列列椿



明日に待っている桜並木の

彼方に振り返る列列椿つらつらつばき

みだ雨雫あましずくはどうしても似ていて

息の仕方を忘れる

消えようもない


紙コップに淹れたココアと

安物の烏龍茶で

命をとりとめなく繋ぎとめて

冷凍庫から取り出すものは

明後日の憂鬱だけ

一昨々日の悔悟は漂いながら

四分休符を連ねている

深海魚のヘラクレスが

廊下に沈んで言うことには

今さらどうなるものでもないらしい

列列椿は咲き誇り

綾糸を縒る

海雪は堆積して

ヘラクレスは晩餐に困らない


僕がもう少し賢明であれば

あるいはヘラクレスがわずかでも愚昧であれば

とうにてていたはずの言葉は

なかにのまま

それでもまだ叫ぼうとする

まだ声帯はあるらしい


ねえ、命をさざめかせてよ

ねえ、労りを奪い去ってよ

ねえ、愛のままに貪ってよ

ねえ、結い目が何を導くの


我が家のヘラクレスは英雄にはなれなくて

酸素を求めるのがせいぜいで

生意気なことばかりを言い

僕の気持ちのありかを見つけてくる


さあ、耳鳴りがうまくなって

さあ、夕映えから目をそらして

さあ、スタッカートで

さあ、もう一度


さあ、もう一度!


忌むのではなく

好ましさから打ち捨てて

ひしゃげた記憶から

愛を掬い上げる図太さで

向かい風を合図にして

さあ、もう一度


やあ、言葉の向こうを見たかい?

やあ、無意味だと悟ったかい?

やあ、それでも時間を数える気かい?

やあ、諦めにも似た気持ちで?


それでも糸を結うかい?


彼方に咲き乱る列列椿の

音階はどうしてもことがましくて

愛惜あいじゃくは絶え間なく

見限る気持ちを見失う

たとえ蜃気楼でも

喧しいものは喧しく

綺麗なものは綺麗だ


ねえ、命がさんざめくよ

ねえ、労りが執着を裏切るよ

ねえ、愛のままにたおやかに

ねえ、結い目が僕らを導くよ


ねえ、言葉は真実を超えないよ

ねえ、言葉なんて限界ばかりで

ねえ、それでもさ

さあ、もう一度

やあ、また会ったね


それでも僕は

時計の針を見つめている


さあ、休符なんて!

さあ、もう一度!


我が家のヘラクレスの寄る辺として

僕の言葉があって

それでいいかなと思う

それさえ放り出したくなっても

ヘラクレスが水面みなもで口をぱくつかせている

酸素を求めている



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