第22話 行ってこい

 トキタカは黒い剣を手にしたまま動かない。その横顔にはなんの表情も浮かんでいない。船室に一人、手にした剣を見つめて、佇んでいる。魔法の剣はいままでと何も変わりがないようにみえる。だけど、それはもう、ウェルノスに姿を変えない。

(ボクたちは魔力の入れ物だ。それを壊したら、どうなると思う?)

 足元に音もなく擦り寄ってきたリオノスが念話を伝えてくる。

 答えは聞くまでもなかった。ドラゴンを殺したときと同じだ。魔力は殺した人間の手に渡る。

 イクタ王子は、ルビリムの魔力を奪うためにウェルノスを殺した。ロウロルアを一人で倒すために。

 その事態に突き当たってみれば、彼は当然そうするだろうと思えた。あたしたちから力を奪えば、彼は勇者の力を借りずともロウロルアを倒せるのだから。

 トキタカが振り返り、顔を上げる。何かを言わなければと口を開いた瞬間、彼はあたしの横をすり抜けていた。甲板の方へ、早足で歩いて行く。

「トキタカ!」

 胸騒ぎを感じながらその後を追う。

 船は船員を失い、港の中を行く宛なく漂っていた。甲板からは、高台にある王宮を望むことができた。

 一部が崩れ落ちて無残な姿を晒す王宮から土煙が立ち上り、その上にドラゴンは支配者のごとく鎮座していた。

「イクタ王子……」

 銀のドラゴンの咆哮とともに魔法の竜巻が巻き起こり、王宮の石畳を巻き上げる。一体、何が起こっているのか、ここからでは判然としない。

 ドラゴンが正気を失って王宮を襲ったようにも、ドラゴンが何かしらの意図をもってウェトシー王宮を威圧しているようにもみえる。

 もしかすると、あたしたちが逃げ出したことがバレてダルディンの立場が悪くなったのかもしれない。

 ロウロルアを倒してその魔力を得たイクタ王子。

 イクタ王子の味方をしながら、彼を出しぬいて聖獣の力を得ようとしていたダルディン。

 イクタ王子が正気を失う前に、彼を説得すると言ったネシュフィ。

 聖獣の力を取り戻したけど、誰に味方をして、どう立ち回ればいいのか、わからない。

 こういうときこそ、トキタカの意見をききたいと切実に思う。彼の方が、きっとこの状況をよく理解して、どうするべきかもわかっているはずだから。

 あたしは王宮から船の上に注意を戻して、ハッとした。トキタカがこちらを見ている。その手がまっすぐに伸ばされ、手にした黒い剣の先端はあたしに向けられていた。

「何してるの……?」

「ウェルノスは死んでない。魔力を失っただけだ。魔力を注ぎ直せば、もとの姿に戻れる。ストレックの魔力を俺によこせ、キヌカ」

 あたしは叫びだしそうな気持ちを飲み込んだ。これも十分に予想できたこと――それどころか、ずっと恐れていた事態そのもの。いまさらうろたえたくはない。

「それで、あなたはどうするつもりなの?」

「決まってるだろ。倒すんだよ、イクタ王子を」

 トキタカは淡々と答えた。

「あんたはどうせあいつとは戦えないんだろ。だったら俺が戦ってやる。俺がその力を使う」

「あたしは、あなたにも、イクタ王子にも戦ってほしくない」

「状況をよく見ろよ。そんなことを言ってる場合か?」

 トキタカはそう言って、視線を王宮へと向けた。あたしは見なかった。そのかわり、トキタカを見据えて慎重に言った。

「ネシュフィは……彼を説得するって言った。戦うよりその方がいいよ」

 王宮を振り返りかけて、トキタカが動作を止める。

「同じだよ。ネシュフィが王子様を説得すれば、ドラゴンの力はウェルルシアに渡る。あの力を持つのがリオニアだろうと、ウェトシーだろうと、ウェルルシアだろうと関係ない。正気だろうが狂気だろうが、ドラゴンの力は、人ひとりが持つには大きすぎる。たったひとりで都市ひとつ滅ぼすこともできる。そんなものを野放しにはできないんだ」

 正論だ。ドラゴンの力のリスクは、なにも狂気だけの話ではない。たとえ正気でも力の持ち主が力を悪用しようとすれば、同じくらい危険なものとなり得る。

「でも……! そんなこと、あたしたちが決めることじゃないでしょう? 今までドラゴンを倒してきたのだって、仕方なくそうしただけ。力が大きすぎるとか、ふさわしくないとか、良いとか、悪いとか……そんなのは……」

 あまりに傲慢だ。あたしたちは、別の世界から来た、ただの人間なのに。

 なのに、それをあたしたちが決めるというのか。

 ――そう、まるで、神のように。

 瞬間、背筋に悪寒が走った。今、答えの一端を踏んだという予感。

「いいや、俺たちが決めるんだよ。俺たちはそのために勇者になったんだから。この力で何をするか、何を狩るかは俺たちの自由だ。誰に強制されてるわけじゃない。確かに俺たちは狂ったドラゴンを倒してきた。でもそれは、そうなるよう仕組まれているからに過ぎない」

「仕組まれてる……? 誰に?」

 トキタカはどこか諦観するような表情で、薄く笑った。

「神サマだよ」

「どういう、こと……?」

「異変が起こったから、勇者が召喚されたんじゃない。俺たちにドラゴンを狩らせるために、異変が起こっているのさ。ドラゴンを狂わせているのは、神だ。俺たちが、振りかかる火の粉を払わざるをえないように」

 突然そんなことを言われても、理解できない。考えようとすればするほど、頭の中がこんがらがっていく。

「だから? なんなの。どうなるっていうわけ?」

「だから、どうにもならないって言ってるんだよ。ドラゴンの狂気を癒やす薬はない。それは、死だけだ」

 トキタカは黒い刃をあたしの視線まで上げた。

「不満なら俺に力を渡して勇者から降りればいい。そして元の世界に帰れよ。あんたの役目は終わりだ」

「……!」

 約束したのに。一緒に帰るって。

 あっさりと言葉を翻したトキタカにショックを受け、唇を噛む。同時に、怒りが湧き上がってきた。

「勝てないよ。イクタ王子はロウロルアとルビリムの魔力を持ってる。いまのあたしの魔力では、彼に敵わない。それに、あたしたちふたりじゃなくて、ひとりで戦うなら、もっと不利だよ」

「……それでもやるんだよ」

「死ぬかもしれなくても……?」

 あたしの問いに、トキタカは答えなかった。つまりそれは肯定を意味する。

 ――どうかしてる。

 イクタ王子がトキタカに容赦しないのはすでにわかっていることなのに。彼は一度トキタカを殺す決断をしているのだ。慈悲は望めない。

 そのうえ、劣勢の戦いとなれば――命の保証はない。

 そこまでして、勇者の使命を果たしたい?

 そんな賭けを、どうして彼がしなければならない?

 あたしの疑問を読み取ったように、トキタカが口を開いた。

「牢屋に入れられている間、ずっと考えていた。俺は主人公じゃないんじゃないかって。ここで退場する運命なんじゃないかって」

 あたしはトキタカの表情にわずかな歪みを見た。

「俺は脇役にはなりたくない」

「……そんな理由で?」

「そんな理由だって? イクタ王子と戦う気もない、命をかける覚悟もないくせに! あんたにその力は必要ない。俺に渡せ、キヌカ!」

 激高したトキタカを見つめながら、あたしは唐突に腑に落ちた。

 トキタカの本当の目的。

 ――俺は望んでここにいる。

 彼の望み。

 彼は初めからそう言っていたのだ。リオニアやイクタ王子の目的は、人助けでなどではないと。ドラゴンの持つ魔力そのものが目的なのだと。

 そうだったんだ。

 彼の目的も同じだったんだ。

 力そのものだったんだ。

「イクタ王子に勝ったら……力を手に入れたら、あなたは、どうするつもり?」

「……」

 あたしの問いかけに、暗い視線だけを返した。

 やっぱり、図星なんだ。

「言えないなら、力は渡さない」

「あんたが勇者に選ばれたのは間違いだ……! 俺じゃなきゃ――」

 トキタカが何かを言いかけた瞬間、王宮のドラゴンに動きがあった。銀のドラゴンが咆哮を上げて一部が崩壊した王宮から飛び立つ。

「もしかして、ネシュフィの説得が成功した……?」

 だとしたら、あたしも追わなければならない。

 ドラゴンは上空で旋回したあと、ヴァノゴールの北東に向かって飛んで行く。

 あたしは反射的にリオノスの背に飛び乗った。飛び立とうとして、背後を振り返る。

 トキタカが剣を下げた格好でひとり立ち尽くしている。今の彼にあたしを止める術はない。結局のところ、脅しはフリでしかない。彼はあたしにお願いするしかない。その滑稽さをあたしは笑えなかった。

 あたしはリオノスを降りて、トキタカに近づいた。リオノスが金の鎌になってあたしの手に現れる。

「剣を出して」

 意外そうにトキタカが目を見開く。あたしは彼の剣に鎌の刃を触れ合わせた。

 黄金の鎌の魔力が、黒い剣に注がれる。

 だけど、トキタカの望みとは違う。力のごく一部に過ぎない。それに気づいて、トキタカが目を細めた。

「俺に帰れってか?」

「……ううん。ついてきてほしいから。あたしが」

 そう言いながら、力を半分にわけなかったのは、あたしのエゴだろう。あたしにも力が必要だ。イクタ王子を止めるために。それは多分倒すのと同じくらい困難なことだから。

 再び魔力を得たウェルノスが、黒狼の姿をとってトキタカの足に鼻をすり寄せる。トキタカはなにか奇跡をみたような顔つきで、ぼんやりとその首を撫でた。ウェルノスが蘇って毒気を抜かれたのか、それ以上力を要求してはこなかった。

 あたしはリオノスの背中に乗って、言った。

「トキタカ、乗って」

「……俺は用済みだ。何の役にも立たない」

「いいから来て」

「……」

 探るような視線が突き刺さるのを感じる。もっと説得力のある理由を言うべきではないかとも思う。トキタカが一緒の方が心強いとか、助言をして欲しいとか。そう、理由はいくらでもある。でも、それは本質的な理由じゃない。役に立つとか、立たないとかじゃない。正直、どう言葉にすればいいかわからない。

 あたしの想いが伝わったかどうかはわからないけど、トキタカはそれ以上反論はしなかった。あたしの後ろにトキタカを乗せて、リオノスは船を飛び立った。

 空から見た王宮は混乱しているように見えた。兵士たちが広場を右往左往しているが、壁が少し崩れた程度で、被害は大きくなさそうだった。

 ウェトシーの様子は気になるが、イクタ王子が最優先だ。リオノスを飛ばしながら目を凝らすと、北東へ遠くの空で、銀色の光が地上に向かうのが見えた。

「あそこ、着地した!」

 断崖の上。眩しいような緑の平原の中に、砕かれた石のようなものがみえる。かつては神殿のような場所だったのかもしれないが、今では石材の配置がかろうじて建物があったことを思わせるだけの、風化した遺跡となっていた。

 そこで、巨大なドラゴンが身体を横たえている。あたしは様子を見るために上空を一周して、その傍らに青い鳥の姿を見つけた。

「ネシュフィ!」

 やはり、彼女が説得をしていたらしい。

 青い鳥をめがけて、リオノスを降下させる。

 ネシュフィ――金髪の少年は、ぐったりと長い首を横たえて眠る銀色のドラゴンに身体を寄せて立っていた。あたしはリオノスを降りて彼女に駆け寄った。イクタ王子――銀色のドラゴンは目を閉じたまま動かない。

「何が起こったの!? イクタ王子は……」

 質問攻めにしようとしたあたしを、ネシュフィは人差し指を立てて制止した。

「いまは眠らせているだけ。彼は……危険な状態だわ」

「危険て……」

「いつ理性を失ってもおかしくない」

 ネシュフィが暗い目でドラゴンを見つめる。

「そんな……どうにかならないの?」

 あたしの問いかけに、ネシュフィが首を振る。そして決然とした表情で目を開いた。

「イクタはこのままウェルルシアに連れて行きます。わたしが抑えていれば、狂気に陥る危険性はずっと少ないはず」

「ずっと眠らせておくっていうの?」

「向こうに戻れば――やりようはあるわ。たぶんね」

 弱気を含んだ言い方ではあったが、ネシュフィの口調には有無を言わせない調子があった。言外に、あたしを牽制している。邪魔はさせない、と。

「そんなのをリオニアが許さないんじゃないか」

 あたしの後ろから歩いてきたトキタカが、他人事のような調子で口を挟んだ。

「許すも何も、これは九年前からの取り決めよ。わたしが親政を開始する十五の誕生日に、わたしたちは結婚する。誰にも止める権利はない」

「じゅ、十五歳……!?」

 ハエルの身体を借りているネシュフィの見た目は十歳の少年であり、本当の姿は不明だったが、口調の落ち着きぶりからもっと年上かと思っていた。

 ――あ、あたしより年下じゃない。

 そんな子供と変わらないような子が、女王で、イクタ王子と結婚しようとしているなんて。

 狼狽するあたしをよそに、トキタカが話を続ける。

「リオニアに本気で婚姻を結ぶつもりがあるなら、大事な婿にこんなことはさせなかったはずだ。第一、王子様はリオニアのためにドラゴンを倒し、力を得たんだ。ウェルルシアに横から攫われるためでなく。リオニアは、戦争になっても構わないつもりで、婚約を破棄しようとしているんじゃないのか」

 トキタカの問いかけに、ネシュフィが唇を引き結ぶ。

「あんたもそれに気づいていたから、そんな姿でわざわざ迎えにきたんだろ」

「迎えの船はすでに国を発ったわ。イクタは連れて帰ります。そのためにハエルに無理を言ってここまで来たのだから」

 ネシュフィの決意は固い。

 あたしはイクタ王子に目を向けた。魔法のためなのか、ぐったりと目を閉じたまま動かない。腹のあたりが上下しているので、生きてはいるのだろう。ウェトシーの王宮で、ネシュフィがイクタ王子をどう説得したのかはわからない。だけど少なくともネシュフィとの結婚はずっと前から決まっていたことだし、イクタ王子も同意している。

 彼女なら狂気に陥るのを防げる可能性もある。彼女と一緒に行くのが一番いいのかもしれない。

 でも、それがイクタ王子の本当の望みなのだろうか。

 わからない。

 わからないけど、もやもやする。

 だって、ネシュフィが、イクタ王子の感情を奪った張本人なのだから。

「まだだ」

 あたしが口を開こうとした瞬間、第三の声がわって入った。全員が背後を振り向く。

 騎馬が一頭、打ち捨てられた石畳を駆けてくる。馬上の男はあたしたちの前でひらりと馬を降りた。獅子の紋章をつけた騎士。つまりそれは、リオニアの人間であることを表す。

「約束の日まで、まだ五日ある。それまでは、イクタはリオニアの人間だ」

立派な鎧を身に付けた騎士の顔には見覚えがあった。茶色の短髪は、馬を飛ばしてきたせいかすこし乱れがみえる。穏和で優しげだった顔立ちは、今は地位の高いもの特有の厳しさに塗り替えられていた。

「アトレン王子……!」

 ネシュフィが苦々しげに呟く。

 そう、アトレン王子だ。リオニアにいるはずの、アトレン王子。

「どうしてここに……?」

 あたしの問いに、アトレン王子はこちらに目を向けてかすかに微笑んだ。答えるかわりに、銀のドラゴンにむけて声をかける。

「目を覚ませイクタ」

 銀のドラゴンに近づこうとするアトレンの前に、ネシュフィが立ちはだかる。

「ダメよ! これ以上動かしたら、どうなるかわからないの!?」

「覚悟の上だ」

 アトレンは冷ややかに答えた。

「あなたは、イクタがどうなっても構わないの?」

「それは殿下の心配することではない。あと五日のうちは、イクタはまだリオニアの人間だ。それが取り決めなのだから」

「イクタは渡さない」

 引かないネシュフィに、アトレンは肩を竦めた。

「そのような仮の姿だとしても、わたしでは殿下の相手にもなるまい。だか、イクタはどちらに従うだろうな」

 余裕を崩さないアトレンに対して、ネシュフィの顔色が変わった。

 再び、アトレンが銀のドラゴンに呼び掛ける。

「イクタ」

 ドラゴンの目蓋がピクリと動く。ドラゴンは重たげに頭を持ち上げた。緩慢な動きながら、頭から首、首から肩、前足、後ろ足へと力が伝わっていく。そして、翼を広げながら、巨体が立ち上がる。青ざめたネシュフィが後ずさり、かわりに、アトレンが前へ出る。ドラゴンがアトレンの前に頭を垂れ、アトレンはその背によじ登った。

「何をするつもり?」

「行くのだよ。エスラディアへ」

「エスラディア?」

 聞き慣れない国の名に首を傾げる。

「エスラディア……リオニアの北の国か!」

 トキタカが驚きの声を上げた。確かに、以前見せてもらった地図にはリオノアの北の山脈の向こうに別の国があったのを思い出す。

「ウェルルシア女王よ、殿下は無論反対はなさらないだろう。エスラディアは我々共通の敵。貴女の損にはなるまい」

「戦争でもするつもり……!?」

「戦争? いや、これは必然というものだ。ストレックは百年間、エスラディアの侵攻からリオニアを守ってきた。北の山脈の守り神が倒れた以上、我々は覚悟を決めざるを得ない。攻め込まれるのをただ何もせずに待つか、こちらから攻め込むか、だ」

 ドラゴンが翼をはばたき、風が制服のスカートを翻した。アトレンを乗せたまま、ドラゴンの身体が浮き上がる。風から顔を庇いながら、あたしはネシュフィを見た。止める方策がないのか、彼女はただ呆然と翔びたとうとするドラゴンを見つめてる。

 何が起こっているのか完全にはわからないけど、このまま行かせていい訳がない。

「イクタ王子! あなたはそれでいいの?」

 あたしは半ば衝動的に叫んだ。言葉が届いているのかどうかすらわからない。

「イクタ王子……! それがあなたの本当の望み? あなたはどうしたいの?」

「われわれはリオニアを守りたいだけだ」

 イクタ王子の代わりに、アトレン王子が答えた。

 ――わかってる、そんなことは。

 あたしは首を振った。違う、言うべきことは、そんなことじゃない。

「あなたは――ううん、あたしは――!」

 結局、何も答えないまま、イクタ王子は北の空へと飛び去った。

「リオノス!」

 あたしの意志に呼応して、リオノスが翼を広げて隣へやってくる。リオノスにまたがったあたしに、ネシュフィが駆け寄る。

「待って、わたしも連れて行って」

 ドラゴンの姿はすでに空の彼方だ。リオノスでも追いつくのは難しいかもしれない。それでも、普通の動物とは違って休むことなく飛び続けることのできる聖獣なら、追いかけられるはずだ。

「でも……」

 トキタカを振り返ると、彼は頷いて言った。

「連れていってやれ。俺よりは役に立つ。俺もあとから追いかける。自分の力で。必ず」

「うん」

 魔力の大部分を失ったトキタカにそれが可能なのか、わからない。それでも信じられる気がした。彼がそうすると言ったなら、そうする。だから心配はしない。

 それに、ネシュフィには借りを返さないといけない。

「来て、ネシュフィ」

 あたしは手を取って、少年の姿のネシュフィを自分の後ろに引き上げた。

 空を駆け上り、地上に残ったトキタカを振り返る。彼が走りながらこちらに向かって叫ぶのが聞こえた。

「行ってこい!」

 手を振ると、トキタカも振り返した。

 あたしは前を向いてリオノスを加速させた。地上の風景がものすごいスピードで背後に流されていく。向かう先は、エスラディア。

 そこに何が待っているのか、わからないけど。行くしかない。

 あたしは前を向いたまま、背後のネシュフィに呼びかけた。

「ネシュフィ、あなたを連れて行くけど……やっぱりあたし、あなたがイクタ王子の感情を奪ったこと、許せないと思う」

 それを聞いて、ネシュフィが笑い声を上げる。少年の笑いは、得たいのしれない魔女のそれで、あたしは初めて彼女を恐ろしいと思った。

「じゃあ、教えてあげましょうか? わたしとイクタのこと」

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