配達されなかった七通の手紙

水円 岳

プロローグ

長田おさださん」

「ん……」

「長田さん?」

「む?」

「おじいちゃん、こんなとこで寝てちゃだめですよ。風邪引いちゃいますよ」

「ああ、むらさんかい。おはようさん。なんや回覧かい?」

「いえ、買い物の途中ですけど。いくらここが日当たりいいからって、まだ肌寒いのに外で居眠りしてたら体に障りますよ」

「ははは、気ぃつこてくれておおきに」

「それにしても、おじいちゃん。どしたの、この丸ポスト?」

「ああ、古道具屋から買うてきたんや。なんや懐かしうてなあ」

「いやそれはいいんだけど、こんな目立つところに置いたら、間違って手紙入れられちゃうでしょ」

「せやから、こやって見張っとんのや」

「まあ!」

「一応、投函口にでーっかく張り紙してあるさかい、間違えるやつぁおらん思うんやけどな」


『これはポストやあらしまへん。飾りもんやさかい、手紙入れても集配されへんので入れんといてください。 長田忠兵衛』


「あら、ほんとだ。これなら間違って入れる人はいないよねえ。それなら、おじいちゃんがこうやって見張る必要ないんじゃないの?」

「それがなあ。わらしどもがいたずらしよるんよ」

「ほほほ、確かにそうねえ。こどもにとっちゃ、丸ポストなんかほんとに珍しいものね。中がどうなってるか、気になっちゃうだろうなあ」

「せやせや。わしらも童ん時はせやったからなあ」

「いたずらしないようにって、回覧回しときましょうか?」

「いやあ、そない悪さしよんのは小さい童ばっかりや。わしゃあここいらの童ん顔はみいんな知っとるさかい、一度注意したらもうせえへんやろ」

「ほっほっほ、おじいちゃん、怖がられてるから」

「むらさんもいけずやなあ。はっはっはあ」

「じゃあ、そんなにびっしり見張る必要もないでしょうに」

「せやけどなあ、中にはおるんよ」

「は?」

「どうしても、手紙ぃ入れさせてくれへんかっていう人がおんねや」

「どうして?」

「さあ。そらあ、わしには分からへんわ。せやけど、このポストはごみ箱じゃああらへん。せやから、手紙ぃ入れたい言う人には手紙ぃ見してもろて、わけぇ聞くことにしとんね」

「あ、それで横で見張ってるのね」

「はっはっはあ、まあそんなとこや。手紙なんちゅうもんは人に見せるもんやあらへんやろ? それでもええなんちゅう物好きはまぁずおらへんさかい、いーっつもひなたぼっこや」

「あらら。おじいちゃん、ほどほどにね」

「気ぃつこてくれておおきに」

「でも、それでもいいからって入れられちゃった手紙はどうするの?」

「そらあ、配達出来ひんさかい、わしが焼き場まで持ってくがな」

「あら」

「それしかよう始末しよらんさかい」

「んー」

「むらさん、買いもんはええんかいな」

「あ、いけない。じゃあ、おじいちゃんまたね」

「ほい。ありがとさん」


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