第5話 全ての家電製品は、壊れるためのアプリケーション。

「あいつら絶対叩きのめしてやる!!!」

 そう言ってPC部を目指し、ズンズンと先導を行く高槻。相変わらずその後ろを俺と千里は付いて行く。

「落ち着けよ……気持ちは分かるけど」

「あやち、一回落ち着こ?」

 俺と千里は、怒りに満ち溢れた高槻をその後ろからなだめる。

「チリ!あんたなんでそんなに落ち着いてられるのよ?!あんたもさっきあの盗撮男に水色のパンツ見られてんのよ!」

「いや、そんな大声に出して言わなくても……」

「言わないでよぉ……」

 隣で恥ずかしそうに、両手で顔を覆う千里。高槻はおそらく無意識でやっているんだろうけど、だからこそ根っからの鬼畜なんだろうと俺は理解する。色まで言う必要ないだろ……ま、もちろん俺は知ってたけどね(強調)。

「しかもキモオタ共で共有だとか……マジありえない!あー!!!考えただけでゾッとするわ!」

 ダンダンと廊下を目一杯踏みつけるように力強く歩く高槻。その怒りが周囲に充満しているのが分かる。俺は霊感なんて全くないけれど、赤いオーラが溢れるほどこの廊下に満ちているのは理解できる。

 そうこうしているうちに、俺たちはPC部の部室前に到着した。

 部室の入口を睨み付けた高槻は、呼吸を荒くしながらドアの取っ手を掴む。

「あやち、ノックくらいした方が……」

「ころすっ!!!!!」

 千里の必死の静止もむなしく、高槻はとてつもない挨拶を『お邪魔します!』という感覚で発しながら、勢いよくドアを開けた。

 突然の来客に戸惑うPC部の部員たち。俺が見る限り、その中に人は3人しか存在していない。

「PC部ってかなり少人数なんだな……」

「漫研部より少ないね?」

 俺と千里は、思わず意味のない比較をしてしまう。その比較はPC部にも漫研部にも、そして自分たちにも誰一人として利益を生まない。

 部長と思われる風貌の生徒が、面倒くさそうにため息をつきながら立ち上がり、こちらへ近づいてくる。細身で薄味の顔付きのその生徒が、俺たちに話しかける。

「なんだい君たちは?騒々しい。まったく、みんな集中してるんだから、もう少し静かにできないのか……って、た、高槻綾っ?!」

 高槻の顔を認識した瞬間、態度が一変する。同時に他の部員たちも、ガタガタと一斉に立ち上がる。どこに行っても、みんな同じような反応するんだな。有名人は大変そうだ。

 有名人高槻は部室全体をじろりと見渡して、PC部の部員たちをキッと睨み付ける。

「簡潔に聞くわ。あんたたち、盗撮してるんでしょ?」

「…………」

 どうやら、簡潔に聞きすぎたようである。

 PC部の連中が、お互いに顔を見合わせる。

「はあ……。とりあえず中に入りたまえ。質問はそれからだ」

 大きなため息をついた部長が誘うままに、俺たちは部室の中へと案内される。

 部室の中を移動する途中、千里がスッと隣に近づいてきた。

「なんか、この人達やけに素直だねえ?」

「そうだな……」 

 千里が不思議な顔で、俺にこっそり耳打ちする。確かに、なんというかやけにスムーズすぎて、逆に違和感がある。

「ほら、ここに座るといい」

 部長は部室の端に置いてあったパイプ椅子を、3つ持ってきて俺たちの前に並べる。

 俺たちがその態度を疑いながら恐る恐る座るのをよそに、高槻は迷うことなくドカッと椅子に腰かけた。こいつの辞書に迷いという言葉は存在しないのか?

 その向かいに、部長がキャスター付きのPCチェアーを持ってきて座る。おそらく、自分専用の椅子なのだろう。

 そんな部長が、すうっと深呼吸をして、先に口を開く。

「君たちは、PPPのことで来たんだよね?」

「話が早くて何よりだわ。そうよ、私たちはその話を聞くために来たの」

 高槻が腕を組んだまま堂々とした姿で、部長の問いに深く頷く。

「分かった。話す前に、自己紹介をしよう。僕は白井だ。PC部の部長をやっている2年生だ」

 白井部長は、先輩らしくスマートに挨拶をこなす。

 ただ、俺たちは最初から疑いを持ってこの場にやって来ているということもあって、その挨拶さえ何らかの演技なのではないかと疑ってしまう。高槻に至っては、部室の中に入ってからずっと、眉間にしわが寄っている。顔が変形するんじゃないかと心配になる。

「では、さっそくさっき高槻……さんが質問した内容について。回答させてもらおう」

 俺はごくりと唾を飲む。緊張の一瞬である。

 一呼吸おいて、白井部長は改めて話を始める。

「アプリを作ったのは間違いなく僕たちPC部だ。そして、配布してるのも僕ら3人だ。でも、実際に稼働してサーバーを運用してるのは僕たちじゃない」

「……へ?」

 どことなくピンと来ない答えに、俺は戸惑う。正解でもあり、不正解でもある、みたいなこと?確実に答えが判明すると思ってしっかりと構えてた分、すかされた感じが否めない。

 高槻は腕を組んだまま、白井部長の顔を睨み付けている。

「……そんなこと、私たちが信じられると思う?」

「…………」

 高槻にそう言われて、白井部長は俯いたまま黙りこくってしまう。無言のまま時間だけが過ぎ、他の部員たちがカタカタとキーボードを叩く音だけが部室に響き渡る。

 その間じっと白井部長の顔を眺めていた高槻が突如立ち上がり、近くにあった1台のノートPCにトコトコと近づいていく。

「ん?どうした高槻……?」

 俺の質問には全く答える様子もなく、高槻は真顔でPCに向かって日傘を真上に向かって振りかぶる。

「せーのっ……!!」

 高槻が歯を食いしばり、その両手にグッと力を入れる。

「わーーー!!!!!まってまってまって!!!待って!!ごめんなさいちゃんと話す!話すから!!!」

 白井部長が全力でテーブルに滑り込んできて、PCを覆いこむような形で抱きかかえる。突然の事態に、部長はゼーゼーと肩で息を吸っている。

 その様子を見た高槻は、爽やかな微笑みを見せる。

「うん、そうやって最初から素直に言えばいいの」

 高槻の悪魔の微笑みが再来する。今は静止したから振り下ろさなかったものの、おそらくあのまま部長が止めてなかったらきっと本当に高槻の傘はPCに突き刺さっていただろう。それくらい高槻の目には迷いがなかった。こいつは真顔の時が一番やばいかもしれない。しっかり覚えておこう……

 呼吸が大分落ち着いてきたところで、部長がまた話し始める。

「さっき言ったことは、本当なんだ。運用してるのは僕たちPC部じゃない。僕たちはディベロッパーとしてシステムを開発しただけなんだ」

「じゃあ、誰がサーバーを管理してるんだよ?」

「それは……僕たちも分からないんだ」

 白井部長が横に首を振る。

「もしかして、まだしらばっくれるつもり?」

 高槻がまたも微笑みを見せる。その姿は、まるで天使を装った悪魔である。だから余計にたちが悪い。悪魔は悪魔らしくいてくれた方が、周囲にとってもよっぽど親切だと思います。

「ほ、本当なんだよ!」

 理解してもらおうと、身を乗り出して説明する部長。見ている感じ、確かに嘘をついているようには見えない。

 というか、ついさっきPCを破壊されそうになって、まだ何かを隠そうとするそんなリスクは犯さないようにも思える。

「ま、とにかくだ。信じるかどうかは別として、とりあえずその話を続けてくれないか?」

 俺の提案に、白井部長は壊れたブリキのおもちゃのように、何度も首を縦に振って頷いた。

「じゃ、じゃあ……まずはきっかけから話すよ」

 白井部長は軽く深呼吸をして、静かに語り始める。

「……去年の冬、俺のパソコンに突然メールが来たんだ。『このアプリを作ってくれたら、君たちの望むような写真が手に入るようになる。君達の欲望とその素晴らしい技術を交換しないか』って」

 俺も高槻も、部長の話を真面目に聞く。

「メールの差出人は不明だった。だから、もちろん僕たちも最初は怪しいと思ったよ。きっとこんなのは何かのいたずらだろうと思って、無視したんだ。……でも、翌日新たなメールが届いた。そのメールを見て、僕たちはその言葉が本当だと信じてしまったんだ」

「……どんなメールだったんだ?」

 部長は俺からの質問に小さく頷いて、再度口を開く。

「そのメールに、本文はなかったんだ。そこには、ただ一枚の写真が添付されていた。……その写真は、前生徒会長が着替えているところの盗撮写真だったんだ」

「前の生徒会長……?」

 今年の春に、俺たちと入れ違いで卒業してしまった前生徒会長。その噂はなんとなく聞いたことがある。

「君たちは直接会ったことがないだろうから知らないだろうけど、一代前の生徒会長は、それはもうものすごい人気のあるお方だったんだ。外見、勉学、スポーツ、そしてリーダーシップ、そのどれらをとっても、他の生徒とは桁違いの才能を持っていた。誰が見ても明らかなほどにね。だから当然、生徒からの信頼も厚かったんだ」

「いわゆる完璧超人って感じか……」

 たまにいるんだよな、そういうとんでもない人物が。何やっても上手くいって、これまで失敗なんて一度もしたことがないんじゃないかってほどの逸材。誰でも一度はそんな人間に憧れはするんだろうが、そんなのは本当に極稀な選ばれた人間だけに与えられる才能で、俺たちみたいな一般人には努力したところで決して手の届かない位置にある。そんな特殊な存在を認められるようになるのも、大人になるということなんだろう。……なんか途中から妬みっぽくなった気がするが。

 とにかく、そんな学校中が憧れの人物の盗撮写真が、突然送付されてきたということである。

「そんな願っても手に入れられないであろう人の写真が送られてきたら、どうなると思う?」

「……まあ、メールを信じるわな」

「その通り。だからそれ以降、僕たちは死に物狂いで必死になってアプリの開発に取り組んだ。自分たちで作ったものが、そのまま結果に反映されるんだって、それはもう必死になった」

 白井部長は物憂げにこれまでのことを語る。

「ゲームが完成したのは、3月くらいだったと思う。僕たちはさっそく、その差出人にゲームが完成したことを伝えたんだ。返事はすぐに返ってきた。『アプリの開発、本当にありがとう。そしてお疲れ様。さっそくその運営をしていくから、君たちは固く信じられる同胞たちだけにアプリの配布をしてほしい。アプリケーションの内容上、さすがに一般配布するわけにはいかないからね』と。だから、その言葉の通り、俺たちは体験版と銘打って何人かに配布したんだ。みんな最初は疑心暗鬼で、信じてもらえなかったよ」

「…………」

 部長は懐かしい思い出を振り返るように、少しだけフッと苦笑いした。俺は相槌も打たず、ただただその顔をじっと見つめたまま話を聞く。

「けど、実際に使ってみたら、本当に写真が見られるようになってたんだ。しっかりと学内のサーバーにつながって、他のみんなが撮った写真も共有できるようになってた。ソーシャルゲームとして機能していたんだよ」

 部長が少しだけ嬉々とした様子を見せる。

「僕たちは興奮した。こんな小さな部活で作ったアプリが、実際にゲームとして稼働しているんだ!感動ものだよ!!僕たちが作ったゲームでみんなが楽しんでもらえてるのが嬉しかったんだ!役に立てたって実感したんだ!!……でも、そんな気持ちは最初だけだった」

 途中までテンションが全開だった部長の表情が突如変わる。世界から急に色味がなくなったかのように、部長は顔をしかめる。

「次第にアプリは人気になっていき、それに伴い女子達の被害はみるみるうちに広がっていった。『盗撮された!』って声が校内の色んなところから聞こえるようになったんだ。……罪悪感は日に日に増したよ」

 部長は頭を抱える。自分がやってしまった行為が、取り返しのつかないことをもうすでに自覚していたのかもしれない。

「だから、アプリの運用をやめるよう、その人に連絡を取ったんだ。でも、ダメだった」

 部長は静かに左右に首を振った。

「もう連絡は取れないよ。僕たちも、いくつも手段を変えて何度か連絡したけどダメだった。向こうのメアドが変わっていたんだ。そもそもうちはメールでしか連絡をしてなかったから、そのアドレスが削除されていれば、もうどうすることもできない。その差出人が誰かなんて、推測しようもないんだ」

「……つまりPC部は、上手いこと利用されたってことか」

 白井部長は俯いたまま、無言で小さく頷く。PC部の奴らも、村主と同じように性的好奇心を利用されたというわけだ。

 今回の一連の盗撮問題において、こいつらが加害者であることは言うまでもないが、実は被害者でもあるのかもしれない。いわゆる『ちょっとした出来心』というやつなのかもしれない。

 もちろんそれが許されていいわけはないけれど、いくらか情状酌量の余地はある。いずれにせよ、こいつらを突きだしたところで、まだ問題は解決しないということだ。根本となったメールの送信者を見つけ出さない限り、アプリは悪用され続け、盗撮の被害は止まらない。

「話は終わったかしら?」

「……ん?あ、ああ……僕が言いたかったことはそんなところだ」

 顔をしかめた高槻は、日傘を杖代わりにして立ちあがる。

「そう。じゃあ、質問を変えるわ。開発元のマスターデータはどこ?」

 高槻は顎をあげたまま、見下すようにして白井部長に新たな質問をする。

「あ、ああ。そのPCの中だよ」

 そう言って部長は、さっき自分自身の体を張って死守したノートPCを指を差した。

「ふーん、分かったわ。ちり、やっちゃっていいわよ」

 頷いた高槻が千里にアイコンタクトで合図する。腕を組んで険しい顔で指示をするその姿は、何かの監督か指揮官みたいだ。

「PC部のみなさん!わたし、先に謝ります!ごめんなさい!!!」

「はい……?」

 突然謝り始める千里に対して、意味の分からないままポカンとするPC部の面々。

 そんなPC部の様子などお構いなく、千里はどこから取り出したか分からないバケツを両手で構える。え?いつのまにそんなバケツ持ってきてたんだ?

「せーのっ……!!」

『バッシャァァン!!!!!』

 千里が水でいっぱいになったバケツを、勢いよく黒いノートパソコンにぶっかける。破裂したような水音が室内に響き渡り、水は勢い余ってPC部の面々にも頭からかかった。

 あまりに突然のことに、全身ずぶ濡れになった部員たちは唖然とし、その目をパチパチさせる。

 指示をした当の高槻は、すまし顔でしっかりと日傘を開いて、上手いこと水がかからないように回避していた。あの傘って雨傘も兼用だったのか……もちろんこれは雨じゃないけどね。完全な人災。

「……あ」

 水攻めのメインターゲットとなったノートPCから煙が上がる。鉄板焼きなんかの時に聞くような、ジュウというバーベキュー的な蒸発音と共に、明らかにアウトなあのか細い音が鳴る。

『チュイーン……』

 絶命を知らせるPCの最後の発声。もちろん、ブルースクリーンなんて出ない。真っ黒なモニターが鏡となって、びしょ濡れになった白井部長達の様子を映していた。

「ぎゃああああああ!!!!!!」

 水浸しになったPC部3人が雄叫びにも似た悲鳴を上げる。

「今日は水難が続くわね」

「全部あやちがやってるんだけどね……」

 ああ、どこかで見たことあるバケツだと思ったら、さっきおとり捜査で千里を濡らすときに使ったバケツか……っていうかなんで千里はあのバケツを持ってきてるんだよ?

 あまりに衝撃的な事態に、未だギャーギャーと阿鼻叫喚するPC部のメンバーたち。このパニック状態はしばらく続きそうだ。

「さて、じゃあ今のうちにやっときますかね……」

 高槻がそうこう暴れている間に、俺はこそこそと他の2台のPCもチェックする。

 開発に使ったと思われるそれらしいプログラムデータが少し残っていたので、とりあえずソースコードを全消ししたのち、適当な文字列で上書きする。

「『佐倉千里は水色』と……。よし、これでいいかな」

 俺の中の最後の良心が、ズタズタになった傷心のあいつらにとって有益な情報を残しておくことを指示した。これを見てPC部の奴らが少しでも元気を出してくれることを願う。さらば、青春のエロス。いつかまた会うときまで。

「バックアップとか残ってないでしょうね?」

 傘を閉じた高槻が、俺の様子を見に来る。幸いにも上書きした内容については見られていないようだ。

「一応確認はしたよ。でも、もし仮に開発データが残っていたとしても大丈夫だ。もう俺たちは、こいつらが開発してたってことを知ってるからな」

「ま、そうね。すべての元凶はこいつらでしたって伝えるだけね。全盗撮の責任をこいつらに押し付けるだけだわ」

 高槻のセリフを聞いた瞬間、騒いでいた3人は途端に静かになる。まだこの地獄は終わっていないのかと、恐れおののいた表情でPC部の奴らは頭を抱えていた。

 とりあえずこれで、これ以上アプリが出回ることはなくなる。盗撮の根源が大きくなることは、ひとまず防げたわけだ。

 高槻は日傘をカツンと床に突き立てる。

「あんたたちのことは、とりあえずこれで文字通り水に流してあげる」

 ……もしかして高槻の奴、これが言いたかっただけじゃないの?そのためにわざわざ千里に水を汲みにいかせたんじゃ……

 ま、PC部の連中もかなり落ち込んでるから、今日はこれくらいにしといてやろう。多分こいつら、しばらくは水がトラウマになるだろうな……プールとかもう入れないんじゃない?

 そんなPC部員たちの明日以降の生活を心配をしながら、俺たちは水浸しになったPC部の部室を後にしたのだった。

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