第3話 デスゲームの招待状

  俺はけだものだ。この世に生まれ落ちた時から自分は人とは何かが違う気がしていた。親は俺に太郎と名付けた。ありふれた名前。俺も普通であろうとしていた。しかし、心の中には獣を飼っていた。獣は体の成長と共に大きくなって行った。


 その晩。俺は山のなかで趣味のぶつかり稽古をしていた。俺の高校の裏には大きな山がある。そこは太い木が多い。俺はそこに全力でぶつかる。


「ふうんむ!」


 木は周囲の木々の枝を巻き込みながら倒れる。

 たった一度ぶつかっただけでこれだ。昔はこうはいかなかった。全身の筋肉は膨れ上がり、黄金の毛が体を覆っている。いつしか俺は獣になっていたんだ。しかし、後悔はない。むしろ湧き上がる喜び。


“これが本当の自分だ”


長い間、まるで人の姿がかりそめの肉体であるように感じていた。俺はこの時、ようやく世界に生まれたのだった。


 彼は一人、夜のぶつかり稽古を行う。その森には一本だけ太い木があった。あきらかにほかの木と違う神聖な雰囲気を持つ巨木だ。それでも彼には関係ない。獣になった彼はただ自分の力を図れる壁を求めていた。その巨木は獣の体当たりを何度も受けてもびくともしない。


(この木を倒せばもっと上へいける)


 獣はさらなる力を求めていた。より自分の心のあり方にちかづけるように。だから獣は何度もその木にぶつかる。いつかその巨木を倒せる日が来ると信じて。

そんなけだものに忍び寄る者がいた。


「誰だ!」

獣は全身の毛を逆立てて威嚇する。


「へえ、耳もいいんだ」


忍び寄る影は月明かりに姿をさらす。


「そう、怒らないでよ。盗み見していたのはあやまるからさ。僕はエンジェル、ワンダーセブンの一人」


 そういってにやりと笑う。


「エンジェル⁉ふざけるのはやめろ。そのなりはどう見たって悪魔じゃねぇか」


 エンジェルと名乗った男は黒い翼をもち、不気味な人相をしている。どこからどうみても悪魔その物だ。


「ははは。みんなそう言うね。でも心は優しいんだよ。きっと誰よりも天使だね、僕は」


 そう言って細長い指を楽しそうにぱちぱちしながらエンジェルは笑う。


「で、俺の同類がいったい何のようだ?」


 直感で自分と同じ存在であると互いに感じていた。姿はことなっていてもその本質となるものがおなじであると。


「君、あばれたいんだろ」


 エンジェルは悪魔のように笑う。


「面白い話があるんだ」


 遊び相手を探す孤独な獣に新しいおもちゃを与えるために。


「僕は君をワンダーセブン同士の殺し合いに招待するために来たんだよ」



 太郎は夜の学校を歩く。エンジェルという嘘くさい悪魔に乗せられたようで癪であったが、自分でも興奮しているのが分かる。


“全ワンダーセブンにつぐ。こんや俺とたたかえ”


 学校中のトイレに張り紙を張った。エンジェルは誰がワンダーセブンなのかはおしえてくれなかった。それを見つけるのもゲームのだいごみなどといっていたが、太郎にすればそんなことどうでもよかった。


(はやく、誰かと戦いたい)


だから太郎がとった手段は単純にして明快。学校の生徒全員に対する戦線布告だった。


「まさか一日目から二人も釣れるとはな。二対一ってのも悪くない」


 最初から全員が来たとしても戦うつもりであった。


 しかし、ふたを開けてみればどうだろう。自分が一方的に攻めるばかりでむこうは何も仕掛けてこない。


“つまらない”


 相手は逃げるばかりで自分の攻撃も当たらない。今まで動かない木ばかりにあてていたせいかもしれない。しかし、もう壁にぶつかるのは飽き飽きしていた。


 獣となり、人の聴力をこえた耳を得た太郎に獲物たちが走る音が聞こえる。


(二人が離れていっている?)

先ほどまで一緒に行動していた二人がなぜか離れるように走っていた。


「仲間われか。つまらない終わり方だな」

ともあれ、いつまでも当たらない的を狙い続けるにも飽きてきていた。


そして音が聞こえなくなる。どうやら二人とも動くのをやめたらしい。


「次で決める」


“月にすらとどく我が咆哮”


静まり返った夜に一匹の獣の雄たけびが響く。獣の声は叫びを越えて空を貫く。


「そこか」

二人の居場所を突き止める。そして一撃で二人を葬れる位置を取り、


「これで終わりだああああああああああああ」


 全力で上に向かって跳躍した。己の強靭な体を弾丸として進む先にある壁をすべて貫いた。



エンジェルは空から愚かな人間たちを見下ろす。


「あっけないものだね。他の参加者は手を出さないみたいだし、今夜の戦いはここで終わりだよ。ああ、今の所、僕を殺せそうなのは彼くらいだね。もうしばらく彼らの争いをみて楽しませてもらうことにするよ」


 漆黒の翼をはためかせ、夜の闇にきえた。

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