第21話 時の恋 ー2ー

 で、翌日の放課後。


「よだかさん、やっぱりオッケーするんですか?」

「そうするのが一番いいと思うんだ。正宗さんも悪霊じゃないなら上手くいく、って言ってたし」

「広瀬さんは悪霊じゃないと思います。それに何かあっても大丈夫、カレンが守ってあげます!」

「いや、僕一人で行くよ。『こういうのは二人っきりで話すもの』って言ったの僕だし」

「おぉー! よだかさん男らしい!」


 有言実行。男の中の男、一之瀬よだか。これから男性からの告白を承諾しに参ります。僕はカレンちゃんより早く一人でいつもの道へと向かいました。気のせいか後ろから誰かに見られている気がしますが。

 強い風に桜が舞うアスファルトの上、広瀬君はいつもの場所に、いつも通り、相変わらず立っていました。


「よく来てくれた。もしかしたらもう来てくれないかと……俺は一度だけ君を疑ってしまった」

「明日また来るって言ったじゃないですか」


 事前の心配をよそに、僕は笑顔で彼に接する事が出来ました。広瀬君もうっすら微笑んでくれます。


「良ければ返事を聞かせてもらえるか? 俺はどんな答えが返ってきても、それを受け止める覚悟は出来ている」

「分かりました……」


 その先を口にするのは正直、かなり躊躇いがありました。男子に告白された事は数えきれない程あったけど、承諾するのは初めてなもので。


「僕で良ければお付き合いしましょう」


 それを聞いた広瀬君はゆっくり目を閉じて、ほんの少しだけ笑顔を作った気がしました。でも何故でしょうか……その笑顔は見ている人を悲しくさせます。


「一之瀬よだか、俺は嘘が嫌いだ」


 目を開けた彼はとても遠く、それはきっと時間も空間も遥か過ぎ去った、どこか遠くを見ているみたいでした。


「思い出した……嘘を吐いたのは俺の方か」

「どういう事ですか?」

「俺はあの日、彼女に嘘を吐いた。『お前なんか好きじゃない。どこへなりと行ってしまえ』。嘘を吐いた自分が嫌で、どれだけ経っても自分を許せなかった……どれくらいの時間だろうか……いつからか全てを失って泥の塊みたいになった俺の前に、彼女にそっくりな君が現れた」


 詳しい事は分かりませんが、大切な事は僕にも分かります。『広瀬さんは彼女の事を本当は大好きで、どこにも行って欲しくなかった』。


「どうして嘘なんか吐いてしまったんです?」

「これのせいさ。俺が玉砕でもしてみろ。彼女から幸せと夢、両方を奪う事にしかならない」


 広瀬さんは懐から薄っすら赤い、ピンクがかった紙を取り出しました。恥ずかしながら、僕はその紙が何か知りません。


「そうだ、彼女には夢があった。学生結婚などすれば、それも叶わなかったろう」

「広瀬さんは何にも悪くないですよ! 誰にも未来なんか見えないし、常に正しい判断をする人なんていません。広瀬さんが良かれと思ってやったなら……」


 あれ? 僕はなんでこんな躍起になっているんでしょうか?


「その通りかもしれない。そしてやっと分かったんだ。俺があのとき彼女に思いを告げていたら、彼女はきっと君と同じ嘘を吐いてくれただろう」


 僕の告白に本当の思いが籠っていない事を、広瀬さんは見抜いていました。そして今までずっと避けていたはずなのに、急にもっとたくさんの話を聞きたくなります。

 それなのに広瀬さんの姿がぼんやりしてしまうのです。止まっていた砂時計を神様が残酷なタイミングで動かすのです。


「嘘じゃありませんよ。その人は広瀬さんの事大好きだったはずです! 好きな人に想いを伝えるのが間違いだなんて、僕は絶対思いません!」

「ありがとう、一之瀬よだか。君は本当にあの人にそっくりだな。最後に見た彼女は、同じ言葉を叫んでいたよ。同じ様に泣きながら」


 気がついて、僕は急いで涙を拭って笑いました。


「惜しい事をしましたね。きっと素敵な人だったでしょ」

「……全くだ」


 高い空にそう言って、桜の舞う風に広瀬さんは消えました。まだ夕焼けにも染まっていない晴れやかな青空でした。





 何か他にしてあげられる事はなかったのでしょうか? そんな事をふつふつ考えながら帰宅しても、答えは出ませんでした。そして家に帰ると、カレンちゃんと正宗さんと二人揃って泣いていました。


「じっちゃが言っでだ通りです……戦争は誰も幸せにしません。カレン孫の孫までこの事を伝えていこうと誓いました!」


 十中八九カレンちゃんが後をつけて聞いていたのでしょう。そして情報は全て伝達済みのようです。正宗さんは『よよよ』という感じで袖を濡らしています。


「幾多の合戦と戦乱を目の当たりにした俺じゃが、やはり第二次大戦は一番悲惨じゃったのう」


====


 ここまではよかったのです。しかし夜十時を過ぎると大人たちは僕がバーテンの格好までしてお酒を作っている中、僕の話を酒の肴にし始めました。


「それは俗に赤紙と呼ばれる軍の召集令状でしょう。後期のものはインクが無くてピンクだったと聞きます。もしかしたら東京大空襲で亡くなった方かもしれませんね」


 古屋敷さんは『オートマトン』と命名したオリジナルカクテルをよく飲みます。作り方は至って簡単。工業用エタノールをグラスに注ぐだけ。隣にいた島村さんはカクテル『ゴッドファーザー』をぐいっと呷りました。ネーミングが好きなのだそうです。


「えげつねぇ話だが、まあ何にせよよかったじゃねえか。そいつは一之瀬くんに出会えただけ幸せってもんさ。人間いつ死ぬか分からねぇからな」


 さらに隣の吉永さんが『スティンガー』を、その隣の俵屋さんが『カルーアミルク』を飲みながら、珍しく仲良さそうにニヤニヤしています。


「それにしても惜しい事をしましたね。その人、きっと素敵な人だったでしょ?」

「ふっ……全く、惜しい事をした」


 僕は至極真剣で一生懸命だったのに、酒の入った大人というのはこんな揶揄い方をするから、僕もちょっと腹が立ちます。


「そう膨れんなってよだか。笑い話にでもしてやらなきゃ、そいつも浮かばれねえじゃんか!」

「そうそう……ってアレぇ? 俺こんなお酒、頼んでないよぉ?」

「僕から二人への特別サービスです」


 僕は二人に特別強いカクテルをプレゼントしました……でもよく考えたら、吉永さんには罰ゲームでもなんでもありません。


「おっ? こいつぁ『カミカゼ』か。今夜に最も相応しいシニカルな一杯じゃねえか」


 俵屋さんは口をつけるなり、むせて咳き込みました。


「俺こんな強いの飲めないよ……」

「せっかく作ったんだから飲んでください」


 みんな笑ってくれましたが、僕は今日の出来事を笑い話や他人事終わらせたくはありません。

 僕は今日、得難い教訓を手に入れる事が出来ました。だからこれからは、人の恋を安易に笑ったり、無下に茶化したり、ましてや見て見ぬ振りをするのはやめようと思います。

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