3:黒猫Ⅳ

「さっきの猫なんじゃないの?」


「……さぁな。違うやつだと思うが」





少し考えたあと、ギルは苦々しく否定する。





「あまりにも鋭い殺気だ。バカ正直なほど隠そうともしていない。猫の奴が本性を見せたにしても、完治もせず向かってくるとは考えにくいな」





 ここで渋っていても、仕方ないと考えたんだと思う。ギルは窓から身を乗り出していた。





「こっちから行ってやるか」


「待って! もし私の方に来たらどうすんの?」





 そう。もし入れ違いになったら私の死は確定してしまう。こちらから行くのは得策じゃないのだ。だけどギルは、笑みを浮かべて言う。





「あぁ? それならそれで後で殺せばいい。俺にお前を守る義務はないな」





 言葉を失った。少しは必要としてくれていると思ってた。ギルにとってはその場凌ぎってことだ。どこかで、でも確かに私は思っていた。少しは助けようとはしてくれる……と。





 ………。しかしそうなると私だけが動かされている。御飯のたびに押し掛けてきて、こっちは気が気でない。うん。対等な立場をとらなきゃいけない。そう思い立ち、頭をあげると、開いた窓からの風は気持ちいいくらいに吹き抜ける……。





「ああ、そうですか。もう二度と来るな!」





 窓を思いきり閉めて、鍵をかけた。


 疲れた私はもうそのままベッドに身を任せる。どうすればいいんだろう。何処かに逃げるべきなのかもしれないけど。半ば投げやりな思考だった私の意識は、いつの間にかそのまま途切れていった。














「え!? 逃げたの?」





 一際響いたのは優子の驚嘆の声。朝の登校中、後ろから駆けてきた優子に、あの黒猫はどう?と訊かれたので、少し目を離したらいなくなってしまったとだけ言ったのだ。





「うん。みたい。ごめんね」


「まぁ仕方ないけど、死んじゃったりしてないかな」





 その時、黒猫が血の海に沈む姿が浮かんだ。あの後、ギルとはまだ会っていない。ギルはあの時、殺気を放っていたのは猫とは違う奴だろうと言った。けどあくまでそれは予測であって確実じゃない。もし昨日のあれが猫だったなら、ギルはおそらく躊躇ためらうことなく息の根を止める。あの人に容赦という言葉ははきっとない。


 だから、昨日の帰り道の途中と同じ場所で黒猫を見掛けたのは結構驚いた。





「あ、紗希あれ」





 優子も気付いた。止める間もなく、優子は猫のところまで走り出してしまう。





「あ……」


「紗希。この子だよね?」





 颯爽さっそうと近付きしゃがみ込む。魔界から来た猫だとすれば、安易に近付くのは危険だ。けど、どうしたことか。威嚇することもなく黒猫は大人しいものだ。





「……多分」





 小柄な体格で、くりっとした黄色いビー玉みたいな眼。特徴はよく似ていた。けど……。


 ん~、この黒猫、昨日の黒猫と同じだろうか。もしかしたら違うんじゃ……。





「ニャ~」





何の意思表示なのか、優子に撫でられる黒猫は、なかなか高い声をあげた。





「あ、やっぱりこの子だよ」





 妙に確信めいて優子が言うので、訊かずにはいられなかった。どうしてはっきりそう言えるのか。





「え~? だって声が一緒だし」


「えぇ?」





 私は信じられないといった面持ちで言葉を返す。いやいやいや、普通声じゃ分かんないでしょ。





「でも意外にけっこう元気みたいだね」


「うん。そうだね」





 優子は同じ猫だと言うけど、多分勘違いだと思う。確かによく似ているけど、昨日の怪我は何処にも存在していなかった。いくら何でもたった一日で癒えるはずがない。





「あっ、少し急がないと」


「もう? まだ大丈夫だよ。百メートルを八秒くらいの速力を出せば」


「そんなの無理。ほら急ぐ」





 優子を促して私達は駆けていく。学校には連れていけない。けど、もし帰りにもまだいたら、家に連れ帰ってもいいかなと私は考えていた。

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