第4話 残されたもの(六月二十九日)

(六月二十九日)


二日後の六月二十九日月曜、セリが大学へ行こうと支度をしていると友浦から携帯に電話がかかってきた。時刻は九時前。何だか嫌な予感がする。

「はい、もしもし」

「ああ、嬢ちゃん、朝早くに悪いな」

「いえ、大丈夫です。どうかしましたか?」

 しかし友浦は言葉を濁して聞き返してくる。

「いや、その、犯人からメールか何か届いてねえか?」

 歯切れ悪く問われてセリは首を傾げた。

「あの鉄パイプの件以降は届いていませんけど」

電話口の向こうで「そうか……」と呟く声がする。

気の強そうな友浦らしくない声に携帯を持ち直して聞く。

「何かあったんですか?」

「ああ、いや、あー…」

ハッキリしない友浦の言葉を辛抱強くセリは待った。

少しして「くそっ!」と悪態を吐いた後に友浦が言う。

「波瀬と榎本が死んだ」

 悔しげに告げられた内容を理解するのに数拍の間を要した。

 波瀬と榎本は一昨日鉄パイプの下敷きになって入院中の大学生二人だ。

 友浦の話によると波瀬は屋上から落ちて、榎本は点滴に多量の睡眠薬と塩酸が混入されていたらしく、二人とも発見された時には死んでいたらしい。榎本のことを考えると波瀬も十中八九犯人に突き落とされたに違いない。

 二人の個室にはそれぞれ一名だが警察官を配置していた。

しかし波瀬はトイレに行くと部屋を出たきり戻らなくなり、榎本は看護士が夜の巡回で確認するまで全く気付かなかったと言う。失態だと友浦が怒りの滲む溜め息を零す。

「これで被害者は四人だ、チクショウ」

 セリも何と声をかけて良いのか分からず戸惑いながらも、口を開く。

「刑事さん達のせいじゃないですよ」

「……ありがとう。とりあえず、まだ終わっていない。次に狙われるのは周りの人間か、嬢ちゃん自身かもしれねえから気を付けろ」

「はい、わかりました」

 通話を切り、携帯を握ったまま、しばらくセリは立ち尽くしていた。

 四人。それだけの人間が死んでしまった。

 震える唇を噛み締めて、ノートや教科書の詰まったバッグを持つ。

 このことは愛香と翔真にだけは伝えておこう。



大学へ行くと桑原が真犯人でないという噂が既に半数近くの生徒たちに広まっていた。

 一体どこから情報を得ているのか、そうらしいとぼかして言っているところが逆に生徒たちの関心と不安を引き付けているようだ。

 せっかく落ち着いていた学内はまた緊張の張り詰めた空気に戻ってしまった。

 表立って言ってくる者はいないが、同じ学科の生徒から疑心が感じ取れる。

「やあ、矢島君に湯川君、放課後ミス研へ来てくれたまえ」

 愛香と中庭で昼食を食べていたセリに声をかけたのは安岡だった。

 翔真は今朝のことを聞いた後、噂の出所を確かめるために先ほど席を立っていた。

「……また何か届いたんですか?」

「いやいや、そうではないのだが、オレは君が犯人とは思っていないからね。一度は同じミステリーを解いた仲だし、何か協力出来ないか考えたんだ」

「どんな仲よ……」

 安岡の言葉に愛香は呆れつつも否定はしなかった。

「あのミステリーを解決したオレたちなら、きっと矢島君が巻き込まれている事件も犯人へ辿り着けるはずだ!」

 目を輝かせて言う安岡にセリと愛香は嘆息する。

 研究会に入るだけあってミステリーには本当に目がないらしい。

 セリと愛香は顔を見合わせ、それから頷き合った。

「まあいいか」

「今は少しでも味方が欲しいし」

「ありがとう、感謝する!」

 そういう訳で安岡と寺井もセリたちに合流することになった。




* * * * *




 放課後、セリと愛香、翔真の三人はミステリー研究会にいた。

 そこには安岡と寺井もおり、怪談の時と同じ顔ぶれである。

 安岡と寺井に事件の内容を話すことについては昼休み後に前もって友浦から許可を得たものの、最初は酷く渋られ、何とかごね倒して了承してもらえたのだ。

 前回使っていたホワイトボードは表面を綺麗に消されており、最初はそれを使おうと寺井が言い出したものの、部外者に見られてはまずいという点から口頭でこれまでのことを説明することになった。

「始まりは今月の六月二日に遡ります」

 まず‘Medousa’と件名の打たれた首のない死体の写った画像が送られてきた。

 翌三日の昼にズタズタにされた女性物のバッグとサンダルが、夜に首だけの死体の画像がくる。その首だけの死体の顔が綾部麻美であるとセリが気付き、四日に学校側に相談し、警察へ通報という運びになり友浦と堤と知り合った。

 数日置き、九日の朝、宮坂栄祐が線路に落ちて死亡。ここで翔真と会う。その時点ではまだ事件性があるかどうか不明であったが、帰宅途中に綾部麻美の画像が添付されていたメールと同じアドレスより‘Polydectes’の文字が送られてくる。

 進展もなく十七日、ミステリー研究会へ犯人からと思しきメッセージが届いた。セリたちに安岡、寺井の二名が接触し、十九日に怪談の謎を解き地下室を発見。そこで呼び寄せた友浦と堤が綾部麻美の遺体を確認。同日、用務員の桑原陽二郎を容疑者として警察側は行方を捜索することとなるが実家にて身柄を勾留。

 同月二十七日、大学より二駅隣のショッピングモールからの帰り道、工事現場の鉄パイプが倒れてきたことで通行人の波瀬智昭と榎本南が負傷。波瀬は病院屋上より転落――犯人に突き落とされた可能性大――、榎本は多量の睡眠薬と塩酸を点滴に混入され、両名とも二十八日に死亡。二十七日の事件発生時に綾部と宮坂の件に関わっているアドレスより予告のようなものを受け、その直後に‘Phineus’と書かれたメールが送られてきた。桑原陽二郎は勾留中であり犯行は不可能であった。

「これが事件の概要です。ちなみに警察の見解では綾部さんは六月一日の帰宅途中に犯人に誘拐、もしくは拉致されて殺害されたものとみているそうです」

「でもまさか大学内とは思わなかったでしょうね」

 セリの説明に愛香が肩を竦めてみせる。翔真が鞄からルーズリーフを取り出した。

「綾部さんと宮坂先輩両方に共通した友人、知人のリストです」

 これは写しですが、と差し出されたそれを安岡と寺井が見る。両者とも色んな意味で有名人だったので交友関係の広さと、リストアップされた人数の多さに二人は感嘆とも呆れともつかない声を上げた。

「警察は桑原さんを容疑者としていましたが、二十七日の件もあって綾部さんと宮坂先輩に共通した友人の中に犯人がいる線に捜査が切り替わりそうです」

 桑原が単独犯であったならば、自然とそうなるだろう。

セリが話し終えると翔真が携帯を取り出した。

「それから噂についてですが、どうやら学校の裏サイトでみんな知ったみたいです」

「そんなのあるの?」

「うん、URLも教えてもらった」

 自分の携帯を操作した翔真が画面を全員に見えるように机の上に置く。真っ黒な背景に白や赤で‘桐ヶ峰大学専用裏掲示板’と書かれ、下へスライドさせていけば‘用務員の桑原は犯人じゃない’‘犯人は別にいるんじゃないか’という内容が載り、何故か二十七日の事件についても‘矢島セリの傍で事故が起きたらしい’とあって、恐らく桐ヶ峰の生徒だろう名無したちが食い付くように騒いでいた。

「ちょっと前は綾部さんにセリさんが関わっているだとか、七不思議は本当にあるだと書いてあったらしいけど、気が付いたら削除されてたんだって」

 携帯を戻す金江に寺井が指摘する。

「なんか、それ怪しいね。誰かがわざと煽って矢島さんを貶めようとしてるみたい」

「僕もそう思います」

 全員の心当たりはないか問う視線を受けてセリは慌てて首を振った。

 セリは今までごく普通の生活をしていたし、同じ学科の生徒やそれ以外の人と喧嘩をしたり恨まれるほどのことをした覚えもない。もしかしたら些細なことはあったかもしれないが、殺人犯に仕立て上げられるほど逆恨みされるとは思えない。

 第一セリは人間関係がかなり狭く、関わっている者も少ないため、何かあれば記憶に残っていないはずがないのだ。

「発想の転換をしよう。矢島君は被害者たちとどんな関係だった? その間に誰かいなかったか、それがどう変化するのか考えてみよう」

 安岡の視線を受けてセリは被害者たちを思い出す。

「綾部さんはただの同じ学科の人でした。何かあったかと言えば、高校の頃に半年くらい彼女からイジメられていた時期がありますけど。宮坂先輩は同じ駅を利用していたということしか……。でもそれも事件があって初めて知ったくらいですし、二十七日の二人についてはまったく知らない人です」

「綾部さんからイジメられてたの?」

「はい。あ、でもわたし以外にも当時イジメられていた子はいましたし、ちょっと仲間外れにされたくらいですから、それで今更復讐しようとかやり返そうなんて考えてません」

 驚く寺井にセリは先を読んで自身が犯人である可能性を否定した。

 そもそも自分が犯人だったとしたら、わざわざ疑いを向けられるように掲示板に書き込んだり、変なメールを送られたふりをする必要がない。どの事件も黙っていれば関連性に気付かれることのないものばかりなのだ。

「あとギリシャ神話になぞられているのが気になりますね」

 そう言った翔真が安岡と寺井に三人で調べたことを話す。

 ‘Medousa’‘Polydectes’‘Phineus’の三つがペルセウスという一人の英雄に関わりがあり、それぞれが何かしらの理由があってペルセウスに討ち取られた者である。犯人は自身をペルセウスに例えていることも説明した。

「……ダメだ、全然繋がらない」

 しかしミステリー好きな安岡と寺井でもさすがに今回のことは分からないらしい。

 降参とばかりに両手を上げて首を振った。

「一旦整理したいから今日はこの辺でお開きにしないか?」

「そうね、内容だけで頭いっぱい」

 そう続けた二人にセリたちは頷いた。

 説明のために話をしたが、それだけでもう外は暗くなり始めている。

「明日もう一度話し合おう」

 時間は放課後で、と示し合わせて解散となった。

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