エピソード04 「選択肢を間違えた僕は謎の美女に殺される」

其処そこは 何処となく「昭和レトロ」な感じがする美容室だった。


ワックスの禿げたフローリング、

せまっ苦しく並んだ縦長の鏡、

年季ねんきの入った椅子、


清潔に清掃されて埃一つなく、用具はきちんと整頓されているのだが、「美容室」と言えば もっと「明るく」「華やか」なトコロ…と言うイメージとはかなり かけ離れた雰囲気の店である事に間違いは無い。



僕は「謎の美少女」と「妖しい少女漫画の主人公」に連れられて、深夜のこの美容室へ連れて来られた訳だが、そこでもう一人の「顔見知り」と再開する事になった。



瑞穂:「どうぞ、」


綺麗なお姉さんが 甘い薫りのする珈琲コーヒーを淹れてくれる。


瑠璃色がかった濡烏ぬれがらすの髪、芯の強そうな眼差し、華奢スレンダーで黄金比なスタイル。 身長は160cm位だろうか。 神の贔屓ひいきとしか思えない美貌。 そしてこの女性 人の心を惹き付けて離さない不思議な匂いがする。


空港で僕に声をかけて来た女性だ。



瑞穂:「ウィスキー入りの珈琲よ、暖まるわ。」


珈琲を手渡す彼女の薫りが、僕の心を「蠱惑こわく」する。

そんな心の震えを気取られない様に、僕は慌てて珈琲をすすった。


不思議な温かさがみ込んで、ほっと胃の奥が癒される。



翔五:「貴女は、空港で声をかけてくれた人ですよね。」

瑞穂:「そう、また会えると言ったでしょ。」


ちらりと、上目遣いでその女性の顔を見る。

彼女は、優しく微笑みを返してくれる。



翔五:「そう言えば、貴女はどうして僕の名前を知っていたんですか? 確か、別れ際に僕の名前を呼びましたよね。」


瑞穂:「勿論、調べたからよ。」


突然思い出した「一大事」に、彼女はあっさりと そう答えた。



…どうして、僕を調べてたの?


聞いてみたい、いや聞かなければならない。

考えてみればおかしな事ばかりだ、一体この人達は何者なんだ。

僕に、何をしようとしているんだ?



翔五:「あの…、」


その時、

ベースメント(地下)から階段を駆け上がって来る音がした。



アリア:「着替えて来たわ。」


其処には、地下鉄で僕に抱きついて来た美少女が立っていた。



翔五:「ゴス…ロリ…、」

アリア:「どお、可愛いでしょ?」


アンティーク人形の様な美少女が、黒のゴスロリに身を包む姿は、まるで創作の世界の出来事、空想の世界のキャラクターの様にさえ見える。



…似合い過ぎだろう、


アニメキャラの様な美少女が、満足そうに可愛らしく微笑んでいる。



翔五:「これって、イギリスでは普通の格好なんですか?」

瑞穂:「あら、「ゴスロリ」はれっきとした日本のサブカルチャー・ファッションよ。」




アリア:「ねえショウゴ、キスしよう。」


アニメキャラの美少女が僕にかかる。


翔五:「ちょっと、待って。 …何が何だか。」

アリア:「いいでしょ。」


少女は柔らかな唇に触れ、侵入し、互いの敏感な器官を絡ませる。


僕は、既に正気を失っていた。



…こんな事、現実である訳が無い、


なのに、余りにも甘美な感触が正常な思考を遠ざけてしまう。

柔らかな少女の身体に触れ、為されるがまま何一つ出来ず震えおびえる 見窄みすぼらしい自分の姿が夜の鏡に映し出されている。


やがて、息継ぎをするかの様に少女が唇を離し、2人の間に甘く透明な糸が引く…、



翔五:「お願い、ちょっと待って!…判らない事だらけで、混乱してる。」


僕は、ようやく…勇気を振り絞って、

驚く程 軽い少女の身体を押し除ける。



翔五:「どうして、2人は僕の事を知ってるんですか?」

翔五:「僕は、貴方達の事を全く知らない。」


翔五:「そりゃ、こんな美人にチヤホヤされたら、実際 凄く嬉しいけど、内心、何かの詐欺さぎ強請ゆすりなんかじゃ無いかって…ビクビクしてる。」



瑞穂:「そうね、貴方の不安はよく分かるわ。」


今度は、…濡烏の髪の美女が 僕の目の前に立ちはだかる。



瑞穂:「でも、私達も同じに、不安なの。」

瑞穂:「お互いをより知ってもらう為に、少し説明の時間をくれるかな。」


僕は、改めて美女の顔を見る。


大体、どうして「こんな美女達」が 僕みたいな何の取り柄も無いオタクに関わろうとするのだろう? まさか僕の「本当の素性」は「何処かの貴族」か「金持ち」の「忘れ形見」で、突然ひょんな拍子に「莫大な遺産」が転がり込んで来たとかいう類いの「ドリームジャンボ的な何か」が起きようとしているのだろうか?


僕の鼓動は どうしたって「早鐘」の様に高まってしまう。

精一杯冷静を装った僕の表情は、きっとあわれなくらい貧相だったに違いない。



翔五:「お願いします。」


瑞穂:「先ず、貴方はイギリスに着いてから 少なくとも既に二回、死んでいるの。」







翔五:「えっ?」



瑞穂:「一回目はヒースローからロンドンへ向かう途中の車で、」

翔五:「何を、言ってる?」


瑞穂:「二回目は、地下鉄のホームから落ちて、」

翔五:「いや、生きてるし…」


僕は、顔色一つ変えずに話し続ける美女の両手を、思わず握りしめた。




翔五:「第一、僕はヒースローからの帰りには車に乗らなかった。 渋滞で迎えの車が来れなくって、だから地下鉄に乗ったんだ。 貴方とも地下鉄の駅で会ったじゃないですか。」


瑞穂:「そうね、私も「覚えて」いるわ。」

翔五:「変な事を言うのは止めて下さい。」


濡烏の美女は、優しく 僕の手を握り返す。



瑞穂:「信用出来ないわよね。 …私だって本当の所は半信半疑なのよ、」

瑞穂:「貴方が、「このタイミング」で「この世界」に居てくれた事に、困惑というか迷惑さえ感じている程よ。」


それから、二三歩後ずさり、

あの時と同じ様に「さらさらとした美しい髪」を撫で上げる…



瑞穂:「兎に角、貴方は「ある世界」に生まれてから、「何度」も「何度」も殺されて、その度に「他の世界」に転生し続けているのよ。」


翔五:「…意味が、判らない。」


こんな事を「真剣そう」に話すのは、所謂「中二病」か「カルト」の方々と相場が決まっている。




瑞穂:「同感よ。こんな事を「信じて」いる自分が、時々「変」なんじゃないかって思うわ。」


翔五:「僕は殺された事は無いし、転生なんてしてない。」


もはや、僕の「不安」は 全く別の「恐怖」へと姿を変えつつ有った。



瑞穂:「そう、貴方は「やり直しの人生」だって気付かない。 何故なら貴方は「死ぬ切っ掛け」になる「大きな分岐」の一つ前のタイミングで他の世界に「転生」するから。 …死んだ記憶を持っていないのよ。」



翔五:「だって、有り得ない。 漫画や映画じゃ有るまいし。 大体、他の「世界」って一体何なんです?」


瑞穂:「そうね、でも この世界が「漫画」や「映画」じゃ無いってどうして言い切れるの? 誰かの「空想の世界」じゃ無いって証拠は何処にも無いわ 。 本当に貴方の世界を認識しているのは、貴方の脳だけだもの。 それが誰かが作り上げた世界だったとしても、脳にはそれを判別する事は出来ないわ。」


翔五:「馬鹿げてる! 僕は、僕の意思に従って生きている!」

瑞穂:「小説の登場人物は、みんなそう思っているんじゃないのかしら? 」


本気で、こんな事を信じている人間が居る訳は無い。

だとしたら、コレは、…悪徳な犯罪の類いに違いない。




翔五:「大体、「誰か」って誰だよ。」

瑞穂:「物語の「作者」が「登場人物」にとってどう言う「存在」かなんて、考えなくても判るじゃないの。」


翔五:「だって、…この感情は僕のモノだ。」

瑞穂:「「感情」なんてモノは方程式と化学反応で「生成」できるモノなのよ。」


僕は、勢い良く椅子から立ち上がる。



翔五:「いいよ! 僕を騙そうとしているんなら、もう止めて下さい。 僕を騙してお金を取ろうって考えてるんなら、筋違いですよ。 僕は唯のサラリーマンだ。」


何だか、…気分が悪い。

急に立ち上がったから、…立ちくらみか?



翔五:「僕、帰ります。 唯でさえ疲れてるんだ。 これ以上変な話に付き合うのはごめんだ。」


瑞穂:「そうね、貴方にもう一度、…分岐点チャンスをあげるわ。」



何時の間にか、美人のお姉さんの手の中には、刃渡り30cm以上はあろうかというナイフが握られている。



翔五:「何を、するつもりだ。」


逃げ出そうとした、足が、…もつれる。



瑞穂:「私だって、こんな役回りは嫌なのよ。」


そして、僕は、そのまま床に仰向けになる。



瑞穂:「ちょっと、珈琲にお薬を混ぜたのよ。」

翔五:「やめろ、…お願い、止めて下さい。 」


女は、冷たい刃を僕の胸の上に滑らせる



瑞穂:「アリア、本当に、コノ子で間違いないのよね。」

アリア:「ええ、さっき地下鉄の中で「聖霊」に「確認」させたわ。 間違いない。」


瑞穂:「そう」


女は、目を閉じて、一度大きく息を吐いた。



瑞穂:「翔五、簡単な二択問題よ、良く聴いて。」

瑞穂:「このナイフは何処を刺そうとしているでしょう? A心臓、B脳、」


身体が、動かない。



翔五:「知らない…、」

瑞穂:「どちから選べば良いだけよ、難しく無いわ。」


女が、僕の上に馬乗りになる。



翔五:「どっちも嫌だ。」

瑞穂:「正解したら、ほんの少し傷を付けるだけでゆるしてあげるわ。」


知らない内に涙が頬を伝っている。



翔五:「お願いします。赦して。」

瑞穂:「どちらも選ばないなら、不正解にするわよ。 後5秒、」


瑞穂:「4、3、2、1、」

翔五:「し、心臓!」



瑞穂:「残念でした、不正解。」






あっという間に、そのナイフは僕の左目からすべり込み、頭蓋骨の柔らかな部分を貫いて 温かな脳の奥へとぬめり込んでいった。


…冷たくて熱い液体が、鼻から喉に溢れ出して来る。



遠のいて行く意識の中、

僕は泣きながら 残った右目で その女のかおを見つめ続けていた。



瑞穂:「この続きは、また次の機会に話しましょう。」







気が付くとベッドの中だった、…当然一人である


何だか嫌な夢を見た様な気がする。



昨晩の記憶が曖昧あいまいで、

一体、いつの間にどうやって帰って来たのか 良く思い出せない。


ピカデリーサーカスで川中サンと分かれて、

地下鉄で、誰かと有った様な、そんな気がする。



翔五:「ちょっと、飲み過ぎたかな。」


イギリスに来て初めての週末、天気もそこそこだが、疲れている所為せいか、余り出かける気にもなれない。



翔五:「あっ、キャスキッドソン。」


僕は昨日買ったばかりの「スマホ」を取り出して、フェイスブックを立ち上げると、芽衣との「非公開グループ」のページを開く。



そこには、他愛のないごとと一緒に、事細かな商品の説明と写真が載せてあった。 解読すると「間違いなくこの商品を買って、素早く日本の芽衣に送れ」…という指令らしい。


送料が 何故か「僕持ち」で、商品代金は日本に帰った時に貰えると「思う」…という誠に不確かなモノでは有ったが、何だか少しウキウキしている事は否めない。



翔五:「メリルボーンストリートか、」


添付されていた住所をクリックすると、地図アプリが立ち上がって、

現在位置からの経路を検索する。



翔五:「歩いて10分、本当、近いんだな。」


それからもう一度「友達」のページの「Shinobugaoka Mei」を開いてみる。

顔写真は張られておらず、白抜きの影絵のままになっている。



何故だか思わず、ニヤニヤしてしまう。


仮令たとえ「先輩」と「パシリ」でも、そこに「特別な関係」が成立している事に変わりは無い。 芽衣は何時でも僕の事を気にかけてくれている。 それがとても嬉しいのだ。



翔五:「芽衣、」


思わず「呼び捨て」にしてみる。

どうせ誰も聴いている者は居ないのだ。 構わないだろう。



芽衣が僕の事をどう思っているか何て事が、「万が一の期待」とは遠くかけ離れたモノである事くらい自覚している。


だけど、一人で自分を「慰める」時くらい、「勘違い」にすがり着いたってバチは当たらないと思うのだ。



…さてと顔を洗って、…何を着て行こうかな、

…普段着は、余り持って来てないから買い足さないと行けないな。






洗面台の鏡の前に立つ 僕の顔に、不吉な記憶が甦る。

左目の米神こめかみから眉毛に掛けて、ナイフで切り裂いた深い傷跡、

そして、傷口から「どす黒い血」が 零(こぼ)れ出す…。

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