「救命制度」2

生徒が遊んでいたボールが落ち校庭の花壇が割られたことから、数ヶ月前までは屋上が閉鎖されていた。



だけどイッタが無理やり屋上の鍵を壊し、先生が諦めて最近開放されることとなった。他の生徒なら違う結末を招いていたであろう。イッタは困った生徒なのに、先生にも好かれていた。何となく分かる。イッタは憎めない性格なのだ。



もっと静かな場所に行きたかったけど、イッタが屋上がいいというので、仕方なく屋上に来ていた。



この日は風が強く、顎ぐらいまであるちょっと長めの僕の髪が、びゅんびゅん左右に靡いている。イッタは短髪なのでなんら問題ない。



「屋上、やっぱ嫌なんだけど」


「おまえ髪切れば」


「これくらいの長さの方が、自分の表情が分かり辛くていい」


「だってダッセーよ。だからオタクに見られんだって」


「そんなことより、授業が始まる前に報告させて」



フェンスに寄りかかっていたイッタが、ごくんと唾を飲み込みながらこっちに目を向ける。いったい何を想像しているのか気になった。



「あのさ、どんな報告だと思ってる?」


「当てていい?」


「うん」


「離婚だろ。おまえんとこの父親おやじすげぇ恐いし、母親がここに来てとうとう疲れて、あたしはあなたの家政婦じゃありませんからとか」


「違う」


「え、なんだー!ビビったー!じゃあ何だよ一体、畏まって」


「法が関わってくるから。下手すりゃ僕――。」


「え!?ちょっ!」



イッタは突然僕の首根っこを掴み、出入口となる塔屋とうやに隠れるように身を潜めた。



「おまえ何した!?政府に追われるなんて」


「政府に追われてるなんて誰が言った」


「まさかおまえ、日本の機密諜報部きみつちょうほうぶなのか!?」


「ねぇそれ、マジで言ってんの」


「じゃあ何だよ!」


My Remedyマイ・レメディーに選ばれた」



イッタは目が点になって、暫く固まってしまった。



眉間にしわ寄せ、じっとイッタを見つめながら思う。

もしかして知らない?



「だから、My Remedyマイ・レメディーだって」


「お、おう。あれな、あれ――。何だっけ?」


「ずっと前から、救命制度導入のための法律案がニュースで流れてたでしょ。立案作業が進められて、2年前に導入されたあれだよ。法律では相手のプライバシーの為に、選ばれた者は身内や会社の責任者以外、口外しちゃいけないんだ。イッタを信用してるから言いたかった。学校に来られない日もあるだろうし」


「え、何で!?てか、相手って何」



だから――。

ぐったりしながら、ため息をひとつ吐いて頭を抱える。



「何らかの理由で昏睡状態に陥った人を助ける機器、それがマイ・レメディー。そしてその機器の使用には、昏睡状態の人と、もう1人の人が必要になる」


「ああ、思いだした!それテレビで観たわ。なんか難しいこと言ってたな。双方の脳神経から情報を引き出してなんちゃらかんちゃら。それ、おまえやんなきゃいけないの?」


「救命制度によって選ばれた人は、救命するかどうかを決める権利が与えられる。だけど僕には、拒否権がないんだ」


「何で!」


「――父親が、マイ・レメディーの開発に携わったから」



父親は若くして脳外科医になり、数千人以上の手術を行ってきた。僕はよく分からないけど凄腕らしく、10年間で、携わった患者の全治率90%以上の成績を持っているらしい。海外で表彰されていた。



それで、マイ・レメディーの開発による助けが欲しいと声が掛かった。

マイ・レメディーが完成するまでの長い期間、ほとんど海外に居た。救命制度が導入された2年前から、家に帰ってくるようになったのだ。



「携わったからって、関係ないじゃん。おまえやりたいの?」


「やり、たくない。だって安全だって言いきれないし。脳に後遺症が残る確率は、0とは言えないからさ」


「じゃあ止めろよ!」


「無理だよ。優秀な父親の息子がこんなんだし、今まで迷惑いっぱい掛けてきたからさ。そろそろ何かしらで役に立たないと」


「だけどやりたくないんだろ!?父親が恐くて言えねぇなら、俺が言ってやるって!」



イッタは猛スピードで僕をすり抜けていった。



そうだった。イッタはやたら正義感が強くて、思ったことは即実行の猪突猛進タイプ。屋上の扉がバタンっと閉じられた音に、はっとしてイッタの後を追った。



「イッタ、イッタ!ちょっと待って!」



運動神経が良いイッタの走るスピードは、とてつもなく早い。姿が見えなくなりそうになったので、慌てて大声で叫んだ。



「イッタ!あっちに人が倒れてる!」


「え!?」



イッタは険しい表情で振り返り、足を止めきょろきょろし出した。

少し走っただけでへろへろの僕は、その場で息を整える。

イッタは再び猛スピードで戻ってきた。



「何処!?」


「あのさ、父親を説得なんてしたら、僕がイッタに話したことがバレて、もっとヤバイことになるんだけど。下手すりゃ転校させられるよ」


「ああ―― そっか。じゃあどうする?」


「どうするもこうするも、お願いだから何もしないでほしい。イッタだけには、ちゃんとちくいち報告するから」


「――おう。だけど、ヤベーなと思ったら、止めたいってちゃんと言えよ?」


「分かった。それと、ユウダイにも内緒だから」


「え、何で可哀想じゃん。仲間外れじゃん」


「ユウダイも友達だし、信用してないわけじゃないけど――。なんていうか、ユウダイはそれどころじゃないというか」



何て言えばいいのか分からない。

口籠っていると、イッタは納得したように頷いた。



「そうだな。アイツ最近ちょっと荒れてるし」



ユウダイはこの学校には珍しい金髪で、見た目分かり易い不良少年だ。家庭環境が悪く、出会った頃は普通に明るくて元気な奴だったけど、徐々に擦れていっていた。根はいい奴なのに。



まずは外見がどんどん派手になっていって、イタズラを楽しむようになった。悪ノリなイタズラは、イッタが全力で止めている。正直イッタが居なかったら、ユウダイは暴走族にでも入ってしまう勢いだ。



「それでおまえ、何処に人が倒れてんだよ」



必至になって辺りに目をやるイッタの肩を、ぽんぽんと宥めるように叩きながら教室に向かった。

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