第三十二話 裏切り者

「おそらくは、中から幸村ゆきむらたちが看守かんしゅび寄せかぎを開けさせた。その時に看守たちは殺された。そして幸村たちは脱走だっそうしたということね」

 アズニア国王こくおうダンジオの妹、ナウロラは城兵じょうへいから報告ほうこくを受けた。横には、才蔵さいぞうが涼しい顔で立っている。

「ふむ……たった一日いちにち脱出だっしゅつするとは。かなりの使い手ですな」

 ナウロラは、意志いしの強そうな吊り目で才蔵をるとう。

「ねぇ、キリー。地下牢ちかろうに行ってみない?なんだか気になるの」

「ふむ……そうですか?国王の妹君いもうとぎみが行かれるようなところではありません。城兵たちにまかせておけばいのでは?」

「いいのよ!ついてきて!」

 ナウロラは地下牢へ向かって歩き出した。才蔵も仕方しかたなしに、それに従う。


「うん……なんだか不自然ふしぜんね。何かおかしい気がする……」

 到着とうちゃくした冷たい地下牢で、ナウロラは考え出した。

「だって看守の倒れていた場所ばしょが、不自然よ。一人ひとり椅子いすに座ったまま死んでたわけよね。もう一人が鍵を開けに行って殺された。それを見ていたならだれか呼びに行こうとするとおもうわ。でも椅子に座ったまま死んでた。なんで?」

「幸村の家臣かしん猿飛佐助さるとびさすけ一流いちりゅうの忍びと聞きます。音もなく一人を倒し、椅子に座って眠っていたもう一人を、その隙に殺害さつがいしたのではないですかね」

「あ、そうそう。それも気になるのよ。あの幸村と佐助さすけって人たち、どこかで会ったかしら?なんだか知ってるこえだったような気がしたわ」

(あ……しまった。あの酒場さかばでナウロラさまは、オヤカタ様たちとオレがはなししているのを見ていたか?)

 才蔵は思った。

 だが彼女かのじょは、意志の強そうなはっきりした目をしているが、近視気味きんしぎみで遠くがよく見えていないようだ。そのため彼女が判別はんべつしやすいように才蔵は、洒落しゃれた大きめの羽根帽子はねぼうしをかぶるようになった。だから今も声の話をしたはずだ。

(オレが話していたのが、オヤカタ様たちだとはわかっていないはずだとは思うが……ここはやり過ごすしかあるまい)

 才蔵は思うと、涼しく言う。

「さて……どうですかな。アズニア城中じょうちゅうにて、一度いちどすれ違われたはず。その時に聞かれたのですかな」

「うん……そうかな……もう少し前だったきもするけど……。それはともかく、この状況じょうきょうちょっと不自然よね。うちの城の中に、ウェダリアに内通ないつうしている裏切うらぎり者がいるの?牢屋ろうやの中の人がやったというよりは、外から誰か来てやったような気がするわ……」

 才蔵は、ヒヤリとする。

「……そうですか?ナウロラ様、考え過ぎでは?」

「そうかしら?」

 ナウロラは、才蔵の目をじっと見た。才蔵は表情ひょうじょうを変えずに言う。

「私にも真相しんそうはわかりませんが、幸村は三倍ものジュギフの魔物まものたちを倒した武人ぶじん。彼らがやったと考えるのが自然しぜんでしょう」

「……そうとは決めつけられないわ。何かわかったら私に知らせて。城内じょうないに裏切り者がいる可能性かのうせいはあると思うの」

「わかりました。すぐお知らせします。さぁ、ここは寒い。お体にさわります。もどりましょう」

 才蔵は、ナウロラを急かすと上階じょうかいへといざなった。

 その才蔵とナウロラの様子ようすを、一人の看守は見つめていた。


 夕刻ゆうこく黄昏時たそがれどきとなった。赤く染まった西の空に、天頂てんちょうからよる藍色あいいろが押し迫っていた。

 才蔵はアズニア市街しがいに出ていたが、城へと戻ってきた。城門じょうもんをくぐり城へと入ろうとしたその時、

「キリー様でございますね」

 と才蔵の背後はいごから声をかける者があった。

 振り返ると、そこには痩せたネズミのような男が一人、藍色の空を背負せおって立っていた。夜が迫り顔はよく見えない。

「君は誰か?」

「私はアズニア城の地下牢の看守をしておるマガトという者。お見知みしりおきを……」

「ほぉ、看守をされているのかね。で、私に何かご用か?」

「えぇ……折り入ってお話が。ここでは人目じんもくがありますゆえ、城の裏手うらてでお話させていただきたい」

 才蔵は、なにやら嫌なものを感じた。

「うむ、とはいえ急いでおる。またの機会きかいに」

 立ち去ろうとした才蔵の左腕さわんを、マガトは素早すばやつかんだ。

「今、お時間じかんをいただきたい。さもなくば、困ったことになりまするぞ……フフ……」

 マガトは不気味ぶきみな微笑を浮かべ言った。

「……わかった。まいろう」

 才蔵はマガトとともに城の裏手へと向かった。


 城の裏手には、武器ぶき兵糧ひょうろうなどの倉庫そうこが固められている。今は兵もウェダリアへ向けて大半たいはんが出ているので人気にんきはない。

「マガトと言ったな……貴公きこう、何の用だね?」

「いえね……私、昨日きのうね。たまたまね……あなたのことを見かけたんですよ。深夜しんやの地下牢でね……フフ……フフフ」

 不気味に笑った。

(殺るか)

 才蔵の目に冷たい殺気さっきが走る。その気配けはいをマガトは鋭く察知さっちして言う。

「おっと!待った待った!あんたの腕は昨日見させてもらった。オレはあいつらみたいになるのは御免ごめんだ。オレが死んだら、ある手紙てがみが城へ届くことになっている。その手紙にオレの見たことは全て書いた。全てな。それがナウロラさまに届いたら困るだろ?え?」

 才蔵、マガトを鋭くにらみつける。

「キリー……別に、あんたの悪いようにしようってんじゃないんだ。あんたはナウロラさまのお気に入りで、いつのまにか現れて城内で良いポジションを確保かくほしてる。オレみたいな男が真似まねできることじゃない。たいしたもんだ。尊敬そんけいしてるよ」

 マガトはニヤニヤ笑って言う。

「これはただの取引とりひきさ。あんたのために、オレは黙ってる。オレの見たものをね。でもさ、タダってわけにはいかない。あんたのためにさ、オレは黙るんだからさ。その分の代金だいきんを払ってくれれば、オレはいいんだ。どうだい?」

 マガトは、才蔵の顔を覗き込むように見た。ネズミのようだ。

かったわ……!こんなヤツに見られていたか!)

 才蔵は、昨夜さくやの深夜の看守は二人ふたりだと思い込んでいた。だがおそらくこの男、マガトは何かの理由りゆうでいなかったのだろう。マガトが戻ってきたとき、たまたま才蔵の”仕事しごと”を目撃もくげきされてしまったのだろう。

 才蔵は苦々にがにがしい顔で、懐から革袋かわぶくろを出す。

っていけ」

 マガトに渡した。マガトは中を確認かんにんする。

「お!さすが結構けっこうもってるじゃないの!ありがとよ、取引成立とりひきせいりつだな!数日分の口止め料には充分じゅうぶんだぜ!」

 マガトは言うと背中せなかを向けて歩き出した。振り返った。

「また頼むぜ、キリー」

 マガトは、にやりと笑った。

「くそ、しくじった!うかつだった!」

 才蔵は、小声こごえで怒りの呪詛じゅそいた。


その同時刻───


開門かいもん!開門!幸村だ!」

 幸村と佐助は、旧街道きゅうかいどうを夜通し駆け抜け、ウェダリアへと到着した───

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