第2話

 学校に着いて、まだまだアウェー感あふれる我が校舎をまわって、やっとこらついた体育館で二十分ぐらい何もせずただ待つという無駄な時間の後、入学式が始まった。

 起立と着席を繰り返され、様々な立場の人間の挨拶を聞き、教員と上級生の掛け合いに軽く盛り上がる・・・・・・という、どこにでもある入学席であった。

 途中で新入生代表の挨拶があった。

 こういうのは試験で一番の生徒が代表になるらしい。


 そこでさっきの電車での大口を思い出し、アレだけ言っていながら代表生徒でない自分が恥ずかしくなった。

 だから入学式後半の記憶は殆んどない。


 どうやらその後も教室でなんらかの説明や挨拶があったらしく、意識が戻ったのは解散の合図があった後だった。

 意識が戻りすぐさま状況を察した俺が、身に覚えのない配布物を学生鞄に詰め込んでいる時、やや斜め後ろから聞き覚えのある声がした。


「王ちゃん! 部活見に行こ!」


 蛭女である。覗き込むようにして笑顔を見せつけてきた。


「部活~? 遠慮しとく。帰宅部になるわ。一緒に帰ろう」

「あれ? 王ちゃん話聞いてなかったの? ここ部活強制だよ?」

「え! そうなのか」


 部活が人間育成に大きく関わっていると考える性質の教員がいるのか。ありえなくない話だ。


「うん! だからいくよ! 来週までに決めないと! ホラホラ!」


 俺の襟首を掴んでグイグイと持ち上げる。身も心も疲れ切っていたが、周囲の視線が気になるので大人しく教室を後にした。


「あれ? てか一緒の部活に入るのか?」


 廊下を少し歩いたところで聞いてみる。


「え? 一緒がいい? 見学は見学だから誘ったんだけど。どうせ全体を見るつもりだし。ああ、でも王ちゃんと出来れば一緒の部活がいいな~」


「ま、なんでも良いけどよ、だったら文化部にしてくれよ」


 かったるそうに俺は返事をした。


「……やっぱり運動部はダメ?」


 神妙そうに、俺の顔を見ずに蛭女は言う。やめてくれ。そういう雰囲気でお前とは話したくない。


「ダメだな」


 話したくないのなら、無視をすればいいのに出来ないのが俺の性分だ。


「俺はテニス以外のスポーツを、今更する気にはなれない」


 なんだろうか。口が止まらない。責めるように言葉が出てくる。


「それとも、こんな右腕でテニスをやれってのか!? まあ、テニス部ないけどな!」


 俺は中学時代、テニス部に所属し全国大会で優勝した。だから俺にとってテニスは思い入れのあるスポーツだ。


 だが、その優勝した大会の決勝で、元々無理をしていた右腕が限界を迎えてしまった。


 熱くなりすぎた。柄にもなく、身分不相応に熱くなりすぎた結果である。


 俺は全ての未練を断ち切る為、こうしてテニス部の無い学校を探したのだ。


 どうせ蛭女は、そんな俺が哀れなのだろう。それを見るのが辛いことなのだろう。だから、こうして頑張っているのだ。今も、きっと悲しい顔をしてくれているのだろう。


 だが、そんな蛭女の背中を見ることも、俺にとっては辛いことの一つだ。


 モヤモヤが止まらない。溜まっていく一方だ。



   *



「……なんだよ、コレ」


 部活見学を無作為にふらついて三十分が過ぎた現在。


 目の前に広がる懐かしいあの光景。

 柵とネットの向こうに広がるのは、再帰的な長方形の並ぶ、あの親しみがあるテニスコートだ。


「いやいや、……体育で使うんだよな?」


 そんなハズはない、テニス部などあるハズがない、と焦る俺。チラリと、蛭女へ顔を向ける。


「おい……、そんな……、お前、まさか……」


 蛭女が、震えている! 目を三日月に歪ませ、口を開けないよう、顔を真っ赤にして食いしばっている。


「おーい、そこの君、テニス部を見学かーい?」


 柵の向こう側にいるチャラチャラした先輩らしき人間がこちらに手を振って呼び掛けている。テニス部というワードを使って。


 そして、とうとう、蛭女は吹き出した。


「ひゃひゃひゃひゃひゃひゃ! 王ちゃん! テニス部あるみたいだよ!」


 そんなバカな! ここ、私立黒蹄学園にはテニス部はない!

 カタログで確認した!


 私立黒蹄学園は、会社を幾つも抱える金持ちの理事長が道楽目的で五年前に建てた、まだまだ新設の学校である。

 採算度外視の、金に物を言わせて作られたこの学園は、来るものを拒まず、されど定員割れは起こすという少しアレな学校だ。入学するのも行き場をなくした者ばかり。その証拠に行き交う生徒の殆んどが目が死んでいる。


 何の気力もない生徒で埋め尽くされた学校に、新たな部活が生まれることはなく、最初から存在した十数個程度の部活に全ての生徒は在籍する……、という認識だった。ところが何だコレは。


「うーん、愛好会があるのは知ってたけど、部活になったんだね!」

「何!? 知ってたのか!?」


 横の蛭女が落ち着いたと思ったら、驚愕の事実を口にしていた。

 愛好会があることを知っていれば、もっと別の学校を探したものを……。


「てかさー思い出してみてよ。この学校に誘ったのは、誰?」


 ああ、そうだ。蛭女だ。蛭女が、この学校ってテニス部ないんだーという独り言に食いついたのだ。当時俺は、テニス部の無い学校なんて無いかもしくは相当寂れた学校だけだと思い込んでいたのだ。だからそもそも、テニス部の無い学校を調べようとせず、学校探しは近場の偏差値近いところと決めていたのだ。だから蛭女のメカラウロコな独り言にごっそりと心が釣られてしまったのだ。醜く、浅ましくハフハフ言いながら釣られてしまったのだ。


「オラ! 愛好会……、じゃなくて部活だけど愛好会上がりの部活ならポンコツになった王ちゃんでも受け入れてくれるよ! いっといで!」


「いや、もうラケット持つのも……」


「左手あるでしょ!」


 蛭女がコートへの開きづらい扉を力任せに開けて、俺を突き飛ばした。

 これが狙いか。恐らく多分、あの独り言は独り言ではない。この俺をここに連れてくるために、俺に向けた一言なのだ。


 そうまで現役復帰がして欲しいのか。随分とお節介な幼馴染だ。それとも、そんなに俺に幻想を抱いているのか。


「クソッタレェェェ!」


 汚い言葉を吐いて神聖なコートへと入った。

 あの日以来、約七ヶ月一度だって踏み入ろうとしなかった俺の最も輝けるステージへと。




続く

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