第12話 豚ひき肉とローブの女


「おいしい……疲れた体に染みるね」

 暗い店内で、スープをすする音が聞こえる。

 ミトはまかないのポトフを無心で食べると、満足気にお腹をさする。

 褒めの言葉に、ひとまずハルトは会釈を返した。


「それはどうも」


 本来なら、食後の和やかな空気になるはず。

 しかし、先ほどミトが告げた言葉により、店内の雰囲気は張り詰めていた。

 ロサリアが心配するように声をかける。


「ミトさん、一体何が……」

「結論から言うと、調理法に行き詰まってね。ひとまず考えることをやめてみたんだよ。そしたら部屋の外からいい匂いがしてね。誘われて出てきたのさ」


 要するに、料理でくじけて空腹のままに降りてきたのだろう。

 ハルトは辟易のため息を吐いた。

 しかし同時に、事態の深刻さを肌で感じる。


 誤った知識も多いが、ミトの料理技術は並のレベルではない。

 そんな彼女が匙を投げかけているのだ。

 よほどのことが起きたのだろう。

 ハルトは恐る恐る尋ねた。


「それで、どんな問題が起きたんです?」

「今夜、成仏しそうなお客にロールキャベツを振る舞うって話はしたね?」

「はい、そのための買い出しだったわけですし」


 ハルトはキャベツとワインを買いに行ったことを思い出す。

 ミトのはからいのお陰で、ロサリアと少し距離を詰めることができた。

 しかしその裏で、ミトは料理を必死で詰めていたのだろう。


「ロールキャベツはそのお客が生前好きだった料理らしくてね。じゃぱねぜの物と違って、少し特殊な豚を使ってたんだ」

「特殊な豚?」


 ハルトが首を傾げると、ミトはそっと席を立った。

 そして冷蔵庫からある物を取り出し、テーブルの上に置く。


「これさ」


 それは、豚ひき肉の塊。

 湿度の影響を受けないよう、丁重にパッケージングされていた。

 ツヤのある表面から、その肉が上等なものであることは判別がつく。


「これは西方の辺境で育てられた最高級豚でね。『アジール豚』という。コクのある旨みと、焼いた時の肉汁の多さが特徴なんだ」


 どうやら、一般的に流通している豚ではないらしい。

 ここで、ミトが一つの書物を紐解いた。

 そのタイトルは『前史王朝伝説』。

 過去に存在したと言われている伝説の国をまとめた本のようだ。


「このアジール豚は、古代に栄えた『アジール西王朝』で重用された肉なのさ」


 アジール西王朝。

 かつてこの大陸にあった伝説上の国、大アジール王朝が分裂した時にできた国らしい。

 牧畜に優れたが、初代皇帝の亡き後、すぐに滅び去ったと伝えられている。

 そこまで聞いて、ハルトは経験から嫌な憶測が頭をよぎる。


「もしかして、王朝が消えたと同時にその調理方法も……?」

「ああ、失伝しているよ」


 案の定だった。

 この大陸では過去に多くの文化が栄え、国の斜陽と共に滅びた。

 今回もその一例――。

 いや、それら栄枯盛衰の先駆けとも言える事例だろう。


「おかげで、この豚の調理法も闇の中さ」

「書物から推測できないんです?」

「難しいね。ただ、こんな評価が残っているだけだから」


『その豚、芳醇にして絶対無二の旨みなり。また残る味に一切の淀みなし』


 読み上げられた情報は、ひどく普遍的で特徴のないものだった。

 そのくらい、言いようによってはスーパー販売の豚肉にも当てはまる。

 ただ、ミトが悩んでいたのはここからだ。


「それで、問題はこの肉の風味でね。ちょっとこれを食べてみてくれるかな」


 ミトは試作していたロールキャベツを出してきた。

 見た目は素晴らしい出来。

 まかないを完食したばかりだというのに、食欲を掻き立てられる。


「普通においしそうですけど……」

「ええ、私もそう思います」


 ハルトとロサリアは試しに食べてみる。

 キャベツは適度な火加減で、非常に口当たりがいい。

 そのまま包まれた肉まで一気に歯が届く。


 がぶりと一口。

 先に聞いたとおり、大量の肉汁が溢れだす。

 そのまま嚥下した瞬間、ハルトは眉をひそめた。


「おいしい……けど、後味に妙な匂いがありますね」

「ええ、確かに。でもほんの少しじゃない?」

「いや、スープにも独特の匂いが移ってる。これじゃあ味が台無しだよ」


 ロサリアの言うとおり、味そのものへの影響は少ない。

 だが、どうしようもなく風味が侵されている。

 恐らくは豚そのものが持つ独特の匂いだろう。

 これでは書物に伝わっているアジール豚の味には程遠いのだ。


「僕の悩み、分かってもらえたかい?」

「ええ。よく分かりました」


 ハルトはもう一度、注意して肉を食べる。

 本当に、味は悪くない。

 食感といい、極上の品質だ。

 しかし、やはり致命的なのが風味。

 隠し味やスパイスを使った形跡があるが、効果はなかったようだ。


「要するに、この匂いを消せばいいんですね?」

「その通り。ただ、酒やハーブを使っても匂いが消えなくてね……これでもかなり頑張ったんだよ」


 ふぅ、とミトはため息を吐いた。

 その時、ハルトは少しだけ疑問を感じた。

 あれだけ普段飄々としているミトが、ここまで焦り悩んでいることに。


 客に出す料理が間に合わないから。

 そう取ることもできるが、それにしても過剰な気がした。

 他に理由があるのかもしれない。


 ひとまず、苦境を打開するために、ハルトは決意を固める。


「ミトさん、ちなみにハーブは何を使いました?」

「フェンネルを試してみたけど、あんまり効果はなかったね。いつもならこれで消えるんだけど……」

「なるほど。でも、この手の匂いなら――」


 ハルトは席を立つと、厨房の調味料が置いてある場所に向かった。

 そこで目当てのものを一心不乱に探していく。

 しかし、期待していたものがない。


「あれ、ミトさん。ニンニクはないんですか?」


 この手の匂いは、エスニック料理を研究した時に経験したものとよく似ている。

 匂いに癖のある肉とニンニクは非常に親和性があるのだ。

 だからこそ試してみようとしたのだが、ここでミトから意外な言葉が帰ってくる。


「ごめん、多分ないと思うよ」

「……本当ですか?」

「触るとひどく手がかぶれちゃってね。何を隠そう、僕はニンニクを使わない料理人なのさ」

「誇ることじゃないです」

「ごめん」


 バッサリ切り捨てると、ミトは姿勢を正した。

 にんにくは料理に不可欠なものだというのに。

 なぜ用意していないのか。


 そういえば、今までにミトが作る料理には一切ニンニクが入っていなかった。

 何か凝り固まったポリシーでも持っているのだろうか。


「触れないなら俺が扱うので、今度から買っておいてください」

「一考しておくよ」


 掴みどころのない返答。

 少し気になったが、今は追及している暇などない。

 何か代替になるものを探す必要がある。


「ニンニクがダメとなると……」


 ハルトは棚をざっと見渡した。

 にんにく以外で、あの手の匂いに効くものを探すしかない。

 普通のスパイスではダメだ。

 あの複雑な風味を的確に打ち消してくれる、繊細な香辛料を――


「……おっと」


 ここで、ハルトは手を止めた。

 そして棚の最上段にある瓶を取る。

 中に入っているのは、銅のような色合いをした粉末。


「いいものがあるじゃないですか」


 ハルトは苦笑した。

 なぜにんにくがないのに、こんな物は置いているのかと。


 しかし、これは好都合。

 この香辛料なら、間違いなくあの手の匂いを打ち消せる。

 ハルトは瓶をミトに見せながら、自信ありげに微笑んだのだった。


「じゃあ、美味しいロールキャベツを作りましょうか」



     ◆◆◆



 港町に夜の帳が降りる。

 深夜0時を周り、大通りでさえも通行人ほとんどいない。

 それが細道で入り組んだ通りなら尚更だ。


 のれんが出された料亭みとり。

 その店前に、ある人影が立っていた。

 闇よりも黒いローブに覆われた、不審な人物。

 その人影が店の扉を開けようとした刹那――


「ご来臨いただき、誠に恐縮です」


 中から店主であるミトが姿を現した。

 その横には接客担当のロサリア。

 少し離れて後ろにはハルトも立っている。

 全員が恭しく一礼すると、ローブの人物は声を上げた。


「店主ミトよ――出迎え大儀である。相変わらず、下賤の民にしては見上げた作法よな」


 ローブの人物は、地の底に響くような声をしていた。

 しかしその声質は高く、性別が女性であることは容易に分かる。

 ローブの女は急かすようにミトへ手を差し伸べた。


「余は飢渇の極みにある。疾く所望の品を出すがよい」

「承知しました。今日のために、美酒も用意しておりますよ」

「ほぉ……それは翹望。皇位にある者への礼儀が分かっておるではないか」


 愉悦に満ちた哄笑。

 彼女の言葉を聞いて、ハルトは心臓が早鐘を打った。

 聞かされていなかったローブの女性の正体が、なんとなく分かってしまったのだ。

 ハルトは小声で囁きかける。


「ミトさん、まさかあの人って……」

「――そこな小僧は何者か?」


 と、一歩踏み出したために視界へ入ってしまったのだろう。

 ローブの女性が鋭く眼光を光らせた。

 ローブの影から赤い光が二つ向けられる。

 しかし、ミトは萎縮することなく答えた。


「当店の手代にございます。ハルトくん、自己紹介を」

「佐々来春人。ミトさんの料理補助を務めています」


 ミトからのパスを受けて、ハルトは声を引きつらせながら答えた。

 すると、ローブの女は首を傾げる。


「……ハルト。聞き慣れぬ名だな。ただ、名乗ったからには余も返さねばなるまい」


 すると、ローブの女性はフードを取り外した。

 中から現れたのは、亡霊であることを示す骸骨。

 それも、やけに黒々とした霧が周囲に舞っていた。


「――余はケネン・ド・アジール。アジール西王朝が皇帝なり」


 やはり、とハルトは内心で盛大にため息を吐いた。

 お客様はまさかの皇帝。

 驚きで顎が下に落ちそうである。

 しかし、ロサリアがほとんど動じていないのが気になった。


「……ロサリアは知ってたのか?」

「……ええ、まあ。前に一度来店してたし」


 尋ねると、彼女は小声で返してきた。

 知っているなら教えて欲しかった。

 いや、それ以前に――


 ハルトは恨みがましい目でミトを見つめた。

 彼女は接客に意識を向けながらも、『ごめんよ』という風に手をこちらに向けて動かした。

 不意打ちを食らった気分だが、ミトなりの配慮だったのだろう。

 そんなことを思っていると、皇帝ケネンは顎に手を当てた。


「……ちと待て、小僧。料理補助、とな?」

「そうですが……」

「店主に頼んだ此度の馳走も、汝が助勢するということか?」

「……えっと、はい」


 実際、既に今日の料理はかなりハルトの手が入っている。

 自分の為した仕事に嘘はつけない。

 すると、ケネンは一瞬押し黙った。


 数秒の沈黙が流れる。

 しかし数秒後、その眼孔に赤黒い火が灯った。


「――店主よ」

「なんでございましょう」

「余は至高の一品を欲しておる」

「存じております」


 ミトは一切表情を変えることなく答える。

 それに対し、ケネンは明らかに不満の声を上げていた。


「では、なぜかような若輩を補佐につけた?」

「不満がおありでしょうか?」

「馳走に不備がなければ構わぬ。ただ、余は齢で”容赦”などせぬぞ?」


 脅すかのような剣幕。

 ケネンの周りに漂う黒霧が、暴風のように一瞬吹き荒れた。

 常軌を逸した光景に、ハルトは思わず腰が抜けかける。

 だが、ミトは何事もなかったかのように微笑んでみせた。


「ハルトくんは私の料理に欠かせない人材。必要であるから手を借りた。それだけのことです」


 あっけらかんとした表情。

 それを眼前に受けて、ケネンも毒気を抜かれたのだろう。

 首の骨をバキバキと鳴らし、会話を打ち切った。


「ふん……ならば何も言うまい。せいぜい余を愉しませるのだな」

「承知いたしました。それでは、ご案内いたします」


 とんでもない客が来てしまった。

 しかも、口にする料理は自分が手を加えたもの。

 心臓に悪い夜になりそうだ。


 ハルトは内心で武者震いをするのだった。




     ◆◆◆



「ミトさん」

「なにかな」


 厨房の奥には、ハルトとミト両名の姿があった。

 現在フロアでは、ロサリアが接客をしている。

 内心ヒヤヒヤしたが、意外にも皇帝ケネンは不快感を露わにしていない。

 ロサリアが適切な接客をしているからだろう。


 ハルトは改めて、ロサリアの仕事魂を感じた。

 しかし、今注意を向けるべきはそこではない。

 ハルトは横で考え事をしていたミトに不平を述べた。


「なんで皇帝がこんなところに来てるんですか!」

「多分、亡霊になってるからじゃないかな」


 当たり前の言葉で茶を濁すミト。

 ハルトは土壇場で正体を知ることになり、肝を潰していたのだ。

 もう少し早く教えてくれていれば、心の準備ができていたのだ。


「言わなかったことは謝るよ。この通り――僕が悪かった。ごめんよ」

「いや、別に謝らなくても……」


 思った以上にミトが真面目に謝ってきたので、ハルトは面食らってしまう。

 彼女は本当に申し訳なさそうにしていた。

 責め立てたいわけではないので、ハルトは言葉を緩める。


「でも、おかしいと思ったんですよ。客が来る前なのに完成近くまで料理してるし」

「ケネン女帝は気が短いことで有名だからね。すぐに出せるよう準備が必要だったのさ」


 そう、あの客を出迎える前に、既に料理を始めていたのだ。

 よほど時間のかかる料理であればともかく、ロールキャベツは注文を聞いてからでも十分間に合う。

 しかし、仕込みに留まらず、完成間近まで料理を済ませた。


 それは、皇帝ケネンが気の短い人物であるからだという。

 確かに、注文を聞いてから『30分お待ち下さい』とでも言ったら怒り出しそうな雰囲気だった。

 ここでハルトは、ケネンを見た時に感じた疑念を伝える。


「あと、あの人……やけに姿がくっきりしてませんでした? 変な黒いモヤモヤも纏ってたし」

「姿がはっきり見えるのは未練が強い証拠だよ。あれぐらいになると、一切の素養がない人にも見えるだろうね」


 亡霊というのは基本、普通の人には見えにくいらしい。

 この店のように亡霊を実体化させやすくする工夫が施されていたり、亡霊と接触できる人物の近くにいたりすると、普通の人にも見えるようになるらしいが。

 それを考慮しても、あの皇帝はあまりにも存在感があった。


「ちなみに、漂っていた黒いオーラみたいなのは?」

「悪霊になる一歩手前ってことだね」

「あ、悪霊……?」


 悪霊。

 未練を持った亡霊が邪悪化したもの。

 ただの亡霊であれば危害はほとんどないが、悪霊となれば話が違う。

 魔力や霊力といった特殊な力を獲得し、災いを為すこともあるという。

 それを説明した上で、ミトは淡々と告げる。


「まあ、あの皇帝の場合――放置してたら、疫病でこの都市を覆うくらいのことはしそうだね」

「なっ……」


 ハルトは絶句した。

 やはりあの皇帝は、普通の亡霊とは比較にならないほど力を持っていたのだ。

 それが悪霊化してしまったら、大惨事になりかねない。


「あと、多分不興を買ったらこの一区画が吹き飛んじゃうかも」

「とんでもない客じゃないですか!」

「ただ、勘違いしないで欲しいのは、彼らは悪気があってやってるわけじゃないんだよ」


 悪霊となった亡霊は、意志を持って災いを起こすわけではないらしい。

 未練を回帰する度に、魔力や霊力が暴走してしまうらしいのだ。

 加害者であり被害者。

 それが悪霊の正体なのだという。


「……そんな客でも、ミトさんは受け入れるんですね」

「ああ。彼女は亡霊で、未練は食事。それだけで、僕が店に迎える理由として十分だ」


 ハルトが驚いていると、ミトは毅然とした口調で頷いた。


「彼女には――僕の店で成仏してもらうよ」


 いつもの流水のような言葉が、今は何よりも硬い岩のように思えた。

 真面目な顔をしていたミトだったが、すぐに表情を緩める。


「ハルトくんも、心底嫌がってるわけではないみたいだしね」

「……まあ、客を選ばないのがポリシーなので」


 たとえ、どんな理由であれ。

 客として入ってきた以上は、選びたくない。

 それをしてしまうと、あの連中と同じところまで落ちてしまう。

 そんな気がするからだ。


「まあ、ハルトくんのおかげで料理は無事に完成しそうだし。あんまり心配はしてないよ」

「でも、もし……まずいって言われたら」


 料理が失敗に終わった場合。

 あの皇帝は、きっと烈火のごとく怒るだろう。

 完全に悪霊となり、暴れまわるかもしれない。

 そんな心配をした刹那――


「――大丈夫」


 ポン、とミトが頭に手を乗せてきた。

 そして恐怖を取り払うかのように、優しく囁いてくる。


「何があっても、君とサリーだけは無事に逃がすよ。ちゃんと算段もある。僕の宿命なのに、他の人から犠牲を出すわけにはいかないからね」

「……いや、なに言ってるんですか」


 どこか決意じみた言い方をするミト。

 その表情から悲壮感を感じ、ハルトは無意識に反発する。


「俺みたいなのを拾ってくれるのはミトさんくらいですよ。他に行くアテもないんですし、死んだりしないでくださいよ」

 

 命を失えば、料理などできない。

 すべてが終わってしまうのだ。

 それに、ミトがいなくなってしまったら、自分も野垂れ死ぬことは確実。


 彼女を危険に晒さないため。

 そして、自分自身の身を守るため。

 ハルトにできることはただ一つ。

 あの皇帝を満足させる料理を出すことだ。


「じゃあ、最後の仕上げをしましょうか」

「そうだね」


 フタを開けると、鍋の底にぎっしりとロールキャベツが並べられていた。

 隙間をなくすことで、身が崩れずに熱を加えることができる。

 最高の状態であることを確認して、ロールキャベツをすくいあげた。


 丁重に皿へ盛り、少しのスープを上からかける。

 そして最後の隠し味としてパセリを散らした。


「――完成です」

「完璧だね」


 ハルトが作ったのは、ただのロールキャベツではない。

 無論、あの皇帝のためにレシピは合わせたが、いくつか秘密兵器を仕込んである。


「多分、おいしいと思います」

「じゃあ、確認してもらいに行こうか」


 ミトは皿を盆に載せ、片方の手でハルトの手を引いた。

 すると、ハルトは体勢を崩しかける。


「……っと」


 料理に傾注していたので、脱力したのだろう。

 慌てて立ち上がるハルトを見て、ミトはクスリと笑った。


「緊張してる?」

「……そりゃあ、国の元首に料理だしたことなんてないですからね」


 既に滅びた王朝とはいえ、帝王は帝王。

 その上、台の美食家だと伝えられている亡霊だ。

 そんな人物に味を評価されるとなれば、気を張らずにはいられない。

 そんなハルトを見て、ミトは楽しげに微笑むのだった。


「僕の命、ハルト君に預けたよ」

「だから、プレッシャーかけないでくださいよ!」


 運命の実食が、始まる。

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