三通目

「ちょっとぉ!」

「んがぁ?」

「そんな、道路に足ぃ出してないでよっ! けっつまずくとこだったじゃないっ!」

「はん。携帯ぴこぴこしながら、ぼけーっと歩いとるからや。あほんだら」

「なんだってええ?! クソ腹立つじじい!」

「口の利き方直してから、おととい来なはれ」

「ふんっ!」


 ぱたぱたぱたぱた……。


「いやいや世も末やの。おなごなのにあれかいな。おや?」


 どっこらしょ。

 かさっ。


「なんや落として行きよったな」


 ぱたぱたぱた。


「ちょ、ちょっと!」

「なんや?」

「ここに何か落ちてなかった?」

「……」

「なんとか言ったら?!」

「それが人にものぉ頼む態度かいなあ。あんたかて、そないに言われたら嫌やろ」

「う……」

「……」

「く……」

「……」

「ご、ごめんなさい」

「ほいで?」

「ここいらへんに! 何か! 落ちてませんでしたかっ?」

「そないに怒ったみたいに言われてもなあ。返事する気にならへんわ」

「……。もういいっ!」


 ばたばたばたばたっ。


「いらちなねえちゃんやのう。ふわわ」


 ぐう。

 ぐう。

 ぐう。


「ちょっと」

「んあ?」

「ちょっとっ!」

「なんやねん。せーっかくいい気分で寝とったんに」

「やっぱ、あんたが持ってんじゃないの?!」

「だあからそれが人にもの聞く態度か言うとんねや。どあほ。大概にしなはれ。知らんわ。ほなさいなら」

「あ、おじいちゃん、待って! ごめんなさい! 謝るから、ごめんなさいっ! ほんとに困ってんのよう」

「はん? 何ぃ落としたっちゅうんや?」

「……」

「今度はだんまりかいな」

「あ、あのっ」

「ん?」

「ちょっと……人に見せらんない……手紙」

「ほ? ラブレターかなんかか?」

「……」

「はっはっは。赤なった。大当たりぃ、か」

「……うん」

「これやろ?」

「あっ! ……な、なか、見た?」

「見てるわけないやろ。人の手紙ぃ勝手に開けて読むやつぁ、最低や」

「あ、ありがと」

「こない大事なもん、ぽんぽん落としなさんなや」

「うん……。でもぉ、これはきっと出せないから……」

「さっきぃえらい威勢よかったやないか。ちゃっちゃっと押さんかあい」

「それとこれとは違うよぅ」

「なんや、しょうもな。へたれやなあ」

「うう……」

「ところであんた、学校はいいのんか?」

「今から行っても遅刻だもん。センセに何で遅れたって怒られるしぃ」

「ずる休みぃ、か?」

「……うん」

「まあ……しゃあないか。どうせ、うちに帰ったら今度はおかんに突っ込まれるんやろ。どっちがマシかやな」

「うう……」

「まあ、座りぃ」

「うん」

「なあ、あんたら携帯使えんねやろ? それで言うたらいいやないか」

「イヤ。冗談だって思われちゃうも」

「へえ、そんなもんかいな」

「だって、フツーの話は携帯でしてるからー」

「ふうん。ほなら、めえるつこたらええねん」

「おじいちゃん、よく知ってるねー」

「あんたらぁいっつもぺっぺこぺっぺこやっとるやないか。わしは老眼しんどいさかい、よう見いひんけどな」

「へへへっ。でもぉ、メールで告るのもイヤなんだ」

「なんでや?」

「だってぇ、つまんないメールは毎日やり取りしてるも。冗談だって思われたら、トモダチにばらされちゃう。わたしのメール見られちゃう」

「ああ、さよか。めんどくさいのぉ」

「うん。ほんとにめんどくさい。なんで、好きって言うだけなのに、こんなに悩まないとなんないんだろ」

「うーん」

「ねえ、おじいちゃんはさ、ラブレター書いたことあんの?」

「おいおい、いきなり突っ込みよるなあ」

「ねえ」

「せやなあ。わしがあんたくらいの時は戦争の最中や。わしはやんちゃやったし、おなごぉ見とるひまぁなかったわ」

「ふうん……。でも、おじいちゃん、子供いるんでしょ?」

「おるよ。息子がひとりおる」

「ってーことわあ、奥さんがいたってことだよね」

「はっはっは。そう来たかいな。わしは嫁はんとは見合いで知り合うたからなあ。ラブレターは書いてへんねや」

「へえ……」

「ただなあ。昔は携帯なんかあらへんね。電話代高いさかい電話もようせんし。何かやり取りしよう思たら、みーんな手紙や」

「あ、そうか」

「せや。いーっぱい書いたなあ」

「じゃあ、その手紙がラブレターみたいなもんだねっ」

「ははは。そうかもしれへんなあ」

「ねえ、その手紙って、今でもあるの?」

「……。いや、ここに来る時にな、焼いてきよってん」

「ええー? もったいなあい」

「せやなあ。もし嫁はんがずーっと生きとったら、手紙はきっとわしの宝物やったろなあ。けどな、まだ息子が小さい時分に病気で死によってん。ほいでな、手紙ぃ見ると前に進めへんねや」

「……」

「もう励ましてくれるもん、慰めてくれるもんはおらんねんで。手紙はただの紙や。なあんもしてくれへん。ただ寂しいだけや」

「そ……っかあ……」

「ほいでもな。よう捨てられへんねや。それは、嫁はん捨てるみたいに思えよってん」

「うん」

「ずーっと持っとったんやけど、息子も大きぅなったさかい、もうええやろ思うて、やあっと供養したんや」

「……供養かあ」

「せや」

「手紙って……残っちゃうんだよね。ずっと」

「せやなあ」

「怖いね」

「せやね。せやけど残るから書けることもあるねんで。あんたんラブレターかてそうやろ?」

「うん。でも……あたし……これ渡さない方がいいのかなあ」

「いいや、渡した方がええ思うよ」

「どして?」

「あんたがそう思うとることが伝わるやろ。言わな、なあんも伝わらん。なあにも起こらんさかい」

「……うん」

「ただなあ。渡してしもたら、あんたんとこには手紙ぃ残らへんねや」

「うん。そうだね」

「自分、こないなことぉ考えとったんかあ言うんが、もう後から分からへんねや」

「……」

「せやからな、書いてき」

「え?」

「わしゃ、あんたも相手も知らへんさかい、気楽に書けるやろ。せやから、書いて置いてき。ほれ」

「……」


 『雄次 好き! 好き! 大好きーーっ!!  舞花』


「読む?」

「読まへんよ。わしが読んでもなーんも意味あらへんがな。わしは預かるだけや」

「それ、どうするの?」

「供養するがな。そのうちな。明日かもしれへんし、十年後かもしれへん。あんたの想いぃ届きゃあ、こらあただの紙くずやけどな」

「……うん」

「せやから、がんばりぃ」

「うん。おじいちゃん、ありがと」

「はっはっは。まじめに学校行きぃ」

「そだね。ばいばい」

「おう」


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