2:定まった標的Ⅵ
いつの間に発生したのか。空間を裂いた穴が生まれていた。バチバチと、火花にも似た閃光が穴から溢れていた。
まるでブラックホールだ。空間の穴は、突然吸引を始める。ギルも、シロも。
まだ完全に絶命はしていないだろうが、こんな瀕死の状態で能力を使っているのか。ギルの疑念に答える者はいない。とにかく、吸い込まれるわけにはいかない。
「ちっ…!」
すぐさまギルは場を離れようと試みる。しかし、始まった吸引は全てを吸い込むかのように凄まじい威力だ。ギルはあっさりと取り込まれてしまった。ただ、全てを吸い込むかのような穴は、ギルと、シロのみを吸い込んだのだ。
気が付くと、ギルは不思議な空間にいた。上も下も、周囲が灰色に渦巻く空間だ。暗く感じることはなかったが、どれだけの広さがあるのか、距離感は掴めなかった。
何もない空間に思えたが、何のことはなかった。意外なことに、へたり込んでいる紗希がいたのだ
「紗希?」
「ギル!」
紗希も、シルビアによって作られた穴に引き釣り込まれたと言う。紗希にとっても、気付けばこの空間に辿り着いていて、ギルを見付けたというわけだ。
「何だ生きてたのか。てっきり、もう殺されているかと思ってたがな」
再会の第一声がそれか。紗希は本当に死ぬ思いをしたというのにと、ムッとする。だがそれを言ってもギルは意に介した様子はなかった。仕方なく、思ったままの疑問を口にする。
「……で、此処は何処なの?」
周りには景色というものがない。広い場所ではあるけど、どこまで広がっているか目測をつけるものが何もない。ギル以上に、紗希には戸惑ってしまう場所に違いない。
「知らねーよ。あいつの能力だろ? で、此処の管理者はどこ行ったんだ?」
逆に紗希は質問されてしまう。ギルとしては、さっきまでシルビアといたのは紗希の方だからだ。しかし、紗希に分かるはずもない。
「え、えと……分かんない」
すると、ギルはわざとらしく大きな溜め息をついた。髪をかきあげながら言う。
「あぁ、使えねぇ。もっかい囮として連れて来い」
そんな無茶な。囮なんて御免被りたいのに。紗希の抗議を、当然ギルは無視した。一向に動かず、地面(?)にへたり込んだままの紗希を見て、ギルは紗希の目線の高さに合わせる。
「行きたくねぇの?」
コクコク。紗希は首を縦に振ることで答えた。目で殺気を放っているギルに対しての、紗希の精一杯の意思表示だった。
「どうしてもか?」
コクコク。紗希の頬に冷や汗が垂れる。けど此処で引いちゃ駄目だと紗希は必死だった。
「グル……」
その時、唸りとともに、シロが何処からともなく出てきた。紗希は不本意ながら、少しホッとしてしまう。
「ちっ……。やっぱ復活してやがったか」
二つの頭を持ち、それぞれの首には繋ぎ目のような跡が見られる。多少見てくれは変わったが、紛れもなくシロである。そして、傍らではシルビアが浮いていた。
「私が作り出した世界の中なら、すぐにでも再生出来るの。……もう、終わりにしてあげる」
「……そうか。なら、こいつの相手はしなくていいな?」
「…!?」
自信に満ちた表情で、ギルはシルビアを見据えた。何を言っているのか。一瞬、シルビアに疑問を抱かせる。だが、すぐにギルの真意ははっきりした。
「お前を殺せばいいんだからな」
シロを無視してギルは翔ぶ。数十メートルは離れていたシルビアの目の前へ、ギルは瞬時に赴いた。そして、戸惑う素振りなど一片も見せない。少なくとも、外見は幼い少女の肉体を、右腕で貫いた。
「かはっ……」
正確には、心臓を狙ったのだ。
血が噴き出る。止まることなど知らず、有限とは思わせない程の量だった。
「お前……」
血に染まる右腕を引き抜き、ギルは地に降り立つ。
「ふ……ふふ。あははははははははは……!!」
少女は笑っていた。血だらけの体なのに、笑っている。異常な光景だった。少なくとも、紗希にはただならぬ雰囲気を感じさせた。
「あははは! 私は死なないの! 絶対に!」
「……そういうことか」
ギルは一人で、何かを納得している様子だった。
「グルルゥ」
「……!?」
廊下で紗希を取り囲んでいた獣の群れが、どこからか現れる。今はそれ以上の数だ。
「この数なら、あなたの身体能力だけじゃ、どうにもならないでしょ?」
これで詰みだ。これで終いだ。シルビアは自信に溢れて問いを投げ掛ける。
対して冷笑を浮かべ、ギルは返した。
「いいや。お前は三つ、勘違いしてる」
ギルは三本の指を見せつけた。シルビアの顔は強張る。いかにも気に入らないと、聞き返した。
「……何を」
「まず一つ。お前は俺が身体能力だけだと思っていること。二つ。たとえ身体能力だけでも、俺にとってこいつら相手には十分だということ。そして三つ……いまだに俺に勝てると思っていることだ。ここまでくると、惨めなもんだな」
ギルは淡々と述べる。数を指で示しながら。
「……黙れ」
ギルの自信ある見解に圧されたのか、シルビアからは笑みが消えていた。必死の形相である。そして、シルビアの牽制する一言で、獣たちが一斉に襲いかかる。ただ、シロを除いてだ。
「やれるものなら、やってみろ!」
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