第8話聖夜

 話はさらにさかのぼる。数時間後に小麦と出会うことになるこのクリスマス・イブ。オレをはじめとするマン研部員たちは、女っけもなく、部室に集まって痛飲したんだった。酸っぱい分泌物に満ちた部屋で、男相手に苦い酒を飲んだって面白くもなんともないんだけど、この夜ばかりは、ひとりきりだとやるせなくて耐えられない。意味もなく集まりたいのだ。だけど結局、モテない男たちがガン首そろえて酒を飲むほうが、むしろやり切れない気持ちにさせられるわけだが。

 冷えた焼酎を一升瓶から手酌で紙コップに、なんておよそクリスマス・イブに似つかわしくない飲み方。酔いもまわる。人生に絶望をきたした男たちの、すね毛突き合わせた車座の宴。こういう状況で先に飲みつぶれるような失態は、ぜったいに避けなければならない。弱者には恐ろしい末路が待ってる。しかしわかってはいても、アルコールに弱いオレはつい関節をたたんで、床に頭を落としてしまったのだった。

 どれくらい寝たんだか、「終電だぞ」って声に起こされたときには、むくつけき男どもの含み笑いに取り囲まれてた。うっせーなチキショーめ、なんて呪詛をつぶやきつつ洗面所に移動し、カラカラのノドに水を流し込んだ。

「・・・な、なんだこりゃっ?」

 ギョッとした。鏡を見たら、オノレのまぬけ面に猥褻な落書きが跳梁跋扈してたのだ。

「落書き・・・気づかなかった・・・」

 徹底的に陰惨な光景。さすがはマンガ家の卵たちの仕事、とたたえるべきか。顔のスミからスミまで、竜巻が通過したみたいに強姦されてる。そのまぬけ面を見たときの虚脱感ときたら。さらに落書きの下に、自分の哀しみと怒りの入り交じった表情が垣間見えるのが切ない。惨めを通り越して、黒い笑いがこみ上げてくる。いや、むしろ諦観の微笑みが。これこそ聖夜にふさわしいメイクか。とりあえず悪辣な友人の輪の中心で笑ってみたさ。わはははは。

 ところがオレの精神の崩壊を見て、犯行集団は再び腹を抱えて笑い転げだした。それがどうも、連中の笑いの質がオレの求めるものと乖離してるのだ。やつらは、オレの顔とは別の部分を笑ってる風情。そりゃそうだ、オレはまだその落書きがオトリだとは気づいてなかったんだから。

 この後に小麦と出会い、事が露見しなければ、オレの立場はもう少し二枚目に近いところに置かれるはずだったわけなんだが。

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