【008】「お前に気に入られるとは、同情するよ」

「んっ……はぁん……」


 淫靡いんびな水音に交じり、肉と肉がぶつかり合う乾いた音が響く。

 灯りは無い。

 暗い部屋の中で揺れる蝋燭の炎がまぐあう2人の体を赤く照らし出す。

 片方はまだ年端もいかない黒髪の少年だ。顔立ちは幼く、白く丸みを帯びたその身体は女子と見間違えても無理はない。粗末なベッドに押し倒され、頬を紅潮こうちょうさせている。息を荒げながら、瞳を涙で潤ませる姿は覆いかぶさる女の嗜虐心しぎゃくしんを大いにそそらせた。

 少年に跨り、腰を揺らすのは長髪の女。くすんだ金髪が汗で女の白い尻に張り付いている。

 顔立ちは美しい。しかし少年を見下ろす目は熱に浮かされたように揺れ、隠す気のない愉悦の色が見て取れた。


「ボク……もう、無理……!」

「あンっ……ダメよ、私がまだ果ててないわ」

「そん、なぁ……!」


 女の動きはどんどん激しくなっていく。動きに合わせ、寝具が揺れてギシギシと悲鳴をあげた。

 それに合わせ、少年の嬌声きょうせいが漏れる。劣情れつじょうもよおす可愛らしい声だ。まだ男の硬質さを帯びていない天使のような声。それは丹念になぶられる生け贄の供物くもつを思わせる。捧げられる上等な子羊だ。

 それを女は隅々すみずみまで味わい、むさぼる。

 そこに互いを思い合う愛は感じられない。あるのは食欲と同じ快楽を求める獣のような肉欲だけだ。愛を確かめ感じる為の行為ではない。単純に行為そのものを求めて、互いを求め合う。

 そして少年の絞り出すような絶叫が響き、一際大きく腰を震わせた。

 女は下腹部に溜まる熱を感じ、ぞくりと背筋を震わせ、その身をよじる。なまめかしい声が唇からこぼれ、女の身体から力が抜け、少年の上に倒れた。


「もう……まだいいって言ってないわよ?」


 未だに痙攣の余韻よいん揺蕩たゆたう少年の耳元で女は囁いた。真っ赤な舌がちろりと伸び、少年の丸い耳の上を這い回る。

 舌先が耳をくすぐる度に震える少年の反応を楽しみながら、女は少年の『言い訳』を待った。


「ご、ごめんなさい……でも」

「『でも』?」


 荒い息を整えながら、少年は生娘きむすめのように恥らいながら消え入るような声で答える。


「ユーズさんの……中が気持ち良くって……」


 女―― ユーズはそれを聞き、満足げな笑みを浮かべた。

 ユーズは淫乱である。性交の快楽を人生の楽しみの1つだと確信していた。こんなにも気持ち良いのだ。貞操観などで我慢するのは愚かだと考えていた。少し股を開けば、甘美な快楽がそこにあるのになぜそれを求めずにいられるのか、不思議にさえ思う。


「ふふ、カワイイ子ね」


 ユーズは少年と唇を重ねる。舌を挿入すれば、少年は驚いたように目を開き、そして拙いながらも舌を絡ませてユーズに応える。ユーズは自分の顔に愉悦の色が浮かぶのを自覚した。

 手を背に回せば、柔らかな毛並みを感じることが出来る。黒々とした毛は艶があり、ユーズの指の隙間をするりと滑っていく。その毛はまだ未熟な少年の身体からは想像出来ないほどに毛深い。柔らかな毛を指の隙間で弄びながら、ユーズは少年の歯――その鋭い牙に舌を這わす。

 少年は純粋な人間ではない。

 人狼じんろうという狼の特徴を持つ一族の血を薄いながらも引いていた。

 名前をクエンカニア・ジジという。ジジは人狼の氏族名だ。ユーズはクエンと呼んでいた。


 クエンの性技は全てユーズが仕込んだものだ。何も知らないクエンに舌の絡ませ方から腰の振り方まで文字通り、手取り足取り教え込んだ。

 クエンはユーズの所有物である。比喩ではない。クエンはユーズが大金を積んで買い取った奴隷だ。ユーズは自分好みの情夫として育てるためにクエンを買った。そして教育の結果にユーズは実に満足している。

 まどろみにも似た快楽の余韻は、不意にかけられた男の声に遮られた。


「またヤっていたのか?」


 声をかけたのは1人の男だ。

 男の姿は幽鬼じみていた。

 肌は凍死体のように白く、 頬はげっそりとこけている。手足は枯れ枝のように細い。まるで骨に直接皮膚が張り付いているようだ。白目は黄色く濁り、開かれた瞳孔どうこうはひどく不気味さを感じさせる。そしてくぼんだ眼窩の奥にある瞳は病的なまでにギラギラと輝き、生気の感じられない体躯の中で唯一異彩を放っていた。

 光沢のある絹のローブを纏ったその姿は見る者に人間というよりはアンデッドを連想させる。


「ザガン、ノックもないのはどうかと思うわよ」

「ならドアを閉めろ。うるさくてかなわん」

「あら? 開いてた?」


 悪びれないユーズの言葉にザガンと呼ばれた男は疲れたようにため息を吐いた。

 アンデッドのようなこのザガンという男はれっきとした人間である。そしてユーズの上司に当たる人物でもあった。

 全裸のユーズとクエンを見て、ザガンは理解できないものでも見るように顔をしかめる。部屋には濃厚な男女の匂いが残っているのでそのせいもあるだろう。


「だってシたくなったんですもの。我慢は体に悪いわ」


 気にもせずにユーズは立ち上がる。当然、その美しい体があらわになるが、男の方は表情ひとつ変わらない。一方でクエンは反対に同性にも関わらず恥ずかしそうに頬染め、シーツでその身を隠す。そういった細かい所作もユーズが気に入っている点だ。


「それはかまわんが、もう少し静かにしてくれ。襲われても俺は知らんぞ」

「そんな度胸のある子がこの盗賊団にいたの?」


 ザガンとユーズは盗賊である。

 ザガンはこの盗賊団の頭領とうりょうだ。盗賊団の頭領という言葉から連想される粗野そやで野蛮なイメージはザガンから程遠い。ザガンは例えるなら邪教の司祭という風貌である。

 邪悪で狡猾こうかつ

 ザガンはまさにそれを体現した男である。そんな頭領であるザガンのその容姿と手管から『邪教盗賊団』と揶揄されていた。

 そしてユーズはこの盗賊団の中で最も強い。

 ザガンも強いが、本気のユーズには一段も二段も劣る。それはザガンが弱いのではない。ユーズが強いのだ。

 ザガンはその淀んだ瞳でクエンを一瞥しながら口を開く。


「お前じゃない。そのガキだ」


 ザガンの目線はひどく冷たい。

 人を人と思わない目だ。動いて息をして食事をするアンデッドではないかと団員たちが噂しているのは公然の秘密だった。そんなザガンの視線を受けて、クエンはその身を震わせた。


「それは……困るわね」


 ユーズは形のよい顎に指を添えて、小首を傾げてみる。クエンはユーズの所有物である。だからこそこの育てきた少年をほかの人間によって弄ばれるのは我慢ならなかった。


「困るのは俺だ。お前は殺すだけだろう」

「それも……そうね?」


 ザガンは再び疲れたようなため息を吐き出した。


「ため息をつくと幸せが逃げるって言うわよ?」

「そう思うなら少しは気を使え」


 ザガンはこれで苦労人だった。

 気はよく回るし、短絡的な団員たちをよくまとめている。一介の盗賊団に過ぎない自分たちが今日まで生き残ってこれたのは、ザガンのこの病的な神経質さがあったからだと言っていい。ユーズは常々つねづね盗賊団などよりも軍にいた方が向いている人材だとは思うが、口には出さない。詮索屋は嫌われるのはどこの世界でも同じだった。


「仕事だ。行商人が2人。御者はメスガキ。行商人は銀髪の優男。こっちも若い。荷台にはギリギリまで積まれていたそうだ」

「ねぇ、その男の子かわいかった?」


 ユーズの瞳が蠱惑的こわくてきに細められる。

 その様子を見てザガンは何度目になるか分からないため息を吐く。


「……斥候せっこうの報告によれば亡国の王子もかくやという美少年だそうだ」


 ザガンが嫌そうに語った内容にユーズは自分の鼓動が高鳴るのを感じた。

 口元が三日月のように吊り上る。

 ユーズの好きなものは2つある。1つは男女の営み。もう1つが美少年だ。

 クエンは確かにお気に入りだがそろそろ3人で、というのも悪くない。


「ねぇ、ザガン。その子、私がもらってもいい?」

「好きにしろ。ただし仕事はしてもらうぞ」

「ええ。もちろん。フフ……やる気が出てきたわ」


 ユーズは壁に立てかけられた1本の剣を手に取る。そして丈夫な革拵かわごしらえの鞘に固定された握りをほどき、剣を抜き放った。

 現れたのは反り返った刀身。この辺りではあまり見かける事のないシミターと呼ばれる曲刀である。

 片刃の、しかも切れ味を重視した剣は手入れが必要不可欠であり、あまり好んで使う盗賊はいない。『斬る』という行為は実は難しい技術だからだ。

 刃筋をしっかりと立て、力を加えないと満足に『斬る』ということは出来ない。下手な者が扱えば、剣は簡単に折れる。だから切れ味よりも武器としての丈夫さを求める盗賊の方が主流となる。

 ただ人を殺すだけでいいのなら、卓越した剣技は必要ない。多少、切れ味が悪かろうが刃物で斬りつければ人は死ぬのだから。


 だが、ユーズは違う。

 効率的に、そして確実に殺すだけの剣術を身に着けた戦士である。盗賊団が『仕事』を行う時に障害となる護衛たち。所詮、チンピラに毛が生えた程度の団員たちでは手も足も出ないような敵は多くいる。それをユーズは容易く切り捨ててきた。だからこそザガンに重用され、盗賊団でも勝手な振る舞いが許されていた。

 その強さの要因を支える1つがこの曲刀である。

 僅かに青みを帯びた灰色の刀身は剃刀かみそりのように薄い。


 これがユーズの持つ魔刀『ソローヤ』である。


 強力な武具、特に魔術武具マジックウェポンは金さえあれば手に入るものではない。戦士であれば自分の武具をいくら大金が積まれたところで決して売らない。いくら大金があっても、次に手に入る保障がないからだ。

 そういった魔術武具マジックウェポンを手に入れるためには実力や大金以上に『縁』が必要になる。ユーズはその縁に恵まれていた。

 この魔刀は以前、ユーズたちが襲った商人が持っていた一品だ。こんなに上等な荷を運んでいたのは幸運だった。荷ではなく、護衛の武器だったならばユーズの首は今繋がっていなかっただろう。

 その剃刀のような刃の切れ味は凄まじく、強固な金属鎧さえも紙のように切り落とす。あまりの切れ味にまともな鞘では持ち運ぶことさえもままならない。ユーズは刀身を革で包み、握りを固定することで鞘としていた。

 ユーズは魔刀を手に入れてから敵と打ち合ったことがない。

 魔刀の切れ味が良過ぎて、敵の武器を斬ってしまい打ち合いにならないからだ。もちろんそれはユーズの並々ならぬ腕があってのことだ。

 ユーズが魔刀ソローヤを振るえば斬れぬモノは存在しないと言っても過言ではなかった。


「やれやれ……お前に気に入られるとは、同情するよ」


 ザガンのそんな呟きはこの男にしては珍しく本心からのものだった。


――◆――


「手馴れたもんだな」

「そりゃあね。飯は行商の旅で唯一の楽しみだ」


 日がとっぷりと落ちた闇の中で焚き火がパチパチと爆ぜる音が響く。

 イーワンとファイは街道から外れた場所に荷猪車を止めて、野営の準備をしていた。日が傾き、景色が朱色に染まり始めると早々にファイはそれ以上先に進むのをやめた。

 まだ早いのではないかとイーワンは尋ねたが「いいから手伝え」と一蹴され、今に至る。結果としてファイの判断は正しかったことを思い知らされた。日が完全に沈むと、景色はガラリと雰囲気を変えた。


 夜が濃い。

 イーワンの知るゲーム時代の夜とは比べ物にならない。

 明かり1つ無い夜は、純粋な闇だった。見えるのは焚き火が照らす範囲のみ。そこから少し外れた場所は、夜の闇が滲むようで本能的な恐怖を感じさせた。頭上の月は分厚い雲に覆われており、月明かりはとぼしかった。もし日が落ちてから野営の準備をしていれば、この暗闇の中で作業せざるを得なかっただろう。

 それ見たことかとファイは得意げにイーワンを鼻で笑い、今は夕食の用意をしている。


 荷台から鉄鍋を取り出し、水を張ってそこに燻製肉を入れる。大きな黒パンを適当な大きさに切り分け、干し肉のスープを木の器によそう。


「ほら、アンタの分」

「お、ありがと」


 せっかくファイが作ってくれた手料理だ。楽しまねば損である。

 まずはスープを味わう。木のスプーンで掬って口に含むが、味が薄い。ほとんどお湯だ。


「肉をさじの底で潰すんだよ。そのままじゃ塩辛くて食えたもんじゃないから、こうやってスープの具にするんだ」


 ファイがそう言って手本を見せてくれた。スプーンで潰した肉をすくい、はふはふと口に運ぶ。淡々とした仕草だが、実にウマそうだ。

 イーワンもファイに倣って、改めてスープを飲む。肉の脂と塩味の効いた味だ。シンプルではあるが、だからこそウマい。かすかに木の薫りがするのはいぶしてあるからだろうか。

 スープを十分に吸って、柔らかくなった肉を頬張る。こちらはふやかしてもまだ固い。食感はビーフジャーキーのようだ。固く、筋張った肉ではあるが、噛む事で肉の脂が口の中に広がる。キツい塩味になった口の中をスープで肉と一緒に飲み込む。喉を通って胃の奥に、熱と共に食べ物が落ち着く感触がなんとも心地いい。

 ふとファイの方を見ればパンをスープにひたし、そのまま強引に噛み千切っていた。イーワンもこれはと思い、真似をする。

 黒パンは想像よりも固い。

 スープでひたしても噛み千切るのはかなり顎が疲れる。しかしよく噛み味わえば香ばしい麦の香りがふわりと広がる。パンに水分が吸われ、口の中が乾けばまたスープをすする。


「ずいぶんウマそうに食うね」


 夢中になって、食事に没頭していればファイが怪訝けげんそうな顔でこちらを覗き込んでいた。

 焚き火の明かりに照らされるファイは青空の下で見た時よりもかわいく見える。炎の緋色が褐色の肌と輝く赤毛によく映える。炎が揺らめく度に髪がきらめくようだった。


「うん、ウマいよ。まともな食事なんてホント久しぶりだったからな」

「そういや宴会の時も似たようなこと言ってたね」


 イーワンが食事に飢えていたと自分で気づいたのはカルハ村での宴会の時だ。村人たちによって振舞われた白晶犀のバーベーキューがきっかけだった。


「あぁ、ウマかったなぁ……白晶犀」


 宴会の主役は白晶犀である。

 白晶犀はその巨体故に1頭でも4トン近い重さである。皮や骨、内臓など食肉に適さない部分を取り除いても、その量は相当なモノだ。ファイが買い取るとはいえ、積載量にだって限界はある。いくらかは干し肉などにして保存が利くように加工はするが、それでも量が量だ。どうしたって余る。

 そこで大宴会である。

 村の危機を救った英雄――というとイーワンからすれば大仰で恥ずかしいが村人、それも女性陣から誘われたとあらば断わるという選択肢はない。

 イーワンに振舞われた白晶犀は一口大に切り分けた肉に塩を振り、串に刺して焼いただけのシンプルなモノだった。白晶犀のバーベーキューである。

 白晶犀の肉は筋肉質であり、固い。

 しかし噛み締めればその固い肉から肉汁が染み出し、香ばしい香りと共に肉の旨味が口いっぱいに広がるのだ。肉に振られた塩はファイの商品である岩塩。色彩豊かな岩塩の粉はコクがあり、肉の旨みにバツグンに合う。

 筋肉質な赤身の旨みとそれを繋ぐ筋がそれぞれ異なる食感を楽しませてくれる。いつまでも噛み締めていたいウマさである。

 イーワンは久しぶりに食の喜びを感じた。舌と胃が味のある食事に驚き、喜んでいるのが伝わってくるようだった。肉に血が通うような錯覚さえ感じたほどである。


 またあの頭痛が起きたのはその時だ。そして思い出したのは現実での『私の食生活』。

 イーワンはAWOのサーバー第十位。

 それはすなわち相当深刻なレベルの廃人だということだ。ファーストフードならまだともかく、食事のほとんどがスティック状のバランス栄養食とビタミン剤である。

 正直、まともな味の食事すら久しぶりだった。


 AWOに限らず、ほとんどのVRMMOでは食事、睡眠、トイレなどは出来ない。

 AWOの場合、形ばかりの食事は出来るが、それらは例外なく味がしない。空腹感は現実の身体とリンクしており、いくらゲーム内で飲み食いしようが空腹が紛れることはない。

 三世代VR技術を使えば味覚も完璧に再現する事は容易たやすい。VR技術の元来の目的の1つである医療の発展には当然のように味覚障害の治療も含まれていたからだ。

 現存するほぼ全ての美食はVRデータで再現できるが違法となっていた。これはゲーム内で美食を堪能できてしまうと現実での食欲を失い、食事を取らなくなってしまうからだ。

 今より性能の劣る二世代VR技術の頃にさえ、実際に餓死者が出た事件があった。当時、まだ今ほど社会がVR技術に依存していなかった頃に多くいた規制派によって、あわやVR技術の全面規制なんて話も出たほどだ。以来、VR技術を使ったゲームでは人体に悪影響を及ぼすような効果は技術的に出来たとしても、法的に禁止されている。


 それだけに久々の肉の味はまさに五臓六腑ごぞうろっぷに染みるウマさだった。

 あんなに楽しい食事は初めてだったのかもしれない。


――というか肉なんて食べたことあったっけ。ビーフ味なら食べたことあるけれど。


「ホントは白晶犀の肉なんて庶民の口には入らない高級食材なんだよ。あんなに新鮮な白晶犀は貴族でもそうは食えないだろうねェ」

「それじゃあ、オレたちはかなりツイてたんだなぁ」

「あれだけブッ倒しておいてよく言うよ」


 そんな風に雑談をしていたら、不意に身体を休めていた鉱山猪がのそりと立ち上がった。ファイの表情が一変して、険しいものに変わる。


「……マズいね」

「どうした?」


 鉱山猪が鼻を鳴らし、周囲を匂いを嗅ぐ。やはり豚の近縁種だから嗅覚に優れているのかもしれない。


「何か良くないのが近づいている……」

「森林狼か? それとも白晶犀か?」


 ファイも食器を床に置き、銀根を構える。

 闇に目をらすが、料理の時に焚き火を見ていたせいで、暗闇に目が慣れていない。こちらの光源は焚き火1つ。炎が揺らぐ度に影法師かげほうしが揺れるのも敵を察知しにくい悪条件になってしまっている。

 イーワンは敵の察知に関しては門外漢だ。

 そういった情報面のアドバンテージを得意とするのは斥候系や学者系のプレイヤーであり、盾役タンクであるイーワンにとっては不得手な分野の1つである。戦闘ならばある程度は誤魔化しも聞くが、専門分野になると手も足も出ない。そして専門分野とそれ以外の能力差はイーワンのように高レベルになればなるほど顕著になる。


「それならまだいいんだけどね……!」


 ファイがそう言った瞬間だった。

 イーワンの姿がブレる。銀の閃きが宵闇を切り裂き、金属音が響いた。

 その音の源はファイを狙って放たれた矢。


 モンスターではない。

 人の手による襲撃だ。 

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