な態度で良いんだよ。折角会いに来たんだからさぁ」
「良いから、話とやらをしろよ。そもそも、お前は何者なんだ。災害配達人とか言われたって、訳が分からん。お前も、あいつの命令を受けて動いているんだろうに、今まで聞いたことが無かった」
「何だ、そこまでは知っていたのか。確かに僕も、さるお方の命令を受けて、こんな仕事をしているんだけどさぁ」
「今更隠す必要があるのか? 俺も、そしてお前も、恐らく同じ相手の下で、配達していたんじゃないのか。全く正反対の配達を、な」
「何だ、やっぱり分かっていなかったんじゃないか」
「は?」
こちらを、明らかにバカにしている態度。
瞬間的に掴みかかろうとした俺を、奴は手で制して。
「ああ、でも、片方だけ無知なままって言うのは、いかにもフェアじゃないなぁ。そんなことじゃ僕も本当に申し訳ないから、教えてあげるよ。何しろ、僕は親切だからね」
そうして、災害配達人は語り始める。
俺達、『OZ』の配達行為、その裏に隠されていた、真実の一片を。
つづく
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