幕間 北の森にて

 ヴェッセル領都は魔人の傷跡も浅く、街中は普段通り人々が行き交っている。

 魔人の被害はごくごく小さくて済んだ。

 そもそも、魔人クライスの目的は、ゾフィーだった。


 街をゾフィーと共に歩いているが、さすがに逐一掲示を見る奴はいない。

 いや、ゾフィーは美少女と言う他ない女の子だ。

 気になって見る奴もきっといる。


 ゾフィーが魔人であることは極力隠すべきで、それはヴェッセル伯爵にも忠告されている。


 隣に沿うゾフィーを見る。

 ゾフィーは、淑やかな感じで、買ってあげた服がとても似合っている。

 プリーツスカートの上に、伯爵からもらった黒い腰布を外套のように靡かせている。


「すまない、あまりしたくはないんだけど、ゾフィーの種族項を伏せる」

「そうですね。騒がれてはご主人様の迷惑になります。どうぞご随意に」


 本当は堂々としたいが、騒ぎを起こして回っても、誰にもいいことがない。

 いつかは、そんなことを気にしないようになれるといいが。

 疑わしくても、とりあえず隠しておく。

 姿は人間だ。詮索する者は珍しいだろう。


 しかし、今歩いていると、街には冒険者らしき人が多くいるが、どうして魔人が現れた時にはいなかったんだろう。


 パーティを組んでいるらしい男女の会話を、さりげなく聞いてみる。


「魔物の巣には誰も到達していないようだぜ。まだ俺たちにも希望はあるな」

「なに言ってんの。ずっと張り付いて、倒せたのが外縁部の縄張りにする小物じゃない。おこずかい稼ぎ程度で満足しようよ」

「でも、みんなそんな調子じゃないか。早くしないと領軍がうまいところ掻っ攫っちまうぞ」

「それでいいじゃない。丸く収まるもの」


 なるほど、冒険者は総出で、北の森林に行っていたようだ。

『私たちも行く?』

『うーん、どうしようか』


 領軍がなんとかできるなら、いい気もするが。

 先を急ぐ理由もない。


『訓練も兼ねて、行ってみるか』

『ええ。そうしましょ』



 街では何人かにお礼を告げられた。

 魔人が来た時、近くに居たようだ。

「魔人の討滅の話はみんな知っとるのですが、実際に見た人が少ないので誰だかわからんのですよ。いやはや、わしはシンシア様を目に納められて満足じゃ」

 大笑しながら老人が去っていく。

 噂になられても困るけど、直接の目撃者が少ないだけに、注目を浴びすぎないから、いいか。



「じゃ、魔物が発生している北の森に行く。ゾフィー、いいか?」

 よくよく考えてみれば、ゾフィーは一応同種族になるのだろうか。

『魔族と魔物は別だけどね。知性が違うもの』

「わかりました。わたくしは魔物を従えるわけではありませんから、自然、敵だと認識されると思います」

「そうか。ならいいんだ」


 北は伯爵屋敷があり、門は無いので、森に近い西門から出る。

 人目がないので、さっと入れ替わる。

「さぁ、しゅっぱーつ」

 意気軒昂にシアが拳を斜め上に突き出す。

「あれ、ご主人様。女性になられたのですね」

「そうよー。ずっとあっちに任せっぱなしで、暇だったのよ」


 シアの文句に軽く笑うゾフィー。

「こちらのご主人様はいつも楽しそうですね」

『確かに愉快な方だな』

『シン。あなたの場合どう意味よ』


「あら、ゾフィーは男と女のシンシアどっちがいい?」

『もちろん俺だろう』

『シンには聞いてない』

「どっちもとても良いと思います。とても。ご主人様がどちらでもわたくしは奴隷として奉仕する所存です。わたくしはご主人様が女性の時でも、夜は愛されたいのです。ああ、それはとても、甘美です……」


 なかなかレベルの高い境地至っている。早いぞ。

『それはそれでいい。楽しみにしてるぞシア』

『なんか禁忌の扉を開いてしまう気がするけど、ゾフィーが嬉しそうだしね』

 存外に否定はしないシアだった。

 放置したら堕落の一途を辿ることだろう。

『自分だってそうなる癖に、棚に上げてない?』

 ……知らんな。



「さて、お互いができることを確認しましょ」

 ゾフィーはなんだかんだで、俺とシアのことを受け入れている。

 詳細を省いて、掲示内容をゾフィーに見せる。

「ご主人様って、見たことがある以上に優秀なんですね。何ですか、魔力の量」


 半ば呆れたようなゾフィー。

「どっちみち有効な使い道も少ないんだけどね」

 まぁ、魔力具現化に湯水のように使って、困ったら身体の再生の補助にと、色々事欠かない。


「この共同体というのがご主人様の性別の違いなんですね」

「中身に二人似たようなのがいる感じかな」

『似ている……?』

『そういうことで』


「そういえば、あの大鎌ってどうしたの?」

「それは魔族の内蔵武器の一つで、体内に直結した空間から具現化します。翼も同じです」

 全く光沢のない真っ黒で巨大な鎌を取り出した。


 武器としての質はどうなんだろうか。

 シアが聞いてみる。

「それはちょっとわかりません。比較もしたことがないので……」

 まぁそうか。

 そもそも大鎌なんて、なかなか売ってないだろう。


「冥ってなにかわかる?」

 ゾフィーの固有特性にある冥。

「詳細はわからないのですが、空間魔法に関連して使える魔法があります」

 この前、魔人クライスを葬った暗闇の空間とかかな。

「空間魔法を使いこなせるようになりました。ご主人様も使う空間保存や移動、認識術に加えて、次元を切り取って、暗黒空間に葬り去る魔法もありますね。乱発できるものでもありませんが」


 女の子どうしの会話よろしく、和やかに話すが、言ってることは物騒だ。


「応用法は魔法書を読まないとわかりませんが、今なら読めるかと思います」

「ねぇねぇ、歌はうたわなくていいの?」

「空間魔法は必要ないようです。他では歌で魔法経路を描きます」


「そうだ! せっかくだし、歌が聴きたいな」

「じゃ、何を歌いましょうか」


 少しだけ迷うと、切れの良いスタッカートが、青空に響いた。

 少し早めに歩く速度に合ったテンポのよいリズムが心地よい。

 収穫を祝う陽気な歌だ。


 涼風を肩で切りながら、歌をうたう。

 いつの間にか、シアも混じって歌い始める。

 俺も心で小さく口ずさみながら、リズムを刻む。

 楽しげに一行は進む。


  ●


 かわいい女の子が戦う様子というのはとてもいい。

「はぁ!」

 ゾフィーが裂帛の気合いで魔物を真っ二つにする。

 そう。

 こう双球が揺れるとか、スカートの中身が見え隠れするというのも魅力的だが、本質はそうじゃない。

 真剣に戦闘をする女の子に、そういった性的要素か萌え要素があることがとてもいいのだ。

 うむ。


 千里眼を用いて、ゾフィーのアングルをくまなくチェックする。

 くまなくといっても、スカートの中を覗くようなことはしない。

 ああ、もちろん下着は着用しているとも。

 白いリボンが付いたシンプルなものから、伯爵からもらった扇情的なショーツまで取り合わせている。


 けど、見えないのが、いいのだ。

 見えてしまうのがいいのだよ。


『つまり見てるじゃない』

『違う!野暮な突っ込みはやめてもらいたい。それは神が与えた偶然なのだー』

『なのだーって、私の視界にゾフィーが映りまくりなんだけど』

『かわいいだろう?』

『うん。かわいいね』

 シアならわかってくれると思っていた。

『そうだろう』

『いや、そうじゃなくて……まぁいいや』


 俺たちは北の森の魔物の巣を目指すべく、平野を突き進む。

 冒険者は森から離れた魔物を狩る者が大半で、アタックをかける冒険者は見当たらなかった。

 平野には、活発な魔物が多い。


 兎の外見にサーベルタイガーの要素を足したような、サーベルラビットやゴブリンがいる。

 すばしこいサーベルラビットだが、跳びかかった瞬間に合わせれば容易に対処できる。

 ゴブリンは数匹から10匹程の集団で行動するため、近づくには危険だけど。


「邪魔」

 大鎌でまとめてゴブリンを斬殺するゾフィー。

 ゴブリンの散開行動も許さない。

 割と容赦ない。


「消えなさい」

 逃走しようとしたゴブリンを小氷柱で滅多うちにする。情けもない。

 歌いながら戦うのっていいよね。


 シアがゾフィーの討ち漏らしを対処する。

 俺は観賞しながら、ポケットを開いて核を集めていく。

 シアもそれを考えて移動してくれている。


 ゾフィーが跳び上がったサーベルラビットを器用に大鎌で引き殺す。

 刃についた緑色の血液を振り払う。

「いかがですが、ご主人様」

 なんていい笑顔なんだ。

「うん。とってもかわいいよ」

 うむ。

「いえ、それはそれで嬉しいのですが、そうではなく……」

 もじもじと大鎌に抱きつくゾフィー。

「うんうん。わかってるわよ」

 ふわりと、ゾフィーを両手で包みシア。

「すっごく助かってる。ありがとう、ゾフィー」

 シアがゾフィーの耳元で囁く。

 みるみる紅潮するゾフィー。

 わかってるじゃないかシア。

『なんか女をたらしこむシンの気持ちがわかってしまった気がする……』

 いいことじゃないか。


 気を取り直して、シアが前を向く。

「さて、森まで半セグね。突き進んじゃいましょ」

 周りに冒険者はいないが。

『シアたちが開けた隙間に冒険者が急行している。ちょっと急ぐか』

『あいよ!』


 千里眼には森への到達を図っていた連中続いているのが見える。

 当然魔物が道を阻んでいくが、数は少ない。

 彼らには素性は知られたくないな。

 掲示閲覧可能距離の5メートルには入れたくない。


「後ろが詰まってるみたいだから、急ぐよ!」

「承知しました」

 もう千里眼を知っているゾフィーが不思議に思うこともない。


 走りながら手当たり次第、斬り飛ばしていく。

 前方をいくゾフィーが露払いの一撃で刈り取っていく。


 活発なイメージがないゾフィーだが、鮮やかに大鎌を取り回している。



 この森林は鬱蒼としている樹海というよりは、沐浴にちょうどいい原生林だ。

「鎌はちょっと使えないかなぁ」

 振り回すには障害物が多い。

「え? 大丈夫ですよ」

 風切り音を鳴らしながら、一振り。

 木々ごと裏に隠れたゴブリンを斬り倒す。


 すわ森林破壊はいけない、と思った矢先、木も核となった。

 木も魔力の循環で生息しているのだろうか。

 ちょうどいい。

 刃こぼれしないか心配だけど、いっぱい切ってもらおう。


 森では平野にいた魔物に加え、大きいクモ、ブラックスパイダーが多い。

 問題なのは極めて視界の悪いところからの奇襲なのだけども……


「面倒ねっ!」

 ゾフィーが問答無用で大鎌を振り回す。

 周囲は木ごと薙ぎ倒していくため、委細関係ないことになっている。

 千里眼で上空を見ても俺たちが通ると、そこだけがわかりやすくなっている。


 クモが死角に丁寧な粘着性の罠を仕掛けても、設置した木が消えてしまえば意味がない。

 倒されていくクモは無念しきりだろう。



 驀進し、だいぶ森を伐採したところ、開けた場所に出た。

 そこには、一際大きな大樹が数本ある。

 昆虫の関節が擦れるような音が上から聞こえる。

 上空を見上げると、大型のブラックスパイダーが巣を張っていた。


 シアとゾフィーは、すぐに散開した。

 敵は50メートルの範囲に糸を巡らせ、そこを足場とし、粘着液を飛ばす。

 液に引っかかった後に、攻撃を仕掛けるつもりなんだろう。


『シア、まずは巣を切り落とそう』

 地面に叩き落として、そのまま倒しきればいいだろう。


「くっ。結構硬いわね」

 10メートルまで魔刃を伸ばすが、さすがに切れ味は落ちる。

 巣をつくる糸を切れずに跳ね返された。

 ゾフィーも魔法を放つ。

「クリスタルランス!」

 氷柱が糸の網に絡み取られ、ゾフィーの氷魔法も、有効打は出せない。

 かといって、本体を狙おうにも、すばしこく、糸も邪魔になる。


 降り注ぐ粘着液を避けながら、打開策を考える。

 この大木はさすがに切り倒せないし、糸を切るにも地上では、方法がない。

「ご主人様! わたくしが行きます」

「お願いゾフィー」

 少し心配だが、ゾフィーに任せる。


 巣の上空に空間移動するゾフィー。

 鎌を大上段に構えて、糸を断ち切るつもりだ。

 鎌で一閃、切り裂く。

 そのまま落下するかと思った直後、翼が羽ばたいた。

 一度高く舞い上がり、滑空。

「墜ちろ」

 大鎌で一気に糸を切っていく。

 大グモがゾフィーに向かって突進する。

「させないよ!」

 ゾフィーに向かう大グモをシアが、魔力の杭で支援する。

 2、3本脚がちぎれる。

 バランスを崩した大グモが、巣の一辺が切れたことにより、足場を失い、落下する。

 シアが魔刃を両手に突進、滅多斬りにする。

「これで決めます」

 上空のゾフィーが、揚力を推力に変え、大鎌でクモを真っ二つに断った。


 断末魔のように粘着液と体液を吹き上がらせながら、核になる。

 ゾフィー、恐ろしい子だ。



「よし。お疲れ様、ゾフィー」

 核を回収しながら、静かに着地したゾフィーを労う。

「ありがとうございます、ご主人様」

 額の汗を拭いながら、清正しい笑顔のゾフィー。

 禍々しい翼が消えていく。

 背中が出た服でよかった。破れずに済む。


「ですが、思ったよりもずっとうまくやれました。魔人っていいものですね」

 ふふふと笑っているけど、魔族化した目的が変わってないか?


『ゾフィーにとって、いいと思えるならいいんじゃない?』

『それもそうかもな。しかしあっさり片付けてしまった』

『そうねぇ。そもそも、なんでこの辺に巣ができたんだか』

 魔人クラウスと関係があるんだろうか。

 ゾフィーに接触するに当たって、邪魔な冒険者を誘導したとか。



 こうして、ヴェッセル伯爵領北部森林の魔物の巣は発生源を失い、ただの狩場と化した。

 報奨金もあるようだけど、噂もあるかもしれない。

 ヴェッセル伯爵に世話になった礼ということにしておこう。


 何食わぬ顔で、森林外まで空間移動し、冒険者の群から離れていった。


 俺たちは公都を目指す。

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