アイスを離さないで

アイスを離さないで (1)

 メロンスター社の昼休み。センは社内のカフェテリアにやってきていた。日替わりのランチをペッパー、岩石、ウラン抜きで頼み、非可燃性のコーヒーをついで窓際の席に座る。


 カフェテリアではモニターでニュースを流している。センはそれを見ながらリゾットをつついていた。


「次の特集です。劣悪な労働環境や違法な過重労働、コンプライアンス違反など、労働者の不利益となる働き方を強要する企業を『ダークマター企業』として問題視する動きが広がっています。現場を取材しました」


 アナウンサーの声の次に映しだされた映像は、モザイクはかけてあるがどうみてもメロンスター社の外観だった。センはスプーンを動かす手を止めて映像に見入った。


「このM社では、社内での事故が多発しています。先日納豆巻き製造工場で発生したロボットの暴走により、製造ラインで勤務していたAさんは海苔巻きの具として巻き込まれてしまいました。最終的にAさんは自分で海苔を食い破って脱出しましたが、身体全体が納豆と酢飯でベトベトとなってしまいました」


 もっと取り上げるべき事故――通信機器の接続ミスで宇宙の果ての戦闘的な種族におそろしく侮辱的な言葉を送ってしまったとか、採掘場でうっかりとマントルまで達してしまいあたりのあらゆるものがどろどろになって取り込まれてしまったとか――があるだろうにと思いながらセンはモニターを見ていた。


「この事故について――」


 と、ぱっとモニターが切り替わり、ニュースが中断されてしまった。後には『今日の鉱物~珪灰石~』という番組が映しだされた。


(誰かが内容に気づいて切り替えたのかな?)


 岩石の表面構造を延々と写しているモニターを見ながら、センは残りのランチをもそもそと食べた。


 このときセンは知らないことだったが、その頃メロンスター社バファロール星支社の総務部では『労働環境向上キャンペーン』が実行されていた。各方面から届くメロンスター社への批判のために、メッセージ処理AIが批判メッセージのほうを通常のメッセージとして扱い、それ以外をスパムとして勝手に削除してしまうようになったため、このようなキャンペーンが企画されたのだった。まるで砂漠の中で一杯のバケツの水をまくようなキャンペーンだったが、しかしまじめな総務部所属の社員たちは、あくまでもまじめにキャンペーンを実行しようとしていた。



「社員健康増進プロジェクト?」


 第四書類室に戻ったセンのところに、総務部のロボットがやってきてチラシを渡した。


「そうです。具体的に言うと、カフェテリアのメニューをより健康的にすることと、社員にスポーツジムの使用を促すこと、それと通勤時にワープの使用を控えさせることですね」

「通勤の時にワープが使えるの!?」センは耳寄りな情報に身を乗り出した。

「部長以上の役職についていれば。でも、なるべく使わないようにしてもらいます。ワープばかり使っていると足腰が弱くなりますし、それに健康上の懸念もあります。骨が弱くなるんだそうで」

「ふうん……」センはがっかりして自分の社員証を見返した。間違って部長のマークがついていないかと考えのたが、そううまくはいかないようだ。

「カフェテリアについては今検討中ですが、スポーツジムはもう使えるようになっています。ぜひ利用して健康になってください。ところで飴はいかがですか」


 総務部のロボットは普段総務部で勤務しているため、学習データが総務部での業務上のものに偏っている。そのため人に飴をすすめたりクリップを探したり綺麗に紙を折るのが好きなのだ。

 もらったイチゴ味の飴をなめながら、センはチラシを見返した。

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