本日はお日柄も良く、君に会いに行きます。

@chicashi

第1話 七月は七夕少女

年も明け、昨夜降った雪が辺りに見える中、僕は山を登っていた。

雪が降った為、いつもより早く出た。つもりだったが、どうやら考えることはみんなも同じらしい。周りにも僕と同じ制服を着た高校生が、せっせと山道を登っている。

「うぉおおおおお、ななみーんっ!」

唸るような足音と共に、叫び声が聞こえてきた。その聞き覚えのある声に、後ろを振り向こうと名前を呼ばれた頃には手遅れだった。

後ろから抱きつかれた僕は、雪で滑らないようにしっかりと両足でそれを支えた。

「おはようおはようおはようおはようおはよーう!」

と、僕に抱きついたままのそれ。が顔を何回も擦りつけながら、何度もおはようと連呼する。

「やめろよタクちゃん。今日は雪道だから危ないよ」

僕は抱きついている体を手で押しのけながら言った。

タクちゃんは華奢とまでは言えないが、男の子としては全くゴツゴツしていないため、体を引き剥がすのは容易なはずなのだが......どうやら問題は本人の性格の方らしい。

「そうだね! 雪道でななみんが転ばないように僕がななみんを支えてあげるよ! だから腕組みして歩こう! 腕組んでいいよななみん!」

そう言うと彼は、再び僕の左腕に抱きついてきた。自分の方から腕を組んできているではないか......。

僕は内心ため息をつきながら、こぶしを振り上げながら言った。

「いい加減にしろ」

左腕に巻きついている頭部めがけて振り下ろす。

「いったーい! でも、むしろご褒美です! はい!」

「......気持ち悪い」

僕は蔑みの視線を送り、そそくさとその場から立ち去った。

「待ってよななちゃん!」

後ろから聞こえてくる声に、見向きもせずに歩きながら僕は言う。

「だからその呼び方やめてって言ってるでしょ。普通に暁月でいいから」

そう言うと、少し息を切らしながら、僕の横に並ぶタクちゃんが顔を覗かせながら言う。(どうやら今度は抱きついてこないらしい)

「え〜〜、いいじゃん。だって幼稚園からこの呼び方だよ? 12年間一緒の幼馴染の恋人が苗字で呼ぶっておかしいよ!」

「おかしいのはお前の頭だ、そもそも恋人じゃないし、先に言っておくけど恋人になんかならないから」

平手チョップをタクちゃんの頭の上に軽くかましながら僕は言った。

先ほど、タクちゃんが言ったように、僕とタクちゃんは幼稚園からの幼馴染で、そのまま高校までも一緒になってしまったとゆうわけだ。

平手チョップを受けたタクちゃんは少し考えて、うつむきながら口を開いた。

「そっか。そうだよね。ななちゃんももう高校生だもんね。わかったよ。僕もいつまでも子供のまんまじゃいけないよね」

そう言うと前を見つめながら、密かに僕の左手を握りながらタクちゃんは言う。

「結婚......しよっか」

僕は右拳を先ほどまでとは違う威力でタクちゃんの頭に振り下ろした。

「いったーい! でも、むしろご褒美です! はい!」

拳の痛みとデジャブ感に襲われたが、タクちゃんを放ったままにしながら、僕は再び山道を歩き出した。このままでは遅刻してしまう。

こんなやりとりを毎朝繰り返しながら今日もいつもと同じように、学校までの道のりをタクちゃんと共に歩いた。

僕らの通う夕波高校は、他校にとっては珍しい、山の上にある高校だ。

山にある。とゆうだけで、なんだかアニメや漫画、ドラマみたいな話だと思う。

実際のところ、そんな山の上にある高校とゆうだけで、憧れて入学した人もいるだろう。他校の生徒からしても羨ましい限りらしい。

だが、実際は何かと不便だ。主に通学の面で、バス通学ではない者たちにとって、徒歩通学は中々骨が折れる。忘れ物をしても中々取りに帰れない。など、夕波高校通う生徒たちにとってはいくつも不満があるものだ。

僕は山にあるとゆう以外、特に代わり映えのしないこの高校は、不便こそあるものの思いのほか満足しているのだ。

「ねぇ、ななちゃん。あの子またいるよ」

正門を潜り抜け、靴箱のある正面玄関に入る手前で、タクちゃんが足を止めた。

「いっつも一人だよね。ななちゃん、なにか話しかけてあげたら?」

まだ咲くはずのない木の下で、一人まるでそこに花が咲いているかのように、木を見上げている少女を見て、タクちゃんは言った。

「いつも言ってるけど、そうゆうタクちゃんが声をかけてあげなよ。僕は別にいいよ」

胸にチクリと刺さる痛みを無視し、僕は靴箱に向かった。

「こっちこそ、いつも言ってるけど! ななちゃんの方が絶対いいと思うんだって!」

隣り合わせの靴箱から、遅れてタクちゃんは、靴を取り出す。先に靴を履き替えた僕は、タクちゃんを置いて、教室へと向かう。

「ちょっと、ななちゃん!」

すかさずついてくるタクちゃんに、僕は言う。

「僕よりタクちゃんの方が話しやすいし、愛想いいし、なにより話も面白い。だから、タクちゃんが声をかけるべきだよ......僕なんか」

「な〜な〜ちゃーん」

僕なんかより。その言葉を遮るように、タクちゃんがにっこりと僕の顔を覗き込む。目が笑ってない......。

「ごめん。つい......でも、ほんとに僕は言いから。それじゃ」

僕はタクちゃんのクラスを通り過ぎて、隣のクラスの教室へ入った。

「ななちゃん!」

後ろから、タクちゃんの声が聞こえたのに、僕は無視した。

クラスメイトと朝の挨拶を交わして、窓側の席に着く。暁月七美、あかつきとゆう苗字のおかげで、ほとんどの場合が、出席番号一番だ。そして、クラス替え当初は、いつも教室から入ってすぐの席になる。

席替えをして手に入れた。窓際一番後ろの左角。恐らく誰もが欲しい席ではないだろうか? 僕だけだとしてもこの席は、やっぱり良いものだな。と思う。

僕は誰とも関わらないように、外の景色を眺めた。この学校から見下ろす景色は、多分いつ見ても、絶景なんだろうなと思う。今はところどころ白い冬景色だけど、遠くの方ではまだ、雪が降っているのかもしれない。想像するだけで、つい目を奪われてしまう。

「おはよー、今日めっちゃ寒くない? 来る時凍えるかと思ったよ〜」

「はよー、だよね〜もうほんっと寒すぎ、帰りた〜い」

隣の席に座っていた、女生徒に、前の席の女子が朝の挨拶を交わす。

はぁ、と僕は短く息を吐き、少し心を引き締める。

「あみ見た? あの子今日もなんかしてたよ」

今にも笑いそうに、少し震えたような声で僕の斜め前の席の女子が言う。

「あーね。ほんとにやばいよね、あの子」

明らかに笑いが含まれたその言葉は、だんだんと笑いが大きくなる様子だ。

「友達が近くを通ったらしいんだけど、なんか、七月は七夕。って何回も呟いてたらしいよ」

「なにそれ。七月は七夕って、それ当たり前じゃん」

「だよねー」

あはははっ。きもっ。隣から聞こえてくる嗤い声に、僕は悲しくなって、つい身体に力が入ってしまう。

毎日同じような会話をして、楽しいのだろうか。毎日同じような会話を聞いても、どうやらこの痛みには中々慣れないらしい。

チャイムが鳴る。まだ校舎に入ってない生徒が一斉に走り出す。

ふと、桜の木の方を見ると、その少女も走ってこちらに向かってくる。

見るからに遅い気がする。このままだと遅刻になりそうだった。

まぁでも、そこらへんは拓美が先生に言ってくれるだろう。そう思った僕は黒板に体を向けた。

七月は七夕......か。あはははっ!と、いつかの彼女の笑う顔が目に浮かぶ。

一度も話したことも、声をあげて笑った顔も、聞いたことも見たこともないはずの彼女の顔が。

締め付けられる胸を抑えて、僕は、深呼吸をした。

今日も長い一日が始まる。

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