失われたライムタルトを求めて(2)

「センー、バッテリーが足りないー」

「センー、二十五番のダイオードが切れたー」

「センー、刃を替えてよー」

「はいはい、えーとみんないっぺんにいわれちゃわからないよ。もう一度順番に」

「えー、並列処理しなよー」

「しなよー」

「人間だからできないのー?」

「できないねー」

「かわいそー」


 現在のセンの役職はシュレッダーマネージャーである。つい二ヶ月前にシュレッダー免許一級を取ったので、シュレッダー副マネージャーから昇格したのだ。

 シュレッダーマネージャーの主な仕事内容は、書類をシュレッダーにかけることである。そう説明するとたいていの人はプラスマイナスで言うとマイナスのほうの表情を浮かべるのだが、セン自身はこの仕事はなかなか重要なものであると思っていた。処理しなければいけない書類は山のようにあるし、時折絶対に処分してはいけない書類が5年前のダイレクトメールの束の中に混じっていることもあるから危険察知能力は必須だし、シュレッダーロボットたちは基本的にセンを小馬鹿にしているくせにすぐにめそめそと泣き出したりけんかをしはじめたり人生の意味を考えだしたり心因性の発作を起こしたりするので、それらのメンタルケアもしなければいけない。それに紙くずはどんどん溜まっていくので、少しさぼっていると紙くずが自重でブラックホールをつくりはじめる。だからシュレッダーマネージャーの仕事は重要なものだと新入社員研修では教えられたし、センもそう信じていた。シュレッダーマネージャーとしてのキャリアを積もうと、ロボットカウンセリングの通信講座を始めたほどだ。もしかするとこのシュレッダーマネージャーという役職は、万が一のとき――絶対に無くしてはいけない書類を間違ってシュレッダーにかけてしまったとき――にその責任をかぶせるためだけにあるのではないかという疑問は心の奥底へしまって厳重に鍵をかけておいた(ただし、この推測は百パーセント正しかった)。


 シュレッダーマネージャーとしての朝一の仕事(シュレッダーロボットたちの訴えをいいかげんにあしらい、彼らを社内のありとあらゆる部署へ送り出す)にはたいてい三十分はかかる。彼らはその日一日それぞれの持ち場でひたすら書類をきざみ、終業時刻になるとまたこの第四書類室へ戻ってくる。彼らはごみ捨て場に紙くずを捨ててくるので、戻ってきたシュレッダーロボットたちをからぶきし、報告書を書いてから帰路につく。これがセンの日常である。第四書類室は他に社員はいない。このようにシュレッダーマネージャーの日常は無為単調きわまりないが、ごくたまにこれに刺激が加わることもある。今日はそういうたまにある日で、何かというと新しいシュレッダーロボットが届いたのだった。


 いつものようにロボットたちを持ち場へ送り出した後、センは一台のロボットを箱から取り出した。この前五号棟の二十六階トイレ前を持ち場にしていたシュレッダーロボットがこわれたので、そのかわりが届いたのだ。センが両手で抱えられるくらいの大きさで、全体が丸まっこく、白地に紺色のラインが入っている。箱には「TY-ROU」と型番が印刷されていた。第四書類室の標準的なシュレッダーロボットより廉価なモデルで、そのぶん機能も削られている。例えば紙くずがたまったときの自動排出機能がないし、書類の復元機能や、コーヒー焙煎機能、雑巾かけ機能は制限されていて、付属品のバーベキューセットもトングしか付いていない。処理性能もあまりよくない。


 しかしそこがセンの狙いで、わざと頭のよくないロボットを購入申請したのだった。なぜかといえば、今あるシュレッダーロボットたちはあまりセンを重要視していない。というよりむしろ小馬鹿にしている様子がみられる。いくらセンとはいえ、ロボットにまで侮られるのは面白くない。そこで、より御しやすそうな機種を買うことにしたのだった。


 ロボットを取り出した後、セットアップを付属の取り扱い説明書通りに行い――と簡単に言ったが、この取り扱い説明書を読むというのは取扱説明書判読士という資格が必要なほどの難事業である。何しろ銀河じゅうのありとあらゆる言語(文字化ができるものに限る)によって記述されているため、自分が読める言語で書かれているセクションを見つけるのにはギャラクティカジャンボくじの一等に当たるくらいの運が必要となる。また運良く(言うまでもなく、こんなことに運を使うくらいならギャラクティカジャンボくじを買ったほうが有益なのだが、それはともかくとして)自分の読める箇所を見つけ出しても、次には死ぬほど長い注意書きを読み飛ばさなければいけない。「機体には水をかけないでください」「機体にはソーダをかけないでください」「機体には醤油をかけないでください」「機体にはマヨネーズをかけないでください」「機体には鎔鉄をかけないでください」という調子で続くおよそ考えつく限りの文句がならべてあるので、取扱説明書のページ数は可算無限数となっている。そのため、取扱説明書を扱う時にはこつが必要になる。


一、ページ数について深く考えないこと。無限やら集合やらについて考え出すと、間もなく取扱説明書が論理に負けて辺りを巻き込み消滅してしまうからである。


二、自分の読みたいところを見つけるには、一旦上に放り投げて床にぶつかり偶然開いたところを読むようにすること。何しろページ数が可算無限数にのぼるので、一ページ目からはじめて目的のページに達するまでには論理的にいえば無限秒がかかってしまう。なのでこの乱数的選択法というやり方が一番理にかなっているということになっているし、実際にそうなのである。


三、不運にも目的のページが見つからなかった場合は、とりあえずロボットの出っ張ってる部分かへこんでいる部分を押してみること。たいてい何かが起きる。もしそれが致命的なボタンだった場合は、指紋をぬぐうのを忘れないこと。  


 上記を踏まえつつ、今回センが採用した方法は三番にあたっていた(乱数的選択法はうまく機能せず、ナルハラ語で付属のトングにこびりついたこげを落とす方法を解説したページにあたった)。とりあえずTY-ROUのボタンをぽちぽちと押してみると、運がよいことに電源が入った。緑色や紫色に光った後、TY-ROUはたどたどしくしゃべりはじめた。


「こんにちは、ぼくはTY-ROUです。紙をこなごなにくだくのが仕事です。みなさんどうぞよろしく」

「よしよし。TY-ROU、私はセン・ペル、君たちシュレッダーロボットの管理者です。さて、君にはいくつかのルールを……」

「こんにちは、ぼくはTY-ROUです。紙をこなごなにくだくのが仕事です。みなさんどうぞよろしく」

「それはわかったよ。さて、君に教えなきゃいけないのは……」

「こんにちは、ぼくはTY-ROUです。紙をこなごなにくだくのが仕事です。みなさんどうぞよろしく」  


 センはちょっと黙った。


「こんにちは、ぼくはTY-ROUです。紙をこなごなにくだくのが仕事です。みなさんどうぞよろしく」  


 センはTY-ROUのボタンを手当たり次第あちこち押した。


「こんにちは、ぼくはTY-ROUです。紙をこなごなにくだくのが仕事ですが、今自爆ボタンが押されました。本当に爆発してもよいですか?」  


 センはポケットからハンカチを取り出し、TY-ROUについている指紋をぬぐい取った。それから「だめだめだめだめ」と命令、もしくは懇願した。


「わかりました。爆発するのはやめにします。では代わりに紙をこなごなにくだきたいのですが、どうすればよいでしょうか?」

「えーと。五号棟の二十六階トイレ前に行ってくれるかな。多分こなごなにくだかなきゃいけない紙がたまってるはずだから」

「わかりました。では行ってきます」  


 TY-ROUはころころと転がりながらエレベーターへ向かっていった。センはそれを見送りながら、どうも今回もうまくいかなかった気がするのは自分の気のせいだと思い込もうとしていた。

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