その32 变身ヒーロー

 ――《SEP効果》。

 ――”魔女”。


 この二つのワードを結びつけるのは難しくない。

 《SEP効果》というのは確か、“魔女”が自分たちの“社”を隠すために使う術だったはずだ。


「どうやら、この部屋のどこかに“魔女”が潜んでるらしい」


 マン=タイプOは、強化された第六感を持つ。

 この場合の第六感とは、“空間を認識する能力”のことだ。

 その感覚が、事態の異常性を把握しているらしい。


「ホオ。……そうかね」


 シキナの整った柳眉が逆立つ。

 どうやら、一仕事するハメになりそうだ。

その手の馬鹿者は、“はじまりの世界”からとうの昔にいなくなったものと思っていたが。


「……詳しい位置は?」

「わからん」


 シキナは、念のため視線を部屋中に向ける。

 おかしいところはどこにもなかった。


「言っとくけど、目で探して見つけられるモンじゃないぜ」


 シキナは素早く思考を巡らせる。


――すぐにでも“装着”すべきか?


 そう考えて、瞬時に思い直した。


――いや。相手の出方がわからない以上、下手に刺激するのはまずい……か。


 他の者が犠牲になる可能性がある。


『正直言って、ミナサンにはのんびり過ごしていただくのが一番なのデスが』


 割れた水晶玉に、歪んだらいかの顔が浮かぶ。


「ひとつ、訊ねてもいいか?」

『ドウゾ』

「お前、――ずいぶん“造物主”に嫌われてるみたいだが。何をしでかした?」


 水晶玉が割れた影響かもしれないが、らいかの声は、ずいぶん掠れて聞こえた。


『嫌われるに足る、何もかもを』

「そんなんじゃあお前、きっと救われないぜ」

『誰も彼もが救いを求めているような口ぶりデスね、ミツヒサくん。あなたはこの“はじまりの世界”で、いったい何を学んできたのデス?』

「………………」


 光久はただ、黙って水晶玉を睨めつけた。

 気まずい沈黙。


「だが……」


 次の言葉を口にしようとした、その時である。

 かた、と。

 足元で、何かが動いた。


 シキナは、全ての意識をそちらに向ける。

 音がした方向からは、一匹の鼠が飛び出していた。


――気のせいか。


 ほんの一瞬だけ緊張の糸が緩んだ、その瞬間である。


「姐さんッ!」


 マンが叫んだ。

 同時に、全身を舐めるような殺気。


「――ッ」


 攻撃の瞬間。

 “魔女”の姿を視界に捉える。

 金色に輝くバトンを、シキナの脇腹目掛けて振り抜こうとしているところだった。


――迂闊。


 シキナほどの戦闘員であれば、躱してしかるべき一撃。

 生身で“魔女”の攻撃を受けるのは、ほとんど即死を意味している。


 だが。


 シキナを庇うように飛び出したマン=タイプOの陰が見えて。

 数歩、よろめくように後退った。

 ダメージはない。


 その代わり、相棒のマンが肉片になって爆ぜた。


「……くっ!」


 その刹那、あらゆるプライドを忘れ、暴力的な感情が全身を支配する。


 “魔女”の姿は、溶けるようにかき消えていた。

 どういう原理か知らないが、ずいぶん便利な術だ。

 シキナの心は完全に殺意で満ちていた、が。

 次に打った一手は、箸で蝿をつかみ取るように冷静で、精密なものである。


「……このッ!」


 叫びつつ、中空にある気配を反射的に掴む。

 敵の姿が目に見えたわけではない。

 ただ、最後に見た“魔女”の体勢から、次なる行動を予測したのだ。

 何千という白兵戦を経験した者だからこそできる、コンマ一秒を先読みする技術である。


 一拍遅れて、


「ひゃぁあっ」


 間の抜けた声が聞こえた。


 もちろんシキナには、その声の主がわかっている。


――あの、泣き虫の“魔女”。


 名前は不明だが、目映いばかりの金髪が印象に残っていた。

 姿の見えない少女の身体を掴み、床へと叩き付ける。

 同時に、ぱっと夢から醒めるように、金髪の”魔女”が姿を現した。


 黄色いリボン。フリルのついたスカート。“魔女”の戦闘装束である。

 一見、戦闘向きでないこの格好。これで鬼のような怪力を発揮するのだから、侮れない。


 床に叩き付けられ、無様に転がる“魔女”。


「ちぇ……りゃあっ!」


 間髪入れず、魔衣が声を上げた。

 同時に、“魔女”の身体がふわりと浮き上がり、逆さづりになる。


「わわ……わわわわわッ!」


 両腕をじたばたと振り回す”魔女”。


「これでもう、……逃げられないわッ」


 上水流魔衣には、“念動力”を操る能力があるという。それを使ったのだろう。


「ふぇぇぇぇ……」


 “魔女”が半泣きになった。

 自分の生命に危機が迫っているからではない。

 スカートがひっくり返って、ぱんつが見えそうになっているためだ。


 ぜんたい、”魔女”にはそういうところがある。

 自らの死に関して、どこか想像力が欠如しているのだ。


――確か、彼女の好物はいちご大福だったか。

 

 思考の隅で、そんな無意味な思考を弄びながら。

 シキナは、金髪の“魔女”に向けて、容赦なく引き金を引いた。


 BLAM!


 狙いに違わず、“魔女”は宙吊りのまま、頭部を大きく後ろに仰け反らせる。


「ちょっと!」


 非難がましく、魔衣が声を上げた。

 殺人に手を貸すつもりはなかったらしい。


――この娘も、肝心なところで甘いな。


 が。


「安心なさい。この程度で死ぬタマなら、苦労はしないさ」


 金髪の“魔女”は額を抑えながら、


「う、うええええ。いたい……。いたいよう……」


 床に這いつくばっていた。

 シキナはその首根っこを引っ掴み、“魔女”の小さな鼻を、むぎゅっとつまむ。


「作戦目的は?」

「ふ、ふひぃ」


 世にも情けない声。

 だが、油断はできない。

 彼女たちの強さは、……ある種、独特なのだ。


 以前、本人たちから聞いたところによると、“造物主”が彼女たちのセカイに与えたルールには、どこか似通った性質があるという。


 まず、彼女たちのセカイにおいて、戦闘はもっぱら、年端もいかない女の子がするのがである、という点。

 そしてもう一つ。

 彼女たちの強さが、もっぱら格闘技術や訓練の量に比例するものではなく、精神の在り方に依存している、という点だ。


 “魔女”たちの強さは先天的なものであり、シキナを始めとする大半の戦士のように、日々の研鑽や努力によって身につくものではない。

 怒り、悲しみ、憎悪。

 そういった負のエネルギーを、自らの心に燦然と輝く“正義”の目的に使うときに限って、彼女たちは奇跡の力を手にすることができる……とかなんとか。

 シキナはそれを妄言の一種だと信じていたが、油断はできない。


『アハ、アハ、アハハ。掴まっちゃって。油断しマシタネ』


 水晶玉の中から、“魔女”らいかの声。


『あ、そうだ。言い忘れてた。……シキナさん?』

「なんだ?」


 シキナが水晶玉の中の少女に注意を向ける。


『ちなみに、まだもう一人“魔女”がイマスよ』

「……何?」


 聞き捨てならない情報を、何かのついでのように言うやつだ。


「それが本当なら、……何故、襲ってこない?」

『さあ? 人それぞれ、事情というものがありマスし』


 らいかは、けたけたとサーカスの道化のように笑った。

 それと、ほとんど同時に、

 かぁん!

 という鋭い音がして、水晶玉が砕ける。


――やれやれ。


 シキナにはそれが、極めて幼稚な陽動だとわかった。


「そういうことか」


 誰に対する訳でもなく、呟く。


 それから、ほとんど間髪を入れずに、


退けェッ!」


 殺意をみなぎらせたもう一人の“魔女”が、真後ろから飛び出した。

 嘆息混じりにその一撃を躱す。


――隙をうかがっていた訳でなく、腕に自信がなかったから出遅れた、と。


 一人納得しながら、シキナは横に飛ぶ。

 青いポニーテールが、鼻先で踊った。


「なっ!?」


(まさか、避けられるとは!?)

 ……とでも思っているのだろう。


 今の攻防だけでも、実力の差ははっきりとしていた。

 金髪の”魔女”に比べ、この青髪の”魔女”の実力は数段劣る。


 もはや、どう攻略するかは問題ではない。

 どう始末を付けるか、だ。

 シキナの頭を、暴力的な思考が支配する。


「ここで虫けらのように死ぬのと、……二目と見れぬほど顔面を破壊されるの。どちらが良いか選びなさい」

「…………ッ」


 青髪の“魔女”の視線が泳いだ。

 一瞬、救いを求めるように金髪の“魔女”を見たようだが、彼女はすでに、魔衣の力によって無力化されている。


「う、……うううううっ!」


 数歩、“魔女”が後退った。


――逃げるか。それもいい。追撃するだけだ。


 だが。

 思ったよりこの“魔女”、気骨はあるらしい。


 逃げようとした動きはフェイント。

 渾身の力を込めたハイキックだ。


 内心で笑みを浮かべながら、転がるような動作で、身を躱す。


「いいね。そうこなくちゃあ、つまらない――」


 言いながら、手に持った拳銃の安全装置を確認。

 セーフティがかかっていることを見てから、そっと床に置く。


 見ようによっては、敵意がない表明にもなるだろうか。


 無論。その場の誰もが、シキナの殺意を疑っていなかったが……。


「――装着」


 最大十文字の認証コードを口にする。

 同時に、彼女の保安官バッヂが金色の輝きを放った。

 内部に凝縮されていたジェル状の物質が全身を包み込む。

 シキナの居た世界ではイプシロン・ジェルと呼ばれていたは、外部からの衝撃の大半を緩和する、奇跡の物質だ。


 国民の保護者。

 治安を維持するもの。

 シキナの居たセカイで、彼女たちのような者は、ただ保護官レンジャーとだけ呼ばれていた。


 彼女の全身を、ファイア・パターンがプリントされた赤いスーツが覆う。

 背部から出現したマント状の薄布は、アメリカの国旗をイメージして配色されていた。

 子供たちが大好きな、スーパーマンやワンダーウーマン。

 そんなコミック・ヒーローを元に生み出されたそのデザインは、戦場に於いて、わざわざ目立つようにデザインされている。

 無辜の民の盾となり、敵兵の攻撃を一身に受け止めるためだ。


――保護官レンジャーは無敵のヒーロー。牙無き者を守る。


 シキナが戦闘態勢をとると、


「おい! ちょっとまて!」


 合原光久が、滑り込むように間に割って入ってきた。


「この子たちは”魔女”じゃない! 話せばわかるッ!」


 戯れ言だと思う。

 一度火が点いた闘争は、どちらかが屈服するまで、誰にも止めることはできないのだ。

 以前、レミュエル爺さんが言っていたことがある。


「君は、自分の命をチェス・ゲームの賭け金チップのように扱うね」と。


 他の“かんなり”と比べて、自分のことを異常だと思ったことはない。

 ただ少なくとも、目の前にいる“魔女”は、シキナと同類らしい。


「―――。――の力よ、私に手を貸して……」


 青髪の“魔女”が、ぼそりと呪文めいた言葉を言う。

 同時に、小刀ほどの長さのロッドが、七色の輝きと共に現れた。


 “魔女”は皆、玩具じみた形状の武器を扱う。

 その効果のほどは、受けてみないことにはわからない。


――もちろんできれば、当たらないに越したことはないが……。


 シキナは油断なく身構える。

 “魔女”も同様だ。


 問題は、二人を阻むようにして立つ、合原光久の存在。

 少年は、シキナの理解できない理由で眉を怒らせているらしい。


――さて、どう仕掛けるか……?


 あの若い“かんなり”を、“魔女”が人質にとらないとも限らない。


――そうなると、大きくこちらが不利になるが……。


 シキナの懸念は、正鵠を射た。


 “魔女”はまず、光久の自由を奪うべく、正面に向かって駆けたのだ。


「光久くんッ!」


 シキナが叫ぶが、少年は顔をしかめたまま動かない。


――どうする? 場合によっては、彼の盾に……。


 だが。


「……?」


 ふいに、“魔女”の動きが止まった。

 光久が、彼女の得物……魔法のロッドを掴んだからだ。


「な……そんなッ!」


 青髪の“魔女”が目を見開く。


「いい年した娘が、玩具を振り回すなよ」

「は、離せ……ッ!」


 ロッドを取り返そうとしているようだが、できないらしい。


 これは、ちょっとした異変であった。


 合原光久の腕力が超人じみているのか。あるいは“魔女”の方が本調子でないのか。


 どちらにせよ。……これはいける。


 頭の隅で思考しながら、床を這うような低高度ジャンプ。

 スーツを身に纏ったシキナは、“魔女”にも劣らぬ脚力を有する。

 これは、この世界に生きる大半の生命体に致命傷を与えられる力を持つ、という意味でもあった。


「……くそッ!」


 “魔女”は身動きがとれない。

 どうやら、よほどロッドを手放したくないらしかった。

 シキナは、立ち上がる勢いに任せて、“魔女”の腹部に、渾身の一撃を叩き付ける。


「こほ……っ」


 “魔女”が胃液を吐き出して、がくりと崩れ落ちた。

 同時に、その指がロッドから離れる。


「ハァーッ!」


 その刹那、シキナは特殊な呼吸法で、空気を肺に取り込んだ。

 かつて、日本人の保護管レンジャーから教わった技。


「――押忍ッ!」


 ”セイケンヅキ”だ。

 “押忍”とは、「自我を抑えよ」の意。戦う者の心意気である。

 目先の武器に囚われた“魔女”は、やはり、戦闘者としては三流であった。


「……がぁっ!」


 “魔女”は、そのまま“社”の壁を突き破り、外へと吹き飛ぶ。

 壁の穴から、死にかけたゴキブリのようにもがいている”魔女”の姿が見えた。

 一瞬だけ、シキナはレミュエルの部屋を振り返る。


「止めを刺してくる。後は頼む」


 鋭く言うと、

「殺すなよ」

 光久が、彼にしては強気な口調で念を押した。


「わかってる」


 シキナは、駄々をこねる子供に従う気分で答える。


 騒ぎを聞きつけて、“社”の仲間達が集まってきていた。

 これ以上の暴力は、一方的な私刑となる。


――それは、仲間の”かんなり”が許すまい。


 めちゃくちゃに破壊された壁の一部に足をかけると、


「寒くなるまでには、修理しておくれよ」


 ふと思い出したように、部屋の持ち主であるレミュエルが小言を呟いた。


「……了解」


 両足に満身の力を込めて、シキナが跳ねる。


 その勢いで、船体の一部は完全に倒壊した。

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