強くてニューゲームでもバッドエンド余裕でした

タカハシヤマダ

前回までのセーブデータを使用する。貴様に拒否する権利は与えない。

プロローグ

 キキキキッ……と、耳ざわりなブレーキの音が響く。


 横断歩道の上に、女の子が一人。


 ほんの数秒前、車道に猫が飛び出した。

 それを彼女が追っていく。

 走る車から逃れるため、あわてて猫を抱き上げた。


 そこまでは良かった。

 猫を救おうとした少女だったが、迫りくる車体に怯えるあまり足を止めてしまったらしい。


 逃げられないことを悟ったのだろう。そのまま、その場で尻餅をつくみたいにへたり込んで、しっかりと抱いた猫を自分の体でかばっている。


 彼女は、俺の同級生。


 名前は水取もいとりるる子。

 クラスで一番の人気者だ。


 いつも誰がそばにて、俺みたいに教室のすみっこに一人でいるなんてことは、まったくない。

 友達とおしゃべりしているときなんか、とても楽しそうに笑う。

 明るい性格であることは間違いない。

 俺とは、ひと言も話したことがないけれど。


 なかなかの美人で、そのうえ愛嬌もあって、たぶん裏表のない性格。

 教室の中での交友関係をうかがうだけで、同性からも好かれているとすぐに察しがつく。

 みんなから愛されている存在。

 そんなポジションにいる女の子だ。

 俺とは、ひと言も話したことがないけれど。


 たぶん、るる子が死ぬか怪我でもしたら、教室の雰囲気は確実に変わる。


 きっとみんな暗い顔になって、そのうち口数が減っていく。

 たまにしゃべるかと思うと、出てくる言葉は「授業めんどくせー」「かったるい」「だるい」「マジ信じられない」ぐらいだろうか。知能低そう。

 そんでもって、おたがいの失敗に目を光らせるようになっていくんだ。


 しかるのち、教室内が疑心暗鬼とか人間不信みたいな、嫌な空気で満たされる。

 だんだん殺伐としていく閉じた空間。

 そんな中で、我慢の限界に達した誰かがある日、もうこんなのはゴメンだとばかりにポケットからカッターナイフを取り出して大事件が起きる。


 そんな教室にいるのは嫌だ。


 仮にそういうことにはならかったとしても、彼女を助けるべきだろう。

 女の子がピンチなんだ。

 そして俺には、彼女を救える力がある。


 だったら迷うことはあるまい、と誰もがそう考えるはず。

 ところが、ひとつ問題がある。


 どのようにして、るる子を助けるべきか。


 目的ではなく、手段が難しい。

 さしあたって今は彼女が車に轢かれないよう、時間の流れを遅くしてある。だって、女の子が料理番組でよくある「下処理をしたものがこちらになります」みたいなビジュアルにならなったら困るだろ。


 やり方については聞かないでくれ。頼む


 やっている本人の俺ですら、どうしてそうなるのか原理がわからん。

 ただ「そうしたい」と思うだけで、何でもたいがいその通りになってしまう。


 中二病っぽく言うと、アレだろ。

 現実改変能力とか、ああいうやつ。


 ガキの頃から息を吸うのと同じ感覚でそういうことができるものだから、今さらやり方なんぞ聞かれてもさっぱりわかんねえのよ。

 頼むからちょいとそこ、ひとまずスルーしといて。


 とにかく、まずは続きと行こうか。


 こういう場面の定番って、なんだ?

 るる子をつき飛ばして、危ないところでピンチを脱出といったところだろうか。


 だが、ひとつだけ。

 困ったことに距離がありすぎる。


 るる子がしゃがんでいる場所は、俺の立っている位置から車線を二本分ぐらいむこう側なのだ。

 時間の流れを遅くしているから、間に合わないということはない。

 走って近づくだけなら楽勝。


 でも、その方法はやめておいたほうがいい。

 そんなことをしたら俺が超高速で移動したように、周囲からは見えてしまう。


 直接、移動して助けるにしては距離がありすぎる。

 飛びついて助けた、なんてシチュエーションは不自然にもほどがある。


 さすがにこれは無理だろ、次。


 やはり、ここは簡単な方法を選びたい。何事も単純なのがベスト。


 目には見えない腕のようなもので、るる子をその場からつまみ上げる。

 ゲーセンによくあるクレーンゲームみたいだろ。

 これならシンプルで、わかりやすくていい。


 なぜ見えなくするかは、説明するまでもあるまい。

 そうでもしないと、誰かが疑う。

 車に轢かれて怪我しそうな彼女が無傷で助かれば、助けた俺に関係がある、と。


 ようするに知られちゃ困るわけなんだよ。

 正直に言うと、俺こんなだからそっち方面で目立ちたくないんだよね。


 そういうわけで、さっそく透明な腕を作ってみた。


 サイズは実物である俺の腕を元にして、おおよそ三十倍といったところだろうか。

 関節を伸ばせば、反対車線側の歩道まで余裕で届く。

 人間一人をつまみ上げるのだって、もちろん簡単だ。

 これでビルでも殴ってぶっ壊せば、さぞかし楽しいアクション映画が作れそうな気もするけれど、今はそんなことをしている場合ではない。


 あとはこいつでるる子を拾って、歩道にそっと下ろしてやるだけ。


 なんで助かったのかがわからなくて、ちょっとビックリはするだろう。

 でもまあ、そういうのは記憶を操作すればいい。


 記憶の操作といっても、複雑なやり方は無理。めんどい。


 一定の時間内に起きた出来事に対して、「聞かれなければ思い出せない」ぐらいに調節してやるだけで済む。

 まわりの人間もふくめて、るる子もその状態にしてやれば、そのうちみんな忘れちまう。


 しかし、そんなことができるなら、別に見られてもかまわないはず。

 みんなそう考えるに違いない。

 俺も同感。

 でも、そこに今さら気がついても遅い。

 人知を超えた力があっても、思考の速度は常人並みなんだから許してほしい。


 とにかくこれで、誰も俺の仕業だなんて気がつかない。

 恩返しなんかしてほしいわけではないから、これでいい。


 んじゃ、さっそくそれでやっちまおう。

 と、見えない手を伸ばしたとたんに────。


 バチッ……!!


 空中に火花が散った。


「ひゃっ!? あれ……?」


 小さく悲鳴をあげたるる子が、あたりをキョロキョロと見回す。


 俺が作りだした、見えない腕は消えていた。


 消滅させられた。

 るる子に触れたとたんに、きれいさっぱり消え失せた。

 どうしよう困ったこれ想定外だぜ。


 判断に迷っていたら、るる子が立ち上がって歩き出した。

 俺のいる方向に。


 おいおい。

 なんで、わざわざ反対の車線にくるの、この女。

 逆でいいだろ。やめて、こっち見ないで。


久垣ひさがき……まもる、くん?」


 なぜ俺の名前を知っているんだ。


 もちろんクラスメイトだから、知ってて当然なんだけど。

 でも、一度も話したことないやつの名前なんて、普通は覚えないだろ。

 それに説明すると長いんだが、教室で俺を認識できるやつなんて、普通はいないはずなんだ。


 とりあえず今、返事をするのは非常にまずい。

 なので、まわりにつっ立っている連中と同じだ、というフリをすることにした。

 ほとんど身動きしないでじっとしていれば、そのうちるる子の注意が他に向く。

 よし。これなら何があってもバレないはずだ。


「おーい」


 そんな必死に、目の前で手をパタつかせるな。


 はやくどっか行け。

 適当に離れたところで、あとは時間の流れを元に戻して、記憶の操作をするだけで済む話なんだよ。

 それで俺には、平穏な人生が保障されるはず。


 るる子が俺の頬を軽くつまんだ。


「動けないのかな?」


 俺で試さないでほしい。

 まわりにいくらでも同じ状態のやつがいるだろ。

 なのに、なんで俺なんだ。

 顔を知ってるからとか、そういう理由なのか。

 とにもかくにも、今はどこか遠くに離れてくださいお願いします。 


「久垣くん、久垣守くぅーん。聞こえますかあ」


 彼女はなかなかあきらめてくれない。


 黙って耐えた。


 るる子は、まあ一般的に見ても、たぶんそれなりに可愛い顔しているから困る。

 今まで話したこともないけれど、顔もスタイルも、けっこうレベル高いほうじゃないかな。

 クラスの人気者になるだけあって、まあ世間的には美人で通る。

 そういう女の子から声をかけられているのに無視するなんて、苦行でしかない。

 これが男ならガン無視しても、さっぱり心は痛まないが。


 ピクリとも動かずにガマンしていると、彼女はどんよりと落ち込んだ。


「どうしよう……こんなの、どうしたらいいの。何が起きているの?」


 声が震えている。

 やばい。


「一人じゃ、怖いよ……こんなの嫌だよ」


 泣くかもと予想したところで、本当に泣きだした。


 ────ビキッ!!


 今度は耳のすぐ横で、何かのはじける音がした。


「ぼげっ」


 びっくりしたから、変な声が出た。


 今のはなんだ?

 どこからだ?


 何かが攻撃してきた気配は、さっぱり感じなかった。

 それなのに、遅くしたはずの時間の流れが元に戻っている。

 正確には、俺とるる子の周囲だけが元の時間の流れに戻ったと言うべきか。


 さらに正しく言うなら戻ったではなく、戻された、だ。

 俺以外の誰かが強制的に元に戻した、としか考えられない。

 そうでなければ、こんな現象はありえない。


「久垣くん!! 大丈夫? しっかりして」

「ちょっと待ってろ。今、まわりの連中の記憶を消して、時間の流れを元に戻す」

「え……?」


 るる子は素直に驚いていた。

 とすると何か仕掛けてきたのは、彼女ではないのだろうか。

 他に誰か、俺に匹敵する特殊な能力の持ち主がいるのかもしれない。


 まあ今はよくわからん。


「ごめんな。おかしなことに巻き込んじまって」

「え? え? 何言ってるの?」


 るる子の記憶を消すために、手をかざした瞬間だった。


 今度はガツンと、顔面パンチぐらいの衝撃がきた。

 完全な不意打ち。

 さすがに、これは効いた。


「久垣くん!! しっかり、しっかりして……」


 その場でバッタリと倒れ込みつつ、まわりに何がいるのかを探知する。


 敵の気配は感じられなかった。

 もしかしたら俺に気づかれないように、うまく隠れているのかもしれん。


 でも、それにしたっておかしい。

 俺の防御能力を上回るほどの高いエネルギーを持っていれば、その存在をごまかすのは難しくなる。


 ところが空間の変動も、思念波の残滓も、魔術的干渉だってありゃしない。

 それらのどれをもってしても、俺を傷つけられる存在など、この世にありはしないはずなのに。


 結論。何が起きているのか、さっぱりわからん。

 ひとまず周辺にいる人の記憶を操作し、時間の流れを元通りにする。


「久垣くん。ねえ、大丈夫? 大丈夫なの。返事してっ」


 これでまわりからは、路上でいきなりぶっ倒れたおかしな少年と、それを助けようとする心優しい少女、みたいな構図が出来上がったに違いない。


 なんかね、ひと言でまとめるとね。

 もう最悪、って感じ。

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