第10貸 新たな階層

 塔の7階層。

 この階層以降はラースも足を踏み入れていない場所だ。

 といっても6階層までと特別何かが変わる訳ではない。

 光苔に囲まれた壁も天井も何の変化も無い。

 変化があるとすれば今、ラースとセフィーの2人の目の前に居るモンスターくらいなものだ。

 この7階層を主に根城にしているモンスターの内の1種であるメタルウルフが3匹、目の前に居る。


「『風を纏いて刃となせ。その刃は何者をも切り裂く』。スラッシュエッヂ!!」


 出会い頭にセフィーが魔法を唱え、ラースが手にしたオーガブレードを風の刃が覆う。

 これで剣による斬撃力が上昇する。

 元々鋭い切れ味を誇るオーガブレードを魔法の力で更に強化する。

 例え強固な体毛で覆われたメタルウルフであろうと、その一撃には耐えられない。

 ラースが振り下ろした一撃により正面に居たメタルウルフの右耳が削ぎ落される。

 更に飛び掛ってきた別のメタルウルフの胴を薙ぐとあっさりと体毛が斬り裂かれる。

 ラースがその切れ味に驚く間も無く、片耳を削がれたメタルウルフが鋭い爪を振り下ろすが、その一撃は目前を通り過ぎるだけで傷を付ける事は無い。

 態勢が泳いだ所へ眉間に向けてオーガブレードを突き刺す。

 その間に無傷のメタルウルフはラースの脇を通り抜け、後ろに居るセフィーに狙いを定め飛び掛る。

 爪が振り下ろされ、セフィーは頭から切り裂かれてしまう。

 だがラースはそれに動揺する事無く、手負いの1匹を倒す事に集中している。

 そして切り裂かれたはずのセフィーは笑顔を浮かべたまま。

 次の瞬間にはセフィーの姿が霧散し、その奥に居た先程と同じように笑顔を浮かべた無傷のセフィーが左手を掲げて魔法を唱える。


「『天よ。その輝きで瞳の中を光の世界に満たし給え』フラッシュアイズ!」


 指先から発せられた小さな光はメタルウルフの目へ吸い込まれ、その瞳の中だけに効果を与える。


「GuRuGaaaaaaaaaaaaa!!!」


 モンスター特有の叫び声が響き、メタルウルフは苦しむように地面をのた打ち回る。

 そこへ手負いのメタルウルフを倒してやってきたラースが剣を突き立てて止めを刺す。


「なんか呆気無かったなぁ」

「きっと1度敵わなかったから、モンスターの強さを過大評価してたんですよ」


 付与魔法をいくつか覚えた事、そしてオーガブレードの存在が大きい事は紛れも無いが、7階層初の戦闘は完勝に終わった。

 攻撃のメインであるラースにエンチャントパワーで筋力を増強させた上にオーガブレードを貸し与え、スラッシュエッヂで更に切れ味を増しておく。

 これによりメタルウルフの強固な体毛は、殆ど意味を為さなくなる。

 攻められた時の防御用にとミストアヴォイドで霧にセフィーを映し出させ、その後ろでいつでも魔法を使えるように待機しておく。

 案の定、霧で作った囮に引っ掛かったメタルウルフが手応えの無さに戸惑っている隙に、フラッシュアイズで直接、その瞳を眩しさで焼き、半行動不能になっている所を止めを刺す。

 初戦だったので覚えた付与魔法全てを使い万全を期したのだが、ここまでする必要性は無かったかもしれない。

 だが覚えたばかりの付与魔法の使用感や詠唱から魔法発動までの時間などを実際に確かめてみたかったというのもあったので、これはこれで必要性はあったとも言える。


「やっぱりオーガブレードの切れ味は凄いね。メタルウルフの毛がまるで硬く感じなかったよ。だけど、それ以上に魔法による支援効果は絶大だね」


 エンチャントパワーもスラッシュエッヂも低レベル帯で覚える魔法なので、それ単体では効果は小さい。

 けれど強力な武器と熟練の使い手の2つと組み合わせる事で、これらの補助魔法は予想以上の効果を発揮する。


「それにしても、やっぱりレベル10になると飛躍的に変わるね。でもなんか全部セフィーさんのおかげだから申し訳無い気がしてくるよ。オーガブレードもこのまま借りてても良いのかな?」

「はい。その方が効率が良いですし、それにラースさんには検証に付き合って貰う訳ですから、それと差し引きゼロって事で、気にしないで下さい」


 ラースは午前中に神殿でレベルアップ確認をしたのだが、まだ経験値が足りなくてレベルは9のままだった。

 その為、今日の探索を始める前に彼には限定付与魔法“レンタル”について説明をして1レベル分を貸し、現在はレベル10になっていた。

 レベルが10に達するのには特別な意味合いがある。

 冒険者はレベル10になることで一人前とみなされる。

 ラースを誘ったパーティーが彼のレベルを聞いてメンバーに加えなかったのは、この事も関係している。

 一人前とみなされる理由だが、これは冒険者に限った事ではないが、レベルが10の倍数に達すると、ステータスが軒並み大幅に上昇するのだ。

 ラースの場合で例えると、これまではレベルが上がる毎に速さのステータスが1ずつ上昇していたのが、レベル10になった途端、一気に10も上昇した。

 ここまで上昇するのはラースが速さに特化しているからなのだが、他のステータスも軒並み5前後は上昇している。

 これにより苦労すると思われていたメタルウルフの討伐が一気に楽になったのだ。

 ラースに1レベル分を貸したのでセフィーのレベルは8に下がっていたが、ラースの上昇分と差し引いてもパーティーで考えれば、かなりのプラスになっているので、問題は無い。

 その代わりにセフィーは魔法を覚えた事もあり、安全を考えて積極的に前には出ないようにしている。

 なのでオーガブレードもラースに貸していた方が有効的に活用出来るのだった。

 オーガブレードを貸している代わりにラースからカタナを借り受けているが、この階層の戦闘は意外と楽に進みそうなので、使う事も無いかもしれない。


「さぁ、今日の依頼はメタルウルフの皮とリザードタートルの甲羅を集めてくる事なんですから、この調子でサクサク行きましょう!」

「そうだね。この分なら素材は集めはすぐに終わりそうだし、一気に10階層くらいまで進む勢いで行こうか!」

「あの……今日は半日しか無い事を忘れてません?初日みたいに慌てて帰る事にならないように気を付けないと……」


 セフィーの言葉に、調子に乗りかけたラースが忘れていたと言わんばかりにセフィーに視線を送る。

 普段の言動や行動からラースは落ち着いた印象があったのだが、これまで倒せなかったモンスターを倒したという事で、少なからず舞い上がっていたようだ。


「そ、そうだね。あまり上の階に行き過ぎると街に戻るのに時間が掛かるから、自重しないとね」


 今日の依頼も即日完納依頼だ。

 というかそうでないと当日に報酬が受けられず、魔導書の購入でほぼ全ポイントを消費しているセフィーは食事もままならなくなるのだ。

 今夜の分の宿代は先払いしているので、寝る所には困らないのが、唯一の救いだろう。


「素材の集まり次第ですけど上がっても8階層だね。鐘が鳴ってから帰るとしたら、その辺が限界だろうから」


 冷静さを取り戻しつつあるラースの意見にセフィーは頷き、探索は再開される。

 何匹かのメタルウルフを倒して、その皮を剥ぎ取った後、ついにそいつは現れた。


「リザードタートルを見つけた!先制で仕掛ける!!」

「あ、待って!魔法が……」


 セフィーが静止の声を掛ける前に、T字路から顔を見せたリザードタートルに向けてラースが駆け出す。

 オーガブレードを振るうが、見た目の印象と異なり、素早く首を引っ込めて初撃を回避。振り返りざまに放った横薙ぎの一撃もその甲羅の上を滑り一部を削り取っただけで、本体までは届かない。


「もう!魔法の効果が切れるから待ってって言おうとしたのにっ!」


 背後からセフィーの怒鳴り声が聞こえる。

 スラッシュエッヂもエンチャントパワーも効果を発揮している時間に制限があり、効果が表れているかどうかは、冒険者カードでステータスを確認するか、使用した術者にしかその効果時間は分からない。

 どうやらタイミング悪く斬る直前でどちらの効果も切れてしまったようだが、魔法の効果が無くてもオーガブレードならば甲羅でもなんとか斬れる事は分かったので、気にする事無く、未だ外に出ている手足を狙う。

 リザードタートルは大蜥蜴の背に長細い甲羅を背負い、亀のように頭や手足を出し入れする事が出来る。

 その甲羅の硬さはメタルウルフと同等かそれ以上で、10階層までに出てくるモンスターの中では一番の防御力を持っている。

 歩行速度は遅いが、先程のように甲羅の中に身体を引っ込める速さはなかなかの速度だ。

 背後でセフィーの詠唱の声が聞こえ、付与魔法が掛けられた事が分かる。

 先程手足を切ろうしたおかげか、既に目の前のリザードタートルは身体の全てを甲羅の中に入れて完全防御状態になっている。

 今までならばこの状態になられたら殆どダメージを与えられずに倒す事を断念するしか無かった。

 だが今はレベル上昇と付与魔法により筋力は格段に上昇し、手にはオーガキラーという強力な武器がある。


「せいっ!!」


 裂帛の気合と共にオーガブレードをその甲羅に向けて振り下ろす。

 硬い物がぶつかり合う甲高い音がした後、その甲羅は中身と共に両断された。

 ついにラースはこれまで1度も敵わずに逃げ帰る事しか出来なかったモンスターを討ち果たしたのだ……が、彼の背中にモンスターよりも恐ろしい怒りのオーラと視線が突き刺さっていた。

 今、この場でそんな視線を放つ事が出来る人物は1人しか居ない。

 ラースは恐る恐る振り返る。


「ラースさん!甲羅を斬ってしまったら納品出来ないじゃないですか!今回の依頼の品は極力無傷な甲羅なんですから!!」


 案の定、目を吊り上げたセフィーが怒りを露わにしていた。

 やはりこの階層ではラースは冷静さを失っているようだ。

 リザードタートルは先程のように完全防御状態になる事があるので、甲羅を傷付けずに倒す事は攻撃魔法でも使わない限りほぼ不可能だ。

 なので甲羅を傷付けてしまうのは仕方が無い事だし、依頼主もその辺を理解しているので、極力、損傷の少ない素材を求めたのだ。

 だが目の前に転がっている甲羅は、確かに甲羅の殆どに傷は無いのだが、真ん中から完全に半分になっている。

 流石にこれを“極力”と言うには無理があるだろう。


「うっ……ゴメン。自分では自重しているつもりなんだけど、今まで倒せなかったモンスターを倒せるのが、つい嬉しくて……」


 長らく足止めを食らったのだから、それも仕方が無いと思うが、それと依頼は別問題だ。

 ここで依頼を果たせなかったら信用問題に関わり、割の良い依頼を回して貰えなくなるだろうし、なによりセフィーの生活が係っているのだ。


「つ、次はちゃんと中身だけ倒す様にするから」

「絶対ですからね!」


 徐々に仲間として打ち解けて素を曝け出しつつあるのだろうから、本来ならば喜ばしい事なのだが、ラースの方がかなり年上のはずなのに、世話の掛かる弟を持った気分になる。

 地上でもそうだったか、どうもセフィーはそういう手の掛かる仲間に巡り会う星の元に生まれて来たのかもしれない。

 そんな事を考えて、憂鬱な気分になってしまうのだった。




*  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *




 アンダガイナスに落ちて来てから5日の時が流れていた。

 セフィーはその間、毎日のように冒険者支援協会で新たに落ちてきた人物が居ないか確認し、噂に聞き耳を立てて、そういう人達の噂が無いかを確認し続けていた。

 マトラとミルコが自分と同じようにアンダガイナスに落ちて来ている可能性もあると思ったからだ。

 だが新しくこの街に落ちてきた人物は居なかったし、それらしき人物がいるという噂も無い。

 流石にこれだけの日数が過ぎても、この街の存在に気付かないという事は無いだろうし、セフィー以上に強い個性を持っているので噂にならない訳が無い。

 これでミルコとマトラが地下世界に居ない事はほぼ確定したといっていいだろう。 

 後の心配は2人が無事逃げられたかどうかだ。

 地上に居ないセフィーが考えた所でその安否が分かる訳ではないが、あの2人なら大丈夫だろうと確信に似た思いを抱いていた。

 黒曜姫を真似て大剣と全身鎧に拘っていたせいで冒険者資格試験に落ち続けていたが、なんだかんだでマトラは強い。

 ミルコに至っては逃げ足の速さだけは絶賛する程のものを持っているので、3人の中では一番生存率が高いだろう。

 地下世界に落ちるという不運はあったものの、あの時点でレベル1でマウラット1匹もまともに倒せず、最も生存率が低いと思われたセフィー自身がこうして無事なのだから、2人は無事に逃げ果せるはずだ。

 そして2人が無事だという事を前提に考えると、今度は新たな心配事が浮かび上がる。


(2人とも私の事を心配して探してくれてたりするのかなぁ)


 セフィーが2人の安否を気に掛けていたように、あの2人も居なくなったセフィーを探しているだろうか?

 連絡手段が無いので無事を伝える事は出来ない。

 無事を伝える為には塔を登り切って地上へ出るしかないからだ。

 だが何百年も無理だった事をたった数日でやる事など不可能に近い。

 急激なレベルアップと頼りになる仲間のおかげでたった5日で10階層まで踏破する程にはなったが、塔が何階層まであるかは不明だし、上の階層に上る毎にモンスターも強くなっていくので、これまでとは探索速度は遅くなるだろう。

 諦めるつもりは無いが、どんなに短く見積もっても数ヶ月から年単位での時間が必要だろう。

 それまでの間、2人が探し続けてくれるとは思えない。

 それどころか冒険者が5日間も見つからなければ、モンスターの餌になっているか、どこかで野垂れ死んでいると思うのが普通だ。

 あの2人ならそろそろ見限って、手を合わせてセフィーの冥福を祈っている可能性もある。

 いや、マトラの場合、死体の手なら切り取って保管しても問題無いとか言って、ユリイースの手を掴んだ右手の為に血眼になって探しているかもしれない。

 これはセフィーの想像でしか無く、現実を確認する事は出来ないので、真偽を確かめる事は出来ない。

 だがこんな事を考えてしまうのも目の前の不毛な遣り取りが続いているせいだ。

 遣り取りというよりは完全にシンプティ1人で喚いているだけで、目の前にいるラースは頬を引き攣らせながらもなんとか笑顔を浮かべている。

 ある意味で凄い忍耐力だ。

 このまま暫く耐え続けていたら、耐久力とか精神力のステータスが上昇するかもしれない。

 とはいえ、いい加減そろそろ収めないと本題に辿り着けないまま、一日が終わってしまいそうだ。


「シンプティさん!もう過ぎてしまった事なんですから、いつまでもネチネチと文句を言うのは止めて下さい!!」

「セフィーくんに今の私の気持ちが分かるものかっ!神官にとってレベル10のレベルアップに立ち合う事がどんな事か君は分からないからそういう事が言えるんだ!!」

「知ってますよ!単なる験担ぎでしょ!!そんなものに振り回される方が悪いんです!!」

「た、単なる?そ、そんなもの?そういう言い方は無いだろう!ラースくんは私にとって特別な存在だからこそ意味があるんだぞ!」

「ええ~い!男ならウダウダと過ぎた事なんか気にするなぁ~~!!」


 セフィーは大声を張り上げてシンプティを一喝。

 だがここまでシンプティが憤慨するのには理由がある。

 原因の一端をセフィーも担いでいたりするので、怒鳴りつつもこうなってしまった経緯を思い返す。

 あれは神殿に来る直前。

 今日の探索終了後の事だった。



 その日、2人は遂に10階層を制覇し、11階層に向かう階段前まで辿り着いていた。


「11階層からは塔内部の雰囲気が変わって出てくるモンスターの種類も増えるから気を付けてね」

「雰囲気が変わるっていうのは具体的にどういう事ですか?」

「まぁ、一目見れば分かるよ……ってそういう僕も実際に見るのは初めてなんだけどね」


 苦笑しながらラースが階段を上っていくのを、セフィーは追い掛けて階段を上っていく。

 11階層が目の前に開けた途端、先程までより眩しい輝きに目を細めながら、その輝きに目が慣れるのを待つ。


「本当にこれが塔の中なんですか?」


 眩しさに慣れた目に飛び込んできたのは10階層までとは全く異なる光景だった。

 いや、よく見れば階段脇の壁は、これまでと同じ岩壁だ。

 だがそこに張り付いている光苔は下の階層に比べて異常に繁茂していて緑色で覆われている。

 光源が眩しく感じるのはそのせいだろう。目に痛くない光量なのが救いと言えた。

 そして最も目を引くのは目の前に広がる樹木。

 この樹木はセブンスヘブンの周囲にある樹木と同じ種類のものだろう。

 それがまるで森といっても過言ではない程の量の樹木で包まれていた。

 地上のトマスの森を思い起こさせる。


「11階層より上はずっとこんな感じ。と言っても今は確か19階層までしか探索が進んでいないから、20階層以降はどうなっているかは分かってないけどね。それにさっきも言った通り、出てくるモンスターの種類が一気に増えるし、木陰や樹上から襲ってくる場合があるから、これまで以上に慎重に進まないといけなくなる。まあ、全部、受け売りだけどね」


 確かに探索難度は今まで以上に跳ね上がるが、地上ではそれが普通だ。

 真っ直ぐな通路が多くて見通しが良く、足場もしっかりしていた10階層までが緩かったのだ。

 こういう場所では狩人のような危険察知に長けた職業の人物をパーティーに入れるのは重要だ。

 だが今のセフィー達にそういった仲間を得るのは不可能に近い。

 地上ならば冒険者は溢れる程居るので、探す事も出来るし、最悪、傭兵という形で雇う事も出来るが、アンダガイナスでは人数に限りがある。

 狩人の様な職業は魔術師系に比べれば数は多いが、攻撃も防御も戦士系に劣り、魔法も使えない為、ソロ探索には向かない。

 それ故、殆どがどこかしらのパーティーに参加しているのが実情だ。

 ラースがセフィーに声を掛けた時のように、ここに落ちてきたばかりの人をスカウトする以外には、手は無いといえた。

 けれどそれで目当ての能力を持つ人物をスカウト出来るとは限らないし、そもそもセフィーがアンダガイナスに落ちて来てからは、新しく落ちてきた人は居ないのでスカウトしようが無かった。


「あ、そうだ。この階層にはもう1つ、特色があったんだ」


 ラースは何かを思い出したかのように周囲を見回し、階段の脇にあった人為的に伐採をして切り開いて踏み固めたであろう小路を進んでいく。

 その先には小さな広場があった。

 更にその中央には魔法の輝きが浮かんでいるのが見える。

 近くまで寄ってみるとそれが魔法の光で描かれた魔方陣だというのが分かる。


「あっ、これって……」


 セフィーはこれに似た魔方陣を知っていた。

 大きさや、魔方陣に描かれている文字に違いがあるものの、セフィーが崖から落ちて意識を失う直前に見たあの魔方陣と似ている。


「うん。転送魔方陣。ここに乗れば一瞬で1階層の入り口脇に戻る事が出来るんだ。1回でもこれを使って戻れば、次からは下からでも一瞬でここまで来る事が出来るから便利なんだ」


 確かにそれは便利である。

 依頼達成の為にモンスターの素材集めをしながらではあったが、この11階層に辿り着くのに相当な時間が掛かっている。

 周囲が薄暗くなっていないのでまだ夜にはなっていないようだが、空腹具合という体内時間から考えると、もうそろそろ暗くなってもおかしくは無い時間帯のはずだ。

 もし帰りも同じように階段を下りて帰るとしたら、来る時程では無いにしろ、相当な時間を要する。

 この転送魔方陣を見るまでは、冒険者支援協会に貼られてあった11階層以上を対象とした当日報酬依頼なんて物理的に不可能なんじゃないかと思っていたのだが、これならば余裕で達成は可能となるだろう。


「さて、とりあえず今日はもうこれを使って帰ろうと思うんだけど、問題は無いよね?」

「そうですね。折角来たのだから、1度くらいこの階層のモンスターと戦ってみたい気もしますけど、魔力も心許無いですし、それは明日にしておきましょう」

 

 頷き合い、2人は魔方陣の中に足を踏み入れる。

 全身が光に包まれたと思った次の瞬間には2人は小さな岩壁が囲んだ部屋へと転移していた。

 部屋の扉を開けるとすぐ目の前に塔の出入り口が見える。

 転送魔方陣は間違い無く起動したようだ。

 次からはこの扉の奥にある転送魔方陣を使えば、一気に11階層に行く事が出来るようになるのだろう。

 2人が塔を出ると、丁度、周囲が薄暗くなり、街に鐘が鳴り響く。

 いつもは塔の中で鐘の音を聞いてから帰還するので今日は大分早く戻って来た事になる。


「いつもより早いし、協会で依頼品を納品したら、神殿に行ってみよう。さすがにそろそろレベルが上がるんじゃないかと思うんだ」

「あ、神殿と言えば、この間、シンプティさんがラースさんも連れて来て欲しいって言ってたんですよ」

「えっ?彼が……」


 シンプティの名を出した瞬間、僅かにラースの顔が曇ったのが分かる。

 まだ数日の関係だが、流石に1日の大半を共に行動しているので、それくらいは分かるようになってきていた。

 どうやらラースはシンプティが苦手なのだろう。

 まぁ、理由は良く分かる。

 だが約束の事もあるので、一度は連れて行かないと、シンプティに何を言われるか分からない。


「シンプティさんは私達以外でレンタルの事を知っている唯一の人物なので、今日までの検証結果で分かった事の報告をして意見を聞きたいんですよ」

「う、うん、そうか、そうだよね。それなら僕も行かない訳にはいかないし、だけど……う~ん」


 納得しかけてはいるが踏ん切りがつかないといった様子だ。

 まさかそんなにシンプティに会いたくないと思っていたとは驚きだった。

 まぁ、その気持ちは何となく分かるが、セフィーとしては一緒に来て貰いたい気持ちは大きい。

 レンタルの魔法については分かっていない事が多過ぎるので、意見出来る人が多い方が有益な情報を得られる可能性があるからだ。


「よし、分かった。僕も覚悟を決めて一緒に行こう。けど、出来れば僕のレベルが9だという事がばれないように1レベル分でいいから貸して欲しいんだ」


 探索から戻ってきた直後にラースに貸したレベルは返して貰っている。

 これもこの数日の検証で発見したのだが、効果時間中でも追加でレベルを貸す事も返して貰う事も出来るのだった。

 冒険者支援協会で依頼を受領する際と完了報告をする際は冒険者カードを提示する必要がある。

 レベルが1上がった程度ならば、報告前に神殿でレベルアップをさせたと思うだろうが、2も3も上がっていたら、不思議に感じるだろうし、セフィーに至っては下がってしまっているのだ。

 不審に思われてしまいかねないし、もし理由を問われたらレンタルの魔法について説明しなくてはいけなくなるかもしれない。

 初めてラースにレンタルの魔法を使用した際に、レベルを貸したままの状態で報告しようとして、慌ててラースの手を引いて押し留めたのは記憶に新しい。

 しかし、その時に手を引いたおかげでレベル返却が可能だと気付いたのだから、偶然とは恐ろしい。


「なんでレベル9だと分かると駄目なんですか?」

「う~ん、それは……あっ、そうだ。どうせだから食事をしながらこの話をしよう。うん、そうしよう」


 なんだかんだ理由を付けてシンプティの元に行くのを遅らせているようにも見えるが、確かに空腹感は感じるので、その提案は了承する。

 いつも通り大地の根へ赴き、ミリィに今日のおススメを頼んだ後、セフィーは改めて尋ねる。


「もしレベル9だと判明したらどうなるんですか?」

「えっと、まずセフィーさんは神官の験担ぎって知ってるかな?」


 神官に限らず験を担ぐ事は良くある。

 ダンジョンに入る際は右足からとか、朝起きたら必ず太陽に頭を下げるとか。中には調子が持続するから下着を洗わないなどもあったりする。

 だが神官がどういう験担ぎをしているかなど知る由も無いので、セフィーは首を横に振る。


「これはレベルアップ担当の神官だけの験担ぎらしいんだけど、意中の冒険者が10の倍数のレベルに上がる時に担当すると恋が実るっていうものなんだ。どこか別の大陸の言葉にゼロをラブと読む所があって、ラブ…つまり愛がそこに生まれるからだとか、大幅なステータスアップ時に担当者の愛がスキル化するとか言われてるんだ」


 それを聞いてラースがシンプティを嫌がる理由が分かった。

 一昨日の時点でまだ少し経験値足りなかったのだが、今日レベルアップ作業をすれば、ほぼレベルが上がるだろう。

 名実ともに一人前の冒険者となるレベル10だ。

 そしてシンプティは身体は男性だが心は女性であり、しかもラースに恋心を抱いている。

 更に神官の験担ぎの事もある。

 その全ての事実を知った上でシンプティに作業なんてして貰おうと思う訳が無い。

 多分、今、このタイミングでなければ、ラースは一緒に行く事をここまで嫌がらないだろう。


「分かりました。でも私もレベルアップ作業をしますから、ラースさんが作業する時だけ、こそっと貸しますね」

「ありがとう!君は人生の恩人だ!一生ついていくよ!!」


 余程その験担ぎが嫌だったのだろう。

 ラースは感極まった表情でセフィーの両手をがっしりと掴む。

 その様子を目撃した周りの冒険者達が「ヒューヒュー」と何かを勘違いして囃し立てる。

 詳しい会話の内容までは聞こえていないが、その様子からプロポーズか何かと勘違いしたのだろうが、セフィーとしては頼りない弟を守ろうとする姉のような気持ちが強い。

 最初は頼りがいのあるお兄さんという感じだったのに、日毎にラースが自分より年上だという事実が嘘に思えてくるのだった。

 その後、神殿のシンプティの元に2人は一緒に赴く。

 本来レベルアップはステータスや技能など様々なプライバシーを配慮して神官と1対1で臨むのが普通だ。

 だが既にレンタルの魔法については明かしているし、ラースの事も信頼している。

 それにステータス等を知っておいて貰えば、検証結果に意見を言う際の目安にもなる。

 だからラースに対しステータスを隠すような事は一切必要無いと思っている。

 ラースも同じ考え…というより、こちらは単純に知られて困るようなものが無いというのが実情らしい。

 というわけでこうしてセフィーとラースは一緒にレベルアップの間に入った。

 そしてレベルアップ作業を行い、セフィーは10に、ラースも実質10だが、レベルアップ作業直前にセフィーがこっそり1レベル分を貸し出したので、見た目上は11にそれぞれレベルアップ。

 その結果、シンプティが「誰がラースくんのレベル10を奪ったんだぁ~!」とか「この浮気者!私というものがありながら記念すべきレベル10バージンを他の人に奪わせるなんて!!」とか喚き出す始末で、セフィーが怒気を孕んだ一喝で不満を黙り込ませるまで、ネチネチと不満や愚痴を零し続けるのであった。

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