四月十三日(月)

      

          1


 五時間目の授業終了をげるチャイムにかぶさる様に、スピーカーから突如とつじょ教室に校内放送が流れた。

「緊急事案A3発生。復旧作業の為、カテゴリー1及び2の生徒は、至急、生活塔一階裏庭に集合して下さい」

 俺と一馬は二人してあ~あ、と顔を見合わせる。

「ヤレヤレ、また誰か校舎をぶっ壊しやがったな」

 俺達は上着をぬいでイスの背にかけると、教室を出て重たい足取りで生活塔に向かう。

「今月これで何回目だ? 無駄なカロリー使わせやがって」

 悪態をつく俺に、一馬はシャツのそでを肘までまくりながら答える。

「僕ら知らないけど、毎年この時期は一時的に荒れるんだってさ」

「何で?」

「新入生だよ。彼等、精神的にまだ不安定な子も多いし、みんな自分達が一番大変で苦労したと思ってるものだから、最初の内はグループ間のトラブルがえないんだってさ」

「ふうん、このあいだの屋上の連中もそんな感じだったのかな」

「……イジメ、カッコ悪い」

「イジメてません~! 俺がケンカふっかけられたの。ま、確かにあの時は、お前らが乱入してくれたおかげで一方的な勝負にはなったがな」

「僕の靴まで隠した事は忘れないからね。でも珍しいよね、禅が後輩を助けに入るなんて。燃え尽き症候群治ったのかな?」

「いや、あれは、そうだな、一言で言うと『むしゃくしゃしていたから』だな」

「……相変わらず最低だね、安心した」

「最低言うなよ。結構いい奴だぞ俺は、世界中の皆が仲良くしてくれないものだろうかといつも願っている男ですよ、勿論俺は一切無駄なエネルギーを使わずに済む方法で」

「……うん、それはまあ、いいんだけど、お節介もほどほどに。気を付けてよ、僕らも来たばっかりの時はそうだったけど、今年の新入生にも自分より強い奴なんている訳ない、くらいに思ってるのが、わんさかいるだろうから、ケンカ売られない様にね」

「困ったもんだ、俺より強い奴なんている訳ないのに」

「…僕だって本当はそう思ってるもん。なんか負けた気がするから言っておくけど」

 話しながら校舎裏を歩く俺は、ふと目に付いた物が気になり、一馬に尋ねる。

「なあ一馬、あの『御利用は自己責任で!』の、あれって何だか知ってる?」

 俺は壁の貼り紙の下、○の中に☆の描かれた怪しい図形を指差して聞く。

「ああ、あれ? シャーリー姐さんの瞬間移動テレポート用魔法陣だね」

「瞬間移動って……ドコに?」

「これは寮とつながってる奴だよ、確か」

「寮から一瞬で来れるって事か? 何それ初耳なんだけど」

「でも、あんまりおすすめしないよ、掃除のオバちゃんに出口を消された状態で入っちゃったりすると、亜空間に閉じ込められる事があるんだって」

「それって……どうなるんだ?」

「永遠に時空の狭間はざまただよい続ける時の異邦人に――なられても困るから、毎月月末になると姐さん亜空間にハマリンコしてる人がいないかチェックしているんだって」

「それでも下手したら一ヶ月近くほったらかしになる可能性もある訳か、リスクでかっ!や~めたやめた。遅刻した方がましだわ」

 無駄話をしながら歩くうちに、俺達は目的の場所に到着した。

 図書室や美術室などの特別教室が集まった『生活塔』と呼ばれる建物の裏庭。

 キープアウトのテープが張られた外側に、緊急召集に応じた、カテゴリー1『超人系』とカテゴリー2『改造人間系』の面々四十数名がたむろしている。

 何かそう言うとヒーローショーみたいで子供が喜びそうだが実際の絵面は精々、『体育会系男子大集合!』である。まあ、これはこれで、一部のコアユーザーにはたまらんのかも知れんな、俺は早くおうちに帰りたくてたまらん。

 人混みをかき分け、前の方の様子をのぞきに行くと、テープの内側では、自治会の鑑識班がちょうど作業を終え、機材をかたづけている所だった。問題の校舎は――

 一階部分の外壁が派手に崩れ、柱もえぐれて鉄筋がむき出しになっている。

「ひでぇ、誰が直すか考えろよな~」

 俺が顔も知らない犯人に文句を言っていると、鑑識の一人と話をしていた、えらく目立つ女生徒が、ハーネスを付けた白い大型犬にみちびかれる様にして、こちらに歩いて来た。

 腰まで届く長さの真っ白な髪に、透ける様な白い肌の整い過ぎるほど整った顔。自治会長の奥宮阿頼耶おくみやあらや先輩だ。

「皆さん、本日はお忙しい所、お呼び立てして申し訳ございません」

 奥宮先輩は深々とお辞儀をする。

「ご覧の有り様ですので、今一度皆さんのお力をお貸し下さい。それと――」

 一旦言いよどんだ奥宮先輩は、意を決した様に顔を上げ、

「ここの所、校内でこの様な物騒な事件が続いております。皆様もトラブルに巻き込まれませんよう、どうかお気を付けください……」

 俺らなんかとは明らかに育ちの違う奥宮先輩に、丁寧にお願いされた上に、なんか知らないけど身の上まで安じられてしまった。さっきまでダリ~だの、知らねっつの、だの言っていた俺達のモチベーションは一気に『ガンガン行こうぜ!』のレベルまで急上昇。

「おい、みんな、奥宮先輩がこう言ってるんだ……やろうぜ!!」

「お――――――っっ!!」

「なんだよ功刀、先輩の前だからって、いい格好しやがって!」

「バッカ、そんなんじゃねえよ!」

 後ろから髪の毛をクシャクシャにされる。

 ひとしきり盛り上がったあと、バカ達は各々の作業に散って行った。

 さて俺達がここで行うのは何者かによって無惨に破壊された校舎の補修――の手伝いだ。

主役は用務員の韮澤にらさわさん。『用務員のおじさん』と言うには、二十六歳の彼はまだ若く、無精髭ぶしょうひげとツナギの似合うワイルド・ガイだ。自身この学校の卒業生である彼には『壊れた無機物を元の姿に戻す能力』があり、しょっちゅう何かが壊れている我が校にとっては欠くべからざる能力者だ。だがそれほどパワーのある能力ではないらしく、何十キロもあるコンクリートの破片なんかは、あらかじめ運んでなるべく元の状態に近づけておく必要がある。俺は飛び散ったガラスの破片をチリトリで集めながら、

「しかし、何でいっつも俺達カテゴリー1・2ばかりが狩り出されるんだ、不公平だろ」

「功刀はまだ力持ちだからいいだろ、俺なんか超人系っつったって水辺限定キャラだぞ」

「そう言う君は水泳部の川村君」

「おう、B組の『不死身』の藤井寺君も『不死身なだけで、腕力がある訳じゃないのに』って困ってた。そもそものカテゴリー分けからして大雑把なんだよな、この学校」

 川村はぶつぶつ言いながら細かい壁の破片をバケツに放り込んでいく。

 そう言えば一馬はどこに行った? 俺は辺りを見回す。ああ居た居た。韮澤さんの横で瓦礫支え係をやっている。またサボリ辛そうな所に……。

 くわえタバコで壁の前に座り込んだ韮澤さん。その掌から発せられるボンヤリとした光を浴びた部分には周囲から巻き戻し映像の様に破片が集まって来て、見る見る元通りに再生していく。う~ん便利だ。

 満杯になったバケツを置いて来た川村がおれの横に戻って来た。

「そう言えば、功刀、行方不明者の話、もう聞いたか?」

「うんにゃ、知らん。何だそれ?」

 俺は川村の口から突然飛び出した事件の臭いのする単語に軽く驚く。

「いやな、俺も聞いた話なんだがな――」

 そう言って川村は怪談話でもするかの様な口調で話し始めた。

「実はな、先週から学校内で消息不明になる人間が続出しているんだ。その数、既に三人」

「そりゃまた――物騒な話だな。家出とかじゃ無くてか?」

「違うだろ、朝普通に学校に行って夜寮に戻って来ないんで発覚するらしいんだ」

「ふうむ、何か手掛りは無いのか?」

「それなんだがな……」

 そういって川村はキョロキョロあたりを見渡す。

「白組の連中もいるからな、実はな、消えたのは全員赤組。しかも皆カテゴリー1か2の体育会系で、体育祭でポイントゲッターになりそうな連中だったらしいんだ」

「白組の陰謀って事か!?」

「声デケェよ、まだ分からん。だが自治会も理由は別にして体育会系の連中が狙われていると踏んでいる様だな、さっきの奥宮女史のスピーチからして」

 さっきの奥宮先輩のスピーチ『皆様トラブルに巻き込まれない様にお気をつけ下さい』の部分か、なる程そう言われてみると、俺には作業をしながら気になっていた事があった。

 人数が多すぎるのだ。

 さっきも言った様に、俺達の仕事はあくまで韮澤さんの手伝い、彼の指示に従って大きな破片を運んだり、彼が修復している箇所を手で支えたりする。しかし、いつもならこの半分、カテゴリー1か2の片方だけが呼び出されるのが普通で、二隊総出というのはかなりな大作業の時なのだ。だが今回の現場は派手な壊れ方は別にして、範囲も瓦礫の量もそれ程では無く。案の定、手空きになってその辺でダベッている奴らが続出している。

「注意喚起と頭数の確認の為、全員呼ぶ必要があったということか」

「だな。ま、腕自慢の連中の中には『何故俺の所に来ないのだ!』的な奴もいそうだけど、功刀はこういうの面倒臭い方だろ」

 まったくです。と、そこで、別の知り合いが声をかけてきた川村は、じゃあ、お互い気を付けようぜ。と言い残して去っていった。


          2


 二時間に渡る校舎復旧作業がやっと完了。早く帰りたがる一馬を無理に付き合わせて、購買でカロリー補給を終えた俺達が校舎を出ると、辺りは既に薄暗くなり始めていた。

「もう~、帰ったらすぐまた晩御飯だよ」

「大丈夫! イチゴスペシャルは別腹だから。オードブルみたいなもんだから」

「僕は禅みたいなカロリストじゃないの。付き合ってたらこえっちゃうよ……あれ、ねえ禅」

 一馬の指差す先を見ると、校門の辺りに奥宮先輩と犬が歩いているのが見えた。

「むっ! 行くぞ一馬!!」

「は、速い!」

 俺はビックリさせない様に、わざと大きめの声を出しながら駆け寄る。

「奥宮先輩~、先輩も今帰りっすか?」

 気づいた彼女はこちらを振り向く。

「その声は禅君? では一馬君もいるのかしら」

「は~い、ここにいま~す」

 一馬の気の抜けた返事に奥宮先輩は口を隠してウフフと笑っている。

「二人は本当に仲良しなんですね、羨ましいくらい。それはそうと、お二人とも、今日は本当にお疲れ様でした」

 奥宮先輩はまた深々とお辞儀をして来る。

「あぁ、いやいや、あんなの何でもないですから。そ、それよりもどうですか、俺らも帰る所なんで、良かったら寮までご一緒しませんか」

「凄い、禅。今のは自然な誘い方だったよ!」

「ありがとう、一馬。でも出来れば次からは声に出さないで貰えるともっと嬉しいかな」

「ふふふ、勿論構いませんよ。ただ、わたくし、本日は目が見えないものですから、歩くのが幾分ゆっくりになってしまうかも知れませんが、それでもよろしければ……ね? ばさら」

 そう言って奥宮先輩はハーネスの先の白い大形犬に優しい視線を送る。ばさらと呼ばれた白犬は振り返り、こころなしか不機嫌な表情を浮かべながらも、コクリと頷く。

 交渉成立。俺達三人と一匹は、駅に向かって歩き出した。

 自治会長、奥宮阿頼耶先輩。道行く人が誰しも振り向く美しい容姿を持つ彼女。だが彼女のその澄んだ瞳はほとんど見えていない。

 四国の由緒正しき憑き物筋の家系である彼女の実家では、女子は十三歳になると『御子みこがみ降ろし』と呼ばれる儀式を受け、超常的な力を授かるのだそうだ。特に幼い頃からその才能を見込まれていた彼女には、本来数名に分けて降ろされる筈の歴代四十九体の荒御子あらみこがみが全て与えられた。だがその代償に、彼女はその視力のほとんどを、髪の毛の色素と共に失ってしまったのだそうだ。

 その後、与えられた四十九の眷属を操り、憑き物返しの巫女として活躍したらしいが。

 ある事件――恐らくは世界の危機と呼んでよかったのだろう事件。

 それを解決するにあたって、眷属のほとんどを失ってしまい、本人曰く『勘当同然で』この学園にやって来る事になったのだそうだ。

 ちなみに、俺と一馬が彼女と顔見知りなのは、この学校に来たばかりの頃、しょっちゅう問題を起こしては、自治会室に呼ばれてお説教をされていたせいだ。当時彼女はまだ二年生のヒラ自治会役員だったが、俺達に重い処分が下らない様に、いつも庇ってくれていた。

 そういう恩義が在るものだから、俺も一馬もこの人が困っている時には、恩返しというほどではないが、何かしら力になりたいと思っている訳だ。

 校門からわずか二百メートルの駅にはすぐに着いてしまい、俺達はエレベーターでホーム階に上がる。程なくやって来た下りのモノレールに乗り込み、ドアの近くに陣取る。

 俺は彼女の整った横顔を眺めながらさっきから気になっていた事を尋ねてみた。

「先輩、先輩の目が見えないって事は今日は『まこら』が出払っているって事ですよね」

「え!? え、ええ、しょ、少々調べ物が有りまして……」

 分かり易い人。『まこら』は彼女に残された二匹の眷属のうちの一匹で、千里眼、透視、念話と言ったESPに特化した能力を有しており、ニョロリとしたファニーな外見に反して、その能力は学園内でも有数の強力な物だ。コイツの存在のお陰で、彼女は普段は一般人以上にしっかりと、この世界を認識している。その彼女が、不便を承知で、下校時までまこらを飛ばしっぱなしにしているという事は――

 俺は思い切って、疑問の核心について聞いてみる事にした。

「調べ物って、例の行方不明事件絡みですか?」

 俺のその言葉に彼女はビクッと一瞬身を強張らせ、溜め息と共に重い口を開いた。

「はぁ、もう噂になっているのですね……」

「何でも俺達みたいな体育会系が狙われてるとか」

「ど、どこまでご存知なのですか?」

 そこまで話した所で、彼女を挟んで向こう側に立つ一馬が首を突っ込んで来た。

「なになに? 面白そうな話?」

「購買で少し話したろ、あれの詳細をな。で、どうです、犯人は見つかりそうですか?」

「それが……かんばしくありません」

 そう言って彼女は肩を落とす。

「イージス艦並の索敵能力を誇ると言われる『まこら』を出してもですか」

「そうですね、確かにまこらの千里眼は素晴らしいのですが、犯人の顔写真や遺留品でもない事には探しようがないのです。顔もわからない犯人を探し出すのはイージス艦よりも警察か探偵の仕事ですね」

 一馬が口をはさむ。

「あ、でも行方不明者達ならどうですか? 顔写真とか手に入るんじゃ」

「はい、それも試しているのですが、面目無い事に…どう云う方法なのかは分かりませんが、誰の目にも届かない何処どこかに隠されてしまっているようです」

「体育会系の中でも猛者もさ達を次々に倒し、まこらにも探せないどこかに隠し去り、一切の証拠を消し去る……さあて、そんな事が出来る奴と言えば――沢山いすぎて絞り込みようがないですな」

 これがウチの学園の怖い所だ。

「そうなんです。一人では無理でも三人、四人の能力者が組んでサポートしあったら……」

「カオス過ぎて想像もつかないよ~」

 一馬の溜め息につられて、奥宮先輩も肩を落とす。どうやら大分気に病んでいるようだ。

 モノレールが寮のある駅に着き、俺達は自然と奥宮先輩の前後を守る様な姿勢で車両を降りる。エスカレーターを降りた先にある小さな商店街を抜けて、十分ほど歩けば寮だ。

 俺は無言になってしまった先輩の気分を紛らわそうと、まったく違う話題をふってみた。

「ああ、そう言えば、この間面白い奴と知り合いになりましたよ。奥宮先輩なら知ってるかな、身長二メートルの羊顔のロボットを操るアリスって名前の一年生」

「ああ、それは一年A組のアルバーンさんですね、ええ存じあげていますよ、彼女は自治会どころか職員室でも有名人ですからね」

 入学早々……やるなアリス。

「彼女、不登校なんですよ。正確には半不登校と言いますか、あの遠隔操作ロボットを操ってキチンと授業は受けているのですが、肝心の本人はと云うと、一月に女子寮に入居して以来、一度も自室から出て来た事が無いと云う状態でして」

「一度もって――風呂とか食事はどうしてるんですか?」

「お風呂は部屋にシャワーが付いておりますし、食事はコンビニエンスストア等で買って来て済ませているみたいですね。買い出しもあのロボットを使って。栄養の偏りが心配です、せめて食事だけでも寮の食堂を使って貰えると良いのですが……」

 俺はコンビニで『お弁当温めますか?』と言われて首をブンブン振っている羊顔のロボットを想像して苦笑した。

「へ~、なんか便利そうなロボットだね。そんなの持ってたら僕でもヒキになりそうだよ」 一馬が楽しそうに言う。

「引きこもりの最終進化形態みたいな奴だからな。スキが見あたらん」

「もう、そんな風に面白おかしく言うものではありませんよ、本人にしたら真剣な問題なんですから。わたくしも女子寮の寮長として何か力になれないものかと、色々試してはみたのですが、力及ばず、心を開いてくれる所までは到っておりません」

「ふ~ん。でも、話した感じ、そんなに暗そうには感じませんでしたけどね」

「話した!? あの子が口を訊いたんですか?」

 奥宮先輩は驚いた顔をする。

「あぁ……やっぱり春の珍事の類でした? そんな気はしてましたが」

「はい、少なくともわたくしは聞いたことが有りません。そもそもあのロボットに喋る機能があると云うのを今初めて知りました」

 あ、ひょっとして、あいつ『喋れないてい』で暮らしていたのかな。俺はバラしちゃマズい事を言ってしまったかと内心慌てるが、

「そうですか……あの子が……」

 奥宮先輩の反応ポイントは若干違ったようで、暫し考え込んだのち、不意に俺の顔をじ―――っと覗き込んで来た。な、なんでしょう、俺が照れてのけぞると。

「あ、あら御免なさい。良く見えないものでついつい。そう、そんなことより、禅君!」

「はい!」

 俺は歩きながらビクっと気を付けする。

「彼女はひょっとしたら、貴方を気に入ったのかもしれません。これは、もし良かったらなのですが……禅君、あの子とお友達になってあげては貰えませんか?」

「友達に――ですか」

「はい、普通の事でいいんです。お喋りしたり一緒に遊びに行ったりするうちに、ついフラリと部屋から出たくなる様な出来事もあるかもしれません」

「ふ~む…別にいいっスよ。もう知り合いだし、見かけたら声かける様にしますよ」

「感謝致します。あぁ、山積する懸案事項の一つに微かな光明が……これでせめて寮の中ぐらい出歩ける様になってくれれば――」

 ほとんどお母さんの心情だな。俺があきれ気味に感心しているその時。

「ひったくりよー!!」

 突然、前方で女性の悲鳴が上がり、同時に人混みを切り裂いた一台の原付スクーターが、俺達めがけて突っ込んできた。

「退け退け退け~!!」

 俺と一馬は奥宮先輩を守るべく、とっさに彼女の前に出る。

 だが──ドンッと真横から何か強い力で突き飛ばされた俺は道路脇のごみ置き場に突っ込んだ。慌てて立ち上がろうとする俺の目に飛び込んできたのは。奥宮先輩の周りにまとわりつく、胴の長い犬を思わせる姿をした半透明の獣の姿。そして、そのほんの一メートル手前の見えない壁に激突して、グシャグシャに砕けるスクーターと、弾かれて宙を舞うフルフェイスの男の姿だった。

 俺を見下した獣が直接頭の中に語りかけて来る。

───キサマラノチカラナゾカリヌワ───

「……『ばさら』……か」

 ばさら――奥宮先輩に残された二体の荒御子神あらみこがみのうちの一体。普段は美しいホワイト・スイス・シェパードにり付いておとなしく盲導犬役をやっているが、いざ先輩が危険に晒されれば『金剛床こんごうしょう』と呼ばれる絶対障壁で彼女を護る最強の守護者の正体を現す。

「だからって……ごみ捨て場に弾き飛ばすことないだろが!」

 俺は立ち上がって、奥宮先輩の頭の上辺りから見下ろして来るばさらに文句を言う。

───ジャマダッタ───

「邪、邪魔だっただと!」

「これ、ばさら! お前はどうして何時いつも禅君に辛くあたるのですか」

───アラヤニ近ヅク雄ハ全テ敵ダ───

 なんとタチの悪い、好かれていないのは自覚していたがそういう理由か。

「ねえ、コレどうしよう~?」

 声の方向を見ると一馬が引ったくり犯をドラゴンスリーパーの姿勢で押さえ込んでいる。

 俺達は、程なくしてやって来た、駅前交番の警官に事情を話して、犯人を引き渡すと、今度こそ夕食の待つ寮への帰途についた。


          3


「ぎゃっ! 今日の晩御飯トンカツ定食だって」

 一馬が食堂の本日のメニューを見て悲鳴を上げる。

「さて、先ほどの大福がまだ胃に残っている神門さん、ここで一言」

「ちいっ! よりによってこんな時に……そう言う功刀さんも、ぜひ一言」

「私、ヒレカツよりロースカツの方が好きなんです……こえっちゃう~」

「肥っちゃう~」

 トレイを持った通りすがりの鎮目が、テーブルの向こうから冷たい視線を送って来る。

「何それ、流行らそうとでもしてんの?」

「肥っちゃう~」

「ムカつくわ!!」

 気が付くと鎮目の後ろにいたイシャが俺の前の席に座って鎮目の袖を引っ張っている。

「え? 何、ここに座りたいの? え~、嫌だ、ご飯が不味まずくなる」

「酷い言われ様ですね~、神門さん」

「まるで嫌われる心当たりが無さそうな言い様、さすがだな~、功刀さん」

 イシャの珍しい自己主張と精一杯の悲しい顔アピールに結局鎮目は折れて、一馬の前の席に腰を下ろした。ニコニコしているイシャだがその前にはトレイが無い。

「ああ、そうか、イシャは飯食えないんだっけか」

「ロボットだからその辺は流石さすがにね、この娘と大して変らないのにバクバク食ってるアンタのが変なのよ。イシャは普通」

「ぼかぁ地球に優しいバイオマス発電ですからね。しかしイシャも学園生として食べる権利はある訳だからちょっと損した気分だな」

 一馬が俺の肩を指でトントンとつつく。

「ねえ禅、真面目な話お腹減ってないんだけど、半分」

「いただきます!」

「あいかわらす食意地はってるわね。それならアタシのも手付ける前にちょっともらってよ、こんなに食べたら太っちゃうし、ハイ」

 鎮目がトンカツやご飯をサッササッサと俺の皿によこす。

「おお、心の友たちよ、今日は超運動して超お腹減ってるんで、もう超嬉しいです!」

 俺が一人で喜んでいると、イシャが急に席を立ってふわふわ向こうに行ってしまった。

「あ、あれ、やっぱり俺だけ喜んでるのが気にさわったかな?」

 俺が気にしていると、鎮目がイシャを目で追いながら。

「違うわね……ああ、なんとなく解った」

 トレイに一人前のトンカツ定食セットを乗せたイシャが足早に戻ってきた。トレイごと俺の方にズイっと押して来る。

「……くれるの?」

「コクコク」

「結婚しよう。まった! ウソ! 悪かった鎮目さん、ナイフはやめて!」

 サーカス出身の殺し屋の様にテーブルナイフを構える鎮目を必死で制止する。

「いや~、しかし嬉しいな。お祭りみたいだな。でもなんだな。こんなに食べたら俺……」

「「こええっちゃう~」」

 一馬が俺のパスをノールックで返して来る。

「頭悪っ」

「クスクス」

 こうして今日という一日がのどかに暮れていくのであった。


          4


──頼まれたのはこれで以上だな。──

──ああ、助かった、これで赤組の奴らを敗北させられるだろう……と言ってもこのまますんなり体育祭当日を迎えられればの話だがね、何せ此処ここは、イレギュラーを引き起こしそうな、不確定要素には事欠かないからね。──

──あの言魂使い───

──あのお嬢ちゃんが、どうかしたかい?──

──野放しにしておいて大丈夫か? 私にはこれ以上無い不確定要素に思えるが──

──大丈夫だよ、あの娘はね、あたし達が何も手を下さなくても悲劇的な結末を迎える事になっているんだよ、それこそどうあがいても無駄なくらい確実にね──

──貴公がそう言うのであれば、そうなるのであろうな──

──少し、可哀想ではあるけどね。こればっかりは必要悪みたいなもんさ──

──うむ、では私はそろそろ戻らせて貰おう──

──ああ、また何かあったら頼むよ──

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