第7話 後は任せろ!


 息を切らしながら、眼前の敵を睨みつける。

 致命傷は負っていないが既に体中が擦り傷だらけで、恐怖の為か震えが止まらない。


「―――うおぉぉぉ!」


 恐怖を振り払うかのように、片手に握り締めた鉄パイプを振り上げてアルガは特攻する。兄の決死の特攻に合わせるようにして、少し離れた場所にいる弟たちは一斉に石の弾丸を発射させた。異様な雰囲気を発するフードの男に向けて。


 だが、鉄パイプはぎらりと獰猛に光る剣に弾かれ空に舞う。呆然としたアルガに重い蹴りが放たれる。小さな動物を蹴り飛ばす程度の動きだったが、十メートル近く転がっていく。

 石の弾丸は二発とも身体に命中していたが、痛みに顔をしかめることもなく、焦りをみせることもなく反応は無かった。確かに当たったはずなのにと不思議そうな顔をしたイルガとウルガを殺気を含んだ眼光で射抜く。

 二人は悲鳴を上げる暇もなく、その場に崩れるように座り込む。あまりの恐ろしさに身体が竦み、声を出すことすらかなわない。程なく二人は意識を失った。

 からん、と鉄パイプが乾いた音を鳴らして転がっていくのを、なんとか痛みに気を失わずにいたアルガは目で追いかけることしかできなかった。


「―――いやっ……離してください!」


 捉えられたユウナは悲鳴をあげる。

 

ヴァンが家を出てから程なくして、突如として現れたゴロツキ二人組に捉えられてしまったユウナ。

 獲物を奪われてこのままでは引き下がれない。そうしてゴロツキ達はヴァンたちの姿を探し回っていた。

 暴れ者たちの宴亭で食事を取っていた時間帯に、数人の住人からヴァン達の居場所を聞き出していた。無論、脅して無理やりに聞き出し、店から仲良く出てきたところを見つけそのまま後を付けていたのだ。




 ゴロツキを雇った依頼人はこの廃工場内で落ち合う約束となっていた為、嫌がるユウナを無理やり連れて歩いていた。すると、偶然近くを徘徊していたアルガ兄弟たちに見つかる。

 ゴロツキはユウナを連れて逃げた。それはアルガ達を恐れたわけではない。流石にそこらにたむろしてる悪ガキ達相手に遅れをとるようなことはない。それなら何故追い払うのではなく、逃げるのか。


 それは、手も足も出す間もなく倒されてしまった憎きスクラップボーイが、アルガ兄弟と一緒にいる所を、尾行している際に目撃していたことにある。更にあろうことか、ユウナを連れているところを見た瞬間、アルガはなりふり構わず「その汚らわしい手をユウナさんから離せ!」と襲いかかってきた。

 これはひょっとすれば、スクラップボーイがまさか近くにいるのではないか、そんな思いが頭によぎったと同時に走り出していた。情けなくも感じた二人だったが大金をもらえる依頼をこなすのがまず第一。嫌がるユウナを無理矢理肩に担いで走る。依頼人が待っているはずの廃工場に。

 そしてただ広いだけの工場とは名ばかりの空間にたどり着くと。禍々しい気を放ったフードの男が出迎えた。







「……お前たちはこんな小僧数匹相手に何もできなかったのか?」


 歴戦の戦士を思わせる風格のフードの男。微かに苛立ちと殺気のこもった低い声で後ろに立ち並ぶ二人に問う。


「い、いやぁ、違いますよ旦那! こいつらはスクラップボーイじゃない」

「そうですぜ、もっとチビで生意気な顔したガキだ」


 ゴロツキは合わせて媚びへつらう様にして笑う。


「どちらにしろ糞のような小僧には変わらないだろう……まあ、お前らに露ほど期待してはいなかったがな」

「へぇ、そりゃすんませんで」

 

 へこへこ首を上下にしきりに動かしては、へつらう。

 ユウナは必死に抵抗を試みるが、両腕を後ろにロープで縛られているため上手く動くことができない。

 ―――私のせいで、アルガさん達を危険な目にあわせてしまった。申し訳ない上に感謝の気持ちでいっぱいなのですが……何故私を助けてくれようとしてくれるのでしょうか。あんなに怪我までして、どうしてでしょう。

 疑問を浮かべている暇はない。これ以上ただ見ているだけなのは耐えられない。


「お願いします、離してください! これ以上あの人達に乱暴するのはやめてください」

「おら、あんまり動くんじゃねえよ!」


 顎に青黒い痣が浮かんでいるゴロツキの片割れは、ユウナに脚をかけて転がす。両腕を縛られバランスが不自由なユウナは抵抗もできずに地面に転がった。肩から顔にかけて地面と衝突する。砂利が素肌を引っかき、痛みに涙が滲む。


 いつのまにかフィーナから渡されたキャップはどこかへと消え、きらきらと輝く金色の髪があらわになっていた。下の街ではとても拝むことのできない美しい少女の泣き顔に、二人は眼を合わせてから下品な呼吸と共に笑い声を漏らす。いっそのことフードの男に渡すのをやめて二人で楽しんだ方が良かったのではないかと邪な思いが横切る。

 ―――その刹那。気づくと二人が並ぶ顔の横に殺気立った剣が顔を出していた。

 殺気の元凶であるフードの男は、先ほどよりも低くだが、切れ味の鋭さを感じさせる声で問う。


「依頼人には、できる限りその娘を丁重に持ち帰れと言われている。それをお前たちにも間違いなく伝えたはずだが………忘れたのか?」


 重力を操られてしまったかのように、空気が重くなったのを感じると同時に二人の顔にべっとりとした脂汗が吹きだす。あまりにも黒々とした気配で心臓を握りつぶされるのではないかと生唾をごくりと飲む。


「……これはこれは旦那ぁ、け、決して悪気があったわけじゃねえんだ。へ、へへ。その、すまね―――」


 鋭く肉を切りさく音が聞こえたと同時に、薄ら笑みを浮かべた男の顔面が宙に舞う。

 遅れてどす黒く赤い液体が噴水の如く吹き上がる。ボタボタ地面に振りそそぐ大量のそれは、オイルなどの別の液体に見えて、まさか人間の血液であるなんて信じられない。ユウナは、叫ぶでもなく、恐怖するでもなく、ゆっくりと時が流れていくその異質な光景を、ただ眺めていた。

 ―――どさっ。

 高く宙を舞い上がっていた薄ら笑みを浮かべた顔面は、ようやく地面に到着する。


「―――ひ、ひぃぃぃぃいい!」


 相棒の生首を見たゴロツキは沈黙を打ち破る金切り声をあげた。腰が抜けてしまったのかほとんど四足歩行に近い歩き方で、捉えていたユウナの事などお構いなしに逃げる。

 フードの男は、逃げていく男の方向を見ることもなく、腰に下げていた短刀を慣れた手つきで投げた。

 風を切る音が辺りに響いた後に、短刀が真っ直ぐ飛び、ストン、と男のうなじに突き刺さる。喉を貫いた為、言葉を発する事ができずに悲痛なうめき声だけが漏れてくる。


 数秒経つとその声は聞こえなくなり絶命した。数人と死体二人が転がる無駄に広い廃工場内に沈黙が訪れる。

 しばらく勢いよく吹き上がっていた死体は、いつのまにか倒れ鎮まっていた。ほぼ隣にいたユウナの身体を鮮血に赤く染めて。

 ―――一体なにが起きているのだろう。どうして私は今、ここにいるのだったか思い出せない。誰か、誰か説明してもらえないでしょうか。どうして、どうしてこんなにも景色が赤いのでしょう―――赤?


 首のない死体。血。 

 ねっとりとした人間の血。

 どす黒くて、赤い血。

 血。血。血。血。血。

 何で、どうして、誰か……誰か助けて。


「なるべく事を大きくするつもりはなかったが、ゴロツキの一人二人が街から消えた所で騒ぐ者もいないか」


 冷たく言い放つその言葉には一切の温度は含まれていなかった。


「……ユ、ユウナさんに、て、手をだすな」


 震える顎のせいで上手く喋ることのできないアルガは、懸命に身体を動かそうとするが、立ち上がるのが精一杯だった。圧倒的な恐怖の前に自分のような子供が一体何をできるというのか。何ひとつできない。前に進めと懇願するように命じても動こうとしない足が、なによりもの証拠だった。

 

「ゴミ溜めのような街で、糞のような小僧を殺しても問題ないと思うが……依頼に従うか」


 アルガのことを無視すると、どこを見るでもなく呆然とした少女にゆっくりと近づいていく。まだ意識のはっきりしない夢うつつなユウナは、近づいてくる足音にすら気づくことはない。

 

「……頼む、動いてくれよ、俺の足」


 大人と殴り合いの喧嘩をしてる時も、生意気なスクラップボーイにちょっかいを出している時もこんな風にはならなかった。まるで他人の身体に変わってしまったかのように、ただ震えが止まらない。

  

「くそ、こんな時に何してやがる。最高の冒険者になるってあれだけほざいていただろう………ヴァンのバカ野郎――――」

「呼んだか?」


 すぐ隣で声がした。

 そこには身体に似合わない大きさの錆びた長剣を背中にくくりつけている、銀髪の少年が立っていた。 

 

「え……―――ヴァン!」

「ん、アルガって俺の名前知ってたのか?」

「う、うるせえ! お前は遅すぎんだよスクラップボーイ!」


 状況に相応しくないとぼけた表情に苛立ちを覚えたアルガだったが、いつの間にか震えは止まっていた。


「ここまでありがとな! ―――後は任せろ」


 あまりにもいつも通りのヴァンを見て拍子抜けしてしまったのか、体の緊張がゆっくりと解けていく。―――この状況でもお前はそんな顔をするのか。アルガは驚愕を感じながらも改めて思う。ギラギラと激しい炎が灯るその眼は、いつも通りの輝きだった。


「ふん、気をつけろスクラップボーイ。あいつただのゴロツキじゃねえ」


 フードの男はユウナから眼を逸らし、いつの間にか増えた気配に眼を向ける。


「スクラップボーイ? ………糞のような小僧が一匹増えたのか」


 今やぴくりとも動かない死体となった二人組が言っていた〈スクラップボーイ〉という少年。

 どこから見てもただの年端もいかない小僧にしか見えないが、恐怖でもなく絶望でもない、その眼の色が気に食わない。


「死にたがりの馬鹿なのか、それとも気が触れた小僧か……どちらにせよ、向かってくるなら殺すだけだ」


 ヴァンに向かって真っ直ぐ見据える。それと合わせてとびきり極上の殺気を。

 ゆっくりと歩を進めるヴァンだったが、見えない重圧がまとわり付く。真っ直ぐ届いてくる殺気に、心臓が高鳴っていくのを抑えることができなかった。


 アルガの言うとおりただのゴロツキじゃない。荒れ果てた北のスラムにもこんな強いやつはいない。きっと街の外から来たに違いない。

ぴりぴりと空間が張り詰める感覚。こんなにも背筋が寒くなったのは―――あの時に似ている。


 興味心からトールの言いつけを破り街から遠く離れた深森まで探索しにいった時、初めてやつの眼を見たときと同じ殺気を感じる。狼の三倍はある身体に、赤くぼんやりと光る眼。あごの下まで伸びた巨大な犬歯。

 ―――フードの男が放つ殺気は〈魔獣〉のそれと似ていた。殺してやるという明確な欲望。純粋な殺意。

 改めて周りを確認すると、ヴァンの眼に映るのは少しだけ見覚えのある二人の死体に、沢山の血を浴びて俯いたまま震えているユウナ。


「なあ、おっさん」

「……俺のことか?」

「ああ、そうだ。ユウナは無事なのか?」

「無事かどうかは知らないが、死んではいない。そうなれば俺も少々困るのでな」

「そっか……おっさん、自分の仲間殺したのか?」

「仲間……ふん、そこに転がるゴミの事か?」


 声色は常に冷たい。言葉には慈悲を存在させない。


「仲間など言語道断。依頼を円滑にこなす為に、ただ小銭を適当にぶら下げて使ってやっただけの話だ……まあ、一切使い物ににはならなかったがな」


 無感情に無感動に、善と悪の境界線など元より無かったと言わんばかりの言葉は、何も無い空間に嫌に響いた。


「ふーん、そうか。おっさん、むかつく奴だな」

「……ほう、むかつくか。だからどうした?」

「むかつく奴はぶん殴ってすっきりする。そう決まってんだろ!」


 ヴァンは構えもなく疾走していく。一切の制止を考えない突進。想像以上の速度に距離が一瞬で詰められるが、幾戦もの戦いの記憶が反射的に身体を動かす。


「ただの死にたがりだったようだな」


 間合いに入ったと同時、真一文字に片刃の剣を振り抜く。大木でも鋭利に斬れてしまいそうな太刀筋。間違いなく肉の感触が手に残ると思っていたが、すんでの所でヴァンは飛び上がりそのままの反動で顔を蹴り上げる。

 だが、蹴りもギリギリのところで躱される。そのままフードの男の上空を通り過ぎようとしたが、一瞬の隙を見逃してはくれない。

 頭上に通り過ぎようとするヴァンの足首を掴んで即座に地面へと叩きつける。

 

「うぉっとと、あぶねぇ!」


 地面すれすれの瞬間にくるりと身体を回転させ、両手足の着地で衝撃を和らげる。

 ヴァンも今の蹴りを避けられるとは思っていなかった。ましてや躱され際に上空で足を掴まれ投げられるなんてことは今まで一度もなかった。

 冷や汗が頬に垂れるのを感じてから、不思議と溢れる高揚感に笑みが溢れる。


「今のを躱すか……なら次はこちらから行こう」

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