第9話 教室にて

 与えられた机に鞄を置いて、簡素な椅子に腰を下ろす。周囲を見回しても、二十名のクラスで誰も無駄口を叩く者はいない。

 空気が重く、濁っている。

 生存率を上げるため、早めに誰かとチームを結成しようと思っていたのに、これじゃ話しかけることも躊躇われる。


 ここらへんが普通の学校とは違う。皆一様に不安げな面持ちをしているし、今にも泣きそうな顔をしている女子だっている。そりゃそうだろう。卒業までの三年間を生き残れるのは、例年通りなら半数以下だ。

 つまり三年後にはこの中の半数以上が土の中にいる。けれど、ぼくらがそうしなければ関東地区どころか日本など、数日で滅亡したって不思議じゃない。


 この学校を選んでくるやつらの動機は、大別して三つ。

 義憤に駆られて志願したもの、卒業と同時に国家から与えられる報奨金の十億と英雄の称号を授かり、その後の人生を楽に生きたいもの、親に捨てられて行き先を失ったもの。

 だけどぼくは、その三つのいずれにも該当しない。帝高からのスカウトだ。別段、優れたものがあったわけじゃない。首都大戦最後の生存者という客寄せパンダプロパガンダ的役割だろう。


 メタルにすべてを奪われた少年が、自らと同じ立場の子を作らないために戦いに赴いた。政府や帝高の作った美談シナリオはまあ、こんなところだ。

 だけど実際は、ぼくがこの学校を選んだのはスカウトが来たからでも、義憤に駆られたからでもない。ここまで育ててくれた孤児院に、お礼がしたかったってわけでもない。学生のうちから多額の給料が出るからでもない。


 あの忌々しい鉄屑メタルどもをぶっ壊す力が欲しい! そして、叶うものなら、かつて幼いぼくを救ってくれたあの人たちと一緒に戦いたい!

 そのふたつだけだ。

 憎しみが血流に乗って体内に満ちあふれてゆく。恐怖や迷いは微塵もない。


「……やってやる」


 あとは全校生徒に義務づけられている、メタルの汚染を防いで装甲人型兵器ランド・グライドの操縦に必須とされる超伝導量子干渉素子インプラント・スクイドの存在か。

 人体に得体の知れない金属物質を手術で埋め込むなんてこと、普通は誰だってご免被りたい。けれどぼくには、九年前からそれが備わっていた。


 それにぼくには、人として決定的なものが欠けている。それが装甲人型兵器ランド・グライドのパイロットとしては都合の良い資質だった。

 操縦はまだヘタだけど、生き残る確率はそう悪くはないはずだ。


「何をやるんだ?」

「うおっ!?」


 突然耳元で聞こえた声に驚いて、ぼくは体勢を崩しながら振り返る。


「マサト! ……何だよ、偉そうなこと言っといて、おまえも特殊オチコボレクラスだったのか」

「バーカ。おれは特殊に志願したんだよ」


 鞄を隣の席に投げ出して、マサトがぼくの机にドカっと腰を下ろした。

 帝高の新入生のクラス数は五つ。入試の実技で上位二十名までを特進エリートクラスに、下位や一芸のみに特化した二十名は特殊オチコボレクラス、そして中間層は二十名ずつ三クラスに分けられる普通クラスだ。


 上位クラスから下位クラスへの移籍は自由だが、その逆は禁止されている。

 つまりぼくらがいるこの特殊クラスは、卒業までに全滅してたって不思議じゃないやつらが集う、最悪のクラスだ。


「何だよ、マサトは普通科だったのか? 何を好きこのんで特殊なんかにきたんだ」

「どーだっていいだろ。くっだらねー模擬試験シミュレートの結果なんてさ」


 誤魔化しやがった。ホントは下手くそだったんじゃないのかよ。親近感が湧いてくるね。


「おれが特殊に志願した理由は、そのうちわかるさ」


 静かにドアを開けて、リサが入室した。静まりかえった教室にいる新入生たちには目もくれず、教室内をトコトコ歩く。

 ふと気がつくと、教室中の視線がリサに注がれていた。

 それまで静まりかえっていた教室が、にわかに雑然としてくる。男子も女子も、彼女に視線をやってヒソヒソと。


 まるで雪兎のような赤い瞳に白い髪、透けるような白い肌、感情を映し出さない表情。あのときと同じ、いいや、どんな状況であれ、どんな場所であれ、彼女の容姿は異質だ。

 あんなにも綺麗なのに、と思う。

 リサが空いている席へとまっすぐに進み、教室の後ろの席の椅子に手を伸ばした瞬間。


「あ……」


 片膝が折れてトテっと転んだ。やはり何もない場所で。それでも何事もなかったかのように平然と立ち上がり、スカートに付着したホコリを払うこともなく椅子に腰を下ろす。


 あまりのリアクションのなさにびっくりだ。

 ただそれだけのことで、室内の雰囲気が弛んだ気がした。いつの間にか静まりかえっていた教室に、わずかなざわめきが起こっている。


「リサも特殊オチコボレ? マサト、射撃の腕はいいって言ったよな?」

「へえ、リサちゃんっていうのか。見かけに寄らず手が早いねえ、おまえ」


 机の上からニヤニヤとぼくを見下ろし、ガシガシと頭を撫でてくるマサト。


「いてて、やめろって。そんなんじゃないよ」

「ま、射撃は並外れちゃいたけれど、最後は残り一機のメタルと、棒立ちのまま相打ちになっちまったからな」

「それもバグだったんだろ?」


 マサトが顎に手を当てて首をひねった。


「たぶんな。もしもバグじゃないとしたら、おれにはわざとに見えたぜ。あれだけの射撃の腕がありながら、装甲人型兵器ランド・グライドを一歩も動かせないなんて考えられねーからな」


 ん? ちょっと待て。一歩も動かないまま、最後の一機と相打ちだって? 模擬戦シミユレートの内容は十機の仮想メタルを破壊することだぞ。九機を墜とすのに一歩も動かず、しかも遠距離兵器だけで対処したのか。


「……気づいたか? だから言ったろ。射撃の腕が並外れてるってよ。撃墜されたはずのリサちゃんが合格できたのは、おそらく絶技といっても過言じゃないほどの一芸だ。模擬戦シミュレートでは、なぜか数メートルの距離にまで接近してきた敵にさえ近接武器を使用せず、すべてライフルやミサイルポッド、ハンドガンで対処していた。一歩も動かずにな。あんなナリして意外と乱射魔アッパーシューターなのかもしれねーぜ。装甲人型兵器ランド・グライドに乗っているうちは誰にも表情を見られないから、ゲラゲラ笑ってたりな」

「そりゃステキだ」


 あのぼーっとした動きからは、とても想像できない。


「だがマジな話、実戦経験豊富な先生方には好まれねーんだよなー、ああいう融通の利かない戦い方をするやつってのは」


 通常、腕部の届く範囲に入った敵には近接戦闘武器を使用した方が効果は高いと言われている。早い話が、ブレードアックスなら振り下ろすだけの動作、だけど銃器だと安全装置セーフティ解除から、狙いを付けて、撃つ。この三つの動作が必要だってことだ。


「不測の事態には対処できないって判断だろーよ。けど、おれの見たところアレはそんなんじゃねえ。そんなレベルにいねえんだ。よくできたコンピュータゲームだから仕方ねーとはいえ、入試の模擬戦シミュレートじゃ、あの子はただの一発たりとも、弾丸を外しちゃいなかった。直進しかできない弾丸も、熱源を追尾する誘導弾も。一歩も動かずに、だ。これがどういうことかわかるか? 装甲人型兵器ランド・グライドに搭載されている射撃管制装置ロックオン・システム以上の計算を、てめー自身の頭で瞬時に行って実行してるってことだ。まるで上位のメタルと同じスパコンみてえな――」

「おい、……リサを鉄屑と一緒にするなよ」


 睨み上げると、興奮した面持ちで喋っていたマサトが、あわてて言い直した。


「いやいやいやいや、怒るなよ。おれは褒めてんだ。彼女は一種の天才だって。言い方が悪かったのは謝るよ」


 リサは感情のない瞳で座席に腰を下ろしたまま、ただ無人の教壇を眺めている。


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