晴と晴れ

ゆりん

第1話 晴樹

「歩きながら読むな 前見ろ 」

本を取り上げられながら

伊織は虚ろな顔で笑った

「…おはよー」

昨日はSFファンタジーだった

今日は…何だこれ?

量子力学?

小説?

ノンフィクションか

「…昨日の

もう読んだのかよ」

「ん〜

…字 大っきかったから」

「また寝てないだろ」

「…寝たよ〜」

「頭ん中寝てんだよ

真っ直ぐ歩け」

取り上げた本で

取り敢えず

頭を小突いといた

「ん〜」

2年になって伊織とはクラスが離れた

教室も3階と2階になった

「今日も図書室寄って帰んのか?」

「ん〜」

「じゃあ図書室行くから待っとけ」

「…清ちゃんのお迎えは?」

「金曜は小春の日」

「そっかぁ

じゃあ帰り晴樹んちで

清ちゃんと小春ちゃんと

遊ぼうかなぁ」

「いいけど

お前テスト前に余裕な」

「土日あるし」

その土日に

また しこたま本読むクセに



「何々?また伊織の本取り上げてんの?」

ガシッと肩を組んできたのは

伊織と同じクラスになった亮介だった

「亮介ウザい離れろ」

「なんだよ〜

晴樹だけクラスが離れて

寂しいんだろ〜仲良くしよーぜ」

「はいはい俺こっちだから

伊織をちゃんと連れてけ」

取り上げた本を伊織の手に戻す

何だかイラっとした

…こいつはいつから

こんなどこを見てるかわからない

うすらボンヤリした顔で

笑うようになったんだっけ



原因はなんとなく分かる

この春オニーチャンが就職して

一人暮らしを始めた

伊織の家は小3の時に母親が再婚した

ワーカーホリック気味な両親よりも

世話焼きの新しい兄ベッタリになった伊織は

兄が家を出ると

寝る事も食べる事も後回しにして

本に没頭した

読む物が無くなったら

教科書でも新聞でも

活字だったら何でも読む

テストの点数だけは

どんどん上がっていくから

腹がたつ

頭は良いし 顔は良いし

2年になって女子共が騒ぎだした

伊織くん大人っぽくなったって何だよっ

下駄箱にラブレターとか

体育館裏で告白とか

ベタな告白は一通り経験したらしい

伊織は興味が無いかの様に話題にも上がらない

その代わり亮介が逐一報告してくるのが

腹が立つ

何ぼーっとしてモテてんだよっ

新学期が始まって1ヶ月

俺は腹がたつ事だらけだった



通りがかりついでに教室を覗くと

いつも伊織は 本を読んでるか寝てるか…

休み時間ごとにバカやってた

去年とは正反対

最初は取り付くしまが無いとボヤいていた亮介も

伊織のボンヤリに呆れ顔で

シカタナイやつだなぁと額を突いて許すのだった

亮介の距離感はいつも心地いい

亮介の周りには男女問わず人が寄ってくる

「亮介く〜ん今日もカワイイね」

「お前バカにしてるだろ」

「してないよ〜被害妄想〜」

「バーカ…あっ晴樹」

机にもたれてた亮介がパタパタとやって来る

「どうした?伊織?」

「んや…移動教室」

「音楽かー寝れるな」

「うるさい じゃーな」

「んー」

パタパタと亮介の足音が響く



「伊織 もう借りたか?」

「ん〜」

借りたばかりであろう本を眺めたまま

頭をもたげる

「じゃあ行こうぜ」

「ん〜」

ノロノロと本を鞄に詰め始める

「…今日うちのクラス来た?」

「ちげーよ 通りかかっただけ」

「そっか〜亮介が何か言ってたから」

「音楽」

「あ〜」

伊織の鞄から振動音が聞こえる

「電話?」

「ん〜ちょっと待ってて〜」

携帯を掴むと廊下に向かう

伊織の鞄を掴むと 後に続き廊下に出た

「もしもし〜

まだ学校〜

えっ⁈ 聞いてない

まだいるの? なんだよそれ

次いつ来るの? は〜⁈ なんだよそれ」

久々に切れてる伊織を見た

ぼーっとしてない伊織

…あぁ兄ちゃんと会えなかったのか

「晴んち寄って帰るから」

言い捨てて電話を切った怒り沸騰中の伊織

目掛けて 鞄を放った

「荷物それだけか〜?」

ギロッとした目が俺を見たが

伊織は無言で鞄を拾った

「いこう」

小さな声は掠れていた


「やっぱり帰る」

無言で歩いていた伊織はそう言うと

バス停のある方に曲がった

朝よりフラフラしている

足で引っ掛けようとしたが

伊織は上手くかわした

「何?」

目だけでギロリと睨んでくる

「大丈夫かと思って」

「大丈夫だけど?」

伊織がイライラしてる

「送る」

「はっ⁈」

「家まで」

「ばっバカ?家反対だろ!」

「いいだろ暇だし」

「1人で帰れる」

「亮さん忙しいの?」

考えるより前に口から出た

この間自分から聞くのは止めようと

決めたばかりなのに

みぞおちの辺りのドンヨリとした

暗い重さを吐き出すように

口から出てしまった

「…」

「…」

「…」

「…」

「…みたいだね」

「…」

はぁっ

と大きなため息をつく伊織は

じっと地面を見てた

「何か今日帰ってきてたっぽい

仕事で

保険の話で

それですぐまた戻ったって 」

「そっか

会えなくて残念だったな」

「べっ 別に残念とか…」

「あるある 伊織

兄ちゃん大好きだもんなぁ」

「何だよそれ」

ひょろひょろ背の高い伊織が

子供に見える

「清人みたいだなぁ

可愛い可愛い」

4歳児にする勢いで

頭をガシガシ撫でてやる

「晴樹…ウザい」

「はいはい バス来たぜ」

「本当に大丈夫」

「うるさい 早く」

「…やっぱり晴樹んち行く」

「…何だよバス乗るの久々なのに」

「いいから」

ブツクサ文句を言ってみるが

伊織は構わず俺の手を引っ張り歩き続ける

「だって小春ちゃんがお迎えの日

晴樹が帰ってくるまで大変って

小春ちゃんが言ってた」

「はぁ〜」

「どうしてお迎えが晴樹じゃないのか

清ちゃんが聞いてくるんだって

ずーーーっと」

「金曜日だからだろ」

「説明してもダメだって

晴ちゃんが良かった

晴ちゃんが良かった

ってずっと言ってるんだって

清ちゃんはお兄ちゃんが大好きだね」

「お前と一緒な」

「…」



ぼんやりと前を見て歩いていた伊織が

公園に差し掛かると はっきり言った

「ちょっと電話かけていい?」

「どーぞ」

伊織の手がスルリと離れた

汗ばんだ手をギュッと握り

遠巻きに電話をかけている伊織を見る

住宅街に作られた小さな公園には

木のテーブルとベンチしか無かった

この公園の前を通ると

ピンク色の象の滑り台が思い浮かぶ

清人が すべりだいあるかな?

といつも覗くのだ

ピンクがいいだの

象がいいだの言いながら

あれだな…イヌ…尻尾振って…

目ぇキラキラさせながら寄ってくる

亮さんの話をする伊織はいつもそうだった

そういえば亮さんと電話をする伊織を

見るのは初めてだな

1年の頃 亮さんのいる日は すっ飛んで帰ってた

「お待たせー」

「んっ」

あれだな…パワー注入…何日持つんかな

目はキラキラなのに

足取りは変わらずにフラフラだ







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