その7 ゆかいな朝ごはん

 光久が“ショートケーキ”と話し込んでいる……と。


 唐突であった。


――ちゅどーん!


 ……という、バラエティ番組でしか聞いたことがないような爆発音がしたのは。


「ど、どど、どうしたッ? 爆弾か?」


 傍らのロボットに訊ねる。

 ここでは、いたずらにそういうことが起こっても、少しも不思議でない。そう思えたのだ。

 対するロボットは、いかにも人間らしい仕草で首を横に振る。


『一昔前はそういうことも多かったのですが。最近のトレンドではないですね』


 二人して“社”を半周すると、すぐに原因がわかる。

 どうやら、“社”の中で出火があったらしい。建物の一部が黒焦げになっている。


『魔衣さまっ』


 焼け焦げた壁を剥がして、建物の中へと進む“ショートケーキ”。


『オオオオッ!』

 ほとんど同時に、中から悲鳴が上がった。


『なんということだ!』

「どうした?」


 慌てて後に続くと、“ショートケーキ”の両腕に、黒く炭化し、ところどころ骨が突きだした肉塊が抱えられている。


「まさか……っ」

『なんということだ! 魔衣さま。こんなお姿になって!』


 背筋が凍った。


「じょ……冗談だろ?」


 出会ってからまだ一日も経っていないのに。

 こんな別れ方があっていいものか。

 よろよろと“ショートケーキ”に近づき、その、――魔衣であったモノをよく見ようとする。


 ……むぎゅ。


 と、足下に違和感。

 視線をそちらに向けると、


「うぐぅ……けほっ。ちょっと、足、のけて……」


 炭にまみれた何かが口をきいた。


――魔衣だ。


「う、うおっ!」


 驚きとも喜びともつかない奇怪な表情を作って、その場を飛び退く。


『おや、魔衣さま。ご無事でしたか』


 “ショートケーキ”はそういって、ぽいっと手に持った肉塊を放り捨てた。

 改めて見てみれば、肉塊は調理用の骨付き肋肉である。どうやら、一杯食わされたらしい。


「……あんた、わざとらしいのよ」

『それは失礼。あいにく、演劇用のロボットではないもので』


 “ショートケーキ”は軽く頭を下げた。


『しかし、これはいったい、どうしたことです? なぜ、こんなことに?』


 炭で汚れた顔をぬぐって、魔衣は視線を逸らした。


「……ちょっと、失敗しちゃって」

『失敗? 失敗ですって? いったい何を失敗したら、こんな大失敗になるのです?』

「朝ご飯を、……作ろうとしたのよ」

『朝食を作るという行為がそもそもの失敗だったのですか?』

「あーっ、もーっ」


 魔衣は小さく癇癪を起こす。


「わかってるくせに!」

『恐縮ですが、魔衣様はもう少し、過去の反省を教訓とすることを覚えられた方がよろしいかと。料理の度にキッチンを半焼させるようでは、嫁のもらい手がなくなりますよ。……ねえ、光久様?』

「へ? ああ、まあ。そうかもしんないっすね」


 急に話をふられて、しどろもどろになる。


「ええと。……正直、俺にはまだ状況が呑み込めてないんだが。結局、出火の原因はなんだったんだ?」


 訊ねると、魔衣は少し唇を尖らせた。


「言い忘れてたけど、あたし、パイロキネシスが使えるの」

「パイ……なんだって?」

発火念力パイロキネシス。火を操る能力よ」


 まるで、ちょっとした隠し芸でも紹介するかのような口調だ。


「まあ、すぐ出力が安定しなくなるんだけど。それで、このザマ」


 それが何かの冗談だとしても、光久には真偽を確かめようがない。


「それで。ちなみに。……朝飯はどうなった?」


 昨晩は、鞄の中に入っていた少量のピーナッツを食べたきりだ。

 それに加えて朝食抜きとなると、さすがに少し応える。

 魔衣は、黒焦げのかまどを指さし、


「……あれ」

「俺の地元じゃ、あんまり炭になった食べ物は口に入れないんだが。そっちは?」

「あたしだってそうよ」


――つまり、ぜんぶダメにしちまったってことか。


『予備の食料は?』

「うう……、ごめん。ぜんぶ燃しちゃった」


 がっくりと頭を下げる魔衣。

 状況を良く理解していないせいか、怒りは湧いてこなかった。

 ただ、“朝食抜き”という現実だけは理解できる。


「まあ、落ち込むなよ。間違いは誰にでもあるさ」


 うなだれている少女を励ますと、

『いいえ。魔衣さまはしばらく落ち込んでいるべきです』

 ロボットが冷たく言い放った。


『少なく見積もっても、一週間分の食材を炭化させたわけですから』

「……餓死だけは嫌だな」


 念のため自己主張しておくと、ロボットが首を横に振る。


『餓死、などと。私のそばにおられる限り、そういった死に方はまず不可能であると思っていただきたい。……少々、お待ちを』


 言いながら、焼け焦げた台所の奥に消え、しばらくがさごそやっていたかと思うと、

『じゃーん』

 抑揚のない口調で、まだ無事な食材を取り出してきた。


「……あれ? そんなの残ってた?」

『私、こう見えて、過去から物事を学ぶタチなので。こんなこともあろうかと、地下に収納スペースを増築しておいたのです。予備の予備、というわけですよ』

「……ふうむ」


 魔衣は少しだけ唇を尖らせて、

「うん。ないす。ありがと。あんたがデキルやつだってこと、知ってた」

 ずいぶん不器用に“ショートケーキ”を褒める。


『光栄のいたりでございます』


 うやうやしく頭を下げるロボット。

 光久にはそれが、極めて遠回しな皮肉に見えた。

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