第6章 邂逅

第1話 侵入者

 その学校は、少し変わったところに建っていた。

 一つ通りを抜けて、大通りを渡れば、住宅街と大きなショッピングセンターがある。生徒の遊び場所には困らない、教師たちにとってはやっかいな環境にある。

 しかし道のこちら側、学校周辺は田圃ばかりだ。一つ向こうは交通量の激しい大通りなのに、その辺りだけ切り離されたように、田圃と民家が点在したのどかな風景に変わる。

 舗装されたあぜ道のような道路を通って、生徒たちは学校に通う。夜が更けて学校の明かりが消えてしまえば、人の通りもなく街灯も少なく、闇に沈んでしまう。そびえる校舎が不気味な雰囲気をかもし出す、出来れば夜には近寄りたくないスポットの一つだった。

 そんな夜道を、少女はひたすら自転車で走っていた。自転車のライトを頼りに校門までたどりついてから、転げそうな勢いで飛び降りる。途端にライトが消えて真っ暗になった。

 ――この、校門。

 血だまりと、倒れていた友人たちを思い出す。怖気に体が震える。

 この門、できれば近づきたくない。嫌なことを思い出させるから。

 でも、大丈夫。みんな無事なんだから。やっぱりまだ、思い出すだけで胸がキリキリと痛むけど、今は、もっと別に考えることがある。もっと何か出来たんじゃないかと思ってしまうけれど、これからじっくり時間をかけて考えたっていい。

 でも今起きている問題は、今でなければならない。解決するのを後回しにする訳にはいかないのだから。今怖がってる場合じゃない。

 ――みんな無事だった。ひとり以外は。

 美佐子は自転車を校門のわきにとめて、震える手に息を吹きかける。それでも震えは止まらなくて、マフラーを掴んで、なんとかおさえようとした。

 校舎を見上げる。暗闇の中にそびえる大きな建物は、見慣れているはずなのに、違うものに見える。人の気配が感じられないことが恐い。暗くて不気味なことよりも、そのことの方が恐い。

 自分を励ますように「よしっ」と小さな声で気合いを入れた。閉められた門に手をかける。身長と同じくらいの高さの鉄の格子を揺さぶって、大丈夫そうなのを確認してみてから、よじのぼった。

 手をかけ、足をかけるたびに、ガチャガチャと音をたてる。宿直の人が出てきたらどうしようと、冷や冷やした。上までいくと、思い切って飛び降りる。

 ただ門を越えただけ。何メートルも移動したわけではない。なのに、なんだか違和感に襲われた。

 境界線を越えてしまったような、奇妙な感覚。寒さのせいだけではない震えが体を襲って、美佐子は立ちすくんでしまった。

 恐い。やっぱり恐い。ここに来ようと思ったときだって、家を出るときだって、やっぱり恐かった。

 ――でも。

 気合いを入れ直し、美佐子は校舎を睨みつけた。さっきの音を聞きつけて誰かが駆けてくる様子はない。とりあえず、それにほっとした。

 目的地は特にない。強いて言えばまずこの門と、屋上と――校庭、くらいだろうか。

 門には何もなかった。なかったと思う。それなら次に向かうのは、屋上だろうか。

 美佐子はもう一度、「よし」とつぶやくと、歩き出した。



 数歩進んで、明かりに気がついた。彼女のいる正門の真正面の校舎、昇降口の上の三階の廊下で明かりが灯っている。窓に人影が見えた。なんだ、人がいるんだ。――見つかったら困るのに、無条件にホッとした。

 それと同時、悲鳴が響き渡った。びくりと肩が震える。女性の声だ。――嫌なことを思い出させる。あの時は悲鳴なんか聞かなかったけれど、それでも思いだしてしまう。

 人のいる廊下で大きな光が弾けて、美佐子の目を射た。蛍光灯とは比べものにならない光りは、暗さに慣れた目に痛いほど眩しい。

 懐中電灯には見えない。それにしてとんでもない光量だった。遠くにいる美佐子が白く照らし出されるほどだ。それに電気の下で懐中電灯をつける人はあまりいないだろう。

 驚いて美佐子が動けずにいると、その光は轟音を上げて廊下を破壊する。割れたガラスをキラキラと照らし出しながら廊下を突き進み――突然ぱたりと消滅する。

 足がすくんでしまった。呆気にとられて、少女は動けない。

 なんだろう、あれは。どう見たってどう考えたって、尋常ではない。普通じゃない。

 あそこには、校舎の壁なんか簡単に壊せてしまうような『もの』がいる。それができる力があって、そんなことしても平気な危険な者がいる。

 美佐子自身それを分かっていて――むしろそれを確かめに来たようなものなのに、実際に見てしまうと、やっぱり身動きとれなくなる。恐い。

 ――でも。

 始めて見るものじゃない。『それ』を出来るのが、必ずしも『悪者』なのではないことを、知っている。

 だから。――だから。

 大きく息を吸い込んで、吐き出した。それから唾を飲み込む。

 彼女は意気を奮い起こして、再び足を踏み出した。

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