1-8 可愛いは正義

『起きて、シン』

 小屋で寝ていると、シアが少し緊張した声で呼びかけた。


『ん、どうした?』

『西方街道上から、こっちに近づく何かがいるよ』

 小屋の周囲には魔力の糸を張っている。

 相手方はなんらかの魔法を使ったのだろうか。

『距離は?』

『たぶん2セグもない』

 千里眼を使うと、月明かりだけで、街道上を捜索する。

『いた』

 有効範囲ギリギリで、街道上を走る男四人を発見する。

 走る速度は速く、何らかの魔法が使われている。

 バラバラの服装に、それぞれの武器を身につけている。


『シン、どう思う?』

『ただ夜から移動を始めている冒険者か、夜盗の類か』

『まだ判断できないわね』

 冒険者がこの街道を使うのは珍しく、夜ならなおさらと考えると、あまりよろしくなさそうだ。


「ゾフィー、起きて」

 シアが毛皮の掛け物を剥ぎ取り、ゾフィーの肩を揺すると、半目のゾフィーが瞼をこすり、身体を起こした。

「賊かもしれない人たちが来てるから、動く準備して」

 できれば、小屋から出ておきたいけど、鉢合わせはしたくない。

 扉から遠い場所で待機する。


 千里眼で動向を見る。

 男たちは小屋の前で立ち止まった。

 何故か足音がない。これも魔法か?


 剣など各々のエモノを掴み、構える。

 これはクロだ。


「ゾフィー、今すぐ攻撃魔法使える?」

「少し、時間かかる」

「じゃ準備だけお願い」

 右腕に魔力で射出筒を形成、弾頭となる杭を10本仕込む。

 火薬代わりの魔力を詰める。


 男が扉の前に立つ。

 今だ。


 盛大な発光を撒き散らしながら、扉を貫通する。

 男の各所に命中。倒れる。


「ゾフィー。お願い」

 ゾフィーが歌を詠唱する。

 魔法発動経路を歌で記憶しているようだ。


 シアは穴だらけの扉を蹴り飛ばす。

 千里眼の視野通り、三人が囲むように立っている。

 出てきたのが子供だとわかると、半笑いで、剣を振り上げる。

 ひょいとかわしながら、もう一人の前に跳び、ローリングソバットで入り口の前に叩き込む。ゾフィーと男達を遮るものはない。

「ゾフィー!」

「アイシクルグラベル」

 扉枠や近辺を吹き飛ばしながら、礫のようば小さな氷柱が男三人を襲う。


 シアは一人の喉元に短剣を突きつける。

「まだ抵抗する?」

 男は首を横に振った。


「で、あんたたちは定期的に小屋で一泊する旅人や商人を襲う夜盗ね」

 三人は消耗しているが生きている。

 最初に杭を撃たれた男は、死んで核化していた。


 容赦して、被害があるよりはいいが、殺してしまった。

 慣れない気分だけど、悔いがあるほどではない。

 命はやはり安くできている。


 たとえそうだとしても、問題は命あるものをどう扱うかだ。

 如何に脆くても、軽重を決めるのは己であると共に、生殺与奪を握る者だ。


 この小屋は盗賊にとっていいスポットだったようだ。

 人通りが少なく、街道の側で、夜間に迷うこともない。

 街道上で隠れて、通行者を見ていれば、襲うかどうかも合わせて狼煙なりで連絡すればいい。

 国境間を移動するから消息も追いにくい。

 まさに狙ってくれと言わんばかりのロケーションだということがわかる。


 また、移動速度の強化と、消音の魔法は、使い捨ての魔法書を使ったらしい。

 それは、前回、襲撃した商人から得たものとのこと。

 普段はそこまでしないのに、なぜそこまでしたのか聞いてみると、試しに使ってみただけだと言う。

 千里眼の範囲からは異様な早さで、移動し、音も消すという周到さに疑問を覚えたが、男が言うことには、ただの盗賊にしか思えない。



『よく泊まったわね私たち』

『なんだかんだ気楽すぎるかもな』


 三人を縄で数珠繋ぎにして、街へ歩くことにした。

 彼らを見ると一応装備があるものの、あまりいいものではない。

 追い剥ぎみたいな奴らだから、そもそも冒険者として営む程の技量もないのだろうか。

『というよりも楽して稼ぎたいだけじゃない? 人が相手なら物資、武具、人が売り物になるし』

 奴隷商人の仕入れルートも色々あるか。


「ゾフィー。助かったわ」

「自分の命が惜しいだけ」

「まぁまぁ、それでも。ね?」

 なんにせよ助かったことは確かだろう。

 人を守りながら戦うのは大変だけど、援護があるというのはとても心強い。


「それに歌、綺麗だったね」

 それには俺も同意する。

 あんな時でなければ、聴き入っていたと思う。

「今度、聴かせてよ」

「敵がいるなら」

「それじゃだめなんだってばー」

 いつか、静かな夜に聴かせて欲しいものだ。


  ●


「ありがとうございます。昨今、行方不明者がいるとの証言があったのですが、確証が取れず、正式に動けずにいたのです」

「そうだったんですね。本人も認めたことで、仮犯罪者の掲示もあります」

 本人によって、仮で犯罪者の掲示を加えることができる。

 然るべき理由とともに犯罪者の取り締まりに使われているようだ。


 既に夜盗は門兵に任せてある。

 夜盗の目がなくなると、疲れたシアは裏に引っ込んでいった。

 着いた先の伯爵領都の冒険者管理部には褒賞金をもらいにきた。


「あと、こちら。一人は殺してしまいました」

 核を窓口の台に載せる。

 死体を改めて見るのは怖いので、魔力を注いで肉体の再現はしていない。

「報酬については、奴隷としての売却額見込みと褒賞金となります。一人あたり銀貨1枚、褒賞として銀貨2枚で合わせて銀貨5枚です。核の方は、用途がないもので、引き取るだけになります」

「結構お金になりますね」


 一日なんとか暮らすのに銅貨一枚。盗賊一人銀貨一枚。オードラント公爵の街で売られていた美女が金貨一枚。

 人の値段に100倍の違いがあるというのは、わかる。それが現実だ。

 100日分の生活費と考えると結構な額だ。

 それは命ではなく、人的資源だ。生産性を考えて妥当な値段なんだろう。


「だいたい労働奴隷はこのぐらいで取引されますね。売却後での正確な値段での報酬でもよろしいですが、どうしますか?」

『いい?』

『いいんじゃないの? 減るリスクもあるし、即金で貰いましょ』

「じゃすぐにいただきます」

「はい。では銀貨5枚です」



 ここの領主はヴェッセル伯爵と言うそうだ。

 街の北面に居を構えているらしい。

 たぶん関わることもないけど。


『今日明日はのんびりして、明後日あたりに北の森で発生している魔物でも狩りにいくか』

『いいんじゃない。せっかくだから色々物色したいし』

『そうだな』

 まずはゾフィーの服かな。


 全く話しかけてこないゾフィーだけど、多少の変化がある。

 後ろについてくるのは同じでも、少し距離が近くなった。

「なぁゾフィー」

「なに?」

 それに一応反応があるようになった。

 少しずつでも良くなってると思いたい。

 さて。

「どれか欲しいものはあるか?」


 ここは準高級服飾屋で、俺やシアは冒険者向けに機能性と見た目がよいものがあったので、それを二着、1銀貨で買った。

 ちょっとカッコつけているみたいで、恥ずかしいが、これぐらいが見栄えのする冒険者風とのこと。

 ということで、ゾフィーの分だ。


 ゾフィーは幾分か、首を巡らせて、

「あれ」

 と、指を差した。


 それは、黒に少しの紫を垂らしたような魔物の体表面の繊維を綿に織り込んだ頑丈かつ、女性の魅力を強調した上下とロングブーツのセットだった。

 ゾフィー向けのサイズを見つけた。


「店員さん、試着しますね」

 試着室で着替えさせる。


「似合ってるじゃないか」

「そう?」

 肩から胸元にかけて露出しながら、袖が付いていて、胸部からウエストを身体の線がわかるように包みこんでいる。背中はざっくり開いている。

 膝上のスカートはきっちりと折り目がついていて、ロングブーツと黒のニーソとのコントラストが映える。


 満更でもなさそうなゾフィーは、俺が値段を確かめたとき、皮肉っぽく笑みを浮かべた。

 セットで30銀貨。


 庶民では買えない、高級服に一歩踏み込んだ一品だったようだ。

 持っているトラシント銀貨は今34銀貨のみ。

 あーその笑いはそういうことか。


 彼女はきっと俺の良心を暴きたいのだろう。

 惨めな服装の奴隷に施す善人な主人らしい振る舞いが、嫌だったのか。

 魔族候補の存在に高い服は買えないと言わせたかったのか。

 そもそも、そんな金がないとでも言わせたいのか。


『問題ないな』

『いいよー』

「店員さん、そのまま着ていくよ」

「まいどありー」

 惜しみなく銀貨を渡した。


 ゾフィーの笑みがたちまち歪む。

 よくわからないものを見る目つきで、こう言った。

「変な人」

 気のせいかもしれないが、少し嬉しそうに聞こえた。

 構わないとも。

 どう言おうと、可愛いは正義なのだから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る