エピソード06 「そして僕は美少女とデートする」

正午ちょっと前のメリルボーン・ハイ・ストリート、


お洒落っぽいオープンカフェには 、天気の良いのも有ってか 多くの人達がランチを食べながら「会話」を楽しんでいた。


…と言うか、皆「映画に出てくる様な」外国人ばかりだから余計にお洒落っぽく見えてしまうのかも知れないな。


等と思いながらトボトボと歩く僕は、身長160cm有るか無いかの「ちょいメタボ体型」しかも凹凸の無い「平目顔」で「チョット吊り目」な日本人。 


…いや、よく考えたら僕の方が「外国人」だった。




何故だかそんな「冴えない僕」の横を並んで歩く可愛いらしい女の子が一人。 隣の家(フラット=アパートなので部屋?)に住む13歳の女の子、名前は エマ と言う。


僕がイギリスに引っ越して来て以来、何故だか エマは僕に懐いている。 何処が気に入られたのかは 皆目見当がつかないが…


今日も朝から家を訪ねて来ては、何をするでも無く居間に居座り。 僕が買い物に出かけると言ったら、何故だか一緒についてくる事になった…




これはもしかすると、いや考える迄もなく、本状況に該当するイベントは「デート」以外の何物でもない。 そして僕の記憶が正しければ「初めてのデート」だった。 


振り返ってみれば 僕には、小学生の頃から「女の子との出会い」の為の「フラグ」は用意されていなかった様に思う。


昔から引っ込み思案じあんで目立つ方では無かったし、何時も友達の輪の「隅っこ」の方で 楽しそうなイベントを「眺めていただけ」だったのだ。 そう、それはまるでNPC(No Player Character)の様な人生だと言っても過言ではない。


一つだけ、確か昔住んでいた家の近所に、「仲のいい女の子」が居た…様な「気」もするのだが、…恐らく自分でも知らない内に「デッキあげた妄想の記憶」か、やはり単なる「勘違い」だろう。


かく、痛い「黒歴史」に塗固ぬりかためられた過去の記憶は、…非常に曖昧あいまいで定かでは無かった。




…まてまて、一度「冷静」になってみよう。



相手は13歳年下のYear8(中学生)。 いくら「女子」とは言え、25歳(=大人)の僕が こんな小さい子を相手に「緊張」なんてする訳が無い。




改めてチラッと盗み見る。


白くて綺麗な肌…

小柄で華奢な体つき…

大きくて深い瞳…

目鼻立ちのはっきりした顔立ち…

柔らかそうな金髪…

ツインテール風に束ねたうなじ


一寸ちょっと照れた様に赤くなって僕の背中に隠れる仕草…

それなのに、先刻さっきからちょこんと摘んだ僕の服の裾を離さない細くて綺麗な指…


そしてコノ子、子猫だか赤ん坊だかミタイナ甘い匂いがする…



いや、…可愛いだろう、


くまでも生理現象の一環として僕は思わず赤面する。

くまでも生理現象の一環として僕は生唾を飲み込む。




いやいや、…僕は断じてロリコンでは無い!


と、慌てて自問自答に弁解・断言する。



これはあくまでも「可愛いモノは可愛い」と言う感覚であって、だからと言ってコノ子を「ドウコウしよう」なんて発想には決して行き当たらない。 つまり「子猫」を見て「可愛い」と感じるのと同じ「反応」なのだ。


「勘違い」が新たな「辛い記憶」しか生み出さない事は、うの昔に嫌というほど「学習」している… 。







やがて僕達は一軒のカフェの前にジェラートの露店を発見する。


人気があるらしく、数人の親子連れがカラフルなケースの中を覗き込んでいた。 チョット酸っぱそうなラズベリーがオマケで着いて来るらしい。



翔五:「ドゥ ユウ ウァン トゥ ハヴァ アイスクリーム? (アイス食べる?)」



僕のつたない英語に、エマは 黙ったまま首を横に振る。 どうやら、基本的にコノ子は無口らしい。


まあ僕も、流暢りゅうちょうな英語でペラペラ喋られても、何も言い返せ無くて余計に辛くなるだけだから この方がかえって救われる。



翔五:「そう?」


美味しそうなのにな〜 …と思いつつも、子供を差し置いて大人の僕が一人でアイスを食べるのも何か変だから、我慢する。







暫(しばら)く行くと、良い匂いのするイタリアンの店に遭遇した。


繁盛店らしく、歩道一杯に並べられたテーブルはほぼ満席である。 朝は食欲が無くて岩城サンが作ってくれたハムエッグしか食べていないから、深皿に盛られたクリーム感満点のカルボナーラが 瀬無せなく唾液の分泌を促進する。



翔五:「アーント ユー ハングリー? ホワイ ドンテュウ ハヴァ パスタ? (お腹空いてない? パスタ食べない?)」



僕の必死?の英語にも、エマは ましたまま首を横に振る。 どうやら、基本的にコノ子はお行儀が良いらしい。


流石の僕も、ここは簡単には引き下がれなくて しばし立ち止まったままフリーズするが、…これ以上、どんな英語で説得すれば良いのだろう? 既にボキャブラリーの弾倉はエンプティである。



翔五:「…そう?」


13歳のエマは 悲しそうな顔の25歳男子を見て…「ヤレヤレ困った子ね」と言う風な顔で溜息を付きながら、空いているテーブルに腰掛けた。




暫くするとウェイターがやって来て、2種類のメニューを手渡してくれる。



翔五:「何にしようかな?」


そうは言っても英語のメニューは分り難い。何しろ写真が付いてないから一体どんな料理なのかさっぱり分らない。



ウエィター:「What would you like to drink?(飲み物は如何ですか?)」


翔五:「えっ? あっ、えーっと??」


急に、そんな早口で話し掛けられても…

何聞かれたんだっけ??



エマが小さい方のメニューを拡げて、何やらメニューを指差す。


ウェイターは、さらさらと小さな紙にメモを書き取とると、…「ニヤッ!」とウインクしてから、颯爽さっそうと立ち去った。 何だか混んでいるらしく、ウェイターも忙しそうだ。



翔五:「バイザウェイ、ファット ディド ヒー セイ? (あのさ、あの人何て言ったの?)」


エマは、小さい方のメニューを僕に開いて見せる。

ドリンクメニュー …それ位は僕にも読める。



翔五:「成る程ね、…で、何か頼んだの?」


エマは何の違和感も無く、ソフトドリンクの欄から「パッション・フルーツ・ジュース」を指差して見せた。



翔五:「ふーん、そうか、エマが居てくれると助かるね…。」


とか、言いつつ…

僕は大きい方のメニューに戻る。




が、やはり英語のメニューは難関である。 周りのみんなが食べているのは美味しそうだけれど、まさか幾ら僕でも「あれと同じの下さい」とは言いにくい、と言うかその方がむしろ上級者コースである。



翔五:「ファット ウッデュ ライク? (何食べる?)」


試しにエマに聞いてみる。


エマはチョコん、とあごを上げて 少しおどけた顔で、…首を横に振る。







やがて、細かく砕いた氷と濃厚なオレンジ色の液体が詰まった巨大なグラスが運ばれて来た。 何だか真ん中が黒緑色で周りが黄色っぽい粒粒つぶつぶの、恐らくタネらしきモノが一杯浮いている。


グラスの縁にはライムが2つ。

それと、クルクル渦巻き状の黒いストローが二本。



ウェイター:「Enjoy! (どうぞ。)」


再び、「ニヤっ!」と白い歯を見せて、彼は颯爽と去って行く。



翔五:「何だか凄いの来たね…、」


エマが、無言で…片方のストローを僕に差し出す。



いやいやいや、流石にそう言う訳には…

僕は思わず苦笑い…


彼女はそんな僕の遠慮等 何も気にしてない風に 自分の方のストローを咥えると、少しずつジュースを吸い上げて行く。



翔五:「いいや、決めた!」


僕は、辛うじてメニューの中から理解出来た「カルボナーラ」を選択する。

さっき誰かが食べてたの、凄く美味しそうだったし。


…で、この段になって 僕は再び「日本の良さ」をしみじみ実感する。


この国にはオーダーを取りに来てもらう為の「ベル」が無いのだ。 しかも店内は満員状態だからウェイターはこっちを気にしてくれる余裕も無さそう。



翔五:「まあ、その内に来るだろう…。」


エマは、ストローを口に咥えたまま、じっと僕を眺めている。



翔五:「イズ イット グッド?(美味しい?)」


そして彼女は、ストローを口に咥えたまま、コクリと小さく頷く。




翔五:「僕も飲み物注文すれば良かったな。」


流石に、少し喉が渇いた。

イチイチ、英会話を覚悟する生活は否応無しに緊張の連続なのである。



いや、と言うよりは、先程のエマの行動が少し気になったと言う方が正直だ。


…あれは一緒に飲んでも良いと言う意思表示だったのだろうか?

…そう言えば、このグラスやけに大きいよな。

…いや、確実に2人分入っていると言っても過言ではない。



思えば、こう言うシチュエーションを映画やアニメで見なかった訳ではない。 余りにも自分とはかけ離れた世界のイベントだったから、不意の出現にどう反応するべきか思いが至らなかったのだ。


…もしかして僕は又、大事な「フラグ」を立て損ねてしまったのだろうか、



否応無しに別の緊張感が高まってしまう。



…エマは僕と一緒に同じグラスからジュースを飲んでも平気なのだろうか?


…いやこれはきっと文化の違いであって、其処に恋愛感情等介在する筈は無い! つまりむしろコレが極普通の風習なのだとしたら、郷にっては郷に従がわない方が、かえって不審感を抱くに違いない。


…イヤイヤイヤイヤ、相手は13歳も年下のほんの「女の子」じゃないか。 そもそも変に意識する事自体が怪し過ぎるに決まっている。




そうして、僕はとうとう「意を決する」と、何時もより更にギコチナイ発音で…エマに話し掛けた。



翔五:「キャン ナイ ハヴァ ディス ジュース? (このジュース貰っても良い?)」



果たしてエマはじっと僕の顔を見つめ、…暫し硬直する。


だんだん、自分の 顔が…自分でも赤面して行くのが分る。



翔五:「あっ、いや、ゴメン。」







エマ:「プッ!」


エマが思わず噴き出した。

笑いながら、ジュースのグラスを僕の方へ寄せてくれる。



そう言えば、コノ子が笑ったの、初めて見たかも知れない。


何がそんなに面白かったのか分らないが、

僕もチョットほっとする。



翔五:「美味しい!」


一口、口に含んで…驚く。

甘く冷えたネクターが、喉の奥にからまりながら乾いた身体に沁み込んで行く。



翔五:「こんなの初めて飲んだ…、」


もう一口飲んで、一気に喉の渇きが消え失せる。


エマは立て肘を付きながら、じっと僕の顔を見て微笑んでいる。



…良い子だよな。

…どうしてこんな可愛らしい良い子が、僕なんかに懐いているのだろう?



当然こんな可愛らしい子に懐かれて「嫌な気」はしないのだが、何だか、最近、何処かで、似た様なシチュエーションを体験した事が、有る様な?無い様な?


…何か、大切な事を忘れている様な、、、、

…何だっけかな?




翔五:「それにしても、ナカナカオーダー取りに来ないね〜」


エマは、小さな溜息をくと、

「仕方ないな」と言った顔で僕を見つめながら…黙ってメニューを閉じた。







いつの間にかエマの方が僕の手を引いて歩いていた。

これって、もしかしてヒエラルキーが逆転したのか知らん??


でも、何だか、ちょっと楽しい…

これが、「デート」と言うモノなのだろうか…



いやいやいやいやいや、…だから相手は12歳年下の女の子だって。


絶対に「恋愛対象」にはなり得ないし…

絶対にエマだって「単なる気のおけない隣のおじさん」位にしか思ってない筈だし…


最初から「期待」しなければ、…傷つかないで済むのだから。

予め「勘違い」によく注意して行動すれば、…仲のいい知り合いを続けられるのだから。



それにしても、「25歳」×「それ程格好よく無い男子」と「13歳」×「美少女」のカップルって、周りのみんなの目には どんな風に映るのだろう?


…もしかして行成いきなり「職務質問」されたりしないだろうか?

…その時は「英語で」なんて説明すれば良いのだろう?



等と更にオドオド挙動不審になりながらメリルボーン・ハイ・ストリートの殆ど端っこまで歩いて来た所で、…僕はようやく「芽衣が指定して来た店」を発見した 。


念の為、スマホで地図を確認する。



翔五:「やっぱりこの店だよね。」


ショーウィンドウには 、独特の色使いと 特徴有る花柄の バッグやらグッズが所狭しと並んでいた。


エマも少なからず興味があるらしく、青地に花柄のコットン・バックパックを食い入る様に見つめている。



翔五:「取り敢えず、…入って見ようか。」


僕は「極普通」につぶやいて、

エマは「極自然」にうなずいた。




そして…、


ガラスの割れる音:「ガシャン!」




振り返って見ると…、

店からほど近い、通りを挟んだ反対側の小さな公園の前で、一人の男性が地面に倒れていた。


派手な黄色のズボンの体格の良さそうな、若い男の人だ。



翔五:「なんだ?」


近くに居た数人が、あっと言う間に駆けつける。


声をかけて、意識が有るのか確かめたり、

身体に触れて異常がないか調べたりしている。



…何事かと、

倒れている男の人の方へと進みかけた僕の腕を…

か細い腕の少女が…信じられない程強い力で…制止した!



僕は、驚いてエマの顔を凝視する。


少女は、「行ってはイケナイ…」と、ゆっくりと顔を横に振る。



翔五:「どうしたの?」



僕は、もう一度、倒れている男の人の方を確かめる。


男は、ゆっくりと首をもたげ…、

白目を剥いたまま、僕の事を凝視した。



男の口からは、何だか白い「モヤモヤしたモノ」が ズルズルとはみ出して来ている。



それから、

男は、四つん這いの格好のまま、僕達に向かって凄い勢いで突進して来る…。

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