Shade of Beautiful(シェイド・オブ・ビューティフル)

なみかわ

6:50PM、京都駅

改札を通って、すぐ右手のエスカレーターには乗らない。疲れきった同類にまぎれたくなかったから、そして カフェオレの缶を買うからだ。


京都駅の0番ホームは、特急くらいしか来ないから、自販機までにすれちがう人も旅行客か出張風の姿が多い。少し歩けば喫煙コーナーがあって、やにくさい人も混ざっている。

手前の方は二、三人が寄ってたかってどれにするか決めていたので、ひとつ向こう側に回ることにした。


用意していた120円を入れて、茶色の缶のボタンに触れようとしたら――ばたばたばたと右側から女性が走ってきた。


「ロイヤルミルクティで!」


「――はい?」


たしかにその女声じょせいは、ふたつ左にある青白い缶の名を告げた。勢いでそっちを押してしまう。ガタンとこぼれた音をきいて、「ありがとう」とほほえみかけてきたのは、庶務の泉水いずみさんだった。


「よく僕だってわかりましたね」

「スーツの色。事務所で見慣れてないし、それにその細いメガネと」


すごい観察眼、と言いかけたが、さっと小さなポーチを出して振られた。

「タバコ吸うからいつもここに来るんですよ。昨日かおとといくらいから見つけてました」

――なるほど。


「ありがとう」

僕は泉水さんから200円を受けとった。おつり、と思ってあわてて財布を出したら、泉水さんは自販機を指さした。

「カフェオレ、買わないんですか?」



「もうちょっと暗くなったら、そこの黒いところに、蛍光灯が写りこむんですよ」


泉水さんに着いて喫煙コーナーの方まで歩いてみた。0番ホームは日本で一番長いとかいう話はどこかできいていたが、今までここから電車に乗ったこともなくて、あらためて奥まで歩いてみてその長さに気づいた。黒い石造りのホームがせり出していて、ちょっと高級な感じがした。


後ろを向くと、ホームの時計は6時50分をさしていた。まだ空は明るく、ホームの屋根や陸橋によってコの字型に切り取られていた。二つほど向こうのホームには銀色の新快速が入って来るところだった。

「あっという間に日が短くなってきそうっすね」

「そうねえ……この前までまだ半袖着てたんですけど」


それから少し、僕は泉水さんと会社のことを話した。中途で入って来た僕に泉水さんはわかりやすく事務所にいる上司のことを教えてくれた。


昼間はほとんど話さなかったけど、帰りに時間が合いそうならメールで待ち合わせることも何度かあった。

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