その29 クエストブックと三ツの質問

*        *        *


――元の世界に帰りたい。


 そんな目標があるからこそ、俺は前に進むことができていた。


 本を読みたい。ゲームがしたい。

 家族に会いたい。

 その気持ちに、いっさい偽りはない。


 だが。

 その時の俺にはまだ、この世界で成し遂げなければならない、……何か、義務のようなものがある気がしていたのだ。


――なぜ、“造物主”の力を求めるのか?


 何故だか、そこに自分の探している答えがある。

 不思議と、その時の俺にはそういう確信があった。

(2015年3月12日 記)


*        *        *


 “クエスト・ブック”と題された本。

 その、最初のページを開く。

 そこに描かれているのは、とある“かんなり”の姿だ。

 金髪。碧眼。何を考えているのか検討もつかない表情。


――“勇者”。


 本は、何か不思議なインクで描かれているらしい。

 その絵は、光久が見ている間にも少し脈動しているように見え、今にも動き出しそうであった。

 そこには、これまで謎だった“勇者”の名前らしきものが書かれている。


「……この、“ああああ”っていうのが本名なのかな」


 魔衣の質問に、光久は首を横に振った。


「さあ。……よっぽど親御さんに愛されなかったか」

「あるいは、名前が決まってないのかも。だから、五十音最初の文字が、暫定的に入ってるだけ、とか」


 たしかに、それはあり得る。

 本人から聞き出せない以上、真相は闇の中だが。


「こうげき……255。ぼうぎょ……248。レベル、82。……って言われても。基準がわからないわねー」


 たしかに。

 光久はうなずいた。


「ドラクエだったら、かなり後半のパラメータだけどな」

「なに? ……どらくえ?」

「いや。こっちの話だ」

「あらそう」


 魔衣は気にせず、話を続ける。


「……でも、見て。かしこさの値が10しかないわ」

「そりゃあそうだろう」


 光久は、魔衣の手から“クエスト・ブック”を取り上げた。


「実際、何も考えてないのかもしれない」


 そして、次のページをめくり、最初の一行に目を走らせる。

 どうやらが、“勇者”の至上目的であるらしい。


――きみの もくてきは まおうを ころすことだ


 人さし指で文字を追いながら、次の行を読み進める。


――まおうの てしたは まものと よばれている

――まちや むらの そとにいる いきものは すべて まものだ

――まものを ころせば ころすほど きみは つよくなる

――ぶきや ぼうぐは そうびしないと いみがない

――やどやで ねむると おかねと ひきかえに たいりょくが かいふくするぞ


 いわば。

 これは“勇者”の取扱説明書だ。


「なるほど」


 軽く目を通した後、魔衣はうなずく。


「つまり“勇者”にしてみれば、あの時、光久にした行動は悪いことじゃなかったってわけか」

「そうだな……」


 “クエスト・ブック”の中の一節に、目をやる。


――街や、村の外にいる生き物は、全て魔物。


 “勇者”の常識では、光久たちこそ悪の手先に他ならなかった、と。

 そういうことらしい。


「人間というか。どっちかというと、機械みたいな野郎だな」


 実際、”ショートケーキ”の方が、よほど人間味が感じられる。


「そこが問題よねー」


 魔衣はため息をつく。


「果たして、こいつの血が“罪人”たるのかどうか……」


 視線を、目の前でぼんやりと座っている“勇者”へと向ける。


「俺は、違うと思う」


 そして、“クエスト・ブック”のページをめくった。

 この本の記述は、後の方になるほど、より個人的な頼み事クエストが増えているらしい。


――いなくなった こねこを さがして ほしい

――みなみの むらに いって みんげいひんを かってきてほしい

――だいすきな フローラちゃんに てがみを とどけてほしい

――いどに すみついた まものを たおしてほしい


 最後のページには、そんな些細な頼み事がぎっしりと書き込まれていた。


「こういう仕事を受けてるところを見ると、本性から悪いヤツだとは思えん」

「たしかにそうかも」


 少女も同意する。


「そうなると、ホムンクルスは作り直しかぁ」


 肩をすくめる魔衣。

 光久は笑った。


「なによ、ニヤニヤ笑って」

「ところが、そうでもないんだ……」


 自分にしては珍しく、彼女に明るい話題を提供できる気がしている。


「と、いうと?」

「ついさっきな、偶然、“罪人の血”が手に入るかもしれない手段を知ったんだ」


 魔衣は目を細めた。


「興味深いわね」

「あくまで、”かもしれない”だから、確実じゃないけど」

「それでも、一から再出発するよりはマシだわ。差し支えなければ、詳しく聞かせてくださるかしら?」


 魔衣のやたら丁寧な口調に、ふふ、と笑って、


「構わないが、条件がある」

「条件?」

「この一件、俺の“試練”絡みでな。“血”を手に入れるには多少、危ない橋を渡る必要がある」

「ああ。その手伝いをして欲しいって? もちろん構わないけど……」

「いや」


 光久は首を横に振った。


。魔衣は何もしなくて良い。俺は、俺の責任で“罪人の血”を狙う」

「……ん? なんで?」


 魔衣の形の良い眉が、ぴくりと跳ねる。彼女と出会って一週間足らずだが、それがちょっとした苛立ちの前兆であることを、光久はよく知っていた。


「君には、ずいぶんと借りを作ったろ」

「それで?」

「もしこれで”血”を手に入れられたら、借りを返すことになるかな、と」

「ふーん……」


 魔衣の口調は、はっきりと冷たかった。

 一瞬、光久は、何故この話を切り出したのかよくわからなくなっている。


――ええーっ。目的のものが手に入る上に、あたしはなにもしなくていいのー? ラッキー。ありがとう光久、チュッチュッ!


 って感じで、もう少し感謝される流れになる予定だったのだが。


「それで、君はそうやって一方的に借りを返して、一人でスッキリして。……望み通り、元の世界に帰る、と。そういうこと?」


 さすがに驚く。

 彼女にはまだ、“元の世界に戻る”云々の話はしていなかったからだ。


「なんで……」

「君がやる気になってるんだから、それ以外ありえないでしょ。大方、”造物主”サマとの取引がうまくいったのね」

「うぐぐ」


 合原光久は、自分の迂闊さを悔いた。

 上水流魔衣は、こちらが想定していたよりも遙かに頭が良く、……誇り高い娘であったのだ。


――これ、もし言い合いになったら負けるな。


 ふと、そういう確信が生まれて。


 こういう時の切り替えは早い方だった。


「すまん。今のは俺の独りよがりな考えだった」

「本気で言ってる?」

「ああ。できれば今から十数秒ほど、記憶を消してくれないか」


 皮肉交じりに言う。

 少女は肩をすくめた。


「ま、いいでしょ」


 魔衣の、竹を割ったような性格に感謝。


――仕切りなおしだ。


「ええと……それでだな。例の、君が言ってたホムンクルスの材料が手に入りそうなんだが」

「でも、危険な橋を渡るかもしれないんでしょう?」

「ああ」

「ふうん。……それで、どーする?」


 口元を見る。

 少女は、少しだけ笑っていた。

 機嫌は直ったらしい。

 大きくため息を吐く。


「一人だと死ぬかも知れない。だから君の力が必要だ。……手伝ってもらっても、いいかな?」


 魔衣はずいぶんと気を持たせた後、わざとらしくうなずいてみせた。


「ま、光久が、どうしてもって言うんなら?」


――まったく。


「どうしても、だ。どうしても君が必要なんだ。いま改めて考えると、やっぱり俺じゃあ荷が重すぎる気がする。……だから、頼むよ」


 その応えはもちろん、聞くまでもなく。



*        *        *



「君には“魔女狩り”をしてもらう」


 不敵な笑みを称えながら、“造物主”は俺にそう告げた。

 次いで、「質問は三つまで受け付けよう」とも。


――“三ツの質問”。


 事前にレミュエルから聞かされていた情報によると、それは“かんなり”が“試練”を賜る際における、決まり事のようなものだ。


 まず、”造物主”が、”試練”に関する大まかな情報を伝えてくる。

 次に、”かんなり”からその”試練”に関する質問を“三ツ”だけ行う。

 これで、その”試練”は正式に受注されたことになるのだという。


 無論、ここで的外れなことを訊ねるわけにはいかない。

 “試練”の攻略にどの程度の手間暇がかかるかは、ここでする質問如何にかかっているといっても過言ではないためだ。

 中一の時、夏休みの宿題の範囲を聞き間違えたお陰で、ずいぶん苦労を強いられたことがある。

 あれと似たような思いをするのは、二度とごめんだ。


 少しばかり悩んだ末、俺がした三つの質問は、――こうである。


『一ツ。“魔女”とは何か。具体的にどういう人物を指すのか』

『二ツ。“狩り”とは、どういう意味か。“魔女”をどのような状況に置くことが条件か』

『三ツ。この“試練”には失敗する可能性があり得るが、失敗した場合、どうなるのか』


 我ながら、なかなかうまい質問ができたと思う。

 “造物主”に「まあまあ、及第点だな」だと言われるくらいには。



 続く“造物主”の言葉を切り取って、可能な限り書き残しておく。


「“魔女”とは、災厄である。

 “狩り”とは、それを取り除くことである。

 どうやら君は、この言葉から悪しき風習、あるいは集団ヒステリー的な何かを思いかべるようだが、――元来、“魔女狩り”とは、少数を切り捨て、多数を救うやり方だ。

 

「君は、“魔女”の定義を知りたいようじゃな。これは簡単だ。この“はじまりの世界”に存在する“魔女”は、たった一人しかおらん」

「……ふむ。“魔女”とされる者を四人、知っている、と」

「それはちょっとした勘違いだ」

「彼女ら四人のうち三人は、根本的に“魔女”と呼ばれる存在では。あれは、“魔法少女”と呼ばれるモノだ」

「“魔法少女”とはそのまま、”魔法を扱う少女”である。魔法には、ヒトを助けるものもあり、ヒトを害するモノもある。故に、”魔法少女”それ自体に善悪はない」

「だが。“魔女”は違う。“魔女”も、魔法を扱うという点では“魔法少女”に近いが、あれは、元より邪悪な存在だ。私がそのように創ったからな」

「綺麗は汚い。汚いは綺麗。――“魔女”の目には、。引き裂かれた人間ののど元から、金色に輝く美しい星々を見る。惨めに皮膚を溶かしたネズミから、よく手入れをされた一角獣を見る。薄汚れた大気から、澄み渡る蒼穹を見る」

「故に。“魔女”は駆逐されなければならぬ。彼女の存在は、災厄と同義だ。私も、少しばかりあの娘を自由にさせすぎた。あれは、みていて飽きないモノだから。色々あってこの世界に連れてきたりもしたが。……そろそろ、潮時なのさ」

(2015年2月10日 記)


*        *        *

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る